2014年5月27日火曜日

認知症が悪化した乳がん患者さんの幸せとは?

異時両側乳がんの術後で私の外来に15年ほどかかっている現在94才の患者さんがいらっしゃいます。2人の息子さんはともに独身で病気を抱えていたため、その高齢の患者さんが食事の世話などをずっとしてきました。

乳がんに関しては治療はしておらず、本来定期的な検査も必要ない状態です(両側乳房全摘後)。内服している薬は高血圧などの内科疾患の薬剤のみですので、以前から内科管理にすることをご相談してきましたが、”ずっとかかっているから先生に診てもらいたい”ということで私の外来に1−2ヶ月に1回通院されていました。

しかし、数ヶ月前に圧迫骨折や大腸がん(進行がん)が見つかって入院をしてから徐々に元気がなくなり、心不全で内科に入院した先月には病室にお見舞いにいくと私が誰なのかわからなくなってしまっていました。ずっと私を慕ってくれていた患者さんだったので少なからずショックを受けました…。その後状態が安定したため一次退院となり、今日外科外来に久しぶりに受診されたのです。

見た目はお元気になっていたので、再度”私が誰かわかりますか?”とお聞きしたのですが、やはり首を傾げて”わかりません”というお返事でした。息子さんも一緒にいらしていたので、外科的にはもう必ずしも定期的な通院は必要ないこと、現在の患者さんの状態からは外科外来フォローを希望されているようには見えないこと、今後また内科に入退院を繰り返すことが予測されることをお話しし、今後は内科で診てもらうことになりました。

認知症は、ご本人もそうなのかもしれませんが(確認することは困難な場合が多いので本当のところはわかりませんが)周りにいるご家族がかなり辛いと思います。今回の患者さんの変化を目の当たりにして、そのことがよくわかりました。

認知症が悪化したことが、その患者さんの残りの人生にとって良かったのか悪かったのかは私にはわかりません。意識がクリアだと大腸がんの悪化に伴う死への恐怖などに悩まされたのかもしれませんし、もしかしたら認知症が悪化したことがその患者さんにとっては幸せなことだったのかもしれません。少なくとも乳がんでは命を奪われずに天寿を全うできそうなことが私にとっては救いですが、いろいろ考えさせる経験でした。

2014年5月25日日曜日

”第37回 北海道を歩こう”のピンクリボンイベント終了!

http://hidechin-breastlifecare.blogspot.jp/2014/04/37.htmlで告知しましたが、今日”第37回 北海道を歩こう”にコラボしたピンクリボンのイベントが行われました。ちょっと風が肌寒かったのですが、天気は快晴で絶好のウォーキング日和でした。

会場は10kmのゴール地点である真駒内カントリークラブ。9:00までに着かなければならないので余裕をみて7:30前に自宅を出ましたが、かなり早く着いてしまったので会場の準備(風船を膨らませただけですが…笑)を手伝いました。9:30からイベント開始予定でしたが、最初はゴールする人もまばらで(写真)、会場の椅子に座る方も少なかったためどうなることかと思いました(汗)。



しかし徐々に人数が増えてH病院のO先生がピンクリボントークとクイズを始める頃にはけっこうな人数が集まってくれました(写真)。



チェアーフラのステージでは集まった方々も一緒に振り付けを覚えて踊ってくれたり(写真)、私が担当したクイズでも若い方々が積極的に答えてくれたりなど、なかなかの盛り上がりだったと思います。



会場に設置したピンクリボン in Sapporoのブースには、私の病院から持って来た検診の模型(しこりがかくれている乳房の触診モデル)を置いておいたのですが(写真)、思いのほか多くの方々が立ち寄って下さいました。特に印象的だったのは、触ってみたいとおっしゃった方の多くが若い方だったことです。若いうちから自分の乳房に関心を持つことはとても大切なことですので、自己検診のコツなどを詳しくご説明しました。また、会場のボランティアとして参加していた北翔大学の男子学生さんたちがこの模型に興味を示してくれて触ってくれたのは今後の彼らのパートナーや奥さんに乳がん検診の大切さを伝える上でもとても重要なことですし、とてもうれしく感じました。



ピンクリボン in Sapporoとしては初めての”北海道を歩こう”への参加でしたが、予想以上の成功だったのではないかと思います。紫外線にはかなりやられてしまいましたが、もし来年も参加できるのであれば是非協力したいと思っています。

2014年5月24日土曜日

札幌乳癌カンファレンス 2014

今年第4回を迎えるAZ社主催の「札幌乳癌カンファレンス」が、市内某ホテルで昨夜行なわれました。

Session1はG病院病理部のA先生による特別講演でした。今回のテーマは「乳癌の不均質性」。かなり専門的になりますので詳細な内容は割愛しますが、G病院の膨大な病理標本から得られた様々な所見を提示されながらお話しされた内容は目から鱗が落ちるようなお話でした。たとえばホルモンレセプターの陽性率が60%だとしても残りの40%は陰性です。本来がん細胞は1個の細胞から分裂して増殖するので同じような性質の細胞の塊になるはずなのに性質が違って見える細胞が混在している、これを不均質性と言います。HER2もKi-67も核異型度も組織型もがんの組織の中には不均質性がみられます。これはどうしてなのか?というお話でした。もちろん、よくわかっていないことも多いのですが、数多くの標本を見てきたA先生の推論や示唆は大変勉強になりました。

そのあとのSession2「診断に難渋した症例」の症例検討は私が司会をしました。いつもはA先生が病理の解説と司会を兼ねるのですが、今回初めて別に司会を置いたため、ちょっと戸惑いながらもなんとか無事終了することができました(汗)。症例は3施設から提示されました。嚢胞内腫瘍なのか?腫瘍に嚢胞様成分が伴ったのか?という画像的にも病理診断的にも非常に興味深かった症例、非浸潤がんに乳管内乳頭腫のような組織が混在し、どのように病理診断すべきか、どのように形成された腫瘍なのかが問題になった症例、乳腺のはずれに発生し、画像的には典型的な乳がんのように見えた顆粒細胞種の症例の3例でしたが、A先生の切れ味鋭いコメントに、司会をしながら感動していました。

終了後は懇親会で親睦を深めました。今回は以前私たちの病院の担当MRをされていて現在G病院の担当をしているKさんがA先生に同行されていて久しぶりにお会いすることができました。大変仕事ができるMRさんでしたが、お元気にご活躍されているようで安心しました。A先生は先日腰を痛めてしまったようで辛そうでしたが無事東京に戻られたでしょうか?機内で座っているのはけっこう腰に来ますのでちょっと心配です…(汗)

この会は、また来年も開催できそうです。乳腺病理の第1人者のA先生に直接1対1でお話をうかがうことができる機会はそう多くありません。また来年も勉強させていただけるのを楽しみにしています。

乳腺嚢胞の穿刺から難治性の膿瘍をきたした若年女性のお話

先日の外来にニセコ方面に住んでいるSさんという患者さんが1年ぶりに来院されました。

Sさんと私の初めての出会いは今から15年以上前です。まだ20才ちょっとくらいだったSさんは、近くの外科で乳腺の嚢胞に対して繰り返し穿刺排液を受けていたところ乳腺膿瘍を併発してしまい、なかなか改善しないということで私たちの施設に入院となりました。

局所麻酔で膿瘍を切開しドレーンという管を入れる処置をしましたが、すでにかなりこじれてしまっていたために次から次へと他の場所から排膿し出し、右乳房の内側・外側のそれぞれ上下に合計4カ所の切開を要しました。最終的には全身麻酔下で乳腺の裏側から広範囲に洗浄しドレーンを留置したところ、ようやく治癒傾向となって退院となりました。まだ未婚、未出産の若年女性でしたので、美容的にも、その後の授乳に関しても当時は非常に心配しました。

しかしその後無事に結婚し、現在12才と2才の子供の母親になっています。心配した乳腺炎も起こさず、授乳も良好だったようですし、美容的にも今はほとんど傷跡がわからなくなりました。あれだけ激しい侵襲を加えてしまったのにこのような順調な経過を取ることができるとは当時は思いもしませんでした。人体、特に女性の身体って不思議なものです(故 渡辺淳一先生も小説の中でよく書かれていました)。

毎年その患者さんに会うたびに当時のことが思い出されます。でも大変だったという思いより、こんなに立派な母親になってくれて良かったという思いの方が強いですね。来年またお会いできるのを楽しみにしています。

2014年5月19日月曜日

”乳腺外科医”ではなくなった理由

平成になって初めての国家試験で医師になってから25年あまり、そして本格的に乳腺外科を始めてからいつの間にか19年がたちました。

がん専門病院に1年間研修に行った以外は札幌市内の関連病院でほとんど乳腺患者さんばかり診療してきました。がん専門病院と私たちの病院のような一般病院では役割もできることも異なります。それぞれの良さ、欠点があります。

今の病院では、外来患者を診ること、検診をすること、手術をこなすこと、病棟患者を受け持つこと、日当直や救急患者に対応すること、他の地域の内科の手伝いに中期的に行ったり、道内の関連病院へのローテーションをこなすことなどが求められます。研究は自主的に行なって学会にも参加していますが、したくないならしなくても評価は下がりません。もちろん、他の職種への指導は別に求められてはいません。

実は私には持病があります。正常眼圧緑内障という眼圧は正常でも視野が狭くなっていく病気です。診断されたときにはすでに両眼ともかなり進行していて手術は危険な状態だと言われました。そして10年前には、いつ失明してもおかしくない、合併症のリスクも高いけど手術をするかどうか考えるように関連病院の眼科主治医に言われました。その主治医は、自分にはこのようなリスクの高い手術の経験はないから、と緑内障専門病院を2カ所紹介されました。札幌の有名病院では「すぐに手術しないと失明する、それ以外の選択肢はない」と言われましたが、東京のT病院では「手術はまだ勧められない。失明はあと2年は大丈夫、でも5年はわからない。」と言われたため、それならまだこのままでいようと考えて手術を受けるのをやめました。

結果的には今もなんとか見えていますのでこの時の判断は正解でした。なぜなら手術で眼圧を今以上に下げてしまったら視力が著しく低下して外来診療もできなくなっていたからです。がん患者さんの予後告知と同様、あくまでも統計的な数字ですので患者個々にとっては必ずしもこのような医師の予測が当たるわけではありません。このような経験も踏まえて、私は差し迫った必要性がある場合以外は基本的に予後告知はしません。

ただ視野狭窄が高度であることは確かでしたので、患者さんにリスクを負わせてはいけないと考え手術の執刀からは徐々に手を引いていきました。そしてその後は悪化のスピードは落ちたもののやはり少しずつ進行して現在に至っています。ですから緑内障が悪化した時点で、私はすでに”乳腺外科医”ではなくなっていたのです。乳腺センターができてからは管理業務が新たに加わったため、一応センター長という立場を与えられ現在に至っています。

給料をもらっている以上、なんらかの形で病院に貢献しなければなりません。自分の病気によってさまざまな業務への支障をきたすことが入院患者さんに誤解や迷惑を与えてしまうことを避けるために、やむを得ず病棟を離れ主な仕事を化学療法と検診を含めた外来に移行していきました。そしてもう一つ、私の使命と感じていたことがあります。それは、乳腺外科医と乳腺外科医を支えてくれる技術職の職員を育てることです。これはもともと力をいれていたことではありますが、病気が悪化してからは、彼女たちの成長が自分の遺産のように感じていました。もっともっと彼女たちに成長できる機会を与えてあげたいと考えて、学会にも演題を出しながら一緒に行くようにしてきました。

ただここ数年で技術職の職員たちの自主性が育っていることや、N先生が加わってG先生の負担が軽減してきたことで私が果たしてきた役割もそろそろ終わりを告げる時期が来たのではないかと感じています。

いま自分ができることの中でいままでやりたくてもできなかったことってなんだろうか?とか最近よく考えています。そもそもこのブログを始めたのは、こういうことが自分がやりたかったことだからです。診察だけでは不十分な情報をわかりやすく説明してあげたい、嘘や間違った情報から患者さんを救ってあげたい、などがきっかけでした。このような活動を自分の主たる生業にできないかということをここ数年ずっと考えてきました。しかし実際は簡単なことではありません。

生活を維持しながら自分に適したやりがいのある生き方を見つけること、それが当面の私の課題だと思っています。”乳腺外科医”はとっくに卒業しています。できれば”乳腺科医”は最後まで続けたいものです。

数年前の悲しい出来事…

このようなブログを書いているとき、いつも気を使うのは守秘義務に関してです。私が誰なのかご存知の方もいらっしゃいますのでうかつに書いてしまうとその患者さんが特定されてしまう可能性があります。ですからそのような時は書くだけ書いて下書きの状態で保存したままにしておきます。一定時間が経ってからであれば個人情報が漏れるリスクは低くなりますので差し支えないと判断したものを公開していきたいと思っています。以下は数年前に書いた内容です。

私は乳がんの術後は10年は通院するように患者さんにお話ししています。再発が多いのは一応10年間と言われているからです(時にそれ以上たってからの再発もありますが…)。

そして10年が無事経過すると私もとてもうれしくなります。
「良かったですね!おめでとうございます!」
とお話しすると患者さんも長かった闘病を思い出すのかほっとした笑みを浮かべて一緒に喜んでくれるのです。


Aさんも昨年の春に無事10年を迎えました。術後に抗がん剤を投与し、ホルモン療法を5年行ない、ようやく迎えた10年目だったのです。

このとき私の記憶ではAさんも無事10年を迎えて喜んでいたはずです。そして半年後の乳腺検査の予約をして元気に帰られたのです。

しかし、その1ヶ月後に予約日を変更したいとご本人から連絡が入ったのがAさんとの関わりの最後でした…。

理由はわかりません。病院に入ったのはAさんが自ら命を絶ったという連絡だけでした。

乳がんはようやく克服できたのに何が彼女を絶望させてしまったのか…。10年もAさんを診てきて、わかっていたようで実は何も彼女のことをわかっていなかったのです。乳がんが治ったことも彼女にとってはそれほど大きなことではなくて、きっともっとつらいことを抱えていたのだと思います。どうして気づいてあげれなかったのか…悔やんでも悔やみきれません。

患者さんに向き合う時は、「病気」を診るのではなく、「病気を持った一人の人間」を診るのだということをわかっていたつもりでわかっていなかったのかもしれません。今はただただAさんのご冥福をお祈りするしかありません…。

この出来事から数年、私は患者さんに対して「病気を持った一人の人間」として診ることができているのか…もしかしたらまだまだ不十分なのかもしれません。

2014年5月15日木曜日

ピンクリボン in Sapporo理事会

昨日市内某ホテルの中華レストランの一室でピンクリボン in Sapporoの理事会が行なわれました。

参加者は三角山放送局を中心とした事務局の方々と市内の乳腺外科医6人、そして市中病院の看護師長さん1人でした。昨年度の活動報告と今年度の活動方針の報告があり、今年度の体制の確認が行なわれました。資金面では事務局の方々がかなり苦労されているようですが、企業や自治体の方々のご賛同もいただきながらなんとか今年も活動できそうです。

まずは5/25の「北海道を歩こう」のイベントへの参加、そして今年は9/7に札幌市内で行なわれるイベントに便乗させていただく形で行なわれる「ピンクリボンロード」、そして来年の2月の「サバイバーズフォーラム」をはじめ、イベントがたくさん企画されています。また近づいたらここで告知したいと思っています。

会議が終わってからは美味しい中華料理とお酒を味わいながら、楽しい時間を過ごしました。今年もピンクリボン運動に少しでも参加できるように頑張ります!

2014年5月11日日曜日

乳癌の治療最新情報37 エベロリムス3〜BOLERO3の結果

エベロリムス(アフィニトール®)は、BOLERO2という臨床試験などの結果を受けて、つい先日ER陽性再発乳がんに対しての効能が追加となりました。今回は、トラスツズマブ(ハーセプチン®)抵抗性の乳がんに対するエベロリムスの上乗せ効果についての臨床試験(BOLERO3)の結果がLancet Oncology誌オンライン版に掲載されました(http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(14)70138-X/abstract)。

難しい話になりますが、トラスツズマブ抵抗性の乳がんにおいては細胞内のPI3K/Akt/mTOR経路という部分のシグナル活性化の関与が示唆されています。エベロリムスはmTORに対して阻害作用を持つ分子標的薬ですので、トラスツズマブ耐性のHER2陽性乳がんに対する効果が期待されていました。

今回の臨床試験の概要は以下の通りです。

対象: 対象はタキサン治療歴のあるHER2陽性、トラスツズマブ抵抗性、進行乳がん患者。

方法: プラセボ対照無作為化二重盲検第III相試験で、weeklyトラスツズマブ(2mg/kg)+ビノレルビン(ナベルビン®)(25mg/m2)にdailyエベロリムス(5mg/日)を追加した群(以下エベロリムス群)、またはプラセボを追加した群(以下プラセボ群)に無作為に割り付けられた。
 
主要エンドポイント: 無増悪生存期間(PFS)…intention to treat解析で評価。

結果:
・2009年10月26日から2012年5月23日に569例が登録され、エベロリムス群(n=284)とプラセボ群(n=285)に無作為に割り付けられた。
・PFS中央値はエベロリムス群、プラセボ群でそれぞれ7.00ヵ月(95%CI:6.74~8.18)、5.78ヵ月(95%CI:5.49~6.90)であり、ハザード比は0.78(95%CI:0.65~0.95、p=0.0067)であった。
・主なグレード3/4の有害事象として、好中球減少症[エベロリムス群204例(73%)対 プラセボ群175例(62%)]、白血球減少症[106例(38%)対 82例(29%)]、発熱性好中球減少症[44例(16%)対 10例(4%)]、疲労感[34例(12%)対 11例(4%)]などであった。
・重篤な有害事象は、エベロリムス群117例(42%)、プラセボ群55例(20%)であった。

以上の結果から、エベロリムスの追加投与は、タキサン治療歴のあるHER2陽性、トラスツズマブ抵抗性、進行乳がん患者のPFSを有意に延長しましたが、有害事象の頻度も高くなるため注意が必要なようです。HER2陽性再発乳がんの治療としては、すでにペルツズマブ(パージェタ®)、T-DMI(カドサイラ®)が使用可能になっています。今後エベロリムスがHER2陽性再発乳がん治療においてどのような順位付けになるかはまだ不明です。

なおアフィニトール®の添付文書には、

⑶ 手術不能又は再発乳癌の場合
1)非ステロイド性アロマターゼ阻害剤による治療歴のない患
者に対する本剤の有効性及び安全性は確立していない。
2)臨床試験に組み入れられた患者のホルモン受容体及び
HER2の発現状況等について、【臨床成績】の項の内容を
熟知し、本剤の有効性及び安全性を十分に理解した上で、
適応患者の選択を行うこと。


と書いており、現時点でHER2陽性乳がんに対して保険適用となるかどうかは微妙です。