2010年12月28日火曜日

乳腺外科1年のまとめ

29日は病院の仕事納めです。毎年この日に外科全体で1年間の総括を行なうので(乳腺は正式にはG先生がまとめてくれるはず…)、ちょっと今年の乳がん症例を調べてみました。


今年はついにここ数年のぎりぎり未達成だった目標手術症例数を超えることができました。開院以来、最高の症例数です!

これは、当院と関連病院の健診課、超音波検査技師、放射線技師、病理検査の医師、技師のみなさんの努力のおかげだと思っています。そして、患者さんから患者さんへのご紹介もけっこうあったと思います。これからもその信頼に応えて行かなければとあらためて感じました。もちろん、病棟で乳腺診療を一手に引き受けてくれているG先生にも感謝しています。

今年の症例をまとめてみて気づいたことを挙げてみます。

①両側乳がんが非常に多かった
なんと同時両側が手術症例の3.7%、異時両側が14.8%、合わせて18.5%もいました。普通は合わせて5%程度(2-10%)ですので今年は異常に多かったんです。異時両側乳がんのほとんどは定期検査の乳房超音波検査で早期発見されています。技師さんたちの努力と症例検討会の成果が発揮された結果ではないかと思っています。

②年齢構成
前にも書きましたが、当院は高齢者が非常に多い病院です。以前調べたデータでは、乳がん手術患者さんの3人に1人は70才以上でした。
今年のデータをみてみると、70才以上の方の割合は35.7%!やはり高齢者は多いようです。
印象としては、例年よりは若年者が多いような気がしていたのですが…。30才台はわずか3.6%でした。

③非手術症例
StageⅣで手術をせずに化学内分泌療法を行なっている患者さんや認知症が高度なために内分泌療法を行なった患者さんを含めて、今年乳がんと診断された患者さんのうちの5.3%は手術以外の治療を行なっています。ただ今年は例年よりもStageⅣ症例が少なかったような印象があります。

④発見契機
・無症状 39.7%…検診 10.3%、良性疾患定期検査 8.6%、乳がん術後定期検査 10.3%、その他(対側精査、CT発見など) 10.3%
・有症状 60.3%
いまだに2/3近くの方がしこりなどの症状を自覚してから受診し、乳がんの診断に至っていました。

⑤早期癌比率
Stage0(非浸潤がん)、StageⅠを合わせた早期がんの割合は、44.8%(非浸潤がんは12.1%)。④で書いたように今年は例年より有症状の患者さんが多く、T2(2-5cm)が多かったためだと思われます(StageⅡA+ⅡBで41.4%)。定期的に自己検診をしている場合は、2cm以下で発見される率が高いですので、これらの方たちは自己検診も定期的には行なっていなかったか、受診できない理由(乳がんと言われるのが怖い、経済的理由など)があったことが推測されます。


こうしてまとめてみると、定期的に検査や検診を受けている方は早期で発見できていることがわかります。ただ、その割合はいまだに低く、残念ながらこれだけマスコミなどを通じて啓蒙活動を行ったり、無料クーポンを配っても進行した状態で発見される方がまだ多いということがあらためてわかりました。

来年はさらに啓蒙活動を広めていかなければダメだと強く感じました。

2010年12月27日月曜日

乳がん転移巣に対する手術療法の適応について

乳がんの再発、特に遠隔転移は全身療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬)が治療の主体となります。これは乳がん自体が最初から全身病であるという考え方が広まっていること、遠隔転移がある場合はたとえ一つの臓器であっても画像に写らないような微小な転移が他の臓器にある場合がほとんどであること、実際に再発巣に手術を行なっても予後が改善したという報告はほとんどないこと、などによります。

しかし、実際は再発巣に対して手術を行なう場合があります。その理由のいくつかを以下に示します。

①根治を目指すため

特にリンパ節の単独再発(腋窩や鎖骨下、胸筋間、胸骨傍、時に鎖骨上、対側腋窩)の場合は、リンパ節郭清(摘出)で根治できる可能性があります。これは、乳がんがまだ局所に留まっていることがまれにあるからです。全身療法を併用することによってその可能性は高まります。
問題は遠隔臓器(肺、肝臓、骨、脳など)の場合です。通常は根治は困難と考えられ、手術はすべきではないと言われています。これは前にも書いたように、手術療法が予後を改善するというエビデンスがないからです。しかし、このエビデンスのもとになった臨床試験は相当古いものです。アロマターゼ阻害剤もハーセプチンもなかった時代のものです。
また、遠隔転移は治らないと主張する人がいますが、本当でしょうか?術後補助療法の進歩で予後が劇的に改善したのは、原発巣を切除した上で微小な遠隔転移を画像に写るような大きさになる前に根絶したことによると考えられます。つまり、微小な転移は全身療法で治癒可能なのです。ただ、再発の場合は、術後補助療法を行なった上で再発したという点で異なりますのでまったく条件が同じわけではありません。しかし、完全切除可能な少数(単臓器、できれば単発)の粗大な転移巣を除去した上で、新しい薬剤を効果的に組み合わせることができれば、再発も根治できる可能性を示している一つの証明だと私は思っています。

②情報を得るため

前にもここで書きましたが、再発巣では原発巣とがんの性質(ホルモンレセプター、HER2)が変化していることがあります。特にホルモンレセプターの陰性化はよく経験します。治療方針を立てる上で、その情報を得ることは有益だと考えられます。

③QOL向上、症状緩和のため

骨転移は手術で根治するのはなかなか難しいのですが、骨折治療や疼痛軽減、麻痺の予防、治療のために手術を行なうことはあります。今年も骨転移による麻痺で初診、緊急入院となったStageⅣの患者さんに対して化学療法後に脊椎固定術を行ない、その後ホルモン療法で劇的に症状が改善したため、退院可能になったというケースを経験しました。また、症状を伴った脳転移に対しても単発(〜少数個)であれば手術を行なう場合があります。特に脳浮腫を伴っていて急を要する場合には放射線治療の前に手術で症状緩和をはかります。まれではありますが肺転移で喀血や閉塞性肺炎の原因になっている場合も手術の適応になる場合があります。

大雑把に書くとこのような感じです。手術なんて必要なくなればそれに越したことはありません。実際に再発のほとんどは全身療法のみで行なわれます。それが著効することもあります。しかし、大きな再発巣を化学内分泌療法だけで根治するのはいまだに力不足です。状況によっては局所療法(手術、放射線治療)を組み合わせることも必要になるのです。

2010年12月26日日曜日

ネットはすごいけど怖い…

このブログを始めてから2年弱、もしかしたら誰かを傷つけるようなことを書いていないか、小心者の私は時々ネットで自分のブログを検索しています。

見て下さった方がご自分のブログなどで好意的に紹介してくださっているのを見つけるととてもうれしくなります。ただ、思いがけない形で取り上げられていたりすることもあってびっくりしたこともありました。

例を挙げると、

①若年者に対するマンモグラフィは、有用性が証明されていないのでお勧めできないという内容のことを書いたら、2ちゃんねるの中で引用されていました。これは、ある映画の主人公になった女性を誹謗中傷する内容を書き込んでいるスレッドだったので、非常に不本意でした。

②やはり2ちゃんねるのある保険会社関連のスレッドで、私のブログの内容が間違った形(誤解を受けるような)で引用されていました。

③あるブロガー(乳がんは早期発見も早期治療も必要ないと主張している…)が自分のブログに私のブログのURLを貼り付け、内容に対して具体的になんの反論もなしに、否定した結論だけを書いていました。

④あるブログの中でここのブログが紹介されていて、「ブロガーは乳腺外科医らしいがなぜ本名を名乗らないのか?」「このような主張をするならどうしてM.K先生(がんと闘うなと主張している高名なDr)の主張に言及しないのか?」というような内容が書かれていました。

③に関しては実は今まで何度も所属施設と本名をプロフィールに書こうかと思ったことがあったのですが、決断ができずに今に至ります。本名を名乗らないのはいろいろ理由がありますが、一番は患者さんの個人情報保護のためです。ブログの中で自分の患者さんのことに触れることがありますので、特定されてしまう危険性があります。また、そのことで書く内容に制限を加えなければならないのもストレスです。それと名乗るほどの者ではない、というのも大きな理由です(笑)。

M.K先生の件については、この方が主張している意味がよくわかりません。必要に応じてブログに個人名を出すことはあるかもしれませんが、極力イニシャル(病院名も)程度にとどめるようにしています。私は誰かを個人的に批判したり、議論をすることが目的でこのブログを書いているわけではないからです。自分の経験や知識をもとに自分の乳腺疾患に対する思いを書いてみたり、最新情報の中で興味ある内容をご紹介することで、自分の考えを表現し、共感できる方々に伝えられれば、というのが主旨なのです。

ネットの情報は早いのでとても便利ですが、こちらの思いと違う内容で取り上げられることもありますのでちょっと怖くなりました。

2010年12月22日水曜日

FDAがアバスチンの乳がん適応申請を却下(続報)

以前ここでも書きましたが、2010.7にFDAの抗悪性腫瘍薬諮問委員会が進行性乳がんに対するアバスチンの承認を審議し、12対1で取り消しを可決した(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/search/label/乳癌の治療最新情報)のを受けて、今回最終的なFDAの方針が発表されました。

これによるとFDAはアバスチンについて、乳がん治療薬としての適応症を除外する方針を決めたとのことです。欧州でも乳がんに対しての処方選択肢が縮小(パクリタキセルとの併用のみ可)されるそうです。

いずれも治験で有意な延命効果や安全性を確立できなかったためですが、ロシュは米国での乳がん適応の取り下げには応じないようです。日本でも中外製薬が乳がんの効能追加を申請中ですが、今後の認可はどうなるのでしょうか?先日製薬会社に確認したところによると、今のところは承認申請の取り下げも却下もないようです。

再発乳癌に対する新しい薬は喉から手が出るほど欲しいですが、非常に高価ですし、消化管穿孔などの重篤な副作用もある薬剤ですので、効果が十分に上回らなければ認可すべきではないと私は考えています。

2010年12月21日火曜日

来年の学会参加予定

もう少しで2010年も終わります。今年の全国学会の参加は、結局6月の乳癌学会と11月の乳癌検診学会の2回だけになってしまいました。院内の規定では、論文を書けば年度内(4月から3月)に3回まで参加できるのですが、このままでは2回のまま終わりそうです。来年の2.11-12に東京で乳癌画像研究会があるのですが参加するかどうか迷っています。

来年度はもう計画を立てています。

1.日本乳癌学会総会 2010.6.30-7.2 仙台
2.乳癌最新情報カンファレンス 2011.8.5-8.6 熊本
3.日本乳癌検診学会 2011.10.21-10.22 岡山

乳癌学会の演題はすでに提出しました。仙台は何度も行っていますが、きれいな街で食べ物もおいしいです。発表もあるのであまり観光はできないと思いますが、行ったことがないところを少しでも見てみたいです。どこがおすすめなんでしょうか?

乳癌最新情報カンファレンスは、前から何度も参加したいと思っていた研究会です。熊本は九州で唯一行ったことがない県なので、楽しみです。できれば演題を持って参加したいと思っています。熊本城は是非見たいですね。馬刺しとからし蓮根も食べたいです!

乳癌検診学会は、たぶんいつも通り技師さんたちのサポートにまわると思います。今回は同じ系列の病院の医師が運営に関わるようなので、演題を多く出すように言われています。春から乳腺外科に参加してくれる女医さんにも発表してもらおうかと考えています。岡山と言えば「ままかり」!前に行ったときは毎食のように食べていました。すっかり病みつきになってしまいましたが札幌ではなかなかお目にかかれません。

こんなことを書くと、学会に遊びに行っているように思われるかもしれませんが、実際は日程がびっちりでほとんど観光の時間はないんです。昼に抜け出して行くのと夜くらいなのでなかなかゆっくりその土地の良いところを見てまわることができないのが残念です。

2010年12月20日月曜日

細胞診と針生検 その2

(**書き終わってから前にも似たようなことを書いたことに気づきました(汗)。これだけ書いていると何を書いたのかわからなくなります(泣)。とりあえずこのまま続編として残しておきます。)


乳腺腫瘤を診断するために必要なのは、
①視触診 
②画像検査(マンモグラフィ、超音波検査、(MRI)) 
③病理学的検査(細胞診、組織診=針生検・マンモトーム生検・開放生検)
です。

病理学的検査のうち、乳がんの確定診断にもっともよく用いられるのが、細胞診と針生検です。今回はそれぞれの特徴についてお話しします。

<穿刺吸引細胞診(ABCまたはFNAC)>
・22-23Gという細い注射針を腫瘤に穿刺して、注射器で陰圧をかけながら吸引することによって組織から細胞を採取する方法です。
・バラバラになった細胞を見て、元の組織がどういうものだったかを推定する検査法ですので、本来は確定診断ではありません。正診率は95%程度で、時に診断の誤りが起こりえます。十分な経験をもつ医師または細胞検査士でなければ、診断率はさらに下がります。ですから、細胞診単独ではがんの断定はしないほうが無難です。視触診、画像診断、経過と細胞診の結果が一致した時にのみ確定診断とするという慎重な姿勢が大切です。
・診断精度は針生検(組織診)より劣りますが、微小な病変、皮膚や筋肉に近い病変、嚢胞性病変の場合には細胞診のほうが有用であることもあります。また麻酔も必要なく簡単に何度でも行なえる手軽さが特徴です。

<針生検(CNB)>
・14-18Gの専用穿刺針で内筒と外筒の間に組織を切り取って採取する方法です。バネによる自動式のものが主流ですが、すべて手動で行なうタイプもあります。
・基本的には組織診ですのでこれで確定診断になります。しかし、まれに針生検で誤診をするケースもあると言われています。例えば乳腺症型の線維腺腫と硬がんや非浸潤がんなどです。これも画像と組織診が一致しているかどうかをよく検討すれば避けられる誤診ではありますが、実際には病理から”癌です”と組織診の報告が来たら信じてしまいがちです。人間の目で診断するものですから、針生検の診断も100%ではないことを理解しなければいけません。
・診断精度が高いことが特徴ですが、もう一つ、がんの特徴(ホルモンレセプターやHER2など)を知ることができるため、術前化学療法を行なう場合には必須の検査です。
・あまりに微小な病変の場合は命中が困難です(マンモトーム生検なら可能)。また嚢胞性病変の場合には、当たりどころによっては液体しか採取できずに診断不可能な場合があります。皮膚や筋肉に近い場合は距離と角度が取れずにうまく穿刺ができない場合があります。

最近では、細胞診の誤診を避けるために病理医がより慎重に診断する傾向が強くなったためか、明らかながんだと思って穿刺しても「鑑別困難(以前の基準ではClassⅢ)」という判定で帰ってくることが多くなったという話を聞くことあります。結局針生検をしなきゃならなくなるので最初から針生検をするようになった施設が多いようです。もちろん、昨今の術前化学療法の普及のせいもあるとは思いますが…。

ただ、私がG病院で研修していた時に夜遅くまで私たちのために細胞診診断を教えて下さった乳腺細胞診断士の第1人者であるIさんの熱いお話を思い出すと、安易に細胞診という診断方法を捨てたくはないと個人的には思うのです。Iさんからの教えは今でもノートに残っています。今はもうG病院をやめてしまわれましたが、私にとっては懐かしい大切な思い出です。

2010年12月19日日曜日

乳腺認定医と専門医について

乳腺疾患に携わる医師の認定資格の中で、もっとも基本になるのが、乳癌学会で定めている、乳腺認定医・専門医です。

その医師に乳腺診療の経験や知識がどのくらいあるのかは一般の患者さんにはなかなかわかりません。この資格制度はその一つの目安になるものです。以下に簡単にその受験資格を示します。試験は筆記と口頭試問で行なわれます。

<乳腺認定医>
・基本的領域診療科(外科など)の認定医または専門医であること
・継続4年以上学会会員であること
・臨床研修医終了後、学会が認定した認定施設(関連施設)において所定の修練カリキュラムにしたがい通算2年以上の修練を行っていること
・40例の乳癌症例の診療実績があること
・乳腺疾患に関する業績を有すること

<乳腺専門医>
・乳癌学会認定医であること
・継続5年以上学会会員であること
・臨床研修医終了後、認定施設(関連施設を含む)において所定の修練カリキュラムにしたがい通算5年以上の修練を行っていること
・100例の乳癌症例の診療実績があること
・学会発表、論文発表業績が基準を満たすこと

これらはその医師の一定の評価にはなります。しかし、専門医を持っていれば手術が上手というわけではありません。また、この受験資格と試験では、その医師の人間性までは評価されません。ある程度の期間、認定施設で乳腺診療を行ない、ガイドライン中心に勉強しておけば、試験にはだいたい受かるのです。

結局、患者さんが納得いく医療を受けられるかどうかは、医師の知識と技量だけではなく、相性も含めた人間性が重要だと思います。しかし、これを評価するのはなかなか困難です。その病院で治療を受けた患者さんから直接話を聞くのが一番ですが、患者さんにもいろいろいらっしゃいますので、その患者さんにとっては良い医師でも、ご本人にとっては相性が悪いということもあります。結局直接会ってみないとわからないのが実情です。

なお、最近は様々な病院ランキングの本が出ていますが、これは参考程度にしておいたほうが良いです。もちろんここに出ている有名な乳腺外科医のほとんどは国内有数の実力を持つ医師です。しかしこういう本に出ていなくても、十分な実力を有する乳腺外科医もいますし、名前が出ているのに首を傾げたくなる医師も中にはいます。論文やマスコミで有名な医師が本当の名医とは限りません。患者さんの訴えに耳を貸さず、十分な説明もせずに上から目線で一方的に話をするような医師はどんなに有名であっても信頼に値しません。

代替補完療法8 鉱物関連

今から15年以上前のことですが、今でも強く記憶に残っている患者さんがいます。「代替補完療法2 一般的なお話」の中でも少し触れた方ですが、もう少し詳しく書いてみます。

この方は60才代で息子さんは国立大学の研究所に勤めているインテリジェンスのある女性でした。しかし、ずっと前にご自分でしこりを自覚していながら、手術などの治療が嫌で限界まで受診を我慢されていたため、来院時には切除できないほどの胸壁浸潤を伴った巨大ながん性潰瘍を呈していたのです。

乳がんの診断の後、まず抗がん剤の治療を始めることにしました。しかし最初から抗がん剤治療に対しては積極的ではなく、主治医の説得にやむを得ず受けているというような状況でした。

あるとき、その患者さんから、
「息子が大学の研究所でがんの研究をしています。いま鉱物を使った治療薬を息子が研究しているので使わせて欲しいんです。」
との申し出がありました。その薬剤の内容は研究中であることを理由に教えてもらえませんでした。静脈注射をしたいとのことでしたが、こちらとしては安全性の点から、何が含まれているかわからない薬剤を投与することはできない、とお断りしました。その後何度かやりとりがありましたが、なかなか納得してもらえませんでした。結局抗がん剤を拒否してその治療をしたいという患者さん側との折衷案として、霧吹きで潰瘍部分に対して外用することのみ許可を与えました。

それから霧吹きでその鉱物から抽出したものを病巣に吹きかけつつ、抗がん剤治療を行なっていました。しかしそれから間もなくのある日のこと、その患者さんの部屋は個室だったためモニターがついていたのですが、たまたま見ていた看護師がその患者さんのご家族が点滴ボトルに注射器を使って鉱物抽出液を注入しているところを目撃したのです。

ただちにご家族、ご本人にお聞きしたところ、前から注入していたことを認めたため、このまま続けたいのであればここで治療をするわけにはいかないとご説明しました。標準治療を受けることを再度強く説得しましたが結局聞き入れてもらえず、ご家族がこの鉱物治療を受け入れてくれる病院を探し出してきたために転院することになったのです。

その患者さんは結局転院先で2ヶ月後くらいに亡くなりました。ご本人だけでなく、ご家族ぐるみで標準治療を拒否されると説得はなかなか困難です。非常に残念な思いをしましたが、ご家族やご本人はそれで納得していたのかもしれないと思うと非常に複雑でした。

最近、私たちの病院でも代替補完療法を信じて標準治療を拒否される患者さんが散見されます。前に書いた波動療法の患者さんは結局増大したため手術を受け、現在は化学療法中です(一時的に波動療法で縮小したように見えたのは、ホルモン補充療法を乳がんと診断された際に中止したことによる一時的な変化だったことが判明しました)。その他に、ホルモン療法を拒否して玄米療法を選択した患者さん、食事療法で手術を拒否し経過観察中の患者さんなどを経験しています。

いろいろな代替補完療法の全てを否定するつもりはありません。しかし、少なくともこれらの治療を信じて標準治療を完全に拒否した患者さんの中で治癒した人を私は一人も知りません。

2010年12月16日木曜日

乳癌の治療最新情報23 HER2陽性乳がんに対する新たな補助療法

現在、HER2陽性乳がんの術後(術前)治療は、ハーセプチンとアンスラサイクリン系抗がん剤(+タキサン系抗がん剤)の併用が基本になっています。今回、サンアントニオ乳癌シンポジウム(SABCS)において新たなHER2陽性乳がんに対する治療法の可能性が2つ示されました。

①ペルツズマブ+ハーセプチン+ドセタキセル vs ハーセプチン+ドセタキセル
・初発の早期HER2陽性乳がんを対象とする術前補助療法の第2相治験
・pCR率(組織学的にがん細胞か完全に消えていた確率):46% vs 29%

②タイケルブ+ハーセプチン+パクリタキセルとの併用試験の中間データ
・pCR率:51%
・2剤併用のpCR率の比較:ハーセプチン+パクリタキセル群 30% vs タイケルブ+パクリタキセル 25%

この結果は、ハーセプチン登場によって劇的に改善したHER2陽性乳癌の予後をさらに改善する期待を抱かせる結果です。問題点は、ハーセプチンとタイケルブは既に市販されていますがともに高価なこと、そしてペルツズマブはまだ未承認で、おそらくこれも高価なことです。
しかし、このデータからは非常に有用である可能性が伺えますので、今後の動向に注目したいと思います。

2010年12月14日火曜日

ウエイトリフティングが乳がん術後のリンパ浮腫予防に効果!

JAMA12月8日オンライン版によると、乳がんで腋窩リンパ節郭清を行なった患者さんを無作為にダンベルによるウエイトリフティング運動を定期的に行なう群と行なわない群に分けて1年後のリンパ浮腫の発生率を調べたところ、ウエイトリフティング群で有意にリンパ浮腫の発生が低かったという結果が掲載されました。

乳がん術後の患者さんに対する体操やストレッチのような運動は可動域の維持に効果があるため、私たちもリハビリとして指導してきました。しかし手術をした側の腕には過度に負荷をかけないように指導しています。米国の臨床ガイドラインでも,浮腫防止策として重い荷物を持つことを制限しているそうです。

今回の研究の運動メニューは,背臥位でダンベルを側面や前面に持ち上げる,二頭筋,三頭筋を使って下げるなどで,1回90分間のウエイトリフティング運動を週2回1年間行うというものです。
腋窩リンパ節郭清を行なった乳がん患者154例をウエイトリフティング群77例(平均年齢54歳,平均リンパ節郭清数8),およびコントロール群77例(同56歳,9)にランダムに割り付けて検討しました。

その結果は、1年後の上腕における浮腫(乳がんに罹患していない方の上腕容積に比べ5%以上の増加)の発症率は,対照群17%に対しウエイトリフティング群では11%と有意に低かった(累積発症率比0.64,95%CI 0.28~1.45,P<0.003)ということです。

負荷のかけかたには十分な注意が必要だとは思いますが、今までの概念にとらわれずに積極的に運動することが効果的であるという今回の結果は、大好きだったスポーツを我慢してきた患者さんにとっては朗報ではないかと思います。もう少し検討を重ねて、どのような運動(体操、ストレッチ、ウエイトリフティング、スポーツ)が、リンパ浮腫発生に対して予防的に働くのか、または悪化の原因になるのかが解明されると良いですね!

2010年12月13日月曜日

肥満が乳がん生存率に影響!

肥満が乳がん術後の生存率に影響するという結果が先日まで行なわれていたサンアントニオ乳癌シンポジウム2010でUniversitats Frauenklinik(ドイツ)のPhilip Hepp氏らによって報告されました。

*肥満指数(BMI)=体重(kg)÷身長(m)の2乗
(例)身長150cm 体重60kg→60÷1.5の2乗=26.7
*標準体重=22×身長(m)の2乗
(例)身長150cm→22×1.5の2乗=49.5kg



概要は以下の通りです。

対象:ADEBAR試験(EC療法+ドセタキセル vs FEC療法の多施設共同フェーズ3試験)のデータを解析(リンパ節転移のある乳がん患者1502人中の1361人)。内訳は低体重(BMI<18.5kg/m2)は13人、標準体重(BMI 18.5-25kg/m2)は557人、過体重(25kg/m2<BMI<30kg/m2)は491人、肥満(BMI>30kg/m2)は300人。

結果:フォローアップ期間は60カ月。
①無再発生存率→低体重群では87.5%、標準体重群は70.4%、過体重群は70.7%、肥満群は58.6%。標準体重群の無再発生存期間は過体重群と有意差がなかったが、過体重群と肥満群では有意差が認められた(p=0.0075)。
②全生存期間→同様の傾向があり、過体重群と肥満群では有意差があった(p=0.0138)。
③FEC療法群とEC療法+ドセタキセル群の全生存期間→標準体重群、過体重群、肥満群のいずれの群でも有意な違いはなかった。
④多変量解析において、肥満(BMI>30kg/m2)が全生存期間に影響を与える因子であることが示された(ハザード比1.671、p=0.008)。

結論:肥満はリンパ節転移陽性乳がん患者の生存期間に影響を与える。減量も乳がん治療に加えることを検討すべきである。


やはり肥満はどんな病状に対してもあまり良いことはないようです。この結果からは、過体重(25kg/m2<BMI<30kg/m2)では有意差ががありませんので、あまり過敏になる必要はありません。しかし、肥満(BMI>30kg/m2)の方については要注意ということですので、主治医と健康的なダイエットについてご相談されてみてはいかがでしょうか?

2010年12月9日木曜日

乳がん治療の進歩で生存率が改善!

手術や化学療法、放射線治療を”がんの3大治療”と呼び、これを悪者扱いする人たちが未だにいらっしゃいます。彼らはこんなふうに主張し、3大治療を否定します。

”局所治療である手術では、全身病であるがんを治すことはできず、逆に後遺症で苦しむことになる”

”放射線治療は放射能を使う治療だから新たながんを発生させるので害にしかならない”

”抗がん剤は毒だから、副作用は苦しいし、免疫力を下げるのでかえって死期を早める”

もしこのような考え方が正しいのであれば、ここ数十年で飛躍的に進歩したこれらの治療によって、予後はかえって悪くなっているはずです(もちろん私たち現代医学を信じる医療従事者はそのようには考えていませんが…)。

その答えの一つが第33回サンアントニオ乳がんシンポジウムで発表されます。

米国のテキサス大学MDアンダーソンセンターで治療を受けた過去60年間の乳がん患者さんの治療成績が報告されるということですが、シンポジウムに先立って、その内容が発表されました。

結論から言うと、「乳がんの治療成績は過去60年間で飛躍的に改善している」ということです!!
(まあ当然と言えば当然ですが…)

10年単位の患者さんをステージ別に分類し、その初回診察時からの生存率を解析してみると、5年生存率、10年生存率ともに、全ステージにおいて年代を経るごとに改善していたということです。

例としてステージ4(初診時に転移を有する乳がん)の10年生存率をみてみると…

1944-1954年  3.3%
1985-1994年  22.2%

と、約7倍に改善していたということです。

これは明らかに化学療法、内分泌療法、放射線治療、手術などの治療の進歩による成果だと考えられます(ステージ4に関しては放射線治療、手術療法の効果は限定的)。この進歩というのは、新規薬剤の開発だけではなく、志のある多くの医師と研究者が、これらの治療の適切な使い方を真摯に追求してきた結果なのだと思います。

もちろん、手術には後遺症(痛みやむくみなど)、放射線治療には副作用(間質性肺炎や皮膚炎など)、そして化学療法にも苦痛な副作用があるのは否定できない事実です。しかし、患者さんたちは、この治療を受けることによってがんを克服できる可能性が高くなると信じて頑張っているのです。今回はそれを証明した一つのデータだと思います。

こういう事実を見て、3大治療を否定しようとする人たちはどう反論するのでしょうか?

2010年12月7日火曜日

抗癌剤の副作用11 手足症候群

手足症候群は、手足の皮膚細胞が障害を受けることによって起きる副作用です。

症状によって、次のようにグレード分類されます(CTCAE V3.0 日本語訳 JCOG/JSCO版 手足皮膚反応のグレード判定基準)。

グレード1  疼痛を伴わない軽微な皮膚の変化または皮膚炎(紅斑など)
グレード2  機能障害のない皮膚の変化(角層剥離、水疱、出血、腫脹など)または疼痛
グレード3  潰瘍性皮膚炎または疼痛による機能障害を伴う皮膚の変化

発生機序:正確な発症機序は不明。皮膚基底細胞の増殖能の阻害,エクリン汗腺からの薬剤分泌などが原因として考えられています。

発症頻度:ゼローダにおいては、3週投与1週休薬(A法)で51.9%(グレード2以上は23.6%)と報告されています。

原因薬剤:5FU系(5FU注、ゼローダ、フルツロン、TS-1など)でよく見られます。他にタキサン系(ドセタキセル、パクリタキセル)、アンスラサイクリン系(ドキソルビシンなど)、メソトレキセートでも起きることがあります。また乳がんへの適応はありませんが、ソラフェニブやスニチニブなどの分子標的薬でも起きると言われています。

治療:確立した治療法はありません。グレード2以上では抗癌剤投与中止が望ましいと言われています。そのまま継続すると薬剤終了後も症状が続くことがあります。非薬物療法としては、手足の安静、挙上,冷却などがあります。薬物療法では、局所には保湿クリームの塗布、ステロイドの外用が有効です。内服治療としてはリン酸ピリドキサール(ビタミンB6)錠(ピドキサール®)を投与します。ゼローダ投与時には、私は予防的にこの薬を内服してもらっていますが、重篤な手足症候群はほとんどみられなくなりました。

日常の注意点:
①皮膚を清潔にし,乾燥を避ける→低刺激性石けん、保湿剤を使用
③過度の荷重や機械的刺激(熱、摩擦、ジョギングなど)を避ける→やわらかいパッドなどを患部に当てる


余談ですが…私の父は7年前に大腸癌で亡くなりました。肝転移を伴う進行癌で見つかったため、根治手術はできず5FUの持続点滴を行なっていましたが、途中からひどい手足症候群に悩まされていました。あのころはピドキサールの内服が有効であることも知らず、主治医の指示のまま治療を継続していたため、途中から痛みで歩くこともできなくなってしまいました。亡くなる直前までこの治療を自宅で受けさせてしまったことは今でも後悔しています。全身状態を考えると、もう少し早くに治療を中止して緩和医療に移行してあげれば良かったと思っています。患者さんに手足症候群のお話をするときにはいつも父の痛々しい姿を思い出してしまいます。

2010年12月6日月曜日

抗癌剤の副作用10 末梢神経障害(しびれなど)

末梢神経障害(しびれ、刺すような痛み、灼熱感、感覚異常、自律神経障害、味覚障害など)は、筋肉痛や関節痛と同様にタキサン系抗がん剤でよくみられる不快な副作用です。他にもビンカアルカロイド系抗がん剤(ナベルビンなど)でも生じます。この副作用は筋肉痛や関節痛と異なり、投与回数を重ねるごとに発症頻度が高くなります。

発症機序:前回書いたように、タキサン系抗がん剤は微小管の働きを妨げるため、神経細胞の軸索の働きを傷害することが原因と考えられています。

発症頻度:パクリタキセルの日本国内の第II相試験においては、65.1%と報告されています。外国の第II相試験においても末梢神経障害は59.2%と高率でした。

治療:冷浴しながらのマッサージ、保温、水とお湯に交互につける、ゴムまりを使った運動療法などの非薬物療法のほか、薬物療法として、漢方薬(牛車腎気丸7.5g/日、芍薬甘草湯7.5g/日、疎経活血湯7.5g/日…)やビタミン剤(VitB6、B12)、グルタミン(用量は筋肉痛・関節痛の記載を参照して下さい…2g/日から30g/日までかなり幅があります)、鎮痛剤(非麻薬性、麻薬性)、三環性抗うつ薬(トリプタノールなど)、抗てんかん薬(ランドセンなど)、COX2阻害剤(モービックなど)が投与されますが、効果がみられない場合もあります。

日常の注意点:知覚が低下しているためやけどには注意が必要です。スリッパを履いている時などはつまづきやすい場合もあります。

末梢神経障害の予防法は確立しておらず、確実に根治を期待できる治療法もありません。ほとんどは軽快し、日常生活に支障がなくなりますが、たまに長期にわたって症状を訴える患者さんもいらっしゃいます。ですから症状の早期発見、早期対応が重要なのです。

2010年12月5日日曜日

抗癌剤の副作用9 筋肉痛・関節痛

タキサン系抗がん剤(ドセタキセル、パクリタキセル)の特有の副作用として筋肉痛と関節痛があります。命に関わるような副作用ではありませんが、一度発症すると非常につらいようで、なかなか良い治療もないためやっかいです。症状は、タキサン投与後2-3日で発現し、数日でおさまると書いてある説明書もありますが、もっと長く続く場合もあります。この症状は毎クール出現することが多いようです。


原因:あまり詳しくはわかっていないようです。関節痛と筋肉痛が同じ機序によるものなのか不明ですし、しびれの原因とごちゃまぜになっている説明書もあります。一般にタキサン系のような微小管をターゲットにする抗がん剤は、その副作用として神経細胞の軸索の働きを傷害し、しびれや感覚障害や痛みなどの末梢神経障害の副作用を引き起こします。これが関節痛・筋肉痛の原因であるかのように書いているものもありますが、私が診ている限り、タキサンによる筋肉痛や関節痛は神経痛とは違うように感じます。
一方、筋肉内に多く含まれるL-グルタミンは筋肉の蛋白合成に強く関与していて、タキサン系抗がん剤使用時に筋肉内のL-グルタミンの消費が亢進し相対的に不足するとされています。これが筋肉痛の原因の一つかもしれません。関節痛の原因について明確に書かれている文献は私はまだ見たことがありません。

発症頻度:パクリタキセルの国内臨床試験成績によると、関節痛(40.3%)、筋肉痛(36.3%)と約3人に1人が発症していました(臨床試験によってはもっと少なく報告しているものもありますが、印象としてはこのくらいあると思います)。

治療:症状に合わせて消炎鎮痛剤(軽度では非ステロイド系鎮痛剤、中等度ではステロイド)を投与したり(薬剤投与後2-5日に予防投与するのも効果的)、芍薬甘草湯(薬剤投与2日前から7.5g/日を内服)もよく使用されますが、あまり効果がみられないことも多いようです。症状が強い場合(重度)では麻薬を用いることもあるようですが、私は今のところこの副作用に対して麻薬を投与したことはありません。ある施設では、L-グルタミン(胃薬のマーズレンSに含まれている)をパクリタキセルの翌日夕より内服開始し、1回量4g、1日5回で良好な結果が得られたと報告しています。もっと少ない量でも効果があったという報告もあります(1.5-30g/日)。これは筋肉痛に対してのみなのか、関節痛にも効いたのかについては不明です。

しびれやむくみとともに非常にわずらわしい副作用ですが、これらの副作用は通常、治療が終了すればおさまってきます。後遺症として残ることはほとんどありませんので、あまり心配しすぎないことも大切なことです。

2010年12月4日土曜日

待望の女性乳腺外科医!

乳癌学会の抄録、1時間で書き終えました。抄録を書くのは嫌いじゃないんです。今回は症例報告なのでささっと書いちゃいました。本格的な準備はまだ先です。

これから来春こちらに戻ってくる道東の関連病院の女医さんの分の抄録準備に取りかかる予定です。私はずっと長い間、女性の乳腺外科医が仲間になってくれるのを待っていました。

何度か可能性を期待したことはありました。

1度目は私より少し先輩の女医さんでした。外科所属だったのですが、途中で婦人科に転科してしまいました。
2度目は他の病院から移って来た女医さんでした。消化器外科医希望でしたが、職場に慣れずにかなり苦労していたため、負担の軽い乳腺外科への変更を勧めましたが、結局退職してしまいました。
3度目はやはり消化器外科に興味を持って入って来た女医さんでした。外科所属になった直後から乳腺にも興味を持っていて、マンモグラフィ読影医の資格試験を受けたり、乳癌学会に所属したりしていたため、乳腺外科に心が傾いてくれないかと期待したのですが、迷った末に結局初志貫徹で消化器外科(胃)の専門研修に出ることが決まりました。

そしてそうやく道東で外科研修をしていたN先生が来春から本格的に乳腺外科をやってくれることになったのです。これでようやく私の肩の荷が降ります。G先生の他にもう一人後継者を見つけたし、症例検討会も軌道に乗ってきたし、技師さんたちの技量も十分にアップしたし…もう私がここでやるべきことはなくなってきました。

さて、これから何をしようかな…。

2010年12月3日金曜日

第19回 日本乳癌学会総会 演題申し込み

乳癌検診学会が終わったばかりなのに、もう来年の乳癌学会の締め切りが21日に迫っています。

まだ抄録には手を付けていませんが、今回は少し楽をして症例報告にしようかと思っています。

来年の乳癌学会総会は、2011.6.30-7.2までの3日間、仙台で開催されます。今までは会期は2日間でしたが、参加者と演題数の増加により、今回から3日間に変更になりました。

仙台での乳がん関連の学会は比較的多くて、自分自身の参加は今回がたぶん4回目くらいになると思います。いつもなかなか時間が取れなくて、観光はほとんど行ったことがありません(青葉城資料展示館くらいです)。今回は3日目が午前で終わるようなので少し観光に行きたいなと思っています。仙台は、牛タン、牡蠣(時期ではありませんが)、笹かまぼこなど美味しいものがいっぱいあります。先日東北大学に視察に行った時に飲んだ地酒も美味しかったです。学会に参加するときは、その土地の名物を食べるのもとても楽しみです!

(会場の仙台国際センターに向かう時には広瀬川を渡ります。青葉城趾を見ながら橋を歩いていると自然にさとう宗幸の「青葉城恋唄」が頭に浮かんでくるのは私だけでしょうか?)

2010年12月2日木曜日

高齢者の手術はどこまですべきか?

私たちの病院は高齢の患者さんが多いため、乳がんで手術をする患者さんも高齢者の比率が高いです。以前調べてみたら、乳がん手術患者さんの3人に1人は70才以上でした。これはおそらく乳腺クリニックやがんセンターの比率とはかなり異なると思います。

一般的に高齢者に対しては過大な侵襲を避けるように心がけています。全身麻酔が危険なほど全身状態が悪い患者さんにはホルモン療法のみにしたり、多少大きくても局所麻酔で部分切除のみにしたりしています。全身麻酔可能であっても、リンパ節転移の可能性が低い場合には腋窩には手をつけない場合もあります。ただセンチネルリンパ節生検をするようになってからは、センチネルリンパ節生検まではすることが多くなっています。

私が外来で診ている患者さんで、いま80代半ばの方がいらっしゃいます。この患者さんは、初回手術のときに腋窩に明らかなリンパ節転移が1個ありました。この時すでに80才くらいで少し持病をお持ちだったため、腋窩リンパ節はLevel1までの”軽い”郭清にして乳房温存術を行ないました。しかし、2年もたたないうちに郭清した腋窩の奥にリンパ節再発をきたしたのです。

この患者さんはトリプル・ネガティブでした。ホルモン療法は無効です。しかし強い抗がん剤を投与するには年齢的に厳しいと考えたため、結局切除することになりました。全身麻酔で問題なく再郭清を行ない、その後内服の抗がん剤を2年服用し、再手術から3年、どこにも再発しておらず元気に通院されています。

結果的には初回手術の時に定型的な郭清をしていたら再手術はしなくてすんだ症例です。初回手術時の判断が完全に間違っていたとは思いませんが(年齢的にはこの間に他の病気で命を落とす可能性もあったため)、年齢だけで治療を決めつけてもいけないということを考えさせられました。

トリプル・ネガティブなのに内服の抗がん剤(フルツロン)のみで再発していない、というのも興味深いですね。前にある先生の講演で、内服の5FU製剤(UFTやフルツロンなど)が案外、トリプル・ネガティブにも効果があったという話を聞いたことがあります。暴れん坊のトリプル・ネガティブにマイルドな内服の抗がん剤が効くことがあるというのは不思議だけど本当なんですね!

2010年11月30日火曜日

乳房再建の講演後〜外来での変化

11/6にE先生に乳房再建の講演をしていただいてから約1ヶ月が経ちました。

講演を聴きにきていた患者さんの一人(30才代)がさっそく再建を希望されたのでE先生の外来に紹介しました。今のところ紹介状を書いた患者さんは他にはいませんが、講演を聴いて興味を持った方は数人いるようです。

この前の講演会は、決まってからの日数が少なかったため、患者会に入っていない患者さんのうち、3ヶ月以上受診していない方の多くには伝わっていませんでした。ですから、そういう患者さんには、外来でお話しするようにしています。比較的若い患者さんはやはり興味を持っているようです。

でももう手術からずいぶん時間が経っていたり、高齢だったりすると、乳房再建なんて考えていないという方も多くいらっしゃいます。

先日診察に来た患者さんもそうでした。年齢は60才代後半。再発なく5年経過しています。

最初に、

「乳房再建について考えてはいないのですか?」

とお聞きすると、

「もう年だし、誰に見せるわけでもないから。日常生活は何も困っていないし…。」

と答えていたのですが、一応、講演会の内容をお話しして、高齢の方も乳房再建を受けていることや、今は保険が利くようになったこと(自己組織の場合)などをご説明して、

「もしそういうお気持ちになったらご紹介しますからいつでもおっしゃって下さいね!」

とお話ししたところ、

「そうですね〜。もしおっぱいができたら今まで知らず知らずのうちに我慢して来たことができるようになりますよね…。温泉とかも気にしないで入れるようになるし!」

と前向きになってくれたのです。

とてもうれしいと思うと同時に、今までこういう患者さんの心の底にある思いを十分に聞き出せていなかったのだなあということを思い知りました(前は保険外診療で高額だったので勧めづらかったということもありますが)。

これからは乳房再建の希望者が札幌でも増えて行くような気がします。患者さんにも私たち医療者にも乳房再建を考えるきっかけを与えて下さったE先生に感謝の気持ちでいっぱいです。

2010年11月29日月曜日

再発の治癒が期待できる可能性

乳がんの術後に再発すると、もうだめではないか?と感じてしまう方が多いと思います。実際、再発した患者さんを完全治癒に導くのは容易ではありません。しかし、幸いなことに再発が治癒したと考えられる患者さんがいるのもまた事実です。ですから画一的に「再発したら完全に治癒させることはできないのだから、治癒を目指して積極的な治療をするのは間違いだ」と言い切る考え方には同意できません。前にも書きましたが、今あるエビデンスは、もうずいぶん前の臨床試験から導き出されたものです。ハーセプチンもアロマターゼ阻害剤もゾメタもない時代のものです。

乳がん術後の再発は3つに分けられます。

①局所再発…全摘後は稀ですが、温存術後は10年で10%くらいで起こりえます。
②リンパ節再発…腋窩、鎖骨下、鎖骨上、胸骨傍など。
③遠隔再発…初再発部位で多いのは、肺、骨、肝。

集学的治療(局所療法と全身療法の組み合わせ)で治癒させられる可能性は、①>②>③の順です。

①は、乳房温存術と乳房全摘術の間で局所再発率は乳房温存術のほうが高いのにもかかわらず、両者で生存率に差が出なかったように、乳房内の局所再発は早めに治療すれば十分に治癒が期待できます。

②は、不十分な郭清(センチネルリンパ節生検による偽陰性も含めて)によるもの(腋窩リンパ節再発)であれば、再郭清と補助療法の追加で治癒を目指せる可能性があります。所属リンパ節ではありますが初回手術では通常郭清しない、胸骨傍や鎖骨上下のリンパ節再発でも、局所治療(手術または放射線治療)と全身療法の併用で治癒が期待できます。

③は、この中では一番治癒させるのが困難です。ただ、単発から数個までの肺転移は手術と全身療法で治癒した症例を数例経験しています。また、肝転移は一般に予後不良と考えられていますが、化学療法で完全に治癒していた症例、化学療法の動脈内注入とアロマターゼ阻害剤で今のところ5年以上再発していない症例を経験しています。


再発を治癒させれるかどうかは、上に述べた再発部位や再発臓器数が大きな因子になりますが、生物学的な要因も大きいです。ER陽性またはHER2陽性であればターゲットがありますので、治療手段も豊富ですし、反応も良好です。局所治療と組み合わせることができれば、うまくいけば治癒を目指せる可能性もあります。

最近、貴重な経験をしました。
術後早期に鎖骨上リンパ節に再発した患者さんなのですが、再発後にパクリタキセルを投与し、放射線治療とハーセプチンを投与してきたところ、CR(画像上、完全に再発が消えた状態)を5年維持できたために治療を終了できたのです。再発後にハーセプチンを投与して、5年以上CRを維持できて治療から離脱できたのは私自身は初めてでした。

この患者さんが、もし20年前に再発していたら…おそらくこうはならなかったでしょう。ハーセプチンという薬剤の登場が治療の選択肢を増やすだけではなく、予後も大きく変えたのです。このような治療の変化を考慮に入れずに、古いエビデンスだけにとらわれ、再発をひとくくりにして治療の可能性を狭めるのは医療の発展を妨げ、患者さんに不利益を与えることになるかもしれないことを再認識させられた経験でした。

2010年11月25日木曜日

シリーズ〜女性のがん 「乳房再建」

11/6に私たちの病院でD病院の形成外科医、E先生に乳房再建についての講演をしていただいた模様が、昨日のuhbのスーパーニュース内で放送されました。

今回は「シリーズ〜女性のがん」として放送されてきた特集の10回目にあたります。E先生が乳房再建に力を入れ始めたきっかけのお話や遠方から手術を受けにきた患者さんの辛かった経験や乳房再建にかける思い、そして実際の手術の模様など、時間は短かったのですがとても充実していたと思います。キャスターの松本裕子さんを始めとしたスタッフの皆さんのこの特集にかける強い思いが伝わってくる番組でした。

ただちょっと残念なのは、せっかくのシリーズなのに番組HPで見ることができないことです。時間帯的に仕事を持っている人にはこの番組を生で見るのはなかなか難しいと思います。せっかくの特集ですので、HPでいつでも見れるようになるとうれしいですね。

それにしても今回の特集は、私がE先生と飲んでいるときに、

「なかなか乳房再建に踏み切れない患者さんが多いんですよね…。うちの患者会で再建の話をしてくれませんか?」

とお願いしたことがきっかけなんです。それがブログを介してまさかTV放送にまでつながるとは…。ネットってすごいですね!

2010年11月23日火曜日

抗癌剤の副作用8 心筋障害



原因薬剤の種類が限定されており、頻度もそう高くありませんが、注意すべき抗がん剤の副作用の一つが心筋障害です。

乳がん領域においては、特にFECやACに用いるエピルビシン(商品名 ファルモルビシンなど)やドキソルビシン(商品名 アドリアマイシン)などのアンスラサイクリン系の薬剤やトラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)をよく使用するため時々問題になります。

抗がん剤による心筋障害の概略は以下の通りです。

原因薬剤:                                
①アンスラサイクリン系抗がん剤(ダウノルビシン、エピルビシン、ドキソルビシンなど)→不可逆性、用量依存性。ハイリスクは、高齢者、心血管疾患や糖尿病、高血圧の合併、ハーセプチンの併用、放射線照射の既往など。           
②トラスツズマブ(ハーセプチン®)→可逆性(ただし約20%は不可逆性)、用量非依存性(治療開始後数週間から数ヵ月以内に発現)。ハイリスクはアンスラサイクリンの併用

検査:                                       
心毒性を持つ化学療法剤の投与前には必ず心機能の評価(UCG)を行なう。治療中も3ヶ月に1回程度、UCGでフォローする。血中トロポニン値を測定が有用とも言われている。

治療:                                   
原因薬剤を中止する。トラスツズマブは中止によって2 ~ 4 ヵ月で心機能が回復する可能性が高い。アンスラサイクリンによる心筋障害は中止しても改善しない。心不全の治療は、通常の対応と同様。


今から10年以上前に呼吸困難を主訴に受診した、がん性胸膜炎(悪性胸水)を伴う4期の進行乳がん患者さんがいました。

すぐに抗がん剤(CAF療法)を行なって3回で腫瘍は縮小し胸水も消失したため原発巣を切除。その後合計6回の予定で化学療法を行なっていたところ、5回目の投与で重症の心不全を発症したのです。

内科的に治療を行ないながらタモキシフェンのみの投与を行なったところ、10年近くの長期にわたってCR(完全寛解)を継続できました。しかし、心機能は改善しないため、心不全の入院を繰り返し、QOLを著しくて以下させてしまうことになりました。

この患者さんに言われた言葉が忘れられません。

「お金がかかって主人にも迷惑がかかるし、こんなに苦しい思いをして生きるくらいなら、乳がんなど治さないであの時に死なせてくれれば良かったのに…」

医師としてがんを治すだけでは患者さんを幸せにすることはできない場合があるということを教えていただいた症例でした…。

写真はアドリアマイシン心筋障害の胸部レントゲン写真です(左が安定期、右が心不全発症時)。

2010年11月21日日曜日

乳癌の治療最新情報22 ハラヴェン(一般名 エリブリン)

エーザイ社製の乳がん治療薬「ハラヴェン」(一般名 エリブリンメシル酸塩)を米食品医薬品局(FDA)が承認しました(http://www.eisai.co.jp/news/news201064.html)。

この薬剤はアントラサイクリン系およびタキサン系抗がん剤を含む少なくとも2種類のがん化学療法による前治療歴のある転移性乳がん患者において、単剤で統計学的に有意に全生存期間(OS)を延長した世界で初めてのがん化学療法剤です。国際共同第III相試験「EMBRACE」におけるエリブリン投与群のOSは13.12カ月で、治験医師選択療法群との比較で2.5カ月の延命が確認されています。

エリブリンは、クロイソカイメンから単離された天然物「ハリコンドリンB」の合成類縁化合物です。新しい作用機序(細胞分裂装置の主体となる微小管の短縮には影響を与えずに、微小管の伸長を阻害することで、抗腫瘍効果を発揮する)を有する非タキサン系微小管ダイナミクス阻害剤で、2−5分の静脈投与で行えますので外来投与に適している可能性があります。水溶性が高く、溶解補助剤も不要です。

気になる副作用ですが、高頻度(頻度25%以上)に認められた有害事象は、無気力(疲労感)、好中球減少、貧血、脱毛症、末梢神経障害(無感覚、手足等のしびれ)、吐き気、便秘で、特に重篤な有害事象として報告されたのは好中球減少(発熱を伴う症例が4%、発熱を伴わない症例が2%)でした。またハラヴェン投与中止に至った主な有害事象は末梢神経障害(5%)だったということです。

米国では近日中に発売予定だそうです。日本や欧州でも承認申請中なので来年にでも認可されるかもしれませんね。

北海道の乳がん検診webサイト

製薬会社のMRさんから「乳癌検診についてのサイトが新しくできた」とのご連絡をいただきました。

このサイトには、乳がん検診についての総論、道内各地の乳がん検診を受けられる施設のリンクや専門医のお話、マンモグラフィについての説明が書いてあります。「命と乳房を守るWEBサイト実行委員会」が作成したサイトの北海道版のようです。

道内在住の一般女性には役に立つサイトだと思います。

第20回乳癌検診学会総会終了!


今日、福岡から帰ってきました。

今回は私たちの病院と関連病院から3題の演題を発表してきました。内容の概略は以下の通りです。

医師(放射線技師から演者変更)…検診発見乳癌症例のマンモグラフィ所見と二重読影の有用性
超音波技師…マンモグラフィで微細石灰化のみだった非触知乳癌症例に対する超音波検査の診断能
放射線技師…無料クーポン券導入前後の受診者状況の比較と今後の課題

観光は昼休みを利用して太宰府に少しだけ行ってきました(写真は「飛梅」…もちろん花はありませんでした(泣))。時間がなかったので、昼ご飯(肉そばともちろん梅ヶ枝餅&抹茶セット)を食べてお参りをするだけになってしまいました。本当はまた宝物殿や国立博物館にも行きたかったのですが残念です。

「乳癌検診学会」というのは研究範囲が非常に狭い学会です。毎年演題を発表するのはなかなか大変です。でも乳がん検診の内容は年々変化してきていますので、参加していないと流れについて行けなくなります。毎回学会に参加して刺激を受けながら、来年の発表はこんな内容はどうかな、とか考えています。

来年は岡山で行なわれます。先日講演をしてくれた岡山のDrから演題を4題は出して欲しいと言われました(汗)。春以降は体制がどうなるか、私もここにいるのかもわかりませんが、下地作りはしておこうと思っています。

2010年11月17日水曜日

CVポート学習会終了


関連病院での学習会(講演)がようやく終わりました!

夕方6時から1時間半くらいの予定で始まりました。参加者は、関連病院内の医師、薬剤師、看護師など約30人くらい。内容はCVポート(抗がん剤などを投与するための植え込み器具)の仕組みと取り扱い、関連合併症についてと、抗がん剤の副作用一般についての話でした。

(写真は内頸静脈内のカテーテル周囲に生じた血栓)

全部話すには時間が足りなかったので抗がん剤の副作用は少し省きましたが、おおむね予定通りの時間で終わりました。

フロアからは、日常感じている疑問などについてけっこう質問があり、結局終了は予定を過ぎてしまいました。参加者の感想は聞けませんでしたが、今回のスライドを作るに当たって自分自身も知識の整理ができて良かったです。今度機会があれば、職場でも話をしたいと思っています。

これで少し肩の荷が下ります。明日からは福岡で勉強してきます。

2010年11月16日火曜日

第20回乳癌検診学会総会(in 福岡)


2010.11.19-20に福岡で第20回乳癌検診学会総会が行なわれます。

この学会には毎年参加していますが、主に技師さんたちに発表してもらっています(私たち乳腺外科医はバックアップに徹しています)。

今回も超音波技師が1題、放射線技師が2題発表予定だったのですが、放射線技師の一人(女性)のおめでたが発覚!!
初産でもあり、ちょうど大事な時期に重なってしまうため、今回の発表は断念して代わりに乳腺外科医のG先生に発表してもらうことになりました。せっかく準備してきたのに残念ですが、おめでたいことですので是非元気な赤ちゃんを産んで欲しいものです!

結局今回の福岡出張は、乳腺外科医2人、超音波技師1人、放射線技師1人の4人で参加することになりました。日程がけっこうきついので、残念ながらあまり福岡観光はできそうもありません。太宰府は宿泊するホテルがある天神からすぐなので、できればまた行ってみたいと思っているのですが…。以前行ったときは4月で、梅は終わっていましたが(飛梅で有名!)桜が満開でとてもきれいでした。今回は晩秋ですので花は咲いていないと思いますが紅葉が楽しみです。そして池のほとりのお茶屋で抹茶を飲みながら梅ヶ枝餅が食べたい!前に食べた味が忘れられません!(写真)

まあ本来の目的は勉強ですが、せっかく九州まで行くのでちょっとの時間でも観光ができたらいいなと思っています。

さあ、明日は関連病院でのCVポートの勉強会です。スライドは69枚!どこまで話せるか時間との闘いです!

2010年11月15日月曜日

化学療法中のインフルエンザワクチン接種時期

化学療法中の患者さんからよく聞かれる質問の一つに、インフルエンザワクチンを受けた方が良いのか?受けるならいつがいいのか?というのがあります。

その答えは、「乳癌診療ガイドラインー1 薬物療法 2010年版」の中に書いてあります。要旨は以下の通りです。

1.化学療法施行前または施行中に、インフルエンザ不活化ワクチンの接種が望まれる(推奨グレードB)。
2.化学療法前に接種する場合は、初回投与の2週間前までに接種することが望ましい。
3.すでに治療中の場合は、治療日は避ける。できれば投与後7日以降の接種が望ましい(化学療法後7日以内だと抗体産生能が劣るという報告あり)。

化学療法中のワクチン接種の場合、問題になるのは、抗体の産生能と副作用の重複です。
証明はされていませんが、化学療法剤と同時に投与することが多いステロイドの投与が抗体の産生に影響を及ぼす可能性は否定できません(ステロイドが抗体産生に及ぼす影響はなかったとの報告もありますが…)。
また免疫機能が下がっている時にはあまりワクチンを打ちたくないものです。もしこの時期に接種して発熱した場合、好中球減少に伴う細菌感染なのか、ワクチンの副作用なのかがわからなくなるからです。

ですから私は、例えばFEC療法の場合は、抗がん剤投与2週後以降の骨髄機能が回復する時期に接種するように勧めています。しかしこのころに骨髄抑制のピークを迎えることも多いのが実情です。次のクールを1週ずらして接種するのも一つの方法かもしれません。問題はパクリタキセルをweekly投与している場合ですが、ステロイドも投与しますので3週連続投与1週休薬の場合は、休薬する週に接種しています。しかし、この時期はパクリタキセルでも免疫機能が一番下がっている可能性もあるのでなかなか悩ましいです。この場合も骨髄抑制が強い場合は次のクールを1週遅らせるのが良いかもしれませんね。

以上を考えると、インフルエンザワクチンはできれば化学療法開始前に接種しておくのがベストだと思います。

2010年11月12日金曜日

両側乳がん流行中?

関連病院に通院中の乳がん術後の患者さんに立て続けに対側の乳がんが見つかってしまいました。2週間でなんと3人!

いずれも1cm以下で非浸潤がんの疑いですので幸い早期発見することができました。私は乳がん術後の患者さんの乳房検査は年1回のマンモグラフィと半年に1回の超音波検査を基本にしています。ただ、10年以上たったある程度高齢の患者さんの場合は年1回で診ることも多いです。乳腺症があったり、乳腺濃度が濃い方については、自己検診で発見しにくい場合もありますから、半年ごとの超音波検査を私はお勧めしています。

今日、細胞診の結果をお話しした患者さんは、50代後半の方でした。最初の乳がんはけっこう進行した状態で見つかりましたが、抗がん剤とホルモン療法で再発なく経過していました。今回の超音波検査では、4㎜の古い嚢胞様の腫瘤が指摘されましたが、前回(半年前)までは嚢胞を指摘されていませんでした。技師さんが要フォローと記載してくれたため、細胞診で非浸潤がんの診断に至りました。やはり経時的に変化をみていくことは早期発見のためには重要なことです。ちなみにこの患者さんの場合はマンモグラフィに病変は写っていませんでした。経験的にはやはり、超音波検査は早期がんの発見に非常に有効だと思っています(もちろん技師さんの技量にもよりますが…)。

両側乳がんの頻度は5%と言われています。通常、第1癌より第2癌のほうが早期に発見されると言われていますが、これは定期検査を受けていることと、乳房に関心を持つようになったことが理由と考えられています。できることなら自覚症状が出る前に検査で発見してあげたいといつも思っています(中にはそううまくいかない場合もありますが…)。

2010年11月11日木曜日

がん患者さんの経済的負担

マスコミでがん患者さんの治療費の負担が厳しいことが報道され、世の中の関心も少しずつ集まるようになってきました。

私たちの病院にも経済的困難を抱えた患者さんがたくさんいらっしゃいます。黙って通院を中断したり、検査を受けたがらなかったり、薬を間引きして飲んでいたり…。気をつけないとそういう患者さんの困難に気づかないことがあります。

経済的困難を抱えていることがわかったら、私たちは院内の医療福祉課へご紹介します。働きたくても働けず、本当に生活に困窮している方には、ここで生活保護の申請をお勧めし手続きのお手伝いをします。また生活保護の対象にはなりませんが、所得が少なくて医療費の支払いが厳しい場合には、無料低額診療制度を利用していただきます(これには、細かい所得の規定があり、また特定の条件を満たした病院でしか受けられない制度です)。またすべての患者さんに適応になるのが高額医療費制度です。所得によって限度額がありますが、その限度額を超えた分はあとで償還されます。その他にも医療費の貸付制度などがありますので、その患者さんにもっとも適した制度をご紹介してもらうようにしています。

2002年から2007年の「がん医療費」の伸びは21.7%で、「国民医療費」の伸びの10.3%と比較すると約2倍にもなります(「国民所得」の伸びは2003年から2008年の間にわずか1.8%!)。

先日の日本癌治療学会において、全国の癌診療施設の約1万8000人の患者の医療費負担についての報告が発表されました。
その結果の概要は以下の通りです。

1.自己負担額の平均:101万円
   直接費用〜入院52万円(該当割合74%)、外来18万円(同100%)、交通費5万円(同94%)
   間接費用〜健康食品・民間療法22万円(同57%)、民間保険料25万円(同85%)、その他14万円(同43%)

2.償還・給付額:平均62.5万円〜高額医療費28万円(該当割合53%)、医療費還付9万円(同23%)、民間保険給付102万円(同45%)

3.治療法別の自己負担額と償還・給付額:化学療法(1150人)→133万円と75万円、分子標的治療(59人)→125万円と74万円、粒子線治療(388人)→420万円と116万円

4.経済的な理由で治療を変更・断念した患者:約3%(継続的な受療者が152万人とすると、4.5万人が癌の経済難民に該当)

医療費、特にがん医療に関する医療費の増加には、いろいろな問題、課題があります。その解決策も、ただ薬価を下げれば良いということではありません。

例えば高い確率で有効だと考えられる症例を厳密に選んで薬剤を投与すれば奏効率は上がりますが、投与人数が減るため製薬会社が開発費を回収するためには薬剤単価を上げざるを得ません。逆に適応をゆるくすれば対象患者が増え、薬価は下げりますが、多くの患者さんたちに無益な治療を行なうことになってしまいます。適応を厳密にして薬価を下げるのが理想ですが、そうすると製薬会社は開発費が回収できなくなってしまいますので、どこも研究に手を出さなくなってしまいます。これは医学の進歩を止めてしまいます。

また、いま問題になっている臨床試験のさまざまな課題や混合診療の是非の問題も解決されていません。やはり国がこの問題にもっと積極的に関わっていかないと、解決はしないと思います。

2010年11月9日火曜日

韓国人の患者さん

3ヶ月前に血性乳頭分泌で受診された患者さんがいました。母国は韓国です。3年ほど前から仕事で単身、日本に来られていました。韓国人に限らず、外国人は日本語を覚えるのが早いです。ほとんど日常会話は日本語でOK!非常に助かりました。

この方は細胞診で乳管内乳頭腫と診断されました。血性乳頭分泌もありますし、乳癌の合併もたまにあるので切除をお勧めしましたが、家族が誰もいないということで、手術するなら母国でしたいということでした。急ぐ必要はありませんので、長期に韓国に戻るときに紹介状を書いてお渡しすることにしました。

でも、韓国の医師には何語で手紙を書けば良いのでしょうか?ハングルはまったくわからないですし、パソコンでも打てません…。英語がわかるかどうかも微妙です(おそらく韓国人は日本人より英語がわかるはずですが…)。

そんなことを患者さんとお話ししていて思い出しました。

私が14年前に研修していた東京のG病院で一緒に研修していた韓国人の女医さんがいたんです。李先生という方で、この先生は英語より日本語の方が堪能でした。とても気さくな先生で、ご主人と息子さんと一緒に相撲観戦にも行った記憶があります。

私がG病院から札幌に戻るときに李先生も韓国に戻られましたが、その後乳癌学会でお会いしたことがあります。その時に、名刺をいただきましたが、帰国後、彼女は乳腺クリニックを開業したそうです。それまでは韓国にはほとんど乳腺専門病院はなかったということです。

そのとき以来、お会いしていませんので、今もこのクリニックで働いているのか不明ですし、彼女が日本語をまだ覚えているのかわからないので連絡を取るのに少しビビっています…(汗)。でもこの患者さんが帰国する前にはなんとか連絡を取ってみようと思っています。

2010年11月8日月曜日

化学療法の院内学習会〜CVポートの管理



先月、週2回外来に行っている関連病院の薬剤部から、講演を頼まれました。テーマは「安全な化学療法の施行について〜CVポート管理を中心に〜」ということでした。

私は乳腺外科医ですが、諸事情で現在主に外来化学療法を担当しています。腫瘍内科の研修を受けたわけではないのでまったくの独学ですが、室長という名ばかりの肩書きをもらっています。

CVポートというのは以前にもここで書きましたが、安全に抗がん剤などを繰り返し投与するために、体内に埋め込むカテーテルに接続した器具です。これを留置すると、毎回血管を探すために何度も針を刺す必要がなくなりますし、注意しなければならない抗がん剤投与中の合併症である、抗がん剤漏れのリスクを減らすことができます。

しかし、このCVポート自体にも注意しなければならない合併症があります。今回はそんな話をする予定です(写真左はフィブリンで内腔が閉塞して摘出したCVポート、右は屈曲して穴が開いたカテーテル)。ついでに抗がん剤の副作用一般についてもスライドを作っています。あれこれ追加していったら、いつの間にかスライド枚数が70枚に達してしまいました(汗)。講演時間は1時間くらいなので全部話すのはちょっと厳しそうです。抗がん剤一般の話はまた今度にしようかと思っています。

今回の学習会は院内(職員対象)だけですので院外からの参加はできませんが、せっかく作ったスライドなので、今度別の機会にでもまた話ができればと思っています。

2010年11月6日土曜日

乳房再建講演会

乳がん患者会主催の乳房再建の講演会が今日開催されました。

講師はD病院の形成外科部長E先生。かなり前から外来や患者会を通じてご案内をしていましたが、いったい何人の方が集まって下さるのか内心不安でした。でも開演時には用意した席数を超える多くの方が病院内外から集まって下さいました!(正確にはまだ聞いていませんが50人ほどはいらしていたのではないでしょうか?)

ご講演の内容は、①形成外科一般のお話 ②乳房再建のお話 の2部構成になっていて写真や動画をふんだんに使ったとてもわかりやすいお話でした。

①では、外科→形成外科の歴史と形成外科で取り扱う疾患とその治療法の説明がありました。やけどや外傷など、ちょっとショッキングな画像もありましたので、気絶する方もいらっしゃるのではないかと心配しましたが、E先生の上手な語りでみなさん、どきどきしながら興味深そうに聞いていました。

②は今回のメイン・テーマです。乳房再建の種類(一期的vs二期的、自己組織を使う方法vs人工物を使う方法)、それぞれの特徴、実際の症例、巨大乳房や乳房下垂の際の工夫、実際にかかる手術時間や入院日数、費用などについても詳しく教えて下さいました。

今日の講演会の様子の一部は、Fテレビ系列のローカル局で11/24の夕方のスーパーなニュースの中で「シリーズ〜女性のがん」として放送されます(わかる方にはわかりますよね?)。

E先生はとてもきさくで患者さんからの信頼も厚い方です。今日のお話はとてもわかりやすかったのではないかと思います。そして比較的乳房再建に消極的な北海道の患者さんたちにも乳房再建を考えるきっかけになったのではないかと思います。

私は司会をしていた関係で残念ながら講演会の様子を写真に残すことができませんでした。残念…。
これからE先生とワインで懇親を深めに行ってきます!

2010年11月4日木曜日

”腫瘤”と”腫瘍”と”がん”と”癌”

私たちは時に医学的な用語を一般の人もわかっているだろうと思い込んでいて、とんでもない勘違いを引き起こすことがあります。

最近こんなことを経験しました。

ある患者さんがマンモグラフィ検診で陰影を認め、”腫瘤疑い”として精密検査にいらっしゃいました。精密検査でマンモグラフィの再検査と超音波検査を行ない、その陰影は正常な孤立性乳腺(または過誤種という良性腫瘤)と判断し、精密検査は”異常なし”なので1年後に超音波検査を予約して帰られました。

しかし、きちんとご説明したつもりだったのですが、自宅に帰ってから娘さんに検査結果をお話ししたところ、
「がんなのに1年後でいいなんておかしい!他の病院で診てもらったほうがいい!」
と言われたそうです。ご本人もわかっていたはずなのに混乱したのか、
「たしかにおかしい。検診結果には”がん疑い”と書いてあったはずなのに…」
と思ってしまい、他院への紹介状を希望されて再来院したのです。

この経過を看護師から聞いた私は、ピンときました。
たまにいらっしゃるのです。”腫瘤”=”がん”だと思ってしまう患者さんが…。ただ通常はそのような方はその場で聞いてくるので、すぐにその違いをお話しして理解していただけるのですが、今回のケースは自宅に帰ってから起きた勘違いだったのでので大事になってしまったのです。

”腫瘤”は、いわゆる”しこり”で、この中には腫瘍はもちろん、乳腺症や乳腺炎の硬結や切除後の瘢痕などの腫瘍ではない病変も含みます。
”腫瘍”は、ある細胞が「自律性」に(つまり勝手に)無制限の分裂、増殖をなし、量的に増大するもののことを言います。
”悪性腫瘍”は、”腫瘍の中でも、浸潤性に増殖し転移するなど悪性を示すもののことを言います。一方、ゆっくり増大し、転移や浸潤を来さない腫瘍を良性腫瘍と言います。
”がん(癌)”は、悪性腫瘍のうち、上皮細胞(皮膚、食道などの扁平上皮や胃、大腸、膵、乳腺などの腺上皮)が悪性化したものを言います。脂肪、筋肉、神経、骨などの非上皮細胞由来の悪性腫瘍は”肉腫”と呼びます。
なお、最近ではひらがな表記で”がん”と書く場合は、「癌と肉腫を合わせたもの=悪性腫瘍」の意味で用いられることが多いようです(Wikipediaによる)。これは日本だけの概念ですし、紛らわしいので私は”癌”と”肉腫”は区別してご説明しています(なお私が最近のブログで”乳がん”と書いているのは、癌という漢字が難しい字ですし、文字が小さいと見づらいことがあるからで、肉腫を含むという意味ではありません)。

この患者さんには、再度上記の用語についてお話しし、ご説明が不十分で誤解させてしまったことをお詫びしました。結局納得していただき、他院への受診は見合わせることになりました。

このようなちょっとした誤解や説明不足がトラブルや不信感の原因になることをあらためて教えていただきました。わかっていただいているつもりでも、そうではないこともありますので、もっと丁寧なご説明をしなければなりませんね。反省です…。

2010年11月1日月曜日

mucocele-like tumor(MLT)

境界明瞭な腫瘤に細胞診をした際、粘液が引けることがあります。このような場合には細胞診の結果が良性であっても注意が必要です。

粘液を伴う悪性腫瘍の代表が粘液がんです。粘液がんは乳がんの組織型の中では特殊型に分類されており、その頻度は全乳がんの約1-4%程度と言われています。粘液がんはさらに全てが粘液がんからなる純型(pure type) と乳管がんの成分を有する混合型(mixed type) に分けられます。比較的予後が良いタイプと言われており、特に純型は予後良好です。

そして粘液を伴う良性の代表がmucocele-like tumor(MLT)です。MLTは嚢胞や拡張乳管内に貯留した粘液が破綻して間質内に漏れ出て粘液湖を形成したものです。マンモグラフィで多形性の石灰化集簇(丸みがあって大きめなのが特徴)を呈したり、超音波検査で点状の内部エコーや隔壁を伴う嚢胞様病変として描出されます。

MLTは良性ですので普通に考えると何もしなくて良さそうですが、この腫瘤の問題点は、周囲に非浸潤がんや粘液がんを伴うことがあるということです。ですから粘液が引けた場合は、たとえ良性の細胞しか引けていなくても、摘出して周囲にがんを伴っていないか確認した方が良いという意見が多いようです。

ただ、周囲と言ってもどのくらいの範囲まで切除して確認すべきなのかまでは言及されていません。通常は腫瘤の周囲に正常乳腺を少しつけて切除しますが、石灰化を伴なう場合は石灰化のある範囲はできる限り切除して病理検索したほうが良いということになります(この場合切除範囲が広くなることもあります)。MRで悪性を疑う所見が認められず、細胞診でも悪性所見がなければ厳重な経過観察ということも選択肢の一つとして考えることも可能かもしれませんが、がんの合併については十分な注意が必要であることを説明する必要があります。

私たちの病院でもMLTはたまに経験する病変です。経過観察をしている患者さんもいますが、今までのところ悪性疾患の合併はみられていません(注 その後切除症例で1例がんの合併例を経験しました)。

いずれにしても細胞診で粘液が引けた場合には、そのことをきちんと依頼書に記載することが、治療や経過観察をする上でとても重要なのです。

2010年10月28日木曜日

緑茶による乳がん予防効果が否定!

緑茶にはカテキンと呼ばれる抗酸化物質が豊富に含まれるため、がんの予防効果があると言われています。胃がんに関してはそのような予防効果に関する疫学研究があると聞いたことがあります(静岡などの緑茶を多く飲む地域では胃がんの発生が少ない)。

今回国立がんセンターの予防研究部から報告されたのは、緑茶が乳がん発症を抑制するかどうかという疫学研究です。概要は以下の通りです。

対象および方法:対象は1990~94年のベースライン調査に参加した女性5万3,793例。ベースライン時と研究開始5年時点(1995~98年)の中間調査での緑茶の摂取習慣に関するアンケートの結果を用い,緑茶の摂取量,お茶の種類をより詳細に分けた検証を行なった。

結果:ベースライン調査対象者5万3,793例のうち,約13.6年の追跡期間に581例が乳がんと新規に診断された。1週間の緑茶摂取量別に乳がんリスクとの関連を調査したところ,週1杯未満の群(全体の12%)を1とした場合の乳がんリスクは1日5杯以上緑茶を飲んでいる群(全体の27%)で1.12(95%CI 0.81~1.56,P=0.60)と有意な関連が見られなかった。
中間調査における解析では,摂取量,お茶の種類をより詳細に分けた検証が行われた。回答のあった4万3,639例のうち,約9.5年の追跡期間で350例が乳がんと新規に診断された。週1杯未満の群を基準として,1日10杯以上の煎茶を飲んでいた人の乳がんリスクを見たところ,やはり有意な関連は見られず(補正後ハザード比1.02,95%CI 0.55~1.89,P for trend=0.48),番茶および玄米茶でも同様であった(AHR 0.86,同0.34~2.17,P for trend=0.66)。

結局、緑茶では乳がんの予防にはならないという結果でした。

2010年10月27日水曜日

臨床試験結果の透明性について

がん領域において、世界中で新薬や新しい薬剤の組み合わせなどの治療法の臨床試験(治験)が行なわれています。私は治験に直接関わったこともなく不勉強のため、詳しくは知りませんので、認識が間違っていたらすみません。ちょっと思うことがあったので書きます。

私自身、臨床医としては、患者さんにプラスになる新しい治療が生まれることを心から期待しています。もちろん傍観者としてではなく、本来は自分も治験に関わらなくてはいけないと思っていますが、なかなかハードルは高いです。

ただ、期待した結果が得られないと治験の途中で判明した場合、今の時代では第三者機関が治験の中止を勧告するようになってきています。米国ではFDAなどがその役割を担っているようです(全てかどうかは知りませんが…)。国内でも途中で中止になったケースは今までもありました。

先日、ある乳がん患者さんから連絡を受けました。この患者さんは、ある術後補助療法の治験に参加していて、以前から相談を受けていた方でした。そのお話によると、比較対象の群が明らかに不利益があるとわかったので治験が中止になったと担当医から説明を受けたというものでした。

この治験は以前から私はとても注目していたものでした。そして好ましい結果が出ると信じていた治験であり、実際今まで報告されていた内容では十分にその結果が期待されるものだったのです。しかし、治験の結果は新しい治療法のほうが従来の治療法より明らかに劣るということだったので、事実関係を確かめるために、当該薬の製薬メーカーの担当者に問い合わせをしてみました。

しかしその返答は、”治験の結果は製薬会社側からは公表できない。治験を担当した医師から聞いて下さい”というものでした。日本中、世界中が注目し、期待していた治験です。実際、保険外診療などでこの治療を行なっている(当然効果を期待して)患者さんもいるのです。良い結果は公表するけど、中止になった理由は公表しないという姿勢には疑問を感じます。治験中の患者さんにはご説明しているのですから、公表しても良いのではないかと私には思えるのですが…。もちろん、製薬会社にとって不利益になる結果は隠したくなるのもわかりますが、なぜ期待できるはずの結果が得られなかったのか?という理由は、臨床医にとってとても重要な情報なのです。

治験については、どんなことを行なっているのかはネットで検索すると知ることができます。新しい治療を期待している患者さん、医療従事者のためにも、良い結果だけではなく、期待した結果が得られなかったという事実も公表するような透明性が必要ではないかと強く感じました。

今回の治験がどんな治験なのか、その内容をここでお話できないのは残念です。内容を書くとどこのどんな治験かがわかってしまうからです…。
とてもじれったいです!
なんとも言えない怒りを感じています!

2010年10月26日火曜日

糖尿病性乳腺症

今日、右乳房にしこりを自覚して受診した35才初診の患者さん。触診では両側に乳腺症の所見がありますが、明らかに右乳房の外上部に5×4cm大の硬いしこりを触れました。徐々に増大してきたという症状からまず乳がんを疑いました。

しかし超音波検査をしてみると…境界不明瞭で強く後方に陰影を引きますが、画像を調整(ゲインを上げる)と内部構造が透けて見えて周囲の乳腺とつながるのが確認できました。超音波診断は”糖尿病性乳腺症疑い”。今まで何例か経験しているベテランの技師さんは、この疾患の特徴をよく覚えていてくれたため、的確に診断してくれました。

実はこの患者さんが受診したのは受付時間を過ぎていたため、慌てて触診をしてから検査に行ってもらったため、カルテを十分に見ていませんでしたが、若いのにかなりコントロールの悪い糖尿病を患っていたのです。超音波技師さんは内科のカルテも確認して、診断に確信をもったのだと思います。結局、確定診断のために針生検をすることにしましたが、もし超音波検査で乳がん疑いと書かれたら細胞診をオーダーしていたかもしれません。この疾患は細胞診ではほとんど細胞が取れないため、診断できないことが多いのです。今日は本当に技師さんに助けられました。

以下、糖尿病性乳腺症について少しご説明します。

臨床的に乳癌と紛らわしい比較的まれな良性病変の一つにfibrous disease というものがあります。線維化、硝子化した基質の増生と、小葉の萎縮、リンパ球浸潤を特徴とし、一種の炎症性変化と考えられる病態で、その一種で糖尿病患者で発生したものを糖尿病性乳腺症(diabetic mastopathy)と呼んでいます。代表的な検査所見は以下の通りです。

触診:硬く不整形で境界不明瞭な腫瘤を触れ、癌が疑われる所見です。
マンモグラフィ:局所性非対称性陰影または構築の乱れなど、やや不明瞭な像が多いと言われています。
超音波検査:不整形の低エコー腫瘤を呈し、後方エコーは強く減弱します。あたかも硬ががんか浸潤性小葉癌のように見えますが、がんであれば、周囲の乳腺とは構造が連続していませんが、この疾患ではゲインを調整すると内部構造が周囲の乳腺とつながることが確認できます。
細胞診:穿刺時の印象は非常に硬く、細胞成分がほとんど採れないのが特徴です。ですからこの疾患を疑った場合には針生検を行なう必要があります。

ホルモン補充療法(HRT)と乳がんの関係〜最近の知見

今まで報告されてきた研究によると,HRTは乳がんの発症を増加させるものの,HRTを受けていない場合と比べその性質は良好で,ステージが低く,生存期間が長いと言われてきました。

しかしランダム化比較試験であるWHI試験では,HRTは乳がんリスクを上昇させるだけではなく、より進行したステージで診断される傾向が示されました。そして今回,さらに長期の追跡により,HRT群ではリンパ節転移陽性が多く,死亡率が高いという結果が出たとのことです。

WHI試験の概要は以下の通りです。

対象:1993-2002年に全米40施設で登録された50~79歳の健康女性1万6,608人。HRT群(結合型エストロゲン0.625mg/日+酢酸メドロキシプロゲステロン2.5mg/日)とプラセボ群に分けられた。

方法:当初の平均介入期間は5.6年(SD 1.3年,3.7~8.6年)で平均追跡期間は,7.9年(SD 1.4年)だった。今回は,その後の積極的追跡に関して同意を得た1万2,788人(生存者の83%)の2009年8月までの追跡に基づき,平均追跡期間の11.0年間(SD 2.7年,0.1~15.3年)の浸潤性乳がんの累積発症数と死亡率を解析した。

結果:すべての試験参加者を含むintention to treat(ITT)解析を行なった。
①浸潤性乳がん発症率:HRT群とプラセボ群で385例(1年当たり0.42%)vs. 293例(同0.34%)発症し,HRT群でハザード比(HR)1.25(95%CI 1.07~1.46,P=0.004)と,有意なリスク上昇が認められた。
②リンパ節転移陽性率:81例(23.7%)vs. 43例(16.2%)とHRT群に多く,HR 1.78(95%CI 1.23~2.58,P=0.03)であった。
③乳がんによる死亡率:25例(1年当たり0.03%)vs. 12例(同0.01%),HR 1.96(95%CI 1.00~4.04,P=0.049)と,HRT群でリスクが有意に上昇していた。
④乳がん診断後の総死亡率:51例(1年当たり0.05%)vs. 31例(同0.03%),HR 1.57(95%CI 1.01~2.48,P=0.045)とHRT群で死亡率が高かった。

プロゲステロンは血管新生を刺激し,このために乳がん死亡や肺がん死亡を増加させる可能性があることが報告されています。総死亡はこれらのリスクが合わさった可能性があり、HRTを選択する場合には十分なリスクとベネフィットの考慮が必要と考えられます。

今まで私は、HRT中の患者さんに、「HRTは乳がん発症率は増加させますが、ホルモン依存性のおとなしいがんが多いことと、注意して乳房検査を受けることが多いため、予後は悪化させないと言われています」とご説明してきましたが、少し改めなければならないと思いました。

2010年10月24日日曜日

乳房再建についての講演会

11/6(土)に私たちの病院の第2別館で、D病院形成外科のE先生をお招きして「乳房再建について」のご講演をしていただくことになりました。

今回の講演会は病院にバックアップしてもらうということで、乳がん患者会主催の形で行ないます。対象は基本的には当院および関連病院通院中の乳がん患者さんとご家族、そして職員の予定ですが、私をご存知の乳がん患者さんは参加していただいてかまいません。せっかくの機会ですので多くの方に聞いていただきたいと思っています。

北海道ではまだまだ乳房再建の希望者は少ないようですが、けっこう敷居が高いと思っている方が多いようです。また、保険適応の拡大などの新しい情報をご存じない方も多いのではないでしょうか?今回はそんな疑問にお答えいただけるような内容になるのではないかと期待しています。また、とても気さくな先生ですので、乳がんと直接関係ない形成外科に関するご質問にもお答えしていただけることと思います。

講演会の内容の報告はまた後日アップします!

2010年10月21日木曜日

ハーセプチン-ADC(抗体-薬物複合体)続報

以前、ハーセプチンと抗がん剤を結合させた新しいタイプの治療薬(抗体-薬物複合体(ADC)製剤)、トラスツズマブ(ハーセプチン)-DM1(T-DM1)について報告しました。今回はその続報です。


T-DM1は、現在HER2陽性進行性乳がんを適応症とする第1-3選択薬などで治験中です。今回スイスのロシュ社が発表した第2相試験データによると、T-DM1投与群の全奏功率(腫瘍縮小効果)は48%で、トラスツズマブ/ドセタキセル群の41%を上回ったということです。グレード3以上の有害事象発生率はT-DM1群が37%、トラスツズマブ/ドセタキセル群が75%で、有効性、安全性ともに既存療法を上回ることが確認されました。

ロシュ社にによると2012年の承認申請を予定しているそうです。他社でも様々なADC製剤が開発、臨床試験中のようです。T-DM1は、今のところ奏効率が高く、副作用が少ないという理想的な薬剤になりつつあります。今後もこのような薬剤が出てきて欲しいですね!

2010年10月19日火曜日

乳がん治療後の妊娠・出産

若年発症の乳がん患者さんにとっての大きな心配事は、乳がんになっても妊娠して大丈夫か、ということです。私もネットを介して何度か相談を受けたことがあります。

昔は妊娠・出産は再発を促すので禁止ということを指導されていましたが、最近の報告では妊娠・出産は乳がん患者の予後を悪化させないという考え方が一般的になってきています。ただ、術後補助療法を中止して妊娠・出産しても大丈夫かどうかまではっきり書かれた報告はないように思います。基本的には術後必要な補助療法を行なった後に妊娠するのであれば予後を悪化させない、と考えるのが正しいのではないでしょうか。

今回、第35回欧州臨床腫瘍学会(ESMO 2010;10月8~12日,イタリア・ミラノ)でJules Bordet Institute(ベルギー)らが発表した報告もこの考え方を支持するものです。概要を下に示します。

対象:1988~2006年に40歳以下で乳がんと診断され,治療完遂後に妊娠した患者32人中、回答を得た20人。乳がんと診断された当時の年齢の中央値は32歳(27~37歳),出産時の年齢の中央値は36歳(30~43歳)。

結果:授乳を行っていたのは回答者の半数の10人。そのうち4人は出産後1カ月以内に授乳を中止していたが,授乳に関するカウンセリングを受けていた6人は出産後7~17カ月(中央値11カ月)にわたって授乳していた。また,温存手術を含め乳腺切除を受けている場合は授乳期間が短くなる傾向にあり,ボディーイメージが授乳行動に影響することも示唆された。授乳をしない主な理由としては「安全だと知らなかった」,「授乳できないと思っていた」など。進行例は授乳者と非授乳者それぞれ1人ずつであり,出産後の追跡期間中央値48カ月において回答者20人はすべて生存していた。

この報告は比較試験ではなく、観察期間も短く、症例数も少ないのでエビデンスレベルは低いものですが、今後妊娠を希望されている若年乳がん患者さんには心強いデータだと思います。

妊娠可能年齢ぎりぎりで妊娠を希望されている場合には、5年間のホルモン療法はかなり決断のいることだと思います。可能なら補助療法は行なうべきではありますが、再発リスクと秤にかけて主治医とよくご相談の上、慎重に判断されるのがよいと思います。

2010年10月17日日曜日

患者会温泉一泊旅行





10/16-17、病院の乳がん患者会で定山渓温泉に行ってきました。

毎年恒例の秋の温泉旅行ですが今まではすべて日帰りでしたので、今回は初めての1泊旅行でした。今までも何度か話には上がりましたが、なかなか実現できなかったのですがついに、という感じです。

場所は定山渓温泉の「定山渓ホテル」。直前になって、患者会の会長さんが体調を崩して参加を断念せざるを得ないというアクシデントはありましたが、職員を含めて22名の参加で行ってきました。

温泉到着後、夕食までの間に周辺の散策をしてきました。急激に寒くなってきたこのごろですが、紅葉は急激な寒さに追いついていないようです。もしかしたら紅葉しないで枯れてしまうのでしょうか?

1枚目の写真は豊平川上流の川沿いにある「かっぱ大王」。何のご利益があるのかわかりませんが、みんなで頭を触ってきました。
2枚目の写真は、さらに先に行ったところにある「かっぱ淵」。定山渓の「かっぱ伝説」の元になった場所です。定山渓観光協会のHPによると、明治時代にここで溺れて行方不明になった美形の若者が、一周忌の夜に故郷の父の夢枕に立って、「私は今かっぱの妻と子供と一緒に幸せに暮らしている」と語ったというのが「かっぱ伝説」です。以後、ここで溺れる人はいなくなったとか…。

散策後、さっそく温泉につかってさっぱりしてから夕食→二次会。患者さんたちは元気で明るい方が多く、歌も飛び交い話し声が聞こえないほどの盛り上がりでした。ビンゴゲームもとても楽しかったです。
3枚目の写真は、ブログ掲載を承諾してくれた、患者さんたちです。私は翌朝、検診があるので11時前には切り上げて休みましたが、きっと部屋ではまだまだ楽しく過ごしたことと思います(笑)。

4枚目の写真は朝、部屋から見た景色です。遠くに赤い橋(二見吊橋)が見えますが、その下側に見えるあたりがかっぱ淵です。

私はそれから車で病院に向かって乳がん検診をしてから帰宅しました。ちょっと疲れましたが楽しい旅行でした。天気にも恵まれて本当に良かったです。今回の患者さんの感想を集約して、好評であれば来年も一泊旅行を企画したいと思っています。

2010年10月15日金曜日

若年性乳がん患者の家族の発がんリスク

ここは乳がんに関するブログではありますが、人間が罹るがんはもちろん乳がんだけではありません。特に高齢化社会になって、一生のうちにがんにかからない人の方が少なくなるのではないかというのが今の日本です。2003年罹患・死亡データに基づく年齢階級別罹患リスク(厚生の指標)によると、日本人が生涯のうちに何らかのがんに罹る可能性は、男性54.5%、女性40.7%もあります。

ですから、よく患者さんから聞かれることがありますが、乳がん患者さんのご家族が何かのがんに罹っていてもまったく不思議はありません。しかし、今回オーストラリアから発表された報告によると、若年発症(35才未満)の乳がん患者さんの家族の発がんリスクは、他の家系に比べると有意に高いということがわかったそうです(メルボルン大学 John Hopperら「British Journal of Cancer」9月28日号)。

オーストラリアでは乳がん患者の40人に1人が35歳未満だそうです。今回の研究は、オーストラリア、カナダおよび米国の乳がん患者500人(いずれも35歳未満で診断)の親および兄弟姉妹2,200人を対象(BRCA1およびBRCA2などの発がんリスクを増大させることが知られている主要な遺伝子変異をもつ家族は除外)としています。

この解析結果によると、乳がん患者の父親および兄弟は前立腺がんリスクが5倍、母親および姉妹は卵巣がんリスクが2倍、乳がんリスクが4倍、近親者全体で脳腫瘍の発症リスクが3倍、肺がんリスクが8倍、尿路がんリスクが4倍という高リスクだったそうです。

白人と日本人とではまったく同等には考えることはできませんが、未知の遺伝子異常が関与している可能性は否定できません。若年発症の乳がん患者さんのご家族は、乳がんや卵巣がんだけではなく、念のため他の臓器のがんについても注意が必要だということは言えそうです。

2010年10月13日水曜日

今度の日曜はJ.M.Sですが…

10/17の第3日曜日は以前にもご紹介したようにジャパン・マンモグラフィ・サンデーです(http://www.j-posh.com/jms.htm)。

平日は仕事や家事でなかなか乳がん検診を受けられない女性のために、日曜日に乳がん検診を受けれるようにしようとJ.POSHが始めた運動です。私たちの病院も昨年から賛同施設となっています。

しかしもうあとわずかに迫っているのですが、なかなか申し込みがありません…。

もともと私たちの病院ではこの日は地域の方々のための検診日になっていて乳がん検診も一緒に行なっています。こちらの申し込みはいつも通りあるのですが、J.M.Sとしての新たな乳がん検診の申し込みが増えないのです。J.POSHのHPには賛同施設として病院名が掲載されているのですが、情報提供不足なんでしょうか?健診課では、病院のHPにも掲載してアピールを始めたそうです(おそ過ぎ!)。ちなみに昨年、札幌の他の病院(私たちの病院より規模が大きい)の乳腺外科医(大学の友人です)も「せっかく日曜に体制を取ったのにほとんど申し込みがない…」と嘆いていました。

せっかくの試みなのに一般市民に伝わらなくては意味がありません。メディアを使った宣伝をもっとしておけば良かったです…。せっかくこの前、某テレビ局の方とお知り合いになって名刺もいただいたので来年は取り上げてもらえるようにお願いしてみます!

2010年10月10日日曜日

乳がん患者のパートナーとうつ病

乳がん患者のパートナーはうつ病のリスクが高いという報告がデンマークの大規模研究で示されました。

今回の研究は、1994~2006年にデンマークに在住し、乳がんを発症した女性パートナー(妻または同居するガールフレンド)をもつ男性2万538人を追跡したものです。教育レベルなどの因子による誤差のないよう統計値を調整して検討した結果、このような男性は他の男性に比べ、うつ病や不安などの気分障害で入院する比率が39%高いことが判明しました。

突然の乳がんの診断、そして病状が深刻になった場合はなおさら、本人だけではなく、パートナーにも精神的に大きな負担がかかるのは容易に想像できます。今回の報告はそれを具体的な数字で示しています。

私自身の経験でも、術後に切除標本をご主人に見せたら倒れてしまったとか、ご本人は落ち着いて話を聞いているのに「先生、絶対死なないって約束して下さい!」と泣きながら訴えるご主人、十分に説明してご本人は理解しているのに温存術後に断端陽性で再手術が必要とわかった途端、激しく動揺して怒り出してしまったご主人、などご本人以上にパートナーにとっても精神的なダメージが大きいと感じることはよくあります。もちろん表面に出さないケースのほうが圧倒的に多いはずです。こちらのほうが私たちとしてもフォローが十分にできない可能性がありますので注意が必要です。

毎年夏に行なっているWith You Hokkaidoですが、患者さんだけではなくご家族も対象になっているのですが、ご夫婦で参加されているケースは稀です。仕事で忙しいこともあるでしょうが、パートナーに対するフォローは十分に行なえていないのが現状です。なんらかの手だてを考えなければならないと今回の報告を見て感じました。

2010年10月9日土曜日

ホルモンレセプターの陰性化

初回手術時の原発巣のホルモンレセプターが陽性であっても再発巣のホルモンレセプターが陽性とは限らない、というのが今回の乳癌学会地方会での発表内容です。これは最近、世界的にも注目され、同様の報告が発表されています。

今回調べた当院の症例では、約30%の患者さんでホルモンレセプターの陰性化が見られました。もし、再発巣の組織検査をしていなければ、ホルモンレセプター陽性の再発としてホルモン療法が選択されていたはずです。というのは、現在の再発治療の考え方の基本は、Hortbagyiのアルゴリズムというものに沿って行なうことが多いからです。このアルゴリズムでは、ホルモンレセプター陽性乳癌の再発は、生命の危機がないものに対してはホルモン療法から始めることを推奨しているのです。

なぜホルモンレセプターの陰性化が起きるのでしょうか?

実はまだよくわかっていません。

前回の乳癌学会総会では、原発巣と同時に切除した腋窩リンパ節転移巣でもすでに5-10%でホルモンレセプターの陰性化が起きていることを報告しました。この時の検討では、原発巣のホルモンレセプター陽性細胞率が低い症例(弱陽性)で陰性化が起きやすいことがわかりました。これはおそらくモザイク状に存在している原発巣のホルモンレセプター陰性細胞の割合が高い方が転移しやすいという確率の問題だと推測されました。

しかし今回の検討では、ホルモンレセプター陽性細胞率が高い症例(強陽性)においても陰性化が見られており、しかも再発巣の陰性化率が同時に切除された腋窩リンパ節転移巣よりはるかに高いということから、単に確率の問題だけではなく、術後に行なった補助療法の影響があるのではないかと考えられました。

検討した範囲内でわかったことは、術後に化学療法を行なっていた症例と閉経後の症例で陰性化が起きやすいということです。推測ですが、これらの結果から2つの機序が考えられます。

①術後ホルモン療法の効果によるホルモンレセプター陽性細胞の消失(ホルモン療法によってモザイク状に存在していた再発組織の中の陽性細胞だけが消失し、陰性の細胞だけが残った)
→閉経後で陰性化症例が多かったのは、閉経前より閉経後の方がホルモン療法の効果が大きかったからではないのか?ということから推測。

②術後化学療法で生き残ったホルモンレセプター陽性細胞が、生き残る過程で陰性化した
→化学療法施行例で陰性化が起きやすかった事実より推測。

発表の概要はこんな感じです。

言いたかったのは、原発巣と再発巣では、ホルモンレセプターの状態が同じとは限らないということです。再発巣の組織を容易に確認できる場合には確認してから治療方針を決める方が良い、確認できない場合には、特に化学療法施行例、閉経後症例では、ホルモンレセプターの陰性化を念頭において、一次ホルモン療法の効きが悪い場合には早めに化学療法への変更を検討した方が良いというのが結論です。

今回はちょっと難解でしたね(汗)。

2010年10月6日水曜日

乳がん患者さん向けの書籍のご案内


先日アンケートに答えたところ、出版社から「乳がん 最新治療法と乳がんと一緒に生きるあなたへ」(定価 2000円 イカロス出版)という本が送られてきました(写真)。

まだ十分に目を通してはいませんが、乳がんの最新情報も含めて、患者さんにとって必要な情報が見やすくまとめてあります。主な内容を書いてみます。

・患者さんの体験談
・がん患者さんの就労支援
・乳がん治療最前線
・乳がんについての基礎知識
・病院選びについて
・治療スケジュール
・各治療の基礎知識、治療へのアドバイス、副作用対策
・乳房再建の基礎知識
・術後のリハビリ
・当たり前の日常を取り戻すために〜心のケア
・治療中の食生活について
・リンパ浮腫対策
・性生活について
・漢方がん治療
・乳がんの治療費と公的制度
・乳がん情報データベース
・乳腺専門医がいる病院リスト
・綴じ込み付録「乳がん QOLケアカタログ」

とても充実した内容です。学会が終わったらゆっくり読みます。それから外来にでも置いておこうと思います。皆さんもよろしければ参考にしてみて下さい。

2010年10月5日火曜日

統計学は苦手です…

今週の土曜日は乳癌学会の地方会です。いま追い込みの最中です。

もうスライドはほとんど完成しているのですが、有意差検定だけが終わっていません。症例数があまり多くないので有意差を出してもあまり意味がないかと思ってしないつもりだったのですが、やはりやるだけはやっておいたほうが良いと思い直して慌てています(汗)。

私のPCはMacです。以前はStat Viewという使い慣れた統計ソフトで有意差検定などの統計処理をしていたのですが、新しいMac Book Proにはこのソフトは対応していません(絶版になったので新しいバージョンもありません)。

簡単な統計処理はExelでもできるという話も聞いたのでネットで調べてみましたが、さっぱり理解不能…。いつもExelは統計ソフトにデータを移す目的のみで使用していたため、使いこなせません(もともとMicrosoftにはアレルギーがあります)。

どうやら「4 Step Exel統計」という本に付録でついているソフトはMac対応みたいなので明日買いにいってきます。まったく直前になにをやってるんだか…(泣)

今回の発表内容は先日の乳癌学会総会での報告の続編のようなものです。発表後にまたここで報告します。

2010年10月2日土曜日

ピンクリボン月間!

新聞報道などでも紹介されていましたが、「ピンクリボン月間」が10/1から始まり、各地で乳がん検診の啓蒙などの取り組みが行なわれています。

小樽では、「ピンクリボン・ファミリー」企画の乳がん術後の患者さん対象のインナーの試着、販売が、10/11 AM10:15-12:00までウイングベイ小樽1階 5番街 「ネィチャーチャンバー 」で行なわれます(ピンクリボン・ファミリーのTさんからの情報)。

東京では、「ピンクリボン in 東京2010」が10/1に開催され、都庁がピンク色に染まりました。また公式キャラクターに決まったPostPet「モモ」デザインのポストカード配布や都庁内職員食堂、議会棟レストランでピンクリボンランチを提供したり、ピンクリボン電車広告ジャック(10/1-15)など精力的な取り組みが行なわれるようです(http://www.metro.tokyo.jp/INET/EVENT/2010/09/21k9d200.htm)。

名古屋でも10/1-3の期間に名古屋城ライトアップ、マンモグラフィ無料体験、スペシャルトークイベントなどが行なわれています(http://www.pink-ribbon-nagoya.com/)。

鹿児島では、県庁や市役所にピンクリボンツリーが設置され、来場者が乳がん撲滅を願ってピンクのリボンを結びつけられるようになっています。また、ピンクリボン月間のイベントとして、JR鹿児島中央駅ビルの観覧車や鹿児島市の百貨店山形屋の壁を期間限定でピンク色にライトアップしたり、10/24には同市中央公園での「ピンクリボン・ウオーク」や、1500円で検診を受けられる「ピンクリボン・フェスタ」が予定されています。検診は39歳以下先着20人でエコー検査、40歳以上先着30人でマンモグラフィー検査となっているそうですので、若年者にも配慮した内容となっています(http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000001010020002)。

札幌でも10/1にJRタワーがピンク色にライトアップされました。この日のJRタワーの売り上げの一部は日本対がん協会に寄付されるとのことです(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101002-00000005-mailo-hok)。

そしていよいよ10/17(日)は、日曜日でもマンモグラフィを受けられるように、との要望に応えるためにJ.POSHが始めたJ.M.S(ジャパン・マンモグラフィ・サンデー)の検診日です。検診を受けられる賛同医療機関はJ.POSHのHP(http://www.j-posh.com/)で検索できます。もちろん私もこの日は日曜出勤です(前日は患者会旅行で温泉に泊まるので早朝に戻ります…笑)。

2010年10月1日金曜日

聾(ろう)の患者さんと手話通訳

外来で週2回行っている関連病院は手話通訳者が常駐している市内でも限られた病院であるため、私が診ている乳がん患者さんの中には聾の方が3人いらっしゃいます。その他にも検診や定期検査中の患者さんを含めるとかなりの数の聾の方を診察しています。

乳がんの患者さんは3人とも再発なくお元気に通院されていますが、乳がんの診断、手術の際はなかなか大変でした。重要なポイントについては、紙に書いてお渡しするので良いのですが、ほとんどの説明は手話通訳さんにお願いしています。手話通訳さんは慣れているとは言っても医学の専門家ではありませんので、こちらの話をうまく伝えられる場合と微妙にずれて伝えてしまう場合があります。経験の長い方は私の説明をうまく翻訳して手話で正しく伝えてくれるのですが、残念ながらうまく伝わらない場合もあります。

そういうことを長年の生活の中で知っている聾の方々は、理解するまで何度も聞いてきます。ですから手術や病理結果、術後療法の説明には普通の倍以上時間がかかってしまいます。患者さんが帰宅してからも、一度理解したはずの内容に疑問を感じて病棟に質問のFAXが届いたこともありました。

また麻酔の際には手話通訳さんはいませんので声をかけても状態の確認ができませんから専用のボードなどを用意して筆談で意思疎通を量る必要があり、麻酔医と手術室の看護師は非常に神経を使います。夜間の病棟など手話通訳者がそばにいない場合には四苦八苦しながらコミュニケーションをとって治療をおこなっています。

周術期にはそのような大変さがありますが、治療が無事終了した時には満足感が倍になります。外来でも時間はかかってしまいますが、長年苦労を積み重ねてきたためか、一定時期をすぎると驚くほどお元気になります。なかなか大変ですが、手話通訳や筆談で楽しくコミュニケーションをとって診療しています。

医学用語を手話通訳するのは本当に大変だと思います。手話通訳の方にはいつも大変なご苦労をおかけしていると思います。ですから診察が終わった時には、患者さんに”お大事に!”と言った後で手話通訳さんにも”お疲れさまでした!”とお礼を言うようにしています。

いつか自分でも簡単な手話ができるようになりたい!と思いつつ、まだ全然できていません…(汗)。

2010年9月29日水曜日

乳腺術後症例検討会7 マンネリ化防止

今日は月1回の症例検討会の日でした。

今回から新たなメンバー(他院)2人も参加していただき、熱い討議が行なわれました。

症例は4例。

①マンモグラフィでは異常なし(カテゴリー1)でしたが、触診で乳腺症があったため念のためお勧めした超音波検査で発見された3mmの非浸潤癌。微小で、一見乳腺症のムラのように見える病変でしたが細胞診を施行。ClassⅢ(鑑別困難)だったため針生検を行ない、うまく診断できた症例でした。

②乳管腺腫(ductal adenoma)の症例。前回の超音波で指摘されていなかったため精査になった症例。細胞診はClassⅢ(鑑別困難)。MRでは悪性パターン(ductal adenomaではあり得ます)を呈していた症例でした。

③マンモグラフィで4cm近くのFAD(局所的非対称性陰影)で発見された、大部分が非浸潤癌だった症例。超音波画像では一見、硬癌様の陰影欠損を呈していました。

④自覚から7年経過した高齢者乳がん。超音波画像的には粘液癌か嚢胞内癌の嚢胞外浸潤を伴ったものか意見が分かれる症例でした。結果的には嚢胞内癌の嚢胞外浸潤症例でした。

今回のミニレクチャーは「ダイナミックMRの造影パターンと良悪の診断〜悪性所見を呈する良性腫瘍」についてでした。毎回毎回、この会を準備してくれる超音波技師、放射線技師の皆さんには頭が下がります。4例とはいえ、診療の合間や時間外(自宅でも)にカルテ内容のコピー、画像の取り込みやスライド作り、そしてミニレクチャーの勉強など、毎月準備するのはなかなか大変な作業なのです。

せっかく技師さんたちが頑張って準備してくれる会なので、なんとか参加者が「来てよかった!」と思ってくれるような会にしていきたいと思っています。

私がこの準備に関わってずいぶん月日が経ちましたが、技師さんたちからも意見が出たように、だんだんマンネリ化してきているのではないかというのが今年の春先課題でした。その後彼女たちのアイデアと工夫(超音波動画の導入や超音波写真の提示、フィルムリーディング形式の記入用紙の準備、外部からの講師の依頼など)でこの半年の間でかなりバージョンアップしたと思います。

ただ、同じ人間が指導者として長く関わるとマンネリ化の原因になってしまうのではないかという危惧もあります。一度この任を離れて、新しい風をG先生に入れてもらい、外から見てみるのも悪くないかな…なんて思っています。

2010年9月28日火曜日

マンモグラフィ検診の実質的死亡率低下はわずか10%!?

2002年に世界保健機構(WHO)は,ランダム化比較試験(RCT)の結果から,50~69歳を対象にしたマンモグラフィ検診は乳がん死亡率を25%下げると結論しました。しかし,他のRCTで報告されたマンモグラフィの診断能を巡って,今なお検診導入に対する議論が続いています(以前ここでも書きました)。

今のところ、日本乳癌検診学会(http://www.jabcs.jp/)の見解としては、従来通り40才以上の女性に対する隔年のマンモグラフィ検診を推奨する立場をとっています。

ところが今回ノルウエーから興味深い報告が発表されました。概要は以下の通りです。

N Engl J Med9月23日オンライン版によると、ノルウエー乳がん検診プログラムの結果から検診導入地域の乳がん死亡率は同地域における導入以前の死亡率に比べて28%低下しましたが、検診未導入地域においても18%死亡率が低下していたため、実質的な死亡率の低下はわずか10%に過ぎなかったという結果でした。

検診未導入地域でも乳がん死亡率が低下したのは、乳がん治療の進歩や乳がんに対する認識の普及およびそれに伴う早期診断と治療などが影響(time effect)したものと考えられるということです。

「実質的10%の乳がん死亡率低下」というのは本当に少ないのかどうか、という疑問もあります。また、マンモグラフィ検診の普及によって、検診未導入地域においても自主的に医療機関で乳房検査を受ける人が増えたから乳がん死亡率も低下したのかもしれません。もしそうであればそれはマンモグラフィ検診の効果とも言えるのではないでしょうか?ですからこの研究結果をもって、マンモグラフィ検診の効果は乏しいとは言えないでしょう。分析の方法によって、考察や結論は変わる可能性があるのです。

これから先もこの議論は続くと思います。早く決着をつけたいものです。

グルコサミン、コンドロイチンそしてフコイダン

乳がんとは直接関係ありませんが、最近、サプリメント、民間療法薬のエビデンスについて報告が続いています。

まず、テレビCMで鬱陶しいほど放送している関節痛に良く効くかのような印象を与えるサプリメント、グルコサミンとコンドロイチンについてです。

今回の研究は英国医師会誌「BMJ」オンライン版に9月16日掲載されたものです。
この研究は3,800人強の膝または股関節の関節炎患者を対象とした10件の無作為化臨床試験の結果を分析。いずれの試験もサプリメント使用者群と非使用の対照群を比較したものでしたが、全データの検討の結果、コンドロイチンおよびグルコサミンには、関節痛または関節腔狭小化に臨床的に意義のある効果はないことが判明したとのことです。

ただし、現在服用中で効果を感じている人については、服用をやめなければならないような有害事象はないということで、お金がかかる以外の不利益はないので服用中止を勧告する必要はないということでした。もしアロマターゼ阻害剤の副作用による関節痛に、これらのサプリメントを服用している、もしくは服用を考えている方は参考にしてみて下さい。

次に、ネット上でがんに効果があると宣伝している(本来は薬事法違反の可能性があります)フコイダンについてです。乳がんに対する効果の大規模な無作為比較試験結果は聞いたことがありませんが、今回タカラバイオから発表されたのは、富山大学大学院医学薬学研究部の林利光教授との共同研究で、ガゴメ昆布由来のフコイダンに、抗インフルエンザウイルス作用のあることが確認されたという報告です。

ただ、これはマウスの実験でウイルス量を減少させたというだけであって、人体に対して臨床的に有効であることを確認したわけではありません。動物実験で、ある効果が確認されても臨床的にはまったく無効である例は星の数ほどあります。タカラバイオではサプリメントとして売り出すようですが、どのような効果をうたって発売するのでしょうか?どうせならきちんと人体における効果も比較試験で確認して欲しいものです。

最近はサプリメントの市場が大きな利益を上げているようです。この中には、その効能の表現の仕方が薬事法違反すれすれのものが多いのが気になります。「特定健康補助食品」という位置づけがあいまいなため、一般市民にとっては医薬品の代わりになると誤解されがちです。やはりサプリメントの類は、きちんと医師の診断を受けた上で相談してから服用すべきなのです。

2010年9月27日月曜日

乳腺センターという考え方

乳腺疾患を主に扱うのは外科です。しかし、外科の中でも乳腺は長い間、虐げられていました。以前は乳房切除は外科のがん手術の入門のようなものであり、誰にでもできるものとして軽んじられていたのです。私が研修に行ったがん専門病院でも、いまだにそのような言い方をする消化器外科医がいました。

乳腺疾患は外科の中でも特別です。外科の、特にがん診療において、乳がんだけは診断から手術、補助療法、再発治療、終末期まで外科で診るからです。他の領域でもすべて外科で診ている場合もありますが、乳がんだけは他科に委ねることは稀なのです(病院によっては、一時期腫瘍内科や緩和ケア科が乳がん患者さんを診るケースはありますが)。

ですから乳腺疾患を扱う専門医は、「乳腺外科専門医」ではなく、「乳腺専門医」なのです。このことに私は魅力を感じて乳腺外科医になったわけですし、その診療内容に誇りを感じて仕事をしてきました。一身上の都合により、手術からは離れていますが、それでも長くおつきあいする患者さんとの関係に生き甲斐を感じています。


いま新病院建設に向けて、会議を繰り返しています。この新病院のテーマの一つは、「センター構想」という考え方です。今まで消化器内科、消化器外科と分かれていたものを消化器センターとして同じ病棟で診療を展開する、というような考え方です。患者さんにとっても、病棟を移動することなく、専門の内科医、外科医がいる病棟で診療を受けられるのは大きなメリットだと考えています。

今の病院では乳腺は呼吸器外科、リウマチ内科、腎臓内科との混合病棟で診療しています。新病院では、呼吸器内科、外科と一緒になります。当初、「胸部疾患センター」という呼称にする話がありましたが、わかりにくいということで見直すことになりました。私としては、「呼吸器・乳腺センター(もしくは呼吸器センター・乳腺センター)」という呼称の要望を出していたのですが、なぜか「呼吸器センター・乳腺外科」という形になっていることが判明しました。

この間、センター構想についての展望や紹介を各領域の担当者が書くように言われ、私が「乳腺センター」について書いてきましたので、当然、乳腺もセンターなのだと思っていたのですが…。この点についてある責任あるDrに意見を聞いたところ、「乳腺はセンターじゃない」と言われました。

Googleで「乳腺センター」を検索すると約 381,000 件 ヒットします。この呼称が一般的になってきたのは、やはり乳腺診療が外科的な診療だけではないからだと思います。私たちの病院においても消化器や呼吸器のように内科と外科が結合しなくても、乳腺領域は最初から「センター」的な役割を果たしてきたわけです。

いまだに乳腺領域は「外道」だと思われて軽んじられているような非常に悲しい気持ちになりました。罹患率の増加とマスコミの報道によって、乳がんに対する世間の認知度は非常に高くなりました。しかし、医療関係者においてはまだまだステータスを得るには至っていないようです。もっと努力していかなければだめですね…。

2010年9月24日金曜日

定期検査で発見される乳がん

乳腺症などで定期的に乳房検査していると、一定の確率で乳がんが見つかります。

そういうときに、
”どうして前の検査では見つからなかったんですか?”
と患者さんに言われる事が時々あります。

お気持ちはわかりますが、冷静に考えてみると、もし半年(1年)前に発見できたとしてもやっぱり
”どうして前回は見つからなかったんですか?”
と言う気持ちになったはずです。どんなに注意深く観察しても検査には限界があるのです。

そういう時には、
”定期的に検査をしていたから、こんな小さな状態で自覚症状が出る前に見つかったんですよ!”
とお話するようにしています。

以前調べた「発見契機別の乳癌の特徴」の結果では、発見時のがんの平均の大きさは、「有症状群」>「検診発見群」>「定期検査発見群」の順番でしたので、やはり定期検査、特に超音波検査は小さな腫瘤の発見には非常に有用です。定期的な検査をする場合、治癒率が非常に高い1cm以下の状態で発見することを目標にしています。もちろん非浸潤癌の状態で発見するのがベストですが、がんの性質もありますのですべてを非浸潤癌で発見するのは困難なのです。

しかし、定期的に検査していても1cm以上で発見されることはあります。それでもほとんどは2cm以下ですので90%程度は治癒しますが、この場合は前回の検査で本当に指摘できなかったのか反省することもあります。もちろん、増殖スピードが早いタイプ(トリプルネガティブやER陰性・HER2陽性の場合など)の場合には、1年の間に検出困難な5㎜以下から2cm近くまで増大することもあります。

この手のタイプのがん全てを早期発見(特に1cm以下)するのは、通常の2年に1回のマンモグラフィ検診ではもちろんですが、年1回の超音波検査を併用しても困難かもしれません。だからと言って検診対象者全員に対して半年に1回の超音波検査を併用するわけにもいきませんから難しいところです。とりあえず今できることは、小さな腫瘤や引きつれなどの微妙な変化を見逃さないように検査技師と医師の読影力を上げる努力を継続することしかありません。症例検討会や研究会、学会を通して力量アップにチームで取り組んで行きたいと思っています。

2010年9月22日水曜日

乳房再建2 乳房再建患者さんの写真集

今朝の読売新聞に掲載されていたニュースです。

乳房再建手術について知ってもらおうと、手術を経験した患者さんたちが、再建した乳房を映した写真集を制作しているそうです。

以前に比べれば、若い方を中心にかなり乳房再建手術について認知されるようになってきましたし、手術を希望される患者さんも増えてきました。それでも乳がん患者さん全体に情報が十分に行き渡っているわけではありません。子供とプールに入ったり、家族や仲間で温泉に行きたいという気持ちは乳房切除術を受けたほとんどの患者さんは持っていますが、お金がかかる、手術が怖い、術後満足できるのか不安、などの気持ちが再建手術を受けるのを躊躇させるようです。

そこで乳がん手術、乳房再建術を経験した真水さんらが、複数の医師の協力を得てモデルになる女性を募集し、写真家の荒木経惟さんに依頼して今回の写真集制作を企画したということです。モデルとして乳房再建手術を受けた30-50代の女性が19人も集まり、7月に都内で撮影を行いました。

写真集は「いのちの乳房―乳がんによる『乳房再建手術』にのぞんだ19人」というタイトルで、再建した乳房の写真のほか、手術の感想や、手術方法の解説なども盛り込んでいます。11月に赤々舎(03-5620-1475 予約受付中)から出版の予定(4625円)とのこと。なおこの代金には、医療機関などに写真集を配布する費用として2000円の寄付金を含んでいます。

手術後のからだを人目にさらすということはとても勇気のいることです。でもこの患者さんたちは、自分たちの経験を踏まえて、一歩踏み出せないでいる多くの患者さんたちに勇気を与えることでしょう。

さっそく私もこの写真集を予約しようと思います。写真集は病院に置いて乳がんと告知された患者さんたち、術後乳房再建を迷っている患者さんたちに見てもらおうと考えています。

2010年9月21日火曜日

夏休み明けの外来

今日は週2回行っている関連病院の乳腺外来の日でした。

いつものようにまだ誰も来ていない朝7:45に外来に入ったのですが、先週の金曜外来を休んだのと土曜日が特診日(集団検診日)だったため、マンモグラフィの読影が山積み状態(46人分)…。しかもカルテ診(外来患者さんのデータチェックや手紙書き)が10冊ほどあったため、マンモグラフィに取りかかるまでに時間がかかってしまい、結局読影が全然終わらないまま外来が始まってしまいました。

今日の予約と検診の患者さんは30数人…。検査で患者さんが途切れた時間も読影しながら何とか1時前に外来を終わらせることができました。思ったより順調に終わって良かったです(笑)。

休みはうれしいけどそのあとが大変なので長期休暇は怖くて取れません(泣)。

2010年9月20日月曜日

沖縄でピンクリボン見つけました!




夏休みの後半を連休に合わせて沖縄に行ってきました。
私の息子には脳症後遺症の障害があり、車椅子ということもあって今までなかなか飛行機での旅行は難しかったのですが、娘が来年受験生になるため、今年がラストチャンスと思って思い切って沖縄行きを決断しました。

台風11号の接近で天気が心配でしたが、二日目にスコールが何度かあっただけで十分に南国の暑さを堪能でき、海水浴もできてリフレッシュして帰ってこれました。結局心配した飛行機での移動は、ANAのスタッフのみなさんのおかげで大変スムーズでした(乗り継ぎはかなり時間がかかって大変でしたが…)。沖縄での観光はどこに行っても現地の人々は大変親切で、特に首里城内でのスタッフの方々の身障者に対する行き届いたサービスには驚きました。本当にありがとうございました。

一方、観光客の一部には残念な人も見かけました。美ら海水族館で帰るときのことですが、すぐ横にエスカレーターがあるにもかかわらず、なぜか1機しかないエレベーターの前にたくさんの人が待っていました。その後ろに私たちが並んだのですが、車椅子に気づいてもみな知らないふり。結局3回待ってようやく乗れました。健常者なのに、なぜそこまでして混んでいるエレベーターに乗ろうとするのか理解できませんでした。現地の人々の親切さに触れるとよけいに観光客の一部の人たちの冷たさが印象に残りました。

今回は全然乳がんと関係ない話ですみません。病と闘っている人、ハンディキャップを持ってしまった人、それぞれ大変さがあるのに、立場が違うと気づこうとしない限りその大変さには気づかない、というお話でした。

最後にちょっとだけ乳がん関係の話です。写真は沖縄で初めて見かけた(沖縄のみ?)Coco!というコンビニと、そこに貼ってあったピンクリボンのキャンペーンのチラシです。うれしくなって写真を撮ってきてしまいました(笑)。

2010年9月15日水曜日

両側乳がんと家族性(遺伝性)乳がん

片側の乳房にがんができた場合、対側にも乳がんができる確率は約5%と言われています。このうち同時に発見されるのがだいたい1/3(同時両側乳がん)、時間をおいて発見されるのが2/3(異時両側乳がん)です。

私は15年以上、乳がん診療に携わっていますので両側乳がんの患者さんをたくさん経験しました。両方とも乳房切除になる場合も片方ずつ乳房切除&乳房温存術になる場合も両側乳房温存術になる場合もあります。同時両側乳がんで両側乳房温存術を行ない、5年近くたってから片側の別な場所に新たながんができて乳房切除になった患者さんもいました。

一般的には、異時両側乳がんの場合には、第1癌よりも第2癌のほうが早期に発見される場合が多いと言われています。これは、患者さん自身が乳房に関心を持つようになったために自己検診で早期に発見されるということと、定期検査によって無症状のうちに早期に発見されるということが理由に挙げられます。

しかし、まれに第2癌が進行して発見される場合もあります。これは以前学会でも報告しましたが、高齢者であったり術後長期間たったために定期受診をしていなかったケースに多いようです。ですから何歳になっても、また術後何年たっても乳房の定期検査はしたほうが良いと思います。

定期受診している患者さんの対側に乳がんが発生した場合には、担当医としてはできるだけ早期に発見してあげたいと思っています。ベストは小範囲の非浸潤癌で乳房温存術(+センチネルリンパ節生検)だけで治癒可能な状態で発見してあげることです。でも乳がんにもいろいろなタイプがありますので、6ヶ月ごとに検査をしていても必ずしも非浸潤癌で発見できるわけではありませんし、思いのほか広がりが広くて全摘になってしまう場合もあります。こればかりは残念ながら癌の性質にもよりますので仕方ありませんが、できるだけ1期(2cm以下でリンパ節転移がない状態)の中でも1cm以下で見つけるように努力しています。

両側乳がんの場合に注意が必要なのは、家族性(遺伝性)乳がんの可能性があることです。特に若年発生の場合や母親や姉妹さんも乳がんの場合には家族性の可能性がありますので、お子さんの乳がん検診は通常より早めに(遅くても30才、できれば20才くらいから)始めた方が良いと思います。遺伝性かどうかを正確に調べるためには遺伝子検査が必要です。専門のカウンセラーがいる施設でしかできませんので、もしご希望の方は主治医にお聞きになってみて下さい。

米国では遺伝性乳がんに対して予防的乳房切除(+乳房再建)や卵巣切除を行なって良い成績が報告されています。日本では保険適応ではないこともあり、一般的ではありませんが、遺伝性乳がんが増加したら考慮しなければならない時期が来るのかもしれませんね。

2010年9月11日土曜日

乳がん検診に触診が必要な理由

触診、マンモグラフィ、超音波検査のうち、おそらく最も有効な検査手段の組み合わせは、マンモグラフィと超音波検査です。

マンモグラフィは微細石灰化の描出に優れています。もちろん腫瘤も映りますが、小さな腫瘤、特に若年者のように濃い乳腺の場合には描出能が劣ります。一方超音波検査は微細石灰化の描出能は劣りますが、若年者の乳腺においても小さな腫瘤を発見しやすい利点があります。

触診は微細石灰化はもちろんわかりません。腫瘤もある程度の大きさ(腫瘤のある深さや乳房の大きさ、硬さによります)にならないとわかりません。ですから、ある病院では乳がん検診受診者に対して、触診を行なうかわりに超音波検査をマンモグラフィに併用しています。

ではマンモグラフィと触診、どちらが腫瘤の描出能に優れているのでしょうか?もしマンモグラフィが明らかに優れているなら触診は不要になるはずです。しかし現行の乳がん検診では、視触診+マンモグラフィとなっており、触診の併用が必要とされているのです。

その理由として考えられるのは、以下のような点です。

①厚い(硬い)乳腺の表面にある小さな腫瘤は、マンモグラフィでは映らず、触診ではわかる場合がある
②上記の乳腺において、腫瘤を触知しなくてもえくぼ症状で乳がんが発見できる場合がある
③乳頭分泌のみの乳がんは視触診でしかわからない
④マンモグラフィにはブラインドエリア(撮影範囲外になる部分…1方向では内側上部が欠けやすい)があり、逆にここは触診でわかりやすい乳腺の薄い部分である

特に④は重要です。実際にマンモグラフィの撮影範囲外に明らかな腫瘤を触知することがたまにあります。

その他に私が個人的に触診が有用だと考えている理由は、触診で乳腺の硬さや厚さがわかるのでマンモグラフィ上の乳腺濃度が濃いかどうかが推測できるため、あらかじめ超音波検査を勧めることができること、触診しながら自己検診の仕方を同時に指導できること、などがあります。

また、自己検診を指導したり、乳がん罹患率が増加していることや早期発見の重要性、40才代のマンモグラフィ検診では30%近くが映らない問題点があることなどをお話ししながら触診することは、検診受診者の緊張を和らげ、乳がんに対する関心をもっていただくことにもつながり、ひいては乳がん検診受診の継続や周囲の人々へのお誘いにもつながると思っています(ただ、検診受診者が多いと話しすぎて疲れてしまいますが…)。

2010年9月10日金曜日

マンモグラフィ撮影時の制汗剤使用は要注意!

今年の夏は暑かったですね〜。札幌はようやく朝晩は涼しくなってきました。道外ではまだ残暑が厳しいのでしょうね。

ところで暑い夏、女性にとって必須のアイテム、制汗剤。最近ではS社製の銀(Ag)イオン入りのものが人気だそうですが…。

実はこの銀イオン入りの制汗剤はマンモグラフィ撮影時には要注意です。先日も疑わしい症例が1例あったのですが、このタイプの制汗剤は、マンモグラフィで見ると、まるで微細石灰化のように見えるのです。両側に均等にかかると、制汗剤ではないかと疑いますが、片側だけ残っていると、要精密検査と判定されてしまうことがあります。両側だったとしても、逆にその中に本当の石灰化が紛れ込んで写ってしまうと判断を誤ることにもなりかねません。

ですからマンモグラフィ撮影時には銀イオン入りの制汗剤は使用しないようにして下さい。

その他に、マンモグラフィ撮影時に留意したほうが良い点は、

①脱ぎ着しやすい服装にする(ワンピースは避ける)
②ネックレス(特に長いタイプ)はあらかじめ外しておき、髪が長い場合にはまとめておいて撮影の妨げにならないようにする
③狭心症などに使用するシールタイプの添付剤は胸部に貼らない(狭心症の薬であったとしてもおなかに貼っても胸に貼っても効果は同じです)
④ペースメーカー、人工乳房などの人工物が埋め込まれている方は主治医に許可を得ておく(基本的にはペースメーカーを埋め込んでいる方は断線の恐れがあるためマンモグラフィは推奨されません)
⑤妊娠の可能性がある場合は、はっきりするまで見合わせる

などです。

また乳房形成を受けた方(脂肪注入も含む)、良性腫瘍の摘出手術や乳腺炎の切開術を受けたことがある方は、診察医に必ず知らせて下さい。これらが、悪性の所見と判断されてしまうことがあるからです。

2010年9月8日水曜日

ついにホメオパシー関連会社に立ち入り検査!

ここで以前も書いたように、やはり薬事法違反容疑で捜査が始まったようですね。

「日本ホメオパシー医学協会」が、いくらHP上でレメディは薬剤ではない、病気に効くとは書いていない、と言っても、実際は病気の治療としてホメオパス(ホメオパシーの教育を受けて、1000種類以上あるというレメディを症状に合わせて選択して勧める人)が患者さんにレメディを紹介しているのは事実です。会長の講演でも、効果のあった実例として紹介しています(http://www.jphma.org/topics/topics_63.htmlやhttp://www.homoeopathy-books.co.jp/introduction/hadonosekai_4.htmlなど)。ただ、後者に書かれている「乳がん患者」の実例は、どう見ても効果があったとは言えないものです。こういう症例を「効果があった」と言っているなら、まったく科学的とは言えないおかしな話です。

今回の東京都の立入検査(関連の販売会社「ホメオパシージャパン」)が入った理由も、同社の商品広告に、特定の病気に対する効き目をうたったとみられる表記がみつかったためです。当然、医学協会側は反論しているようですが…。

ホメオパシーを信じる人はすでに国内でもかなりいるようです(芸能界にも…E.SとかS.Nとか…)。少なくとも自分の病の治療のためにホメオパシーを信じる人たちには罪はありません。問題は勧める側に法的な問題がないかどうかです。

今後もこの問題がどうなるのか見守っていきたいと思っています。

2010年9月6日月曜日

乳房再建1 乳房再建術の種類

先日、高校時代の知人で、形成外科医のE先生と飲みに行った話を書きましたが、先週の土曜に2回目の同期会をしました。そしてせっかくの縁なので、乳房再建についての講演をお願いしたところ快く承諾して下さいました。今のところ11月くらいの土曜日に病院の会議室で患者さん、職員を対象にお話ししていただく予定です。

乳房再建には様々な種類があります。私も詳しくはありませんが、簡単に書くと以下のような種類があります。それぞれに利点欠点がありますので、形成外科医とよく相談した上で術式を決めるのが良いと思います。もし乳がん根治術の際に乳房再建を考えているのであれば、そのことを主治医ともあらかじめよくご相談しておくことをお勧めします。

1.人工乳房を使用する方法

①単純人工乳房挿入法
十分な厚みをもった皮下組織と大胸筋がある場合、特に一期的(乳がん根治術と同時)に乳頭乳輪を温存した皮下乳腺全摘術に併用すると一回の手術で終了し、新たな傷も生じません。乳がん根治術後比較的早期の場合にも適応になりますが、時間が経つと組織が収縮してうまくいかなくなります。また、この場合、混合診療が禁止されているため、乳がん根治術も原則保険適応外になってしまいます。

②組織拡張法(ティッシュ・エキスパンダー法)
大胸筋は残っているものの、反対側の乳房の大きさに合う人工乳房を覆うのに十分な皮膚がない場合(通常の乳房切除術後)に行ないます。まず、全身麻酔下で乳房切除術の傷跡に切開を加え、皮膚と筋肉の下に、生理食塩水を少量入れた袋状のエキスパンダーを挿入します(エキスパンダーを根治術を受けた際に挿入しておく場合もあります)。術後1~3ヶ月くらいかけて、1~2週間に1回の割合で外来でさらに生理食塩水を加え、徐々にエキスパンダーを大きくします。十分なまでに皮膚が伸びた後3~4ヶ月ほどそのままおいてからエキスパンダーを抜去し、人工乳房を全身麻酔下で挿入します。この手術は日帰りでも可能です。乳頭乳輪はその後局所麻酔で形成します。

*人工乳房を挿入する手術は原則保険適応外です。片側で約100万円くらいはかかるようです。

2.筋皮弁法

①広背筋皮弁法
この手術法はより根治的な手術により大胸筋と広い範囲の皮膚に欠損を来たし、鎖骨下やわきの下に凹みができてしまい、人工乳房だけでは再建が難しい方などに用いられます。手術は背中の皮膚と脂肪、筋肉(広背筋)を乳房切除術がおこなわれた部位に血管(胸背動静脈)をつけたまま移植します。しかし背中の筋肉はうすいため、乳房の大きな女性には適しません。ドレーン(貯留液の排出用のチューブ)を手術後数日間留置します。背中には新たな傷ができます。手術には数時間を要し、約1週間~10日間の入院が必要です。

②有茎腹直筋皮弁法
この手術法は広背筋皮弁より大きな組織を用いることができるため、ほとんどの症例に適応可能です(腹壁瘢痕ヘルニアを起こすことがあるので妊娠希望者には不適)。腹直筋の一部を血管(上腹壁動静脈)とともに、紡錘状に切除した腹部の皮膚と脂肪をつけて乳房の領域に移植します。この方法では、胸部の乳房切除術の傷跡に加えて、下腹部を横断する水平方向の傷跡を残します。この傷はパンティの中に隠れますが、なくなることはありません。この方法は体力的な負担が大きく、出血も多量なことがあります。入院は最低2週間。通常の生活に戻るにはさらに1~3カ月を要しますが、できあがった乳房はとても柔らかく、自然です。

③遊離腹直筋皮弁法
②と似ていますが、これは血管をつなげたままではなく、一度血管(下腹壁動静脈)を切り離して移動し、顕微鏡下に胸部の内胸動静脈と吻合するという方法です。上腹壁動静脈に比べると下腹壁動静脈のほうが太くて血流が良いため、②より広い組織を採取しても皮弁壊死になりにくいと言われていますが、高度の技術を要し、手術時間もかかります。

④深下腹壁穿通枝皮弁法
③と同様ですが、これは腹直筋を犠牲にせずに腹部の皮膚、脂肪組織と下腹壁動静脈を移植するという方法です。③よりさらに時間を要します(10時間くらい)が、腹直筋を温存しますので、腹壁瘢痕ヘルニアになりにくいという利点があります。E先生が得意としている方法です。

*筋皮弁法の場合も、乳頭乳輪の再建は、通常二期的に行ないます。一期的に行なわない理由は、再建した乳房は、術後少し形が変わるため、最初に乳頭乳輪を作ってしまうと後で位置がずれてしまうためです。

とりあえずこんな感じです。
私も乳房再建は素人なので、これからE先生にいろいろ教わりたいと思っています。また新しい情報があればここにアップします。

2010年9月3日金曜日

代替補完療法7 波動療法(浄波療法)

(2010.9.8 追記  くどいかもしれませんが、以下の内容はこの治療が効果があると言っているわけでも、この治療を推奨しているわけでもありません。)
(2010.10.28 追記 新事実について最後に追加しています。)

今までここでも何度か取り上げてきましたが、少なくとも私がこれまで経験した代替補完療法使用患者さんの中で明らかに有効だと判断できた症例は1例もありませんでした。アガリクス、メシマコブなどのキノコ類(βグルカン)、キチンキトサン、漢方薬(乳癌自体に対する効果)、鉱石から抽出した液体(大学の研究所から入手)、サメの軟骨などなど…。

唯一、少しだけ効果があったかもしれないのは、鎖骨上リンパ節再発した患者さんに、転移リンパ節摘出後、化学療法を拒否されてハスミワクチンのみ投与した方が10年以上経過した今も他の再発を認めず存命中というケースのみです。ただし、これもまれに鎖骨上リンパ節に単独再発する症例もありますので外科的切除で根治していた可能性も否定できません。

そして今回ご紹介するケースは不可解と思いつつ、代替補完療法が有効だったのかもしれないと一時は思わせた症例です。もちろん、この1例をもって、この治療が乳がんに一時的にでも有効だと言うつもりはまったくありませんので誤解されないようにお願いします。その理由は後述します。

この患者さんは数年前に乳がんと診断され、手術を勧められましたが決断できず、とりあえず波動療法を希望され、外来で検査のみ行なっていました。標準療法はホルモン療法も含めて何もしませんでしたが、腫瘍は徐々に縮小したように見え、しばらくはそのままの状態で経過していました。

結局その後、数個ある腫瘍のうちの一つが徐々に増大したため、ようやく決意して手術することになりましたが、この間の経過はもしかしたら波動療法(浄波療法)が効いたのではないかと思わせるような印象でした。

しかし念力のようなこの治療が本当に効いたのでしょうか??にわかに信じがたいのでちょっとここで考察してみます。

①乳がんは波動療法で縮小したのか?
→この世の中には、科学で解明されていないこともあるので、ひょっとしたらそうなのかもしれません。一般人が聞いたらそう思うでしょう。しかし、他に理由はないかと言えばないわけではありません。この患者さんの腫瘍はその後の検査でホルモン受容体が強陽性でした。そして、発症したころに閉経を迎えていました。ですから女性ホルモンの減少によって腫瘍が一時的に縮小した可能性は十分にあります。また、ホルモンとは関係なく自然にがんが縮小することも時にあると言われています。ですから、この1例をもって、波動療法ががんを縮小させるとは言えません。

②波動療法は患者さんに利益をもたらしたのか?
→短期的にはご本人の希望通り手術せずに生活できたわけですのでメリットはあったと思います。しかし、長期的に見ると結局手術しなければならなかったのですから、治癒はしなかったわけです。そして、初診時より進行していない保証はありません。極端な話、最初から手術しておけば完全に治癒できたのに、波動療法に頼ったために治癒できない状態になってしまった可能性もあるわけです。このあたりの判断は難しいです。最終的には患者さんの生き方や価値観によりものだと思います。

③波動療法は信頼できるのか?
→これはまったくわかりません。ただ、HPを見ると、現在ではかなり手広くやっているようで、その姿勢に少し疑問がわいてきました。この治療の創始者はもともと僧侶出身で、以前に霊的な経験をしたことがあるという人です。実際に腫瘍が縮小した時には、もしかしたらこの方は科学で説明できないような特殊能力を持っている人なのかとも思いました。しかし、最近ではけっこう高額の講習会で治療者を養成したり、有料で患者さんのための講演会を開いたりと、利益主義に走っているような気がします。こうなってしまうと、波動療法の信憑性は疑わしく思えてしまいます。

以上から、波動療法は、もしかしたら特殊能力を持った人のみ、一定の効果を与えることができるのかもしれませんが、少なくとも今回の患者さんは治癒はしませんでしたし、治癒できる乳がんが治癒できなくなる危険性もありうるため標準療法の代わりに初期治療として行なうことはお勧めできない、ということになります。


2010.10.28 追記
その後この患者さんが入院し、再度経過を確認したところ、新事実がわかりました。
実はこの患者さんは、最初に急速に増大したしこりを自覚する前に、ホルモン補充療法を行なっていたそうです。乳がんと診断されてからやめたということでした。このことは担当医のH先生には話していませんでした。

つまり、こういうことです。

ホルモン感受性の強い乳がんが、HRTによって急速に増大→乳がんと診断されたためHRT中止→閉経後のため、急速にエストロゲンが減少(つまり、閉経前患者に卵巣摘出したのと同じこと)→自然にがんは縮小→3年くらいは効果が持続したが、徐々に効果が減弱し、再増大→手術

科学的に説明がつきました!波動療法はおそらくまったく関係していなかったものと思われます。民間療法で効果があったとされている症例のなかにはこのような症例も混在している可能性があることに注意しなければならないとあらためて感じさせてくれた患者さんでした。

2010年8月31日火曜日

乳癌の治療最新情報21 デノスマブ(骨転移治療薬)①

2010.8.25に第一三共株式会社がAMG162(デノスマブ)の国内製造販売承認申請を行ないました。

今のところ骨転移に対する化学療法剤はゾメタが代表的であり、優れた効果(骨折、痛みなどの骨関連イベントの減少、骨転移自体に対する増殖抑制効果、他臓器転移に対する付随効果など)が報告されています。実際ゾメタの登場により、骨転移の治療がずいぶん進歩しました。

今回承認申請したデノスマブは、「骨転移を有する進行性乳癌患者を対象としたデノスマブのゾレドロン酸(ゾメタ)対照ランダム化二重盲検多施設共同比較試験」において、有効性がゾメタを上回ったと報告されています。

デノスマブは、通常の生理的な骨吸収のメカニズムや骨代謝調整において非常に重要な役割を果たしているRANK-RANKL系のRANKLに特異的に結合する完全ヒト型モノクローナル抗体(分子標的薬)で、骨吸収を抑制するメカニズムを持ちます。

また、骨粗鬆症の治療薬としても国内第3相臨床試験を実施しており、アロマターゼ阻害剤による骨粗鬆症にも有効との報告もあります。リウマチに対する効果もあると言われており、今後さまざまな用途で用いられるようになるかもしれません。

これでまた乳がん再発治療の武器が増えました。骨転移は生命にはあまり影響しませんが、痛みや骨折など、QOL(生活の質)を著しく低下させます。デノスマブの登場は骨転移で苦しむ患者さんに新たな光を与えてくれそうです。

10/17(日)は乳がん検診(J.M.S)!

今年も10月の第3日曜日(10/17)はマンモグラフィが受けれる日曜日(ジャパン・マンモグラフィサンデー:J.M.S)です。

これは、NPO法人J.POSHが2009年から始めたイベントで、平日は仕事をしていたり、子育てでなかなか受診できない女性を対象に、全国の賛同施設に呼びかけて日曜日に乳がん検診を受けられるようにしたものです。

詳細はJ.POSHのHPに書いてあります(http://www.j-posh.com/jms.htm)。受診できる医療機関のリストもありますので、希望者は早めに申し込んで下さい。

ちなみに私の病院も賛同施設になっています。前日は乳がん患者会の温泉1泊旅行があるため、朝早くに戻らなければならないかもしれません(泣)。でも実際、平日の受診が困難な方は多いはずですので、せっかくのチャンスですから利用して欲しいものです。

2010年8月28日土曜日

第7回 With you Hokkaido報告


今日、札幌医大の講堂で第7回With you Hokkaidoが行なわれました。

以前にもタイムスケジュールを書きましたが、実際の内容と印象を報告します。

①基調講演1 「乳がん患者とコミュニケーション」保坂隆先生(東海大学医学部精神医学教授、聖路加国際病院ブレストセンター)

・がん患者さんの1/3はうつ病、適応障害などの精神疾患を併発する。がんの部位によっても有病率は違うが、乳がんは40%前後。なお、一般人のうつ病有病率は5%で、何らかの病気を患うと10%になり、入院を要する疾患にかかると20%に増加する。
・抑うつの症状には、①抑うつ気分(ゆううつ、気分が落ち込む、楽しくない、悲しい)、②精神運動性抑制(物覚えの低下、考えがまとまらない→「仮性痴呆症」、何もしたくない、おっくう)、③身体症状(食欲不振、体重減少、頭痛、肩こり、不眠など→「仮面うつ病」)などがある。
・抑うつの病前性格には、①メランコリー親和性性格(協調性が高い、ルールに従い、ルールに乗ることを好む→「いい人」)と②執着気質(完全癖が強く最後までやり通す→「真面目な人」)の二つがある。①は変化に弱いため、喪失体験(家族の死、リストラなど)があるとうつ病を発症しやすい。②は心身の加重(過重労働、成果主義など)が加わるとうつになりやすい。
・主治医には「自分の患者はうつになって欲しくない、うつのはずがない」という思いがあることと、「乳がんになれば気分が落ち込むのは当然だ」という正常反応の拡大解釈があるため、うつを正確に診断することは難しい。
・妻と死別した夫は、妻が生きている夫より4年生命予後が短い(男女逆の場合は1.9年だけ…)、特に死別後1年以内に病気になったり急死する率が高いというデータもあり、がん患者家族のケアも重要。
・集団精神療法やグループワークががん患者の生存期間を延長するかどうかははっきりしていない。1970年代のデータは有効という結果だったが1990年代の再検証では有意差が出なかった。これは近年ではこれらの治療を受けない群でも患者会やネットなどで精神的なストレスの軽減ができていたからかもしれない。したがって精神療法などの介入は無効とは言えない。
・医師に好かれる患者(協調性があり、おとなしく、あまり質問しない)の予後は悪く、嫌われる患者(予約通り受診しない、うるさい)は長生きするという傾向がある?→断れるものは断る、嫌なものは嫌だと言うようにしよう!
・抑うつ症状の発生予防法…①リラクゼーション(腹式呼吸、自律訓練など)②イメージ療法(がん細胞を免疫細胞が食べるイメージを思い描きながら寝る、など)
・「患者学入門」…医師は患者とのコミュニケーション法について勉強し始めたばかりだから、患者自らも勉強するべき。①知る責任もある ②病気、治療内容を熟知する ③メモを取る ④十分な説明を必要とする場合は診療時間外に医師にアポを取る ⑤重要な話には家族や友人を同伴する ⑥即決しない(1週間くらいかけて頭を冷やす)

・盛りだくさんでしたが、とても楽しく有意義なお話でした。


②基調講演2 「美しきコミュニケーションスキル」堺なおこさん(フリーアナウンサー)

ピンクリボン in Sapporoのイベントでご一緒させていただいたりS放送局のFM放送に出演させていただいた縁のある堺さんが、人とコミュニケーションを取るための注意点や秘訣を参加型のトークで教えて下さいました。
初対面の印象は最初の6秒で決まってしまい、そこで悪印象を与えると、回復するのに2時間を要する。そして最初に与えた印象は3年間持続する、とか、挨拶などは「ラ」の音階で話すと印象が良い、コミュニケーションを取る場合の座る位置は、ななめが良い、など、すぐに実行できそうな内容を教えて下さいました。

③グループワーク

今回は「手術後の不安・治療」のグループに入りました。いつもは患者さんからの質問コーナーのような形になってしまうのですが、今回は患者さん同士が自発的に体験談などを語ってくれてスムーズに時間が経過しました。

④癒しのフラ ピンクリボンフラダンサーズ(写真)

ちょっと出遅れてしまいましたが、今回もやはりG先生はフラをノリノリで踊りまくっていました。私の患者さんにもフラのサークルに入っている方がいます。リハビリにはちょうど良い運動量なのかもしれません。

⑤基調講演3 「乳がんの方が利用できる社会保障制度、乳がん診療における医療費」高橋由美子さん(札幌医大看護部師長)

高額な医療費は患者さんの家計を圧迫します。今までも何度も相談されたことがありますし、相談できずに通院を中断してはじめて経済的困難を抱えていることを知ったケースもありました。今回のお話は、高額療養費制度、高額療養費貸付制度、高額療養費受領委任払制度、障害年金制度、介護保険サービスなど、詳細は割愛しますが、知らないと損をしてしまう制度をまとめてわかりやすく紹介して下さいました(詳細はネットで検索するか、病院の相談窓口へ)。

長くなってしまいましたが、今回もとても充実した内容で勉強になりました。ただ、リレーフォーライフ(室蘭)と重なっていたためか、今回は参加者が少なかったのが残念でした。来年はもっと早くから宣伝して多くの患者さんや医療従事者に参加してもらえるように頑張ります。

2010年8月26日木曜日

乳腺術後症例検討会6 講演


今回の症例検討会は趣向を変えて、たまたま北海道の学会に来られた岡山のI先生に乳腺疾患の検査(MMG、US、MRI)についての講演をしていただきました。I先生は乳がん検診をはじめ、成人病検診などの検診活動や治療、疾病予防に積極的に取り組んで来られた先生です。

あらかじめ各方面にインフォームしたおかげで51名の参加者が集まり、会場はいっぱいでした(写真)。

講演内容は乳がんの基礎、疫学から各検査法のガイドラインや病理組織との対比など、幅広くお話をしていただきました。普段は個々の症例の診断が中心ですから断片的な情報共有が主になっています。今まで積み重ねてきた知識を整理するには良い機会だったのではないかと思います。

終了後はI先生を囲んで懇親会を開き、先ほど帰宅したところです。たまには他の病院の違う世界で仕事をしている方のお話を聞くのも勉強になります。また明日から新たな気持ちで診療に取り組みたいと思います。

2010年8月24日火曜日

代替補完療法6 ホメオパシー〜続報

やはり科学者はこの事態を無視はできませんよね…。

日本学術会議は代替療法「ホメオパシー」の効果について、「科学的な根拠がなく、荒唐無稽」とし、医療従事者が治療法に用いないよう求める会長談話を24日、発表しました(http://www.asahi.com/national/update/0824/TKY201008240373.html)。

まあ、そもそもこの治療を信じている人たちは現代医療を否定しないと言いつつ、非科学的な論理で効果を主張していますので、科学者が何を言おうと彼らの論理で否定するのでしょう。明日の日本ホメオパシー協会の反論に注目しています(http://www.jphma.org/)。

患者さんが個人的にこの治療を希望して服用する分には否定はしませんが、「効果がある」と他人に勧めるだけの根拠はないことを利用者も理解しなければなりません。また医薬品ではないのに、「癌に効果がある」などと効能を表示して販売を行なえば薬事法違反になります。

ただ、このへんは微妙ですね。おそらく公式見解では体質改善や健康増進目的、免疫力向上目的だと主張するのでしょうが、利用者の中には病気の治療目的でホメオパシーに頼っている場合も多いはずです。また、組織の末端の人たちは病気に対する効能を主張してレメディを勧めている可能性もあります。しかし仮にそれが発覚しても一部の誤った考えを持つ人間がやったことだと言えば組織的な責任は問われないのです。

この問題は歴史が長い分、一筋縄ではいかないような気がします。
もしホメオパシーを信じる方がこのブログの読者にいらっしゃるのでしたら、治療目的でホメオパシーを信じるのは個人の範囲内にとどめておくようにお願いいたします。

月経周期でコレステロール値が変動!

今回は乳がんとは直接関係ない話ですが、女性のとっては大切なトピックです。

エストロゲンはコレステロール上昇を抑制する効果があることは以前から報告されています。実際、患者さんの血液検査結果を見ると閉経後にコレステロールの上昇が見られることは多いのです。これは閉経前の乳がん患者さんにLH-RH agonist(ゾラデックスやリュープリン)を投与した場合も同様です。

一方、閉経前女性のコレステロール値の変化についてはあまり報告を聞いたことがありませんでした。今回Eunice Kennedy Shriver米国立小児保健発育研究所(NICHD)のEnrique F. Schisterman氏らによる報告によると、月経周期中はエストロゲン値が上下するためコレステロール値が変動することが確認されたということです。女性のコレステロール値を正確に把握するには、医師は測定時の月経周期の時期を考慮し、2回の月経周期で各月の同時期に測定する必要があると述べています。


<研究の概要>
・対象:18~44歳の健常な女性259人

・方法:2回の月経周期において14回程度採血し、コレステロール値、トリグリセライド(中性脂肪)値とエストロゲン値とを比較。また、排卵を示すホルモンレベルを検出するため、自宅用排卵日検査薬を用いて月経周期の時期をグラフ化した。

・結果:
①大多数(94%)が2回の月経周期で14回以上測定した。ほとんどの女性は運動をしており、喫煙癖はなかった。
②コレステロール値が全ての測定において200mg/dLを超えた女性は5%のみであったが、19.7%は1回以上200mg/dLに達した。
③40歳以上の一部の肥満女性は他の女性に比べてコレステロール値の変動が大きかった。
④エストロゲン値が上昇すると、HDL(善玉)コレステロール値も上昇し、排卵時に最大となった。同時に総コレステロール値、LDL(悪玉)コレステロール値、トリグリセライド値は低下し、この低下はエストロゲン値が排卵で最高値になる2日後から始まり、月経開始直前が最も低かった。


これらの結果はある程度推測できた内容ではありますが、今まで証明されていなかったことなので参考になります。
乳がん患者さんにとっては直接関係はない話ではありますが、エストロゲンの変動がコレステロール値に影響を及ぼしていることがご理解いただけたのではないかと思います。

病院でコレステロール値を調べた際は、月経周期のどの時期だったかメモしておくと良いかもしれませんね。

2010年8月21日土曜日

札幌ドームにKiKi&ピンクリボンクワイヤ登場!


今日札幌ドームで行なわれた日本ハムファイターズvs埼玉西武ライオンズの試合開始前に、先日のピンクリボン in SAPPORO夏休みフェスティバルで素晴らしい歌声を披露してくれた、ゴスペルシンガーのKiKiさんと乳がんの患者さんや医療関係者などから構成されたピンクリボンクワイヤのステージが行なわれました。

今回はピンクリボンの特別プログラムとして、KiKiさんによる国歌斉唱の前に、KiKi&ゴスペルクワイヤがファイターズの勝利と世界中から乳がんで苦しむ人がいなくなることを祈って『VICTORY』を歌いました。また、始球式では、ピンク色のボールが使用され、田中賢介選手から始球式を行うシニアリトルリーグの選手に手渡されました。

このイベントを私は昨日知りました。S医大の先生方や小樽でピンクリボン運動に取り組んでいるCさんなど、知人も出演するので楽しみにしていたのですが…。

なんと今日の試合放送はスカパー!のGAORAのみで民放の中継はなし…。残念ながら見ることはできませんでした(泣)。

なおこの試合はアインズ薬局などでおなじみのアインファーマシーズのSPゲームでした。アインファーマシーズは、このたびピンクリボンを応援して下さることになり、今日からピンクリボンキャンペーンがスタート(写真 HPより転載)。道内各店舗での指定商品の売上げの一部がピンクリボンinSAPPOROに寄付されるそうです。また、指定商品を買った方の中から50組100名を11月のファンフェスティバル2010に招待して下さるそうです。詳しくはアインファーマシーズのHPをご覧下さい(http://ainz-tulpe.ainj.co.jp/contents/event/1010.html)。キャンペーンは10月10日(日)までです。

2010年8月20日金曜日

米国で思春期早発の女児が増加〜乳がんリスクが上昇する可能性

米国では、女児の性成熟の低年齢化が進んでいるようです。

2004年と2006年に米シンシナティ、ニューヨークのイーストハーレム地区、サンフランシスコの6~8歳の女児1,200人強を対象に、乳房組織の状態を触診により調べた結果、7歳では白人10.5%、黒人23.4%、ヒスパニック系15%、8歳では、白人18.3%、黒人43%、ヒスパニック系31%に乳房の発達が認められたとのことです。

10年前の研究では、白人では7歳時で5%、8歳時で10.5%、黒人では7歳児で15.4%、8歳時で36.6%に乳房発達が認められたという(ヒスパニック系のデータなし)ことですから、明らかに性成熟が低年齢化しています。

原因として関連があるのは過体重(肥満)で、思春期の発来に関係する脂肪細胞中のレプチン(http://ja.wikipedia.org/wiki/レプチン)というホルモンが増加するためではないかとシンシナティ小児病院のFrank Biro博士は述べています(ちなみに乳製品の摂取や化学物質との相関は指摘されていません)。

思春期の早期発来は、①生涯の乳がんリスクが増大する②男性からの性的な誘いなどの問題など、女児に心理的、社会的なストレスをもたらすとノースカロライナ大学のMarcia Herman-Giddens博士は述べています。


また、英国の8~14歳の女児を対象とした別の研究では、母親が12歳前に初経を迎えた女児、妊娠中に喫煙していた女児、あるいは第1子である女児は早熟の比率が高いことが明らかになったほか、母親が肥満であると娘も過体重となる傾向があることも判明しています。出生時の体重や身長による影響はありませんが、乳児期の急速なボディ・マス・インデックス(BMI)の増加は早熟との関連が認められているそうです。

以上の結果から、とりあえず自分の子供の乳がんリスクを増加させないためにも適切な栄養管理と運動を幼少時から行なっておくべきだということは言えます。乳製品だけを避ければよいということではなく、過体重にさせないように親として気をつけたいものです。

2010年8月18日水曜日

乳癌の治療最新情報20 ハイブリッドがんペプチドワクチン、北大で開発!

昨日の北海道新聞の夕刊、今日の朝日新聞朝刊などに、このニュースが大きく載っていました。

がんワクチンは以前にも書いたように(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/12/10.html)、現在世界中(国内も含めて)で開発、臨床試験が行なわれています。様々なタイプがありますが、理論的には非常に効きそうに思えても、実際の人体はそう単純ではなく、なかなか十分な効果は得られていないようです。

今回北大遺伝子病制御研究所の西村孝司教授(免疫学)らの研究チームが開発したのは、がんを撃退する免疫細胞「ヘルパーT細胞」と「キラーT細胞」を同時に活性化させるという新しいタイプのがんワクチンです。

従来の研究では、がんに特有のペプチド(アミノ酸が数個結合したもの)を投与し、がん細胞を直接攻撃するキラーT細胞(リンパ球の1種)の活性化に力点が置かれていましたが、西村教授らは、免疫の司令塔であるヘルパーT細胞(同)に注目し、40個のアミノ酸を人工的につなぐことによって、ヘルパーT細胞とキラーT細胞を同時に活性化させるペプチド「H/K-HELP(人工ヘルパー/キラー-ハイブリッドがんペプチドワクチン)」を人工的に合成したということです。

北大病院や近畿大医学部などで臨床試験を行ったところ、一定の投与を終えた6人のがん患者のうち、4人にがんへの免疫反応の増強を確認。近畿大では乳がんから転移し、抗がん剤や放射線療法が効かなかったリンパ節のがんが消失した例もあったそうです。今のところ重い副作用は認められなかったということです。

まだまだ少数例での報告ですので、実用化されるかどうかはわかりませんが、がんワクチンの進歩につながる結果が得られると良いですね。北大は私の母校でもありますので、今回の報告はうれしいニュースでした。今後に期待したいと思います。

2010年8月16日月曜日

体験型乳がん検診イベント

東芝メディカル、財団法人・近畿健康管理センター、アストラゼネカの共催で、体験型乳がん検診イベント「マンモグラフィ検診OSAKA 10」を10/9-10の両日、大阪市の梅田スカイビルで開催するそうです。

対象は40歳以上の女性120人で費用は1500円。マンモグラフィ撮影のほか、乳腺専門医による予防法レクチャーや視触診などを実施するとのことです。

申し込みはインターネット(http://www.astrazeneca.co.jp/10_08mammography/index.html)から可能です。

通常の自治体検診とほぼ同じくらいの費用はかかりますが、今まで受けたことがない方の検診受診のきっかけになるのではないかと思います。今後、大阪だけではなく、全国で開催して欲しいものですね。

2010年8月11日水曜日

代替補完療法6 ホメオパシー

最近ニュースでこのような代替治療の存在を初めて知りました(http://www.asahi.com/health/feature/homeopathy.html、http://www.asahi.com/health/news/TKY201008100476.html)。ホメオパシーを信じて標準治療を拒否して亡くなった患者さんの関係者が「憂慮する会」を設立し、ホメオパシー療法家らに真相解明を求めて運動を始めたということです。

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/ホメオパシー)によると、海外ではけっこう前から行なわれていたようです。その後、日本の団体でも財団法人日本ホメオパシー財団、下部組織の日本ホメオパシー医学協会などが活動をしているようです。

詳細はWikipediaに書いてありますが、そもそもこの治療法(と言えるか疑問ですが)は、ドイツ人医師Samuel Christian Friedrich Hahnemann,(1755年 - 1843年)によって始められ、さまざまな病原になりうるような物質(鉱物、植物、動物などの成分)を極端に希釈したものを砂糖粒にしみ込ませて(レメディ)服用させるという治療法です。体にとっての毒物を非常に少量体内に入れ、この毒物に対する体の抵抗力を意図的に引き出すことにより、自己治癒力を含む生命力を高め、肉体的、心理的、精神的な方向が本来あるべき方向へ修正するというのがこの治療の基礎となる理論です。

当初はイギリスなどの欧米で保険適応になるほど浸透した代替医療でしたが、次第にその根拠が理論的ではないこと、この治療を信じたために手遅れになったなどの事例が続出し、ほとんどの国で正当な治療法とはみなされなくなってきています(一見、アレルギーに対する減感作療法に似ていますが、病態がまったく異なりますのでアレルギーに対する治療と同じ効果は理論的に期待できません)。

何度も書いていますが、私は代替補完療法のすべてを否定するつもりはありません。標準治療を受けながら、または標準治療が無効と判断された場合に、有害ではなく、著しく高価ではなく(この判断は難しいですが…)、患者さんが望むのであれば試みるのはダメだとは思いません。しかし、この件における一番の問題点は、標準治療を拒否することによって本来きちんと治療できるはずのチャンスを逃してしまう危険性があることです(最終的にはその患者さんの自己責任なのかもしれませんが、標準治療を受けてはいけないと思わせるような雰囲気があるのでしょう)。

なお、朝日新聞の記事に対する日本ホメオパシー医学協会HPでの由井寅子会長の反論の中では、「標準治療は否定していないし、検査などを受けることも拒否しないように指導している」というような記述があります。しかし、会長の講演では、予防接種がアレルギーや癌の増加の原因だから受けるべきではない、とか、自閉症はワクチンに含まれている水銀化合物が原因だ、などと話すなど、現代医学の常識からはかけはなれた考え方を持っているのは事実です(ワクチン中の水銀と自閉症の関係は米連邦請求裁判所で否定されていますhttp://transact.seesaa.net/article/115960715.html)。しかもこの治療に理論的根拠はないと言って過言ではありません(Wikipediaを見るだけで理解できるはずですが…。しかし、ホメオパシー関係者はLancetに掲載されたホメオパシーは効果がないというメタアナリシスの結果を否定し、エビデンスレベルの低い論文を根拠に有用性を強調しています)。今回提起された運動をきっかけにして、この治療の正当性vs違法性をきちんと評価し、正しい知識の普及に役立つことを期待しています。

高齢者の乳がん治療

乳腺外科がある私の病棟は、胸部外科と内科(腎臓、リウマチ)の混合病棟です。最近は夏枯れで外科患者数は少なめで経過しています。
今朝の回診で、妙に高齢者が多いなと感じたので調べてみました。

結果は、全体の「平均」年齢は、71.1才!この中には90才代3人を含めて、80才以上が37.5%を占めていました。なんと3人に1人以上が超高齢者なんです。ちなみに外科だけでみてみると、平均年齢は68.5才とやや若めですが、それにしても一般の病院に比べると高齢です。

もともとうちの病院は市内の他の総合病院より高齢者は多いと思います。以前調べたときには、乳がん患者さんの3人に1人は70才以上でした。一般的には40-50歳代にピークがあることを考えるとやはり乳がんに限ってみても平均年齢は高いと思います。

高齢者が多いといろいろ気をつけなければならないことがあります。認知症の方も多いのでコールが頻回だったり、転倒事故が起きやすかったり、看護師さんの労働にはかなり負担がかかります。手術にしても、合併症を持っている患者さんが多いのでなるべく負担をかけないようにしなくてはなりませんし、術後の補助療法の適応も若い患者さんと同じには考えることはできません。

ただ、乳がんの手術は比較的侵襲が少ないので、高齢者の方でも根治手術が可能な場合が多いのです。ちなみに当院での最高齢は94才です。早期に発見できれば、全身状態があまり良くなくても場合によっては局所麻酔での部分切除で治癒させることも可能です。何歳になっても乳がんの早期発見は重要だと思います。

2010年8月6日金曜日

ピンクリボンin SAPPORO 夏休みフェスティバル!






今日はピンクリボンin SAPPORO 夏休みフェスティバルに参加してきました。

午前が外来だったので、仕事を終えてから3時くらいに会場に着きました。ちょうど「家族大発表会」の真っ最中で、民謡やフラダンス、ストリートダンスなどを鑑賞しました。その後、Sapporo5リボンズという、全国で初めて5つのリボン(レッド→エイズ患者への差別排除、理解と支援、パープル→女性への性暴力防止と被害者救済、ゴールド→小児がんの子供と家族の支援、オレンジ→子供の虐待に対する予防と救済、養育者への支援、ピンク→乳がんの早期発見、診断、治療の啓蒙活動)が協力して活動を行なっていることのアピールと、一般公募して選ばれた最優秀賞のロゴマーク(写真左上)の発表がありました。これで昼の部は終了。

そして6時から、ゴスペルシンガーのkikiさんのライブが始まりました。「ゴスペル」というのは、聖書の「福音書」という意味で、語源は、アングロ・サクソン語の god-spell (良い話)から来ているそうです。

kikiさんは、2003年にデビューし、札幌中心に活動しているプロのシンガーです。2004年に乳がんを発症し、その後も仕事に復帰していましたが2009年に再発。闘病中であることをまったく感じさせない、力強い歌声と前向きな明るさを持った素晴らしい女性でした。

kikiさんの歌声を聞いた人たちはみな共感すると思うのですが、シンガーとしての素晴らしさも、札幌近郊だけで活動するのはもったいないくらいの実力だと思います。そして、自分だけではなく、周りの人々に幸せを振りまいてくれる、まさに「ゴスペル」そのものといった感じでした。

kikiさんのライブを堪能したあと、このステージのために練習してきた、乳がんの患者さん、Dr、一般市民からなるピンクリボンクワイアとの競演を数曲披露してくれました(写真右上)。これもまた素晴らしかった!会場にいたすべての人たちに元気と勇気を与えてくれました。ピンクリボンクワイアのメンバーもたった5回の練習とは思えないほどの出来映えでびっくりしました。歌っている人たちすべてが明るくはつらつとした様子で歌っていたのがとても印象的でした。

最後に会場のホワイトロックがピンクにライトアップ(写真左下…あまりピンクに見えませんが…)されて8時過ぎに終了しました。テレビ塔は今回もライトアップされましたが、ピンクというより青紫という感じでした(写真右下)昨年の映画上映も良かったですが、今回のライブも最高でした。今日は32℃を超える猛暑の中、会場には座りきれないほどの観客も集まって大盛況でした。これでまた来年も盛り上がりそうです!

2010年8月5日木曜日

経口避妊薬はER「陰性」乳がんを増加させる!?

女性ホルモンと乳がんの関連については広く知られていますが、今回は意外なニュースです。

一般的には更年期障害に対するホルモン補充療法などの女性ホルモンの暴露によって増加するのは、ER陽性乳がんと言われています。理論的にも納得がいきますし、当然と言えば当然です。

しかし、今回のボストン大学スローン疫学センターのLynn Rosenbergらの報告によると、経口避妊薬を投与されていた女性で増加する乳がんのタイプは、むしろER陰性に多かったということです。今までも、経口避妊薬で乳がんが増加する可能性については警告されていました。経口避妊薬も女性ホルモンの合剤ですので、乳がんが増えるのならば、そのタイプはER陽性ではないかと考えるのが普通だと思いますが…。

この疫学研究の対象者はBlack Women's Health Studyの5万9,027人の参加者(21~69歳)のうち、ベースラインでのがん罹患者や,プロゲスチン製剤使用者を除いた5万3,848人でした。12年間追跡し、1,392例が乳がんを発症しました。その解析結果は以下の通りです。

①病理学的情報が得られた789例の乳がん発症例についてのホルモン受容体ステータス
ER+PR+(386例),ER+PR-(109例),ER-PR+(15例),ER-PR-(279例)

①経口避妊薬の使用経験がない場合と比べて,使用経験ありの場合の罹患率比(IRR)
ER+PR+  1.11 ER-PR-  1.65

②ER-PR-における,経口避妊薬の使用時期、期間との関連
IRRが最も高かったのは,現在の使用(最後の使用から5年未満)で,IRRは1.97
使用期間については,15年以上でIRR 2.25となり, ER-PR-のリスク上昇と有意に関連

④ER+PR+における、経口避妊薬の使用時期、期間との関連
現在の使用で10年以上使用の場合(IRR 1.66)と,最後の使用が5~9年前で5年未満の使用(IRR 2.13)で増加
10~14年の使用でIRR 1.45,15年以上の使用ではIRR 1.24

⑤経口避妊薬の使用経験がない場合と比べて最もリスクが高いカテゴリー
ER-PR-乳がんで,経口避妊薬の現在の使用かつ過去に10年以上使用経験がある場合→IRRは2.52

⑥全乳がん発症例(1,392例)について,経口避妊薬の使用経験がある場合をない場合と比べると,多変量IRRは1.09


以上から,経口避妊薬の使用はER+乳がんよりER-乳がんの発症により強く関連していて,現在の使用や長期の使用がリスクを高めるこという結果でした。

なぜ経口避妊薬の使用がER-乳がんの発症に、より影響するのかは解明されていません。
ER+PR+乳がんについても、最近および長期の使用で増加していたため、経口避妊薬と乳がん発生の因果関係については、異なる二つ以上の機序が関係しているのかもしれません。

2010年8月3日火曜日

インフォームド・コンセント

患者さんに病状や検査の内容、治療方針などを十分にご説明をし、検査や治療方針の同意を得ることを”インフォームド・コンセント(IC)”と言います。以前はドイツ語でムンテラ(Mundtherapie)と言っていましたが、Mund(=口)Therapie(=治療)という語源から、医師が一方的に患者さん(や家族)を口で言いくるめるかのような印象を与えるということで最近ではICと呼ぶことが多くなってきました。

医師の説明次第で患者さんが癒され、治療や病状にプラスになることもあるので、そういう意味で私は個人的には、ムンテラという言葉は嫌いではありません。同じ事実でも伝え方によっては、冷酷にも励みにもなるからです。医師の説明は患者さんの精神的な面も含めた治療の一つであるという(おそらくドイツ医学においてもそういう価値観でこの言葉ができたのでしょう)意味で私はこの言葉をよく用います。

しかし、ネットを通じて、または他院からの転院患者さんからのお話をお聞きすると、残念ながら悪い意味でのムンテラ(一方的に言いくるめる)がなされているケースが残念ながらけっこうあるようです。

最近、知人からお聞きしたケースをご紹介します。

この方のお父さんがかなり悪性度の高い肝臓の腫瘍と診断されました。最初の病院で肝動脈からのカテーテル治療(おそらく肝動脈塞栓術+抗がん剤注入)を行ないましたが、相当辛かったようです。体力的にもかなりダメージを受けていたときに、偶然今の病院を紹介され転院しました。そこでは手術を前提に検査を組まれ、造影CT(おそらく静脈ではなく肝動脈から造影剤を流して撮影)の検査の直前に家族に”今後もこの病院に治療をすべてまかせてもらえるか?”という確認が口頭でされたそうです。もちろん、患者さんの家族としてはそのつもりですので、同意したそうです。

しかし、その検査から帰った患者さんの様子は明らかに意識朦朧とした異常な状態で、翌日には激しい苦痛を訴えたそうです。この症状は前医でカテーテル治療を受けたときと同じでした。看護師に問いただしたところ、CTで手術不能と判断したために抗がん剤の注入(おそらくカテーテルから塞栓術と併用で)をしたとそのとき初めて知らされたのです。その後、医師にどういうことなのか抗議すると、”すべてうちにまかせるかどうか確認したじゃないか””本人には、CTを撮ったときに説明して同意を得た”と言われたそうです。しかし前投薬で患者さんは朦朧としている状態だったため、ご本人にはその記憶はまったくありません。

これはインフォームド・コンセントとは言えません。あらかじめ、CTで手術適応ではないと判断した場合には、そういう治療を直ちに行なうという説明はまったくなかったからです。緊急性がある場合には、ご本人の承諾のみで行なう場合もあり得ますが、意識が朦朧とした状態では正しい判断はできません。そもそもそういう治療が苦痛だったから転院したはずですので同意するわけはありませんし、そのことは担当医にも伝えていたそうです。

”この病院に治療をすべてまかせる”ということは、十分な説明なしに何でもやっていいということに同意したことにはなりません。

このケースは、真の意味でのICとは言えません。ましてや良い意味でのムンテラにはまったくなり得ません。残念ながらいまだにこのようなケースが多いようです。ICという言葉が一人歩きして、結局医師の勝手な判断でことがなされるなら、ICという言葉に言い換えても同じなのです。

私自身が経験したことではありませんし、治療内容や方針自体が間違っているわけではないと思いますので、私がその医師を評価するのは正しくはないと思いますが、実際患者さんとご家族がそう感じたのであれば、なにかその説明方法に間違いがあったのだと思います。ちょっとした言葉のあや、説明不足が、患者さんに誤解を招いたり、不安にさせてしまったり、憤りまで感じさせてしまうということを、私たち医療従事者は十分に認識して診療に当たらなくてはならないということを、あらためて感じさせられたケースでした。

この知人は、実は深い付き合いがある方ではなく、ちょっとした趣味を通してお知り合いになった方です。でも少ないおつきあいの中でも、とても知的で誠実な方だといつも思っていました。お父さんの状態は楽観できる状況ではありませんが、どうか治療がうまくいきますように心から願っています。

2010年7月30日金曜日

第7回 With You 北海道~あなたとブレストケアを考える会~


初回からこの取り組みに関わってきて、もう今年で7回目になります。患者さんとご家族、そして医療従事者が集まって勉強したり、悩みを話し合う場として年1回行なってきました。毎年、私の病院の患者さん、職員も多数参加しています。

概要は以下の通りです。

日時:2010年8月28日(土)
場所:札幌医科大学研究棟1階 大講堂
テーマ:『コミュニケーション~目を見て話し合うこと・・・それは未来がひらけること~』
対象:乳がん患者さんとご家族、乳がん関連の専門家、医療関係者
主な内容:
講演1  「乳がん患者とコミュニケーション」保坂 隆先生(東海大学医学部 精神医学 教授)
講演2  「実際の上手なコミュニケーション」堺 なおこさん(フリーアナウンサー)
講演3  「乳がんの方が利用できる社会保障制度、乳がん診療における医療費」高橋 由美子さん(札幌医科大学看護部 師長)
参加者グループワーク 

今まであまり疑問も感じずに参加してきましたが、どうやらかの有名な腫瘍内科のW先生はこういう集まりはお嫌いなようです(ブログに書いてありました)。たしかにW先生がおっしゃる通り、グループワークと言っても結局、患者さんから医師への医療相談(画像のないセカンドオピニオン?)のようになってしまうことも多いのです。ですから「中途半端な患者会議」とおっしゃる意味は理解できます。患者さんとの医療相談は本来医師と患者さんが1対1で話し合うべきものだからです。

なるべくそうならないようにと、私たち医療従事者がファシリテーターとしてなんとか患者さん同士の会話に戻そうとするのですが、今まではなかなかうまくいきませんでした。ですから今年はうまくグループワークが進行するように、ファシリテーターの学習会を行なってくれることになりました(残念ながら私は所用で参加できませんが…)。

W先生がおっしゃるような問題はあるかもしれませんが、通常の市民公開講座よりは、患者さんと医療従事者の距離は近いと思いますし、患者さん同士が知り合いになったり、さまざまな運動のきっかけづくりの機会にもなります。ですから、この会の存在意義は十分にあると私は思っています。

参加ご希望の方は、実行委員のいる病院の外科外来で申込書付きのパンフレット(写真)をもらうか、札幌医大のHP(http://web.sapmed.ac.jp/jp/news/event/03bqho0000001ph8.html)をご覧下さい。

2010年7月28日水曜日

乳癌の治療最新情報19 アブラキサン認可!

現在、進行再発乳癌の治療や術前化学療法として使用されているパクリタキセルは、溶解性が極めて悪いためポリオキシエチレンヒマシ油(クレモホールEL)という特殊な溶解剤とエタノールを使用しなければなりません。

そのため,過敏症反応の出現が問題になり,ステロイド,H1拮抗薬,H2拮抗薬による前投薬を行わなければなりませんでした。また,投与に当たっては,特殊な点滴セットを使用しなければならないという問題もありました。

アブラキサンは,パクリタキセルをアルブミン結合することにより溶解性が向上し,クレモホールとエタノールを必要としないナノ粒子化した懸濁製剤で,欧米の臨床試験で,従来のパクリタキセル製剤に比較して有用性が高いことが証明され,既に欧米で承認されています。
日本では,大鵬薬品が臨床開発を進め、今年の3月に厚生労働省に承認申請をしていましたが、今回正式に認可されたということです。

アブラキサンはパクリタキセルに比べ投薬作業を簡便にできるほか、点滴時間を縮められるため患者さんの負担を減らすことができます。また、パクリタキセルの場合には含有するエタノールによって酩酊状態になる方もいましたので、外来で投与する場合には自家用車では来ないように指導してきましたが、アブラキサンの場合はその心配も不要です。

一定数が集積されるまで全症例を対象に使用成績調査が必要ですが、外来で投与するにはとてもありがたい治療薬になりそうです。

2010年7月27日火曜日

タモキシフェンとアロマターゼ阻害剤の使い分け

同時期にタモキシフェン(TAM)とアロマターゼ阻害剤(AI)の使い分けについて二つのニュースが入ってきました。

一つ目は米国臨床腫瘍学会(ASCO)が発表したホルモン療法に関する新しいガイドラインです。

これによると、ホルモン療法の効果に関する体系的レビューの結果、閉経後女性ではTAMにAIを追加またはAI単独のほうが、TAMに比べて再発が明らかに減少(無病生存期間が改善し、癌の転移リスクも低減)したとの報告を受け、ガイドライン作成委員会では、ER陽性乳癌に対しては全員TAMの使用前後いずれかにAIを使用するよう勧めているとのことです。また、癌の再発リスク低減のため、同薬はTAM投与後5年間使用できるとしています。なお、現在使用されているAIの3剤(アリミデックス、アロマシン、フェマーラ)の間には明らかな有益性の差はないとしています。


一方、東大の中村祐輔教授らは、TAMを代謝する酵素の遺伝子解析によって、TAMが有効な群と無効な群をあらかじめ選別できる可能性があることを報告し、臨床試験を始めることを発表しました。

TAMは体内で分解され、がんに効く成分ができます。遺伝子の微妙な違いで、分解酵素の働きが「弱い」患者は、酵素の働きが「正常」「やや弱い」患者に比べ、再発の危険性が2.2-9.5倍高かったとのことです。

酵素の働きが弱いのは患者の2割ですので、このグループにはAIを投与し、残りの8割にTAMを投与すれば再発率を10%未満に抑え、効果が高いと予測しています。これによって年間110億円を節約できると試算しています。患者さんにとってもTAMがAIと同等の効果が予測されるとあらかじめわかったら、TAMのほうが安価ですので経済的にかなり助かると思います。この研究がうまくいくといいですね。

2010年7月25日日曜日

新しい乳房照射法〜乳房温存術中のターゲット単回照射の効果

現在、日本の乳房温存療法ガイドラインでは、乳房温存術後の乳房照射に関して、”接線方向に総線量45-50.4Gyを5-6週間で照射することが標準”とされています。

今回報告されたTARGIT-A試験の結果によると、術中に切除部位周囲に放射線を照射する方法が、従来の方法とほぼ同等の効果があったということです。報告の概要は以下の通り。

研究者:Jayant S Vaidyaら(イギリスUniversity College London外科研究部門)

臨床試験名:TARGIT-A試験(前向き無作為化非劣性試験)

対象・方法:乳房温存術を施行された45歳以上の浸潤性乳管がんの女性。対象症例を術中ターゲット照射群(n=1113)と全乳房外照射群(n=1119)に無作為に割り付けた。主要評価項目は、温存乳房における局所再発率。

結果:術後4年の時点で、術中ターゲット照射群の6例、外部照射群の5例が局所再発をきたした。4年時点におけるKaplan-Meier法による温存乳房の局所再発率は、術中ターゲット照射群が1.20%(95%信頼区間:0.53~2.71%)、外部照射群は0.95%(同:0.39~2.31%)であった。両群間の差は0.25%(同:-1.04~1.54)であり、有意差は認めず同等であった(p=0.41)。
重篤な毒性の頻度は術中ターゲット照射群が3.3%、外部照射群は3.9%と両群で同等であり(p=0.44)、合併症の頻度にも差は認めなかった。grade 3(Radiation Therapy Oncology Group)の放射線毒性の頻度は術中ターゲット照射群が0.5%と、外部照射群の2.1%に比べて有意に低かった(p=0.002)。

結論:早期乳がんの中には、術後の数週にわたる外部照射に代わり術中ターゲット照射法を用いた手術時の単回放射線照射が有効な患者がいることを考慮すべきである。


この報告が日本の乳がん患者さんにも当てはまるなら、総治療期間を短縮できるのでとても魅力的です。

しかし、私自身はこの結果をそのまま日本の治療に取り入れることについては少し疑問があります。

この研究の根拠になっているのは、欧米では”乳房温存術施行後の局所再発の90%は指標とされる四分円内に起こる”というデータです。これはいかに欧米では断端陽性率が高いかということを示唆しているように感じます。本来、完全に切除断端に癌が存在していないなら(病理学的に完全に切除できているということ)、断端からの再発は0%なので、あとは多発癌のみです。であれば、乳房内再発は均等に起きるはずです。切除した4分円のみに高率に再発するということは、それだけ癌の遺残が多いことを意味しています。

欧米では切除の方法が日本で推奨されている方法(癌研で行なわれてきた、腫瘍から一定距離をおいて胸壁に垂直に切除する方法)とは異なりあまり腫瘍から距離を取りませんので、局所再発率も日本に比べると少し高い傾向にあります。

以前、癌研で行なわれていた非照射の乳房温存術(扇状切除、断端陽性は再手術)における局所再発率は、欧米の照射併用の温存術の局所再発率よりも低かった記憶があります。断端を陰性にするというのはそれだけの効果があるのです。その上で放射線治療を加えれば、多発癌の発生も抑制できるのでさらに局所再発率は低下します。

ただ、最近の国内の傾向はだんだん欧米式に傾いてきているように感じます。美容を重視しすぎるため、もしくは乳房温存率を高めるために、腫瘍からの距離を十分におかなかったり、化学療法後の乳房温存術が増えてきたり(これを否定するわけではありません)、ということで、癌が断端に遺残する確率が高くなってきているような印象を受けます。”どうせ放射線治療するんだからいいんだ”という過信があるのなら、局所再発率はおそらく徐々に高くなっていくでしょう。

話がそれてしまいましたが、2つの治療法に差が出なかったのは、もともと断端に癌の遺残が多かったからかもしれないので、断端を重視する乳房温存術を行なった上で行なう照射法としては適していないのではないか?というのが私の推論です。

2010年7月24日土曜日

希望のちから

以前J.POSHの知人の方に教えていただいた「希望のちから」という映画のDVDをようやく見ることができました(あれこれ行事が重なってこんなに遅くなってしまいましたが…)。

とても興味深い作品で感動的でした。

これはHER2陽性乳がんに対する分子標的薬、ハーセプチンの開発に情熱を注いだある医師の実話です。いま多くの患者さんに投与しているハーセプチンですが、この新薬開発に携わる医師たちや患者さんの苦悩が、とてもリアルに描かれていました。そして新薬開発における臨床試験の重要性と資金面や対象患者さんを選択する際の難しさなど、私たちが普段何気なく投与している薬剤がここまで来るのに多くの困難を乗り越えてきたんだということをあらためて感じさせてくれました。

シリアスな部分が多いですので、すべての患者さんに見た方が良いとは言えないところもありますが、ハーセプチン投与中の患者さんや、臨床試験に参加している、または参加を検討している患者さんなど、興味ある方にはおすすめの作品です。

なおNPO法人キャンサーネットジャパンの公式ブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/cancernet_japan/42886696.html)にも紹介されていました。

2010年7月22日木曜日

アバスチンの乳がんへの適応遠のく…

ベバシズマブ(商品名 アバスチン)は,血管内皮増殖因子(VEGF)ヒト化モノクローナル抗体製剤(分子標的薬)で,血管新生阻害作用を介し腫瘍増殖を抑制します。

国内では進行再発大腸がんや非小細胞肺がんで保険適応となっています。乳がんに対してはいまだ未承認ですが、2008年に米食品医薬品局(FDA)は進行性の未治療HER2陰性乳がんに対し,パクリタキセルとの併用による一次治療を迅速承認されたため(第Ⅲ相試験で同レジメンによる無再発生存期間の改善が認められていた)、販売元の中外製薬は2009年10月16日に乳がんに対する適応追加の承認申請を厚生労働省に行っていました。

しかし、7月20日,米食品医薬品局(FDA)の抗悪性腫瘍薬諮問委員会が進行性乳がんに対するアバスチンの承認を審議し、12対1で取り消しを可決したことが明らかになったのです!

この判定の根拠は、その後行なわれた追加の二つの臨床試験(AVADO,RIBBON 1)の結果によるものでした。
アバスチン+抗がん剤併用群vs抗がん剤単独群の比較において、多く発生した有害事象は高血圧(10.4% vs. 1.2%),蛋白尿(2.6% vs. 0%)、重篤な有害事象は動脈血栓塞栓性イベント(1.9% vs. 0.3%),出血(1.6% vs. 0.4%),発熱性好中球減少症(5.0% vs. 3.5%)と、ともに併用群に多かったにも関わらず、その全生存率には有意差がなかったということです。結局、有効性より有害性が全面に出てしまったという結果になってしまいました。新たな治療薬として期待していただけに残念です。

この結果を受けて厚生労働省がどういう反応を示すか、中外製薬が申請を取り下げるのか注目しています。非常に高価な薬剤ですので、有効性がなければ認めるべきではない(少なくとも保留すべき)と私は考えています。

2010年7月19日月曜日

8/6(金)はピンクリボンin SAPPORO 2010 夏休みフェスティバル!

今年もピンクリボンin SAPPORO 夏休みフェスティバルが8/6(金)に札幌大通公園のホワイトロックで行なわれます(13:00-20:00)。

イベントの詳細はピンクリボンin SAPPOROのHP(http://pinkribbonsapporo.web.fc2.com/)に書いてあります。参加料は1000円です。

主な内容は、夕方までは「家族大発表会」、夕方からはゴスペルコンサートです。昨年は夕方までのイベントを見ることができませんでした。今年は午後から年休を取って参加したいと思っています。今回のライブは、乳がんと闘うゴスペルシンガーKiKiさんと、この日のために結成されたピンクリボンクワイヤ(乳がん患者さんや医療従事者などが一生懸命に練習していました)によるゴスペルコンサートです。昨年のジャズも良かったですが、今年もすごく楽しみです!

昨年はホワイトロック内で食べ物や飲み物(アルコールも)の販売があり、飲食しながら楽しみましたが、今年もきっとあるんじゃないかと思います(HPには記載がないようですが…)。もちろん今年もテレビ塔とホワイトロックはピンク色に染まります。点灯は19:30~22:00の間です。

乳がん検診とピンクリボン運動を多くの方々に知っていただける機会になればいいなと思っています。近隣にお住まいの方は是非、お友達やご家族とご一緒にこのイベントにご参加下さい。

2010年7月15日木曜日

再発巣完全消失後の治療継続期間

一般的にがんが再発すると完全治癒は困難と言われます。たしかに簡単なことではないのですが、中には治療が非常に良く効いて、長期にわたって再発が消えた状態を維持できることがあります。

このような場合、治療(すなわちがんの消失に非常に有効だった治療)をいつまで継続するか迷ってしまうことがあります。患者さんにとっても高額な治療薬の継続はできれば避けたいという思いもあるでしょう。でも、薬をやめたらまた再発するのではないかという不安も同時にあるのです。それは私たちにとっても同様です。このようなケースでいつまで治療を継続すべきかという明確なガイドラインは存在しないからです。

一応、私はがんのタイプによっておおむね次のように考えています。

①ER(+)、HER2(-)
一般的に進行が遅いため、再再発も遅い可能性があります。再発巣の完全消失後、最低5年はホルモン療法を継続(アロマターゼ阻害剤ならできれば10年、タモキシフェン投与中に閉経したら5年投与後にアロマターゼ阻害剤をさらに5年、若年者ならLH-RH agonistを閉経年齢まで継続または卵巣摘除)します。

②ER(-)、HER2(+)
ハーセプチン+抗がん剤で完全消失した場合、抗がん剤の基本的な投与回数を最低継続(例えばドセタキセルなら4-6回以上)した上で、ハーセプチンのみを完全消失後5年間継続。

③ER(+)、HER2(+)
①と②を併用(症例によってはハーセプチンをもう少し早く終了する可能性もあり)。

④ER(-)、HER2(-)(トリプルネガティブ)
抗がん剤しか効かないため、有効な抗がん剤をできるだけ投与。その後は無治療(XC療法などの経口抗がん剤の投与が有効な場合もあるため、2年間投与しても良いかもしれません)。このタイプは再発する場合は早いため、2年間再再発しなければ治癒している可能性があります。

現在、①でもう1−2年で薬をやめれそうな患者さんが2人、②で秋にハーセプチンを終了予定の患者さんが1人いらっしゃいます。また、すでに治療を終了してお元気に過ごされている患者さんも複数いらっしゃいます(トリプルネガティブで放射線治療と抗がん剤で2回の再発を乗り越えて完全に治癒したと思われる患者さんもいらっしゃいます)。再発しても治療が奏効するとこのようなケースもあります。治療も日々進歩しています。再発しても怖くない時代が一日も早く来て欲しいですね。

2010年7月13日火曜日

乳癌の治療最新情報18 ハーセプチンADC 

また新しいタイプの治療薬が開発されました。

HER2陽性乳癌に対する分子標的薬としては、現在ハーセプチン(一般名 トラスツズマブ)、タイケルブ(一般名 ラパチニブ)が使用可能です。一般的にはこれらに抗がん剤を併用することによって治療効果を高めています。

今回スイスのロシュ社が米国食品医薬品局(FDA)に承認申請した薬剤T-DM1は、ハーセプチンと抗がん剤(DM1)を結合させた新しいタイプの薬剤です。このようなタイプを抗体-薬物複合体(ADC)と呼びます。選択的ながん細胞攻撃を可能にするADC技術は次世代がん治療としての応用が期待されています。

すでに日本でも乳がんの適応でフェーズ1試験を実施しているそうです。T-DM1は、ハーセプチンがDM1をがん細胞まで送達し、DM1が悪性腫瘍のみを選択的に攻撃する作用機序を持つため、分子標的薬と抗がん剤が効率的に作用し、既存薬に比べ副作用が少ないのが特徴と言われています。

申請には、治療歴のあるHER2陽性患者を対象とするフェーズ2試験などで得られた結果が添えられています。少なくとも2種類のHER2を標的とする分子標的治療(ハーセプチンとタイケルブ)と化学療法を受けたのちに進行した110人の患者を対象に行われ、T-DM1は、平均7種類の治療を受けてきた進行乳癌患者の33%に腫瘍縮小効果をもたらすことが示されました。
日本ではまだ先になりますが、米国ではFDAの優先審査対象に指定された場合、早ければ来年にも上市できるとのことです。

このほかにもT-DM1を単剤で投与、もしくは他の癌治療薬(カペシタビン、ペルツズマブ、ドセタキセルなど)と併用した場合の有効性と安全性を、ラパチニブやトラスツズマブなどと比較するフェーズ2試験、フェーズ3試験も進行中、または計画されているようです。

分子標的薬やこれを応用した薬剤の開発は世界中で行なわれています。今は難治性のタイプのがんであっても、近い将来には副作用も少なく有効な薬剤が開発されることを期待させてくれるニュースでした。