2012年11月14日水曜日

米国では早期乳がんに対する乳房切除術が再増加傾向

Annals of surgical oncology誌オンライン版2012年11月8日号に発表された米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンターからの報告によると、2005年以降の早期乳がんに対する乳房切除術の割合は、2000-2005年までの減少傾向から一転して増加しているということです(2000年 40.1%→2005年 35.6%→2008年 38.4%)。

いくつかの大規模な臨床試験において、乳房全摘術と乳房温存術(+乳房照射)の間で生存率に差がないことが報告されて以降、乳房温存術の割合は増加し、ぞの適応も拡大されてきました。乳房温存術の割合が高い病院が良い病院というマスコミの取り上げ方は日本においてもみられますが、おそらく米国においてもそのような傾向があったのでしょう。その結果、以前にここでも取り上げましたが(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.jp/2012/02/blog-post_14.html)、乳房内再発率が非常に高くなってしまい、そのリスクを恐れて、また乳房温存術が減少して乳房切除術の割合が増えてきたということなのではないかと推測します。

日本では、まだそのことが大きな問題にはなっていないようですが、乳房温存術の普及が欧米より10年遅れたのと同様に、そのことが問題化するのも遅れるのかもしれません。なんでも温存すれば良いという考え方には私は同意できません。無理して温存するくらいなら、乳房全摘後に再建する方が根治の点でも美容上の点でも良いと考えるからです。やはり適応を守って、きちんと断端陰性になることを目指した手術を第1に考えるべきではないかと思います。

私たちは術式の説明の際に、”乳房温存術は乳房全摘術と比べると局所再発率は高いが、生存率には差がない”という表現をよく用います。これは臨床試験でも証明されていますので正しいです。では、”乳房内に再発しても全摘術を行なえば根治可能なのではじめから全摘するのと生存率は変わらない”という表現は正しいでしょうか?

これはある病院のHPに書かれていた内容です。一見上の説明と合致しているので正しいように思うかもしれませんがこれは正しいとは言えません。局所再発した患者さんたちだけを対象に見てみると、局所再発していない患者さんたちに比べると生存率が低下するという報告があるからです。局所再発した患者さんたちのすべてではありませんが、多くの患者さんは最初から全摘していれば局所再発はしなかった可能性が高いはずです。つまり、最初に全摘していれば局所再発しなかった→予後を悪化させなかった可能性がある、ということになります。

ではなぜ臨床試験では2つの術式に生存率の差が出なかったのでしょうか?それは臨床試験では、適応がきちんとしていたので、全体に占める局所再発の率が低かったからだと思います。局所再発しない患者さんの割合が多ければ、局所再発した患者さんが予後を少し悪化させてもその影響は非常に小さいものになりますので、全体を比べた場合には有意差となっては出てきません。それが全体の3割近く局所再発するような適応拡大と切除法(美容を重視しすぎるために起きる断端の不十分な確保)を行なえば、予後に影響が出る可能性は否定できません。

ですからなんでもやみくもに温存をすることはお勧めできないのです。断端陽性(非浸潤がんの遺残)でも放射線をかけちゃえば大丈夫、万が一再発したらその時に切除をすればいい、という安易な考え方は危険だと私は考えています。

また、最近さかんに行なわれている術前化学療法ですが、効果が見られると乳房温存術の恩恵を受けられると積極的に勧めている傾向が見られます。これにも注意が必要です。術前化学療法で効果が見られた場合、乳房全摘術の予定から乳房温存術に変更するのにもっとも適しているのは、膨張性発育をする充実腺管がんのようなタイプです。乳管内を進展する乳頭腺管がんのようなタイプは縮小してもがんの範囲自体はあまり変わらないことも多いので、超音波検査で見える縮小した腫瘤の範囲を指標に切除するとがんが残ってしまう可能性があります。こういう点に注意しながら温存術の適応を慎重に判断しなければ、局所再発率が高くなってしまうかもしれません。

もちろん、術前治療によって乳房温存術の恩恵を受けられるようになることは女性にとってうれしいことだとは思いますが、できる限りがんを残さないように切除するという慎重な姿勢を乳腺外科医が守らなければ10年後には日本でも局所再発率の増加が問題になってくるかもしれません。私はそのことを少し危惧しています。

8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

先生こんにちわ。いつもためになる記事をありがとうございます。

私は腫瘍の大きさは5ミリと小さかったのですが、局乳管内での広がりが大きいかもしれないことが術前検査で分かったので、全摘+同時再建を自分から希望しました。

やはり温存+放射線が主流とは言え、先生が今回記事にして下さっているような点が
とても気になったので、思い切って全摘して
もらいたかったので..。

結果的には見栄えにも体調的にも、とても満足していますが、なんとなく温存=善、全摘=悪のような空気があるのも事実ですよね。
温存のメリットは声高に言われますが
デメリットはほとんど聞かなかったような..。

温存OR全摘で悩む患者の為にこのような情報が
本当に助かると思います、わかりにくい文章すみません。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
そうですね。乳房温存術にはメリットとデメリットがありますので、患者さんの状態をきちんと把握した上で、デメリットについてもきちんとご説明して術式を判断していただくようにしなければならないと私も思います。
コメントありがとうございました。

匿名 さんのコメント...

ごめんなさい

うまくいかなかったと思い2度もコメントしてしまいました。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
こちらでは1度しかコメントが届いていませんので大丈夫ですよ。

まったりーな さんのコメント...

あら・・・そうでしたか、ごめんなさい。昨日コメント差し上げた者です。
昨日は匿名でしたが、まったりーなと申します。よろしくお願いいたします。

では、本当に書きたかったことは届いてないようですね。もう一度書かせていただきます。

微小石灰化で2年の経過観察で、9月末に非浸潤性乳管癌との病理検査結果が出て、いろいろ調べるうちにこちらにも寄せていただくようになりました。

非常におとなしい癌とのことで、私の仕事の都合で12月に入ったら手術することになっています。

内視鏡での乳腺全摘も考えましたが、主治医の説明を受けて温存+同時再建(広背筋皮弁)の予定です。術中病理診断で断端陰性になるまで切り取るとのことでした。主治医の方針で2センチのリーチを取るそうです。そうしてもなお温存のほうが適しているとの判断でしたのでしっかり取りきるということで、同意しています。わきの目立たないところを切るそうですので、内視鏡にこだわらなくてもよいと思いました。

温存適応、全摘したほうがよい場合、人それぞれですしどちらが良いと言い切れない難しい問題かと思いますが、私は、安全第一だとと思います。しっかり取っておくことが何よりの治療になるとの主治医のお考えに同意しました。

術中病理診断で切る範囲も変わってくることから、再建の方法も少ししか切らない場合は、わきの下の脂肪を丸めて入れる、1/4切除の場合は広背筋皮弁、それ以上とった場合は全摘エキスパンダ―挿入、後日シリコン挿入となります。再建は、考えていませんでしたが、そこまでが治療だと考えているとの主治医の言葉にそれなら・・・とお任せすることにしました。

温存、全摘、乳腺全摘、方法は様々ですが、まずは術後の再発を確実に食い止める為に一番適した方法を選択できるよう、主治医と十分に話し合うことが大切かと思いました。

そして患者自身が、判断しうるだけの知識を持って検査結果を聞いたり、治療方針について話をしないと、自分自身が納得する正確な判断はできないなと思いました。

今後もまた、寄せていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。寒くなってまいります。北海道はきっと激寒ですね。どうぞ、ご自愛ください。

hidechin さんのコメント...

>まったりーなさん
そうでしたか。コメントはどこにも届いていないようです…。
私たちの施設では乳房温存に広背筋皮弁を併用する方法は行なっていません。施設によって考え方の多少の違いはありますが、十分にマージンを取って切除するということでしたらそういう方法もありかと思います。
それでは無事手術が終わることをお祈りしています。お大事に!

maffmaff さんのコメント...

はじめまして。
過去の投稿ですが、とても共感する内容でしたのでコメントさせて頂きます。

全摘と温存の予後に関して、ずっと疑問に思っていた事を現役のお医者様がブログに書いていらして、とてもうれしく思います。
参照データ上はただしくとも、安易に温存第一とすすめる病院が未だに多いようで、内心「それは無理して温存した場合や、術前化学療法を行い、腫瘍を小さくして温存した場合もはたして同様に宛はまるのか?と懸念しておりましたので。

私に関しましては、腫瘍が10mmの浸潤ガンで、もちろん温存適用でしたが、広がりがあり扇形切除といわれ、変形の程度を想像出来ませんでしたので、いろいろ考えた末に全摘を選びました。
広がり検査のMRIの画像を見せて頂いた時に、乳房内に広がるガンの様子がよく分かり、しっかりとりたいと考えたこと、肌が綺麗なら、多少形がいびつでも良いという希望も影響しています。術後の病理で、広がりが4センチとわかり、画像で見た感じより意外と小さいと思いましたが、入管内に浮遊するがん細胞も含めてきちんととりきって欲しかったので、さっぱりしました。

全摘同時再建を選択するにあたり、下調べはしっかりしましたので、過度な期待をしておらず、今はとても満足しています。
ですが、患者会などでお話を伺うと、慌てて手術を決めるためか、こうなるとは思っていなかった(温存でも再建でも)という方も多いです。
特に、形成外科の先生との温度差を感じるのは、自家組織再建についてです。説明のとき形成外科の先生はとても簡単な事かの様におっしゃるのですが、自家組織で特にお腹の組織を用いた方は、痛いとは聞いていただけど、ここまでとは・・・とおっしゃる方も多いです。美容的にも、思った以上にいろいろ問題があるようです。
先生も一生懸命説明して下さるのですが、とても1回、2回の面談では理解しがたいので、患者も自分で勉強しなくてはダメだ、と強く思いました。

ちなみに私の主治医(乳腺外科の先生)は、とても説明が上手な方で、なんの不満もありません。私の主治医や、こちらの先生のように、話ができる先生がもっと増えるとよいなと思います。

ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>maffmaffさん
はじめまして。
この投稿はかなり前のものですが、その後人工物を用いた再建も保険適用になりましたので患者さんにとっては大きな恩恵ですよね。一次再建という選択肢が増えると患者さんの考え方も変わりますし、私たちの説明のニュアンスも変わってきます。私たちの施設でも最近では変形が強くなりそうな場合には無理して温存することは少なくなりました。
自家組織を用いた再建は確かに身体に対する侵襲は大きいです。ただうまくいくととても自然な触感になりますので、上手なDrに手術してもらえば満足感は大きいと思います。それぞれ利点欠点がありますので、インプラントにするか自家組織にするかは十分に話し合った上での判断になるかと思います。ただおっしゃる通り、術前に十分な時間をかけてお話しできないケースもあるかと思いますので、その場合はこんなはずではなかったということになるのかもしれません。ゆっくり時間を取ってお話しできれば良いのですが形成外科の先生も忙しいのでなかなか簡単ではないのかもしれません。
maffmaffさんの場合は、経過も良く、満足されているようですので良かったですね!これからも主治医の先生と良い関係を築きながら通院をして下さい。それではお大事に!