2011年11月30日水曜日

乳腺術後症例検討会 14 ”乳管内乳頭腫の梗塞”

今日は第52回の乳腺症例検討会がありました。

今回の症例は4例でしたが、そのうち3例は乳管内腫瘍が関係したものでした。乳管内乳頭腫に対して乳管腺葉区域切除術を行なったあとで近傍の乳管から発生した微小浸潤がんの1例、嚢胞内がんの微小浸潤の1例、線維腺腫だと思っていたら針生検後に出血して嚢胞内腫瘍だとはっきりしてきた1例の3例です。

この中で非常に興味深かったのは最後の症例でした。半年前の超音波画像上は楕円形の線維腺腫を疑う像でしたが、細胞診では細胞が採取されずに経過観察となっていました。半年後に受診したときは倍くらいの大きさになっており、葉状腫瘍を疑って針生検をしたところ、「良性:乳管内乳頭腫または乳腺症型の線維腺腫」との診断となり、増大傾向があるために摘出手術となりました。

ところが手術直前に超音波検査をしたところ、腫瘤はさらに増大し明らかな嚢胞内腫瘍に形態を変化させていたのです。摘出標本の病理検査では、「梗塞をきたした嚢胞内乳頭腫」という診断になりました。振り返ってみると、おそらく細胞診をした時に乳頭腫の茎の血管に針が当たって微小な血腫となって部分的な梗塞をきたし(だから血液しか引けずに細胞が採取できなかった)、腫瘍自体はうっ血になったために増大→針生検で嚢胞内に出血したためにさらに増大し形態を変化させた、というような経過だったのではないかと推測しました。

線維腺腫の術前診断だったため、手術直前の変化にはびっくりしましたが、非常に珍しい経過をたどった症例だったと思います。

来月は年末になるため、症例検討会はお休みにしました。1月の検討会は2ヶ月分の症例の中から選りすぐりの症例を提示したいと思っています。

2011年11月28日月曜日

第20回日本乳癌学会学術総会演題締め切り近づく!

2012.6.28-30に熊本で開かれる第20回日本乳癌学会の演題締め切りが12/13に迫ってきました。

今回のテーマはかなり早い時点(9月の乳癌学会が終わったころから)で決めていました。このテーマを追究するためには、特殊な免疫染色を多数の症例に行なわなければならないため病理のDrと技師さんたちにかなりの負担を強いてしまいます。また、それに要する費用もけっこうな額になってしまうことが判明しました。

私の病院には自前の病理医がいます。外注するわけではないので、けっこう大変な作業にも積極的に協力してくれます。今回も私が考えていた研究テーマに賛同してくれて快く協力してくれることになりました。大変ありがたいことです。演題が採用されたらお土産は奮発しなきゃならないと今から考えています(笑)。ただ残念なことに乳癌学会に入会している病理医がいないので抄録の共同演者に名前を乗せることができません。病理医は乳腺だけ見ているわけではありませんし、様々な病理関係の学会に参加しているので年会費だけでも結構な負担になるからです。このあたりは公費で負担してもらうように病院にかけあってみようかと思っています。

さて今回は、「乳がんの早期発見は意味があるのか?」というテーマに対して、生物学的悪性度の観点から分析してみようという内容です。乳がんの早期発見は意味があるに決まっているのではないかと思う人も多いと思います。もちろん私もそう思いますし、乳腺外科医のほとんどはそう信じています。しかし、いまだにその考えに対して否定的な見解を主張し続けている医師たちも存在します。また、マンモグラフィの有効性について肯定的なものだけではなく、否定的な研究報告が存在するのも事実です(これには様々な理由があると思いますがここでは割愛します)。

この命題に対して結論を下すのは、一部の偏ったデータや感情論、経験論ではなく、十分な科学的根拠に基づいた検証しかありません。残念ながら今回の私の研究は、そんな大それた内容ではありません。症例数も不十分です。しかしこのデータから導き出した推論がその解決の小さな一歩になればと願いつつ、病理のDrたちにも協力してもらいながらさらに研究を続けていこうと思っています。

2011年11月25日金曜日

アバスチン続報 FDAの最終決定と今後の展望

米食品医薬品局(FDA)がアバスチンの乳がんに対する適応取り消しを決定した件についてはここで何度か取り上げました(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/12/fda.html)。その後もロシュ社の不服申し立てに対する公聴会などを開いて審議してきましたが、最終的にFDA長官の最終判断により承認取り消しが決まったそうです。
(なお、日本ではパクリタキセルとの併用で先日承認されています→http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/09/blog-post_30.html)

今回のFDAの判断は、アバスチンの併用が全生存期間(OS)を延長させなかったことと、安全性に問題があると判断したことが原因とされています。この判断により米国における乳がんの承認取り消しは確定されましたが、ロシュ社では乳がんに対する適応の開発を継続する方針のようです。未治療の転移患者を対象に、パクリタキセルと併用する治験を開始するほか、アバスチンが奏効しやすい患者さんを判別するためのバイオマーカーを開発するということです。AVADO試験において未治療の再発症例に対するドセタキセルとの併用で有意差が出なかったOSが、パクリタキセルとの併用では出るのか?という疑問はありますが、バイオマーカーの開発には期待したいところです。

アバスチンの薬価は、点滴静注用100mg/4ml 1バイアル50291円、400mg/16ml 1バイアル191299円。乳がんに対しては10mg/kgを2週以上の間隔で投与します。体重50kgであれば500mgですので1回につき241590円かかります(3割負担なら72477円)。1ヶ月ではその倍です。抗がん剤の分もかかりますので高額医療費制度で戻るとは言っても経済的負担はかなり大きい薬剤です。

以上のように高額な薬剤ですので、高い確率で効果がある対象を絞ることができるようになれば患者さんにとっても医療経済的にも良いことですので、この承認取り消しが乳がん患者さんにとってプラスになる結果につながれば良いと私は思っています。

2011年11月22日火曜日

命の値段

先日英国国立医療技術評価機構(NICE)が、ハラヴェンを保険適用対象として推奨しない最終ガイダンス案(FAD)を発表しました。NICEはその前にもフェソロデックスに対して同様の勧告をしています。

NICEにおいては抗がん剤を推奨する場合、3カ月以上の延命効果があることなどを条件としているそうです。今回ハラヴェンの治験で示された延命期間は2.7カ月と条件を満たしていませんでした。既存療法より副作用が多いことも指摘されています。そしてコスト面においては、生活の質を加味した生存年(QALY)の1年延長に必要な費用(ICER)は、治験で比較した治験医師選択療法よりも68600ポンド高く、コストベネフィットに見合わないと評価されました。

このニュースを見て、いろいろ考えさせられました。


人の命の長さ(時間)に値段などつけることができるのだろうか?

平均2.7ヶ月の延命は患者さんにとって価値のないものなのだろうか?

「保険適用としない」というのは「使用を禁止する」と同意語ではない→お金のある人は全額自己負担で受けなさい、お金のない人はあきらめなさい、ということを意味しているのだろうか?


皆さんはどう考えますか?

世界的に財政事情が厳しい状況を考えると、できるだけ医療費の公的負担を減らしたいと考えるのはわかります。新薬、特に分子標的薬は非常に高額です。まったく意味のない薬剤なら高額な治療は明らかな無駄です。しかし、その判断のために命に値段を付けてしまう今の医療界の考え方にはどうしても違和感を覚えてしまいます。費用が高い安いではなく、本当に患者さんにとって有益なのかどうかを判断する術は他にはないのでしょうか…。

天国にいる金子明美さん( 以前ここでも取り上げました http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/02/blog-post_16.html )はどう思っていらっしゃるのでしょうか?ドキュメンタリーの中で金子さんがだんだん経済的に追い込まれていったときに、たしか「金の切れ目が命の切れ目」というようなお話をされていたように記憶しています。金子さんがこのとき受けていた治療は、分子標的薬のアバスチンを使用したレジメンだったと思います。FOLFOX4という標準治療に対するアバスチン追加の延命効果は、2.1ヶ月です(E3200試験)。これを短いと思うかどうかは患者さんそれぞれの価値観や状況によって変わるのかもしれません。しかし、2.1ヶ月の延長でも貴重だと思う患者さんが治療を選択できなくなってしまうのは非常に酷な話です…。

保険診療で行なっても高額なのが分子標的薬も含めた化学療法です。全額自己負担で払える人などごく一部だと思います。日本がこのような欧米のやり方を猿真似するようなことだけはなんとか避けてもらいたいと心から願っています。

2011年11月21日月曜日

フェソロデックス(一般名 フルベストラント)いよいよ発売!

ここでも何度かご紹介しましたが(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/12/11.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/10/blog-post.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/10/blog-post_31.html)いよいよフェソロデックスが11/25に薬価収載、発売されることになりました(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001v6v3-att/2r9852000001v6yr.pdf)。

適応は、「ホルモン受容体陽性閉経後乳癌」で、術後補助療法ではなく、進行再発乳がんに対して使用します。この薬剤をずっと心待ちにしていた患者さんたちが何人かいらっしゃいますので、さっそく数人の患者さんに使用予定です。

問題は2つあります。1つは前回も書いた、両側の臀部に5mlずつもの薬剤を筋注しなければならないことです。想像しただけで痛そうです(汗)。せめて皮下注なら良いのですが、皮下脂肪に漏れると吸収が悪くなるのと硬結を作るので筋肉内に注入しなければなりません。

もう一つは薬価です。今回収載された薬価は、1本(250mg)50313円ですので、1回につき、100626円(の3割などの自己負担分)かかることになります。今日説明に来てくれた製薬会社の方に、「高すぎる!」ってごねましたが、彼が決めた値段じゃないので仕方ありません(笑)。また、「欧米人と日本人じゃ体格が違うんだから痩せた患者さんなら1本で良いのでは?」とお聞きしましたが、国内で承認されたデータは500mgの臨床試験に基づいていることと、欧米の70kg台の体重の患者さんたちと日本人の50kg台の患者さんたちの薬物動態を調べても有意差はなかったという事実に基づいているので半分量で良いとは言えないらしいです。また、添付文書上も250mgの投与についての記載がないため、保険で認められない可能性があります。

というわけでまたまた乳がん患者さんには経済的負担を強いることになってしまいそうですが、それを上回る効果が得られることに期待したいと思います。

2011年11月20日日曜日

乳管内乳頭腫3 治療

乳管内乳頭腫(IDP)と診断できた場合、分泌を伴っていなければ経過観察する場合もあります。ただ、前回書いたように、乳管内乳頭状病変の良悪の診断は難しい場合もありますし、周囲にがんを伴う可能性もありますので厳重な経過観察が必要です。手術をする場合は、多少周囲に正常乳腺をつけて腫瘤摘出術を行なうようにしています。

乳頭分泌を伴う場合は、良性と診断しても手術を行なうケースが多いです(ご本人が強く希望すれば経過を見る場合もありますが…)。これはやはり血液混じりの分泌物が出続けるのはあまり気持ちの良いことではないからです。良悪の確定診断がつかない場合はもちろん切除が必要です。手術を行なう場合には、乳管腺葉区域切除術という特殊な手術を行ないます。

<乳管腺葉区域切除術>

以下は私たちの施設で行なっている方法です。

①腫瘍の位置と乳管の走行がわかっている場合はあらかじめ超音波検査とMR画像を参考にマーキングしておきます。

②全身麻酔(局所麻酔で行なっている施設もあります)をかけて皮膚消毒後、乳管造影(前回参照)と同じ手技で色素(ピオクタニン)を乳管に注入します。乳頭の孔には色素が出てしまわないように涙管ブジーを留置しておきます。

③腫瘍の位置と乳管の走行を考慮して乳輪に沿って切開をします(乳輪の1/3周前後…乳輪に沿う切開は傷跡が目立ちません)。

④乳輪下組織を分けて、涙管ブジーが挿入された青く染まった乳管を見つけ出し、できるだけ乳頭側を糸で縛って切離します。

⑤切離した乳管を引き上げながら青く染まった乳腺組織を残さないように末梢方向に切除していきます(芋掘りみたいな感じです)。青い組織ぎりぎりで切除するのがコツですがなかなか難しいものです。うまく切除できるとちょうど「わかさいも」(北海道人にしかわからないかも…)か小さめの「海老フライ」のような乳腺組織が取れます。

⑥変形をきたさないように周囲乳腺を吸収糸で縫合し、皮膚も吸収糸で埋没縫合(抜糸不要な縫い方)して創部をステリテープというテープで寄せて終了です。ドレーン(排液用のチューブ)は基本的には入れません。


手術時間は1時間前後です。翌日または翌々日くらいには退院可能です。標本は5㎜間隔くらいですべて病理検索します。もしもIDPではなくがんであったり、IDPのほかにがんの合併があった場合には、後日再手術や放射線治療が必要になることがあります。悪性所見が認められず、IDPだけだった場合はこれで治療終了です。

2011年11月19日土曜日

乳管内乳頭腫2 検査

乳管内乳頭腫(IDP) を診断するために行なう検査は、他の腫瘤の検査に加えて、乳頭からの分泌物があるときには特殊な検査を行ないます。

IDPと診断する過程で行なう主な検査と所見について書いてみます。

1.視触診: 比較的大きな嚢胞内乳頭腫(ICP)の場合は境界明瞭なしこりが触れることがあります。乳頭分泌がある場合は、出てくる孔の位置と数、分泌物の色、性状を確認します。

2.マンモグラフィ: 小さなIDPではほとんど所見はないことが多いです。ただ脂肪性の乳腺では、拡張した乳管や小さなIDPが写ることも稀にあります。ICPの場合は境界明瞭な嚢胞様のしこりとして写ることがあります。

3.超音波検査: 拡張した乳管の中にポリープとして認められるのが典型的ですが、拡張乳管しか見えなかったり、逆に分泌物のない症例では、単なる境界明瞭な腫瘤(形は様々)として認められることもあります。ICPの場合は、嚢胞の中にポリープを認めます。

4.分泌物の検査: 尿検査で用いる検査紙で分泌物の潜血反応を調べたり、分泌物中のCEA(測定キットがあります)を調べたりすることもあります。

5.分泌物の細胞診: 毎回必ず乳頭腫の細胞がこぼれ落ちているわけではありませんので、分泌物の細胞診では必ず腫瘍であることの証明ができるわけではありません(血液のみだったり、泡沫細胞というものだけのこともあります)。経過観察をする場合は、繰り返し細胞診に提出することが必要です。腫瘍細胞が証明されても、腫瘍からこぼれ落ちた細胞は変性を伴っていることもあり、良性か悪性か判断に迷う場合もあります。

6.穿刺吸引細胞診・針生検: 腫瘤が超音波検査で見える場合には直接腫瘍を穿刺して細胞を採取します。小さい腫瘍では針生検より細胞診の方が適している場合が多いと思います。大きいものでは針生検をする場合もありますが、嚢胞内乳頭腫の場合は穿刺部位に気をつけないと嚢胞内への出血が止まりにくく、血腫になってしまうこともあります。また、細胞診はもちろん、針生検でも良悪の診断が困難な場合があるのは前回述べた通りです。

7.MR: 非浸潤がんとの鑑別や多発病変のチェックに有用です(もちろんMRだけでがんを完全に否定できるわけではありません)。拡張乳管はT2という画像でよく見えるので、乳管の分布や走行がある程度推測できます。

8.乳管造影: 分泌物の出る孔を涙管ブジーという眼科で使う先が鈍になった針で少しずつ拡張して、注射器につけた針から造影剤を注入する検査です。麻酔はしませんが、滑りを良くするためにキシロカインゼリーという表面麻酔剤を針に塗りながら行ないます。怖いと思うかもしれませんが、順調に入ればさほど痛みはありません。むしろ造影剤を注入したあとで乳頭をゴムで縛るのが痛いと言われます(汗)。そのあとマンモグラフィを撮影して終了です。この検査では、超音波検査でわからない小さな乳頭腫の存在や主病巣以外の多発病変がわかることがあります。また、乳管の走行がわかりますので手術の際に乳管を追う方向を決めるのに役立ちます。ただ、腫瘤で乳管が閉塞している時には先に造影剤が入らず、まったく全体の状況がわからない場合もあります。

9.乳管内視鏡: 乳管造影と同じ操作で乳管を拡張してから乳管内に1㎜前後の細い内視鏡(管のようなもの)を入れて乳管の内腔を直接観察する検査です。腫瘤が確認できたら直接細胞診や生検を行なうこともできます。ただ、全例必須な検査というわけではありません。

以上のような検査を駆使して診断を行ないますが、完全に悪性を否定するのが難しい場合もあります。また、IDPの末梢にがんを合併することもありますので最終的には手術をお勧めすることが多いのです。次回は手術についてお話しします。

2011年11月17日木曜日

乳管内乳頭腫1 概論・病理

今年はなぜか乳管内乳頭腫の手術症例が多いようです。特に診断や切除範囲に悩む乳頭腫症例が今年は連発です。MRで多発する腫瘤があったり、大きめの腫瘍で乳管が閉塞しているために乳管造影をしても末梢まで写らないために乳管の走行がわからなかったり、MRで拡張乳管がとても広く写っていたり、予想と違う方向に延びていたり、細胞診で良悪の判定に悩む症例だったり、梗塞を起こしていて奇妙な画像所見を呈していたり、様々な症例を経験しました。

私のこのブログの中で、もっともコメントが多いのは「乳管内乳頭腫と乳癌」(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/03/blog-post.html)の文章です。現在68件もの書き込みがあります。やはり症例も多いということもありますが、この疾患独特の診断や治療の難しさがその理由なのではないかと思います。そこで今回は乳管内乳頭腫についてまとめてみたいと思います。今回はまずその概論と病理について書いてみます。

乳管内乳頭腫(Intraductal papilloma: IDP)は、比較的太い乳管内に発生することが多い(細い乳管にもできますが)良性腫瘍(ポリープ)です。時に腫瘍の一部から出血するために、血性乳頭分泌で見つかることが多い疾患です(血性乳頭分泌を起こす原因疾患の中で一番多い)。出血量が多かったり、出血して間もない場合は、赤、または暗赤色(黒に近い)を呈していますが、時間がたつと次第にオレンジから黄色の透明な分泌物になります。ただ、超音波検査で偶然腫瘤を指摘されて細胞診で診断される分泌を伴わないIDPもあります。また、嚢胞の中に発生した(または分泌物で嚢胞を形成した)乳頭腫を「嚢胞内乳頭腫(Intracystic papilloma)」と呼ぶことがありますが、腫瘍の性質としては同じものです。

大腸ポリープは大きくなるとがん化する確率が高くなりますが、IDPは原則的にはがん化しないと考えられています(先日の症例カンファレンスでも提示されてい
ようなきわめてまれにIDPの 一部ががん化したのか迷う症例もあるようですが、一般的には考えなくても良いと言われています)。ただ、IDPの近傍にがん(主に非浸潤がん)が合併することが多いと言われており、その頻度は約10%と言う先生もいらっしゃいます。私の経験上もそのくらいはあるような印象です。

IDPの大きさは様々です。画像で確認されないくらい微小なうちに分泌で発見されるものから分泌を伴わなわず、比較的大きくなって診断されるものまであります。私自身は、4cmくらいの嚢胞内に発生した3cmくらいの乳頭腫を経験したことがあります。

病理学的な特徴は、肉眼的には乳頭状の構造を呈しており、乳管壁に連続する茎を伴っています。茎の中には血管を有しており、これが破綻すると出血として乳頭から分泌されます。同一乳管内に限らず、多発することもよくあります(両側乳房に発生して切除した患者さんもいらっしゃいます)。組織学的には、乳管上皮細胞と筋上皮細胞の2層の細胞から乳頭構造が形成されているという特徴(二相性と呼びます)があります。乳腺症で見られるようなアポクリン化生、悪性所見に似た偽浸潤、まれに梗塞などを起こすこともあります。他にも細胞所見や構造の所見で良悪を判断しますが、非浸潤がんでも一部二相性を有していることがありますので鑑別が難しいことがあります。IDPなのか、非浸潤がんなのかは、一般の方が考えるほど簡単に診断できないこともあるのです。診断に時間がかかったり、次から次へと検査を重ねていくことがあるのはこのためです。ですから乳管内病変(IDPや非浸潤がん)の正確な診断のためには、乳腺外科医による慎重かつ適切な検査の判断と経験豊富な病理医の目が必要なのです。

2011年11月12日土曜日

脳転移3 治療の進歩



脳転移の治療は、主に手術や放射線治療などの局所治療が中心になります。以下に簡単に現在行なわれている標準的な治療を書いてみます。

<手術療法>

3cm以上の大きな単発転移の場合には、他の転移巣がコントロールできていれば手術で摘出する場合があります。ただし、手術単独での局所制御には限界があるため、その後に全脳照射を加える場合が多いと思います。また転移の部位によっては手術ができない場合もあります。

<放射線治療>

・全脳照射 :多発性の脳転移や手術などの治療に併用して行ないます。脳全体に放射線をかけますので転移数が多くても有効ですが、晩発性の脳機能障害(脳萎縮、認知障害など)を起こすリスクがあります。一般的には総線量30Gy(1回3Gy×10回)が標準とされていますが、後遺症のリスクを下げるために1回量を少なくして時間をかけて照射する方法も行なわれています(1回2Gy×20-25回)。 

・定位放射線照射(Stereotactic radiationtherapy: SRT):専用の装置(直線加速器)を用いて、患者さんの頭部を固定しながら、腫瘍周囲のみにX線を集中させて数回に分けて照射する治療法。正常の脳組織にダメージをあまり与えずに腫瘍だけに高い治療効果を与えることができます。転移個数が3-4個以下で、最大径は3cmくらいまでが治療の適応です。

・定位放射線手術(Stereotactic radiosurgery: SRS):代表的なものとしてガンマナイフについてご説明します。SRTと似ていますが、多数のコバルト線源から発生させるγ線を用いる方法です。照射は1回で終了します。こちらのほうがより周囲に対する影響が少なくてすむため(精度は誤差が0.2~0.5mmくらい)、SRTより多い個数に対して治療ができるメリットがあります。私の患者さんの中にも繰り返しガンマナイフを行なった方がいらっしゃいますが、保険点数は1回50万円と高額です。
写真は、ガンマナイフを行なう前と3ヶ月後の乳がん術後小脳転移の患者さんのMR像です。

<薬物療法>

脳転移には薬剤が効きにくいことは先日書きましたが、実際には効果を期待して投与することもあります。脳転移に対して特に有効という抗がん剤はありませんが、血液脳関門が破壊されている場合は通常の抗がん剤で効果が見られることも稀にあるようです。またヒスロンHなどのホルモン剤が著効した症例も報告されています。特殊な治療としては、癌性髄膜炎に対してメソトレキセートの髄腔内投与が有効な場合があります。また、分子標的薬としては、ラパチニブ(商品名 タイケルブ)は血液脳関門を通過するために有効と言われています。ただ、私はHER2陽性乳がんの脳転移に対してラパチニブを投与した経験はまだありません。


一般的に脳転移は予後が不良と言われています。しかし、今年の乳癌学会でN先生がまとめた内容からは、脳が初再発、ER陽性の場合は、放射線治療などで脳転移の局所治療を行ないつつ、他臓器転移を全身療法でコントロールすることにより、比較的長期の予後が期待できる可能性があることがわかりました。今回の当院での成績は、過去に報告されてきた成績よりも良好でしたので、治療の進歩が見られているということなのかもしれません。今後さらなる放射線・粒子線治療や薬物療法の進歩に期待したいところです。

脳転移2 診断


脳転移が診断されるきっかけは、突然生じた自覚症状による場合と定期検査(画像、腫瘍マーカー)で偶然発見される場合とがあります。

<脳転移の自覚症状>

・転移部位による局所神経症状:けいれん、麻痺、めまい、失語症、複視(物が二重に見えること)など。
・脳圧亢進による症状:頭痛、嘔吐、意識障害、呼吸異常

<脳転移の検査>

・脳MR:ガドリニウムという造影剤を用いて行なう画像検査です。小さな転移まで描出可能で、多くは周囲に脳浮腫(腫れ)を伴っています(写真)。中心部が壊死すると膠芽腫という脳腫瘍と鑑別が難しい場合があります。
・脳CT:MRより少し診断精度は落ちますが、造影剤アレルギーやペースメーカー挿入者などMRが撮影できない患者さんに代用される場合があります。
・眼底検査:脳浮腫の程度を見るために行なう場合があります。
・髄液検査:癌性髄膜炎を併発している疑いがあるときに採取してがん細胞の有無や脊髄液の性状を調べます。
*場所が場所ですので、針を刺して細胞や組織を調べることはしません。ただ、他の脳腫瘍と鑑別が難しい場合には開頭手術で診断のために組織を採取することがまれにあります。

私が経験した脳転移の患者さんの症状は、徐々に増悪した手の震え、歩行困難、めまい、複視、突然のけいれんなど様々でした。初期の症状はなかなかわかりにくい場合も多いのです。進行再発乳がんの治療中にこのような症状があらわれたら念のために脳MR検査を受けた方が良いと思います。

症状を伴った脳転移は局所治療を急ぐ必要があります。無症状の場合でも一般的には前回書いたように全身治療が効きにくい再発ですので、局所治療を考慮しなければなりません。治療については次回またご説明します。

脳転移1 概論と今後の予測

乳がんの転移・再発部位で多いのは、肺、骨、肝臓、リンパ節で、脳転移の頻度は、それらよりも少なく、1.0-12.2%と言われています。脳転移が初再発である頻度は、1.4-2.8%とさらに低くなります。

乳がん再発の治療の基本は、Hortobagyiのアルゴリズムに従って行なわれることが多く、臓器別に治療が大きく異なるわけではありません。強いて言うなら、リンパ節には局所療法(手術や放射線治療)、骨転移にビスフォスフォネート製剤を加えることくらいです。そういう意味においては、脳転移だけは少し事情が異なります。脳転移の最大の特徴は、薬物療法が効きにくいことにあります。化学療法(抗がん剤)も分子標的薬(ハーセプチン)も内分泌療法(ホルモン剤)も非常に効きにくい原因は、血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)というシステムの存在にあります。BBBは、「有害な物質を重要臓器である脳に到達させない」ために人体にもともと備わっている防御機構です。ですから抗がん剤などの正常細胞に対する有害物質は脳に到達しにくいようになっているのです。ただ、分子標的薬の一つのラパチニブ(商品名 タイケルブ)は、分子量が小さいためにこのBBBを超えると言われています。また、乳がんの転移によってBBBが破壊されることもあると言われていますので、全例で薬剤が無効というわけではありません。

脳転移は、肺転移や骨転移のあとに生じることが多いと言われています。他の臓器転移がない状態からいきなり脳の転移は起きにくいと考えられているのです。しかし、今後は、脳に初発する再発が増える可能性があるのではないかと個人的には思っています。その理由をご説明します。

最近では強力な化学療法(FEC療法やタキサン系)を手術前後に用いることが多くなってきています。またハーセプチンの術前、術後投与も認められるようになりました。このことによって、脳以外の、本来なら再発するはずだった微小転移は治癒したために顕在化しない(つまり臨床的には再発しない)ということが起こりえます。結局薬剤の効きにくい脳転移だけが残って顕在化(臨床的な再発)するケースが増えるのではないかということです。

わかりにくいと思いますので具体的に例を挙げてみます。

しこりの大きさ3cm、リンパ節転移2個、画像的に他臓器転移なしの患者さん(T2N1M0 StageⅡB)がいたとします。この時点で画像には写らない肺転移と肝転移、肺転移から続発した脳転移が存在していたとすると、術後に投与した化学療法などで微小な肺転移、肝転移は消失する可能性があります。結局数年後に初発脳転移として発見されることになります。

実際、私の経験でもそうだったのではないかと思われる再発形式を取った患者さんがいらっしゃいます。その患者さんはトリプルネガティブ乳がんの術後にEC-Tという化学療法を行ないましたが、化学療法終了後間もなく単発の脳転移で再発しました。その後転移巣の手術や化学療法で経過を見ているうちに多発の肺転移が顕在化してきました。おそらく最初のEC-Tで肺転移がある程度抑えられていたために、脳転移が先に顕在化してきたのだと思います。

その初再発頻度の低さから、私は乳がんの術後患者さん全例に脳転移チェックのための画像検査を定期的にすることはしていません。主に肺、骨転移が診断された患者さんに検査を行なってきました。しかし、強力な術後補助療法の出現によって、脳転移が初再発となる頻度が増えてくるようであれば、再発リスクの高い患者さんに対しては脳MRを定期的に行なうことも考えなければならないと思っています。

2011年11月10日木曜日

骨転移2 骨シンチは定期的に行なうべきか?

以前も書きましたが、乳がん術後の定期検査で行なうべきであるというエビデンスがあるのは、年に1回の対側のマンモグラフィと問診・視触診(術後3年までは3-6ヶ月に1回、その後2年間は6-12ヶ月ごと、以後は年1回)のみです。国内の多くの施設で行なわれている、胸腹部CTや腹部超音波検査、骨シンチ、PET検査、腫瘍マーカー測定などは、エビデンスがありません。1997年のASCOのサーベイランスガイドラインによると骨シンチや腹部超音波検査は、「推奨しない」と専門家の意見が一致したことになっており、その後も大きな改訂はないようです。

この件については、若干異論があるということを今までも書いてきました。私自身は、マンモグラフィ以外にも、乳房超音波検査、腹部超音波検査、胸部CT、腫瘍マーカーの測定を行なってきました。ホルモン剤などを投与している患者さんには、副作用チェックのために定期的な一般採血も行なっています。

ただ、骨シンチに関しては全ての患者さんには行なっていません。理由は後述しますが、骨シンチの利点と欠点をまず書いてみます。

利点:全身を一度に検査できるのでスクリーニング検査に向いている。
欠点:放射線検査なので被曝のリスクを伴う、高額である、溶骨性転移がほとんどを占める場合には写らないことがある、偽陽性が多い(骨折などの外傷後、変形性関節症など)、微小な病変の描出は困難、など。

それでなくても乳がん患者さんは、薬代や他の検査でお金がかかります。これらの欠点を上回るメリットがあればお勧めするのですが、無症状の患者さん全員に定期的に受けていただくのは、エビデンスがないことも考え合わせると気が引けます。ですから術後の定期検査としては行なっていないケースが多いのです。

「再発を早期発見することで治癒につなげたい」という命題は私がここまで書いてきたように私のライフワークであり、いつかそうなって欲しいと願っています。治療薬は次々と開発され、実際に長期に再発巣が消失して治癒したと思われる患者さんも経験します。ただ再発患者さん全体をみた時には、まだまだ現実的には簡単なことではありません。そして特に骨転移は無症状で発見しても完全治癒に導くのは至難の技なのです。骨が好きながん細胞は、骨全体に住み着きやすく、放射線をかけても他の場所にまた出てきやすく、放射線治療を繰り返すと骨髄機能が落ちて化学療法が困難になります。すぐに命に関わる再発ではありませんがやっかいな再発部位と言えます。

上に書いたような理由で定期的な骨シンチは行なわないことが多いのですが、腫瘍マーカーの上昇や痛みなどの症状が出ればもちろん検査を行ないます。ただ、骨転移のもう一つの問題点として、病的骨折を突然起こすことがあるということが挙げられます。私が今まで経験した骨転移患者さんの多くは最初に痛みや腫瘍マーカーの上昇があったり、他の臓器の再発検査中に骨転移と診断され、治療の経過中に骨折してしまったというケースが多い(ゾメタ登場以降は減った印象がありますが)のですが、まれに突然上腕骨や大腿骨、脊椎が病的骨折をきたして骨転移と初めて診断されてしまうこともあります。痛みや骨折、脊椎骨折による麻痺はQOLを低下させてしまいますので、非常にやっかいです。

もしも定期的に骨シンチをしていたら脊椎骨折を避けられて麻痺によるQOLの低下を防ぐことができたかもしれない、という非常に悔しい思いをした患者さんを最近経験しました。このような患者さんを診てしまうと、症例によってはやはり定期的な骨シンチは必要なのかもしれないと思ってしまいます。「統計学的には意味がない」「費用対効果を考えると無駄だ」と言われてしまうかもしれませんが、そう簡単には割り切れないものです…。

2011年11月6日日曜日

健康相談会&「札幌乳癌カンファレンス」


昨日は、PM2:00から病院待合室で「乳がんの早期発見」をテーマにした講演会&イベントが行なわれました。地域の患者さん、職員、入院患者さんやご家族も含めてロビーはいっぱいになり、大盛況でした(写真)。

最初にアロマについてのご紹介をOさんにしていただきました。身近な臭い(香り)がからだに及ぼす影響などの概論についてわかりやすくご説明していただきました。そのあとG先生の講演に移りました。日本における乳がんの状況や乳がんのリスク因子、がん細胞の成長の歴史、そしてマンモグラフィ検診や自己検診についてとてもわかりやすく解説していました。やはりこの手の講演はG先生が適任です(笑)

残念ながら私はG先生の講演の途中で退席させていただいて、PM3:30からの「札幌乳癌カンファレンス」(アストラゼネカ社主催)に参加するために東京ドームホテル札幌に移動しました。このカンファレンスは6月に旭川で開催した会に続く札幌版の第2弾です。

Session1は癌研有明病院病理部の秋山太先生のShort Lecture「外科医に知って欲しい乳腺病理」でした。いつもわかりやすく明快なお話をして下さる先生ですのでとても楽しみにしていましたが、期待通りのお話でした。秋山先生でも判断が非常に難しい症例があるというお話をお聞きして、乳腺病理診断の難しさと奥の深さが改めてよく理解できました。ざっくばらんな雰囲気の会でしたのでフロアからの質問も多く、もっと時間が欲しいような感じでした。

Session2は市内3施設からの診断困難例の症例検討でした。症例1は針生検ではわからなかった珍しい分泌癌の症例、症例2は乳管内乳頭腫に非浸潤がんを合併していて、乳頭腫にもがんを思わせるような組織がみられた症例、症例3は乳管内乳頭腫が多発していて、一部におとなしいタイプの非浸潤がんと悪性度の高い浸潤がんが混在していて、リンパ節に乳管内乳頭腫のような転移巣がみられた非常に珍しい症例でした。いずれも興味深い症例で大変勉強になりました。

終了後は懇親会があり、秋山先生を囲んで楽しい時間を過ごさせていただきました。一緒に参加したN先生も乳腺病理に非常に興味を持ったようです。来年から出向研修(専門研修)に出る予定ですので、是非秋山先生に教えていただく機会を作ってあげたいと思っています。

乳癌学会の演題締め切りが近づいています(12/13)。もうテーマも決めて病理のK先生に免疫染色の追加はお願いしましたのでもう今できることはなくなってしまいました。外来看護師の演題の手伝いをしながら、そろそろ患者会の学習会の準備をしなきゃなりません。補完代替療法がテーマなので、調べることが多くてなかなか大変です。内容的にはちょっと気が重いです…。

2011年11月4日金曜日

「乳がんの早期発見」をテーマに健康相談会開催!

明日(11/5)、14:00から病院の外来ホールで、地域住民対象の健康相談会が開催されます。テーマは「乳がんの早期発見」です。

前回(2009年12月)は私が講演を行ない、触診用モデルを用いて自己検診の方法を実演したり、ゴスペルのコンサートを行なったりしました。なかなか盛況でしたが、今回はさらに多くの人に集まってもらえるようにG先生が中心になって、前回よりも多くのスタッフが時間をかけて構想を練ってきました。

今回のイベントのプログラムの内容は以下の通りです。

①ミニサロン アロマを楽しむ(講師 Oさん)
②乳がんの早期発見についての講演(講師 G先生)
③みんなDE体験コーナー
・「マンモグラフィって痛いの?」(放射線技師)…模型を用いた撮影見学!
・「超音波(エコー)ってどんなことをするの?」(超音波技師)…実際にプローブを当てて体験!
・「乳がんって触ったらわかるの?」(乳腺外科医、看護師)…触診用モデルでしこりを実際に触診してもらいます!
・アロマを楽しむ癒しのコーナー(Oさん)…人数限定のアロマ体験!

このイベント告知のために、初めて病院周囲の地域に新聞折り込みチラシを入れてみました。私は残念ながらどうしても外せない症例検討会&講演会に参加するため途中で退席しますが、折り込みチラシ効果で大盛況になることを祈っています!

2011年11月2日水曜日

局所進行乳がん…相変わらず多いです…

7月にも少し触れましたが(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/07/blog-post_16.html)、最近、残念なことにかなり進行した状態で受診される患者さんが増えています。

一般的に「局所進行乳がん」というのは、StageⅢA-ⅢCの状態を意味します。つまり遠隔転移は明らかではありませんが、腫瘍が5cmを超えていてリンパ節転移を伴っていたり、皮膚や胸壁に浸潤していたり、リンパ節転移が高度な場合の患者さんですので、外科的治療のみで治癒させるのはなかなか困難です。手術と化学内分泌療法、そして放射線治療を含めた集学的治療が必要になります。

特に最近ではいきなり手術をするのではなく、術前化学療法(時に内分泌療法)を行なうことが推奨されています。診療ガイドラインでも「局所進行乳がんに対しては、薬物療法(化学療法)を施行したのち、外科療法、放射線療法といった集学的治療の施行が勧められる」が推奨グレードB(科学的根拠があり、実践するよう推奨する)となっています。

ここ数ヶ月ほどの間に経験した患者さんの中では、自覚症状が出てから1ヶ月くらいで急速に大きくなった1例を除いて、ほとんどが自覚症状が出てからかなり長い間経過をみています。手術や化学療法が嫌だった(怖かった)から何もせずに経過をみていた方が大部分で、あとは補完代替療法をしていて増大した方が1人、乳腺炎だと思って経過をみてしまった方が1人いらっしゃいました。自覚症状が出た時点で受診していたらこんなに大変な治療を受けなくても良かったのに…と思うことが多いです。

とは言っても今から後悔してもしかたありませんので、なんとか治療を前向きに受けていただけるように、十分に時間をかけてお話をお聞きするようにしています。もともと受診したくない、または受診できないような理由があったわけですから、病院での治療に対して大きな不安や恐れ、不信、抵抗があるはずです。まずはなぜ受診が遅れてしまったのかを傾聴することから診察を始める必要があります。そして一方的にエビデンスを押し付けて今までの経過を責めたり批判したりはしないように心がけています。最初のコミュニケーションがうまくいかないとこのような患者さんたちは心を開いてくれなくなるからです。

幸い、うちの乳腺センターのG先生もN先生も、患者さんとの話し合いに時間をかけることを嫌がりません。私もできるだけ時間をかけるようにしていますが、彼らは私以上に時間をかけて診療しています。外来が延びてしまうと看護師さんたちには残業を強いることになってしまいますが、彼女たちも嫌な顔一つせずに最後まで対応してくれていますので非常に助かっています。

病院が嫌で我慢しても、痛みや出血、悪臭などで結局ほとんどの患者さんはいつか受診することになってしまいます。受診を嫌がった理由をきちんと把握することは、乳がん検診受診率の向上にもつながるのではないかと思います。近いうちに過去の局所進行乳がんの患者さんの受診が遅れた背景に関する情報を集めて学会で報告したいと考えています。