2011年1月6日木曜日

乳腺領域の放射線治療の有害事象について

日本は世界で唯一の被爆国であるためか、放射線に対するアレルギーが強い国でした。実際、昔は放射線治療による有害事象が多くみられたため、敬遠する患者さんたちも多かったようです。

その後、CTの導入や治療機器の改良によって、以前に比べると格段に安全に治療できるようになり、また、放射線治療の効果が科学的に立証されてくるにしたがって、人々にも受け入れられるようになってきています(今でもがんの三大治療の一つとして悪者扱いする人もいますが…)。

このように進歩してきた放射線治療ですが、もちろん弊害がまったくないわけではありません。東京の研修先の病院では、消化器内科で有名な先生がバリウム撮影のやりすぎで皮膚がんになったという話も聞いています。同じ部位に繰り返し多量に浴びれば原爆と同様に発癌の原因にもなります。ただ、通常の治療量では、発癌のリスクよりも治療効果のベネフィットの方が上回ると考えて良いと思います。

乳がんに関連する放射線治療の主な有害事象は以下の通りです。

①皮膚炎…ほとんどの部位の照射で起きます。その程度はかける放射線量によります。特に術後の乳房に照射する場合は、手術による影響が残った皮膚に放射線の影響が加わりますのでけっこう強い皮膚炎が出る場合があります。
軽い場合は、照射範囲に一致した発赤程度ですみますが、時にひどい日焼けのように皮がむけてただれてしまうこともあります。黒っぽく浮き上がったような皮膚がしばらく残ることがありますが、数ヶ月かかったあとで取れてきれいになります。皮膚炎に対しては、アズノール軟膏やステロイド軟膏を塗布します。

②間質性肺炎(放射線肺臓炎)…乳房照射や所属リンパ節(腋窩、鎖骨上、胸骨傍)、縦隔の再発巣に対する照射の際には、肺に放射線がかかります。現在では施行前にCTを撮ってできるだけ肺にかからないように治療計画をたてますので、以前に比べるとかかる範囲は狭くなりましたが、やはり軽い間質性の変化はよく見られます。ほとんどは無症状で、術後の胸部CTで偶然発見される程度ですみますが、まれに咳や呼吸困難などの症状を呈することがあります。ただ、私の経験上では乳房温存術後の乳房照射ではこのような症状を呈した患者さんはほとんど記憶がありません。

③肋軟骨壊死・骨折…肺と同様に乳房やリンパ節の照射の際には肋骨や肋軟骨にも放射線がかかります。軟骨は血流が悪いため、放射線の影響を受けると壊死(組織の細胞が死んでしまうこと)に陥りやすく、骨折も起こしやすくなります。しかし、これも乳房照射では今まで1例も経験はありません。以前、大胸筋も切除していた時代に乳房全摘後の胸壁照射を行なったあとには時々みられていたようです。壊死が生じた場合には骨髄炎を併発することがありますので切除が必要になります。

④心不全(心膜炎、心筋障害)…通常の乳房照射で心臓に影響が出ることはきわめてまれです。症状を呈することはほとんど経験しませんが、可能性は0%ではありません。もともと心臓が悪い方や心筋毒性のある抗がん剤使用後の患者さんに対しては配慮がいります。縦隔に照射する場合には心臓にもかかりますので心不全の発症には注意が必要です。治療は通常の心不全と同様です。

⑤食道炎…乳房照射では起きませんが、頸部(鎖骨上リンパ節再発や頸椎転移)、縦隔や胸椎に照射した場合に起きます。けっこう長期間続く食べ物のつまり感や焼けるような痛みを伴います。治療は粘膜保護剤の内服を行ないます。

⑥リンパ浮腫の悪化…特にリンパ節郭清をした患側の腋窩や鎖骨上に照射する場合には、細々としたリンパ管を介してようやく流れていたリンパ流が、放射線による組織の線維化によってさらに流れが悪くなってしまうためにリンパ浮腫が悪化しやすくなります。治療は、以前書きましたのでご参照下さい(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/09/blog-post_3370.html)。

⑦放射線酔い…本当に放射線治療のせいなのかは判断が難しい場合がありますが、放射線治療中にからだのだるさを訴える患者さんがいます。特に広範囲にかけた場合には起こりうるそうですが、乳房照射くらいではほとんど起きないはずです。治療は特にありません。

⑧骨髄抑制…乳房温存術後の乳房照射くらいではほとんど起きません。脊椎や胸骨、骨盤などの骨転移巣に広範囲に照射を行なった場合や抗がん剤投与後に、骨にかかるような照射(鎖骨上・胸骨傍・縦隔リンパ節、胸壁再発など)を行なった場合には白血球の低下や貧血が長引くことがあります。治療は抗がん剤の場合と同様ですが、貧血に対しては輸血を要することがあります。

6 件のコメント:

ミチ さんのコメント...

放射線治療の開始を2週間後に控えているので、大変タイムリーな記事に感謝しています
確かに書かれているように、「放射線」や「被爆」ということばに対してアレルギーがありますし、恐怖感があるのも否定できません。でも、先生が「リスクよりベネフィットの方が大きいと考えてよい」と書いて下さっているし、私の場合「浸潤がん」なので、メリットの方が大きいと信じて治療を受けようと思います。
hidechin先生のブログにはいつも励まされ救われています。どうもありがとうございます。

hidechin さんのコメント...

>ミチさん
今はほとんどの病院で、ガイドラインを基本にした上でメリットとデメリットを考えながら治療が行なわれるようになってきていると思います。ですから、ネット上の不確かな情報や悪質な勧誘に惑わされないようにして下さいね!それでは放射線治療頑張って下さい!

匿名 さんのコメント...

こんばんは、先生のブログはとても勉強になります。私は乳がん検診5年目にして 自分で見つけた乳がん1年です。マンモもエコーも触診も受けておりましたが、見つけては、もらえませんでした。自分で見つけた時点で3.2cmありましたが、5年間検診を受けてきた先生には、昨年には無かった、と言われました。この時点で、自分の運のなさを、痛感しました。
今、手術、抗がん剤、放射線を5月に終えたところです。私の場合両側乳がんのため
放射線25回、50グレイを両胸にあてましたが、照射するまえから、被爆量にビビリ
放射線科の先生に、相談しましたが、大丈夫というお答えを頂いて 受けたのですが、
未だに被爆量の多さに 恐怖を抱いてます。
今現在、腰に痛みを感じて 骨シンチの検査をお願いしょうか?迷っております。
主治医は骨シンチでは、被爆しないとおっしゃってっますが、どうなんでしょうか?
もうすぐ、1年目の検査で、CTも受けるよていです。半年以内の放射線量を考えると、
骨シンチをお願いしても良いのか、迷っています。ご教授願えましたら、ありがたいです。
先生のブログを拝見させて頂いて、真摯に乳がんに向き合い、いつも患者のすぐ傍にいていただける先生だと、感動しました、これからも乳がん患者だけではなく 日本の女性のために益々のご活躍をお祈りしてます。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
骨シンチによる被爆線量は、あるデータによると5.6mSv(8.0mSvと書いている資料もありました)ということらしいですが、医療被曝に関しては、今回の原発事故とは異なり、必要があっての被曝ですし、骨シンチは半減期の短い核種を用いていますので1回検査したくらいでは問題にならないと思います。もちろん、必要もないのに頻回に受けることはお勧めできませんが…。
匿名さんの場合は、局所再発予防目的の放射線治療(これはほとんどが乳房周囲のみの外部被曝です)と症状があっての骨シンチ、そして定期検査の胸部CTですので、半年以内に集中したとしてもやむを得ない医療被曝だと思います。これがこれからずっと続くわけではありませんのであまり気にしすぎなくても良いのではないかと思います。もちろん、わずかな被曝も避けたいということでしたら、例えば腰痛に対しては骨シンチではなくてMRにしてもらうのはいかがですか?全身の骨転移のチェックはできませんが今の症状の原因を調べるには十分ですので。
取り急ぎ以上です。お大事に!

匿名 さんのコメント...

ありがとうございました。
とても参考になりました。
MRにしていただける様にお願いしてみます。
本当に、親身に相談にのっていただけて
嬉しかったです、ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
何ともなければ良いですね。
お大事に!