2012年7月16日月曜日

乳がん患者さんの労働環境の変化

私の患者さんの中にも乳がんと診断されてから仕事を辞めざるを得なくなったり、職場から嫌みを言われたりした方が何人もいらっしゃいます。このようながん患者さんに対する職場の理解と配慮の不足(職場にも事情はあるとは思いますが)、公的サポートの不足は日本だけの問題かと思っていましたが、海外でも同様の傾向がみられるようです。

Journal of Clinical Oncology誌オンライン版(2012年7月9日号)にスェーデンの研究者が乳がん診断後の労働時間や処遇の変化についてのコホート研究の結果を掲載しました。概要は以下の通りです。

対象: Regional Breast Cancer Quality Register of Central Swedenで登録された735例のうち、2回のアンケートを完了した女性505例(診断時63歳未満)。

方法: ベースライン時(診断後平均4ヵ月)およびフォローアップ時(診断後平均16ヵ月)にアンケートを行なった。未婚・既婚、子供の有無、学歴など社会人口統計学的因子に関する情報はベースライン時に、また自己申告による仕事に関わる情報はフォローアップ時に収集した。

結果: 
①労働時間→変化なし 72%、増加 2%、減少 15%、退職  11%
②化学療法は、退職や労働時間短縮の可能性を増加させる(オッズ比[OR]:2.45、95%CI:1.38~4.34)
*これらに影響した要因…診断前のフルタイムの仕事(OR:3.25、95%CI:1.51~7.01)、がんに関連した労働制限(OR:5.26、95%CI:2.30~12.03)、仕事に対する低い価値観(OR:3.69、95%CI:1.80~7.54)(化学療法を受けなかった患者では、年齢の高さ(OR:1.09、95%CI:1.02~1.17)と仕事に対する低い価値観(OR:5.00、95%CI:2.01~12.45)が影響)。

結論: サポートが必要な女性を識別するには化学療法とがんに関連する労働制限が重要な因子であり、さらに労働市場に参加することについての女性自身の価値判断を考慮することが重要である。


以上の報告は、乳がん患者さん自身の職場復帰に対する意欲(働かなければ生きて行けない状況なのかどうか、その職場における職責、労働内容への満足感などが関係しているものと思われます)と職場における理解と状況(復職の延期や労働制限を許容できる環境なのかどうか)が、乳がん患者さんの労働環境の変化に関係しているということなのだと思います。

病気による突然の欠員はその職場にも少なからず影響を与えます。そのような場合に備えて公的機関が臨時職員(様々な職種の退職者など)を登録しておく労働バンク的なシステムを作るなど、公的なサポートが必要なのではないかと思います。ただその場合、臨時職員に対する給与をどう捻出するかという問題が生じます。これは各企業で積み立てのような形で職員の給与から一定額を徴収しておくのが良いのか、企業として利益の中から捻出すべきなのか、それともそのようながん患者さんに対しての配慮を行なう企業に対する補助金として公的資金を予算化すべきなのか(今の国家財政では厳しいですが)なかなか難しいです。

現在の混沌とした政治を見ていると、このような細やかなことにまで目を向ける余裕はなさそうなのが残念です。なお、この問題はがん患者さんに限った話ではありません。突然の病気によって仕事を休まなければならなくなった時に企業と社会、政治がどうサポートするべきなのか、今の世の中はこのような問題に対してまだまだ未成熟なのではないかと思います。


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