私が勤めている病院、特に関連病院の外来には、被爆者の方がよく受診されます。乳がんで手術を受けた方も2人通っていらっしゃいますし、被爆者検診として定期的に検診に来られている方もいらっしゃいます。
ご存知の通り、被爆者というのは、広島・長崎で原爆による放射線障害を受けたと認定された方々です。中には母親の胎内で被曝された方もいらっしゃいますが、原爆投下後67年も経過していますので、そのすべてが高齢者です。
被爆者と認定されていると手帳が交付され、年1回の各種がん検診を受けることができます。女性の場合、その内容は、乳がん、子宮がん、胃がん、大腸がん、肺がん、多発性骨髄腫の6種類です。そのうち乳がん、胃がん、肺がんはレントゲンを使用するがん検診です。
この被爆者の方たちについてずっと前から気になっていたことがありました。被爆者の方々は、放射線というものに対しておそらくもっとも恐怖を抱いている方々だと思います。そういう人たちが、定期的にレントゲン検査で放射線を浴び続けることに抵抗はないのだろうか?ということです。私たち医療者は、必要性があると判断して行なった放射線検査による医療被曝はやむを得ないと考えています。しかし、被爆の影響による”発がん”を早期発見するためにさらに放射線を浴びなければならないという矛盾に私は戸惑いを何度も感じてきました。医師としては、”がん検診はがんの早期発見に有用と広く認められているのだから勧める”という立場がある以上、その疑問を被爆者の方々に投げかけることにものすごく抵抗を感じていましたので今までどうしても聞くことができませんでした。
先日見えた被爆者検診受診者は85才前後の方でした。高齢ではありますが、しっかりした方です。この年齢ではそもそもがん検診は必要ないという考え方もあると思います。実際、マンモグラフィ検診の対象年齢に上限がある国もあります。腰が曲がった状態で撮影するのも大変です。そういうこともあって、これから先の検診についてその方の思いをお聞きしてみたのです。
その結果、やはりがんは心配だけど、本当は放射線検査には抵抗があったということでした。この方もきっと長い間、検査のためにまた放射線を浴びなければならないということに対して不安があったのだと思います。もう何十年もそうして定期検査をしてきたわけですので今さら、という考えもあるかと思いますが、私はこの方と相談してマンモグラフィ検査は今回で終わりにすることにしました。
長期間の検診などによる医療被曝が悪影響をもたらすという十分な根拠はありません(低年齢者へのCT検査と発がんの論文なども出ていますが)。しかし、できるだけ放射線は浴びたくないというのは多くの人に共通している感情だと思います(中には放射線が体に良いと言っている方もいらっしゃいますが、これも実験レベルの話で一般論としては根拠がないと考えます)。ですから放射線を用いず、低侵襲でコストも安く、有用性の高い新たな検診方法の開発・確立を私は心から望んでいます。
*なお、誤解されないように追加しますが、乳がん検診としてのマンモグラフィの有用性は証明されています(若年者に対する問題点はありますが)。今回はエビデンスの話ではなく、心理面に関するお話であることをお断りしておきます。
0 件のコメント:
コメントを投稿