2011年5月30日月曜日

乳がん術後の定期検査について

読者の陽さんからのリクエストにお応えします。

以前も少し書きましたが、乳がん術後の患者さんに対して明確なエビデンスがある定期検査は、年1回のマンモグラフィ(推奨グレードA)と定期的な問診と視触診(推奨グレードB)だけです。

つまり、再発の有無を調べる検査(腫瘍マーカー、腹部超音波検査や胸腹部CT、骨シンチなど)を定期的に行なうことに関して有益性が証明されていないので推奨はできないということです。米国ではこのガイドラインに則ってフォローされているようですが、米国の場合は保険の保障対象外ですと医療費が高額ですのでその影響も受けているように思います。日本では、術後に再発検査を行なっても保険適応外として認められないということはありませんし、国民性なのか、再発検査を望む患者さんが多いこともあって、実際は多くの病院で定期的な再発チェックの検査を行なっています。私もエビデンスがないことや、診療ガイドラインで推奨されていないことは十分に理解していますが、実際は検査を行なうケースがほとんどです。

術後定期検査を行なう場合に考慮すべき点を列挙してみます。

①エビデンスがあるかどうか
②患者さんの健康に不利益をもたらす可能性があるかどうか
③医療費への影響はどうか
④検査をしないことが患者さんの精神衛生上、マイナスにならないかどうか

①については、現時点では上記の通り、遠隔再発を早期発見することの意義は証明されていません。しかし、その根拠になっている臨床試験のほとんどはかなり古い症例から得れれたデータです。ここ20年くらいの間に、乳がんの治療は目覚ましい進歩をとげています。ハーセプチンもアロマターゼ阻害剤もゾメタもなかった時代のデータをもとに、再発の早期発見の意義を否定して良いのかどうか、考慮する必要があります。実際、再発を早期発見、早期治療して治癒した症例は存在するわけですから、まったく無意味とは言えないはずです。ただし、早期発見の有効性を論じる時には、lead-time bias(早期に発見したために見かけ上、生存期間が長く見えるバイアス)を考慮した上で判断しなければならないため、評価には十分な注意が必要です。

②については超音波検査は無害ですので問題ありませんが、放射線被曝を受けるCTやシンチ、PETの場合には必ずそのリスクを考慮しなければなりません。放射線被曝については原発事故の影響で今も問題になっていますがいろいろな考え方があります。私にはどれが正しいのかよくわかりません。実際、専門家の意見も分かれているわけですし、被曝の臨床試験を行なったわけではありませんので(ほとんどは原爆の古いデータから推測された影響を根拠にしています)、本当のところはわからないと言うべきなのかもしれません。ですから、放射線というのは浴びないに越したことはありません。浴びても良いとはっきり言えるのは、自然からやむを得ず浴びる放射線と有益性が被曝リスクを上回ると推測される場合のみです(多くの医療被曝など)。再発チェックのために放射線を浴びるのは是か非か、という問いに対して、正確には答えられません。エビデンスがないのだから不利益のほうが上回るという考え方も間違っていないと思います。しかし、もしかしたらCTで肺転移や肺がんが早期に見つかって治癒につながるかもしれないという可能性も否定はできませんので、完全に不利益しか受けないとまでは言えません。胸部CTについては、最近、肺がん検診としての有用性が証明されたという報告も出てきていますのでそれだけでも有益なのかもしれません。

③は最近、様々な医療現場で重視されていることです。私は経済学者でも政治家でもありませんので、患者さんの命をお金で判断はしたくありません。もちろん、有益性がまったくないなら別ですが、どこまでがお金に見合う利益なのかを考えるのは非常に難しいことです。ですから私自身のコメントは差し控えます。

④”検査をしないと不安です!”とおっしゃる患者さんは多いです。これは日本だけなのか、他国でもそうなのかはわかりませんが、比較的簡単に安価(米国に比べて)で検査できる日本は特別なのかもしれません。”遠隔転移の定期検査にはエビデンスがありません”とお話ししても検査を希望される方も多いです。もちろんこちらの説明の仕方にもよると思います。医師があまりにエビデンスを強調しすぎて機械的に話すと、患者さんに冷たい印象を持たれて他の病院に転院を希望したというようなお話もよく聞きます。検査をすることが精神の安定につながるのであれば、定期的に行なっても悪いとは言えないのかもしれません。


ちなみに私が定期的に行なっている検査はおよそ以下の通りです。

<術後〜5年目>
1/3ヶ月 視触診、血液検査(腫瘍マーカー、一般採血…ホルモン剤の副作用チェックのためなど)
1/6ヶ月 腹部超音波検査、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、胸部CT、(骨シンチ…再発リスクが高い場合)、骨密度検査(アロマターゼ阻害剤内服症例)、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など

<〜10年目>
1/6ヶ月 視触診、血液検査(腫瘍マーカー+必要に応じて一般採血)、腹部超音波検査、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、胸部CT、(骨シンチ…再発リスクが高い場合)、骨密度検査(アロマターゼ阻害剤内服症例)、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など

<10年目〜>
1/6ヶ月〜1/1年 視触診、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など


もちろんこの定期検査にはエビデンスはありません。ただ、経験的に、再発は2年、5年、10年が節目だと感じていました。それはいま考えるとサブタイプ(トリプルネガティブ→2年、HER2 richやLuminal B→5年、Luminal A→10年)別の再発時期に関連していたのかもしれません。今後はサブタイプ別に検査を行なう工夫も必要かもしれないと感じています。

2011年5月29日日曜日

御礼 アクセス 100000件!

いつの間にかアクセス数が100000件を突破していました。芸能人のブログに比べるとささいな数ですが、私にとっては驚くほどの早さだったと思います。いつも見ていただきありがとうございました。記念すべきことなのに気づかずに大変失礼しました。

2009年2月にこのブログを始めてから、最初は20件/日程度だったアクセス数が、皆さんのおかげで200-300件/日を越えるようになりました。見て下さった方々が口コミでお友達に教えて下さったり、ブログでご紹介下さったり、本当にうれしく思っています。ただ、その分、次第に責任の重さものしかかってきて、あまり個人的な思いは軽々しくは書けないなと感じています。

でもこれからもただ医療関係のニュースをコピペするのではなく、その情報から読み取れる背景だったり、違う物の見方だったり、その情報に関連する自分の経験だったりを加えながらわかりやすく情報を発信できたらと思っています。

もし取り上げて欲しいテーマなどがありましたら、ここのコメントにでも書き込んでいただければ幸いです。これからもよろしくお願いいたします!

2011年5月27日金曜日

乳腺術後症例検討会 11 ”Firefly=ほたる”

<お知らせ>
5/25から私のPCからブログのアカウントにアクセス不能になっており、ブログのアップもコメントの返事も書き込めない状況になっています。いろいろトライしてみましたがいまだに原因は不明ですので病院のPCから投稿しています。
コメントを書き込まれた方は返事に時間がかかることをご了承願います。


5/25に毎月恒例の症例検討会を開催しました。今回は新たに他の施設からの参加者が加わり、狭い会場はいっぱいでした。

今回も症例は4例。

①ステロイドが著効した肉芽腫性乳腺炎の1例
②両側の腫瘤で粘液癌と線維腺腫と診断された症例
③構築の乱れでフォロー中に診断された非浸潤がん主体の乳がん症例
④長期間大きさが変わらず脂肪または線維腺腫としてフォローされた末にごく早期の乳がんと診断された症例

の4例でした。いずれも診断がなかなか難しい症例でした。

そのあと、先月に引き続き、N技師によるMicro Pure(Firefly:“ほたる”の意味)についてのミニレクチャーがありました。Micro Pureは微細石灰化を明瞭化させる超音波の技術です。これが進歩したら、石灰化はマンモグラフィでなければ見えない、ということがなくなるのですが、実際はなかなか難しいです。今後症例を集めて技量アップと超音波検診の導入につなげたいと思っています。

2011年5月23日月曜日

「高額療養費」拡充を検討!

多くのがん患者さんにとって医療費の問題は切実です。乳がんに限らず、がん領域における治療薬の進歩がめざましいのは良いことではありますが、新薬が多い分、薬剤費も高額になります。

大腸がんとの闘病の末、昨年1月に亡くなった故金子明美さんが、室蘭でのがんウオークや国会参加で訴え続けてきたことが実を結びそうです。金子さんのがん患者の高額医療費負担軽減の願いは一歩ずつではありますが前に進んでいます。

読売新聞によると、今回厚生労働省は、医療費の窓口負担が一定額を超えた場合に払い戻しを受けられる高額療養費制度の拡充などを柱とする医療・介護分野の改革案を、「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長・菅首相)に提出したということです。高額療養費制度については、「セーフティーネット機能の強化」を図るため、低所得者とがんなどで長期間、高額な医療を受ける患者に関し、負担上限額を引き下げるそうです。必要な財源は、外来患者さんの窓口負担に数百円程度の少額を上乗せする「初再診時定額負担制度」の導入で捻出するということですから、一般患者さんに、高額医療費の患者さんの負担を負ってもらうことになりますので素直には喜べませんが、今の国家財政ではやむを得ないのかもしれません。

いずれにしても、「金の切れ目が命の切れ目」にならないように、医療費負担に苦しむ患者さんの救済制度は絶対に必要です。ただ、薬価自体が非常に高額であることにも目を向ける必要があります。新薬開発に要した費用の回収は理解できますが、本当に今の薬価が適切なのか、開発費を回収できたら自動的に薬価を下げるようなシステムづくりは不可能なのか、開発費用を下げる工夫と努力はこれ以上できないのか、国と製薬会社に検討をお願いしたいところです。

2011年5月22日日曜日

アロマターゼ阻害剤による関節痛にグルコサミン+コンドロイチンが有効??

現在主に使用されているアロマターゼ阻害剤には、アリミデックス、フェマーラ、アロマシンの3種類がありますが、いずれも関節のこわばりや痛みという副作用を生じることがあります。命に関わる副作用ではありませんが、患者さんにとってはかなり苦痛を感じる場合が多いようです(参考:http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/09/blog-post_06.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/01/blog-post_27.html)。

少し前の話ですが、サンアントニオ乳癌シンポジウム 2010において、アロマターゼ阻害剤による関節痛に対するグルコサミン+コンドロイチンの有効性を検証する臨床試験の中間結果が報告されたそうです。

これはコロンビア大学のGreenleeらが行なった第Ⅱ相試験で、3ヶ月以上アロマターゼ阻害剤を内服した後に関節のこわばりや痛みを発症した患者さんに対してグルコサミン1500mg/日とコンドロイチン1200mg/日を投与するというものです。有効性の評価は、WOMAC index、M-SACRAH、BPI-SFという方法で12週ごとに解析しました。最終的に解析できたのは25人と少ないため、信頼性は不十分ですが、膝・股関節痛とこわばりの改善が52%(WOMACで2P以上改善)、手の疼痛の改善が64%(M-SACRAHで2P以上改善)という結果でした。全体で見ると患者さんの80%は、WOMACまたはM-SACRAHにおいて手、または膝の症状の改善がみられていました。

この研究は興味深いですが、まだ第Ⅱ相試験です。関節痛などの症状は非常にプラセボ効果が大きいと考えられますので、今後プラセボと比較した第Ⅲ相試験での評価が必要です。ただプラセボ効果でもこれだけ改善するのであれば、この治療による副作用や費用の問題がないのであれば使用を考慮しても良いのかもしれませんが…。


一方で昨年、「グルコサミンとコンドロイチンは単独・併用でも関節痛への効果はない」という研究結果も報告されています(スイス・ベルン大学社会・予防医療研究所 Simon Wandelら BMJ誌2010年10月2日号)。これによれば、ネットワーク・メタ解析によって10試験・3,803例を調査した結果、プラセボとの比較において、「グルコサミン、コンドロイチンのサプリメントを単独または併用服用しても、股関節痛や膝関節痛を和らげることはなく、関節腔狭小化への影響もない」という結論だったということです。

アロマターゼ阻害剤の副作用による関節症状に対する効果は、一般の関節痛に対する効果とは違うのかもしれませんが、この解析結果を考慮すると、Greenleeらの報告は、安易に「グルコサミン+コンドロイチンがアロマターゼ阻害剤による関節症状に効果がある」と考えるのではなく、慎重に評価すべきであるということは言えるかもしれませんね。

2011年5月20日金曜日

これからの乳がん検診の課題

先日のピンクリボン in SAPPOROの打ち合わせで、対がん協会の方が、”もうマンモグラフィを無料体験などでお誘いする段階は終わった”と話されていました。

たしかにもうそういう段階は終わったのかもしれません。ここ数年、ピンクリボン in SAPPOROの夏のイベントでも、ファイターズの田中賢介選手がアウト1つにつき1人の無料マンモグラフィをプレゼントしたり、無料クーポン券が配布されたり、様々なメディアでピンクリボン運動や乳がん検診を取り上げていただいたりで、”興味を持っている対象者”に対してはかなりマンモグラフィ検診が認知されたのではないかと思います。

しかし、一方で未だに目標の検診受診率にはほど遠く、せいぜい20%程度で頭打ちになっています。今のままでは50%の検診受診率にはほど遠い状況だと思います。受診率向上、そして乳がん死亡率減少のためには、さらなる工夫が必要になってきているのだと思います。

現在の乳がん検診の課題をあげてみます。

①乳がん検診を受ける気がない人は結局受診しない(自分は乳がんにならないと思っている、乳がんと言われたら怖いから…、経済的問題など)
②マンモグラフィという検査自体の問題(被曝のリスク、痛み、高濃度乳腺の小腫瘤の描出能が低い)
③乳がんは30才代から増加するのに対象年齢が40才以上に限定されている
④検診発見乳がんは、比較的進行の遅いタイプが多く、たちの悪い進行の速いタイプは検診で引っかかりにくい?(検診不要論者の根拠にもなっています)
⑤地方に住んでいる人は機会が限定されていて検診を受けるのもなかなか困難な場合がある

①の経済的問題については、所得に合わせたきめ細かい自己負担率(無料受診者割合を増やすなど)の設定を行なうなどが必要です。正しい知識の啓蒙については地道に努力していく必要があります。また、生命保険に定期的ながん検診を無料でセットにして、保険支払いの条件にがん検診を受けていることを入れるというのも良いかもしれません。

②③④は、マンモグラフィという検診手段の問題です。マンモグラフィのみに頼っているうちは解決しない問題かもしれません。現在、J-STARTで超音波検査併用検診の臨床試験が行なわれていますのでその結果に期待したいところです。また、④についてですが、私の病院での検診発見乳がんと有症状発見乳がんの悪性度、増殖能(Ki-67)を調べてみると、たしかに検診発見乳がんはおとなしいタイプが多い傾向がありました。もちろん、だからと言って検診発見乳がんを放っておいても命に関わらないなどという”がんもどき”理論を支持するつもりはありませんが、問題は石灰化を伴わない悪性度の高いタイプをどうやって検診で拾い上げていくかという検討が必要だということです。これはおそらくマンモグラフィの読影能力を上げるだけにこだわっていては解決しない問題なのではないかと私は思っています。

⑤は乳がん検診に携わる医療従事者を増やす以外に解決の道はないと思います。一般病院で勤務しながら地方へ出張検診するのは現在の体制上なかなか困難です。対がん協会などの検診専門施設だけではマンパワーが不足しています。しかし医師不足は全国的、全科的な問題ですので、乳がん検診に関わる医師だけ増やすのは現状ではかなり困難な課題です。

私の病院は、乳腺外科医3人体制になって少し余裕ができました。私の病院には関連診療所が道内にいくつもあります。検診車さえあれば定期的な出張乳がん検診ができるのですが…。超音波検診なら可能ですので今後検討していきたいと思っています。

2011年5月17日火曜日

ピンクリボン in SAPPORO 2011



今年もまた夏に「ピンクリボン in SAPPORO」が行なわれます。今年で6回目になります。今日、その実行委員会に参加してきました。

今年のテーマは、
「ピンクリボン大作戦」(写真左)

概要は以下の通りです。

日程:
2011年8月28日(日)

主な内容:

①ピンクリボンカフェ
13:00-16:00 昨年も参加して下さったゴスペルシンガーKiKiさんとピンクリボンクワイヤによる歌を中心に札幌プロムナード(南1西3の歩行者天国)でステージを行ないます。カフェ形式のテーブルと椅子を置いて、乳がん検診の啓蒙活動や自己検診のご説明、パンフレットの配布なども行なう予定です。参加は無料です。

②ピンクリボン電車
集合時間は13:00と15:00の2回です。市電を1台借り切って円山方面まで往復し、その間、乳がん啓発活動に積極的に取り組んでいるパフォーマー「もえぎ色女学院」(写真右)が車内を盛り上げてくれます。彼女たちのパフォーマンスやクイズ大会などを行ないながら、市内をピンクリボン電車が走り抜けます。参加人数は各30人で、事前申し込みが必要です。飲み物込みで参加費は1000円とのことですが、具体的な内容はこれから詰める予定とのことです。私にはまだちょっとイメージがわきませんが、彼女たちの笑顔とパフォーマンスに元気をもらえるのではないかと思います。

お問い合わせ:
「ピンクリボン in SAPPORO」実行委員会事務局
〒063-0841 札幌市西区八軒1条西1丁目1-26-402
TEL (011) 621-8150
FAX (011) 621-9458
http://pinkribbonsapporo.web.fc2.com/

*実行委員がいる病院にはパンフレットを置いてありますのでお問い合わせ下さい。

2011年5月16日月曜日

福島原発に対する対応を見て感じたこと

福島第1原発の状況が気になってなかなかブログの更新ができませんでした。

この間の東京電力と原子力安全保安院、政府の対応を見ていて、医療現場での病状説明と重なってしまいました。

私たちが病状や手術のご説明をするときには、いろいろなことを想定してお話しします。望ましい結果になることを期待して検査なり治療なりを考えるのですが、人間の体はそう簡単ではありませんので、いつもその通りになるわけではありません。私たちは神様ではありませんのでベストを尽くしても残念な結果になってしまうこともあります。

ですから、例えば手術のご説明をする際には、可能性が低くても起こりうる合併症のお話をします。手術の内容によっては、手術で命を落とす確率についても言及しなければならない場合もあります。乳がんの手術の場合、手術自体で命を落とすことはまずありません。私の20年以上の経験でも術死(術後30日以内の死亡)は1例もありません。しかし、例えば高齢者の場合は術後に心筋梗塞や脳梗塞などの偶発症で命を落とす可能性は0%ではありませんので、このようなことが起きうるということについてはお話しします。もちろん、そういうことが起きないように最善の努力をしますということは合わせてお話しします。

このような一見”想定外”と思えることまでご説明することが、かえって患者さんを不安にさせたり治療に自信がないと思われるのではないかと思うことはあります。しかし、わずかの可能性でも隠さずにお話しすることで、そういうことまで考えながら手術や術後管理をしているんだと思っていただくことのほうが重要だと私は考えています。これは決して万が一のことが起きた時の言い訳のためではありません。万が一のことが実際に起きてしまった場合、それを説明していたら完全に責任を逃れられるわけではないからです。むしろ、このようなことをご説明することによって、自分自身の油断に対する戒めになるとも考えています。

そういう観点から福島原発に関するこの2ヶ月間の彼らの説明を聞いていると、あまりにも楽観的なものの見方だったように思えます。本当に楽観的に見ていたとしたら、専門家なのに素人の国民より想像力がなさ過ぎだと思いますし、真実を知っていたのに隠そうとしていたとしたら、国民を馬鹿にした許せない行為です。

まるで重い合併症も持っている高齢者の困難な心臓の手術で、
”この手術は安全なので心配ありません”
とお話ししているような説明の仕方だったのではないかと思います。そして問題が起きるたびに、
”ちょっと出血していますが命に別状はありません”
”バイパスした血管が詰まってしまいましたがもともとの血管が詰まっていたので心不全を起こすようなことはありません”
”清潔な手術だったので縦隔炎は起きていないはずです”
などと後手後手の誤った説明を繰り返していたような状況でないでしょうか。

考えられる最悪の状況を説明しておけば全てが許されるわけではありません。しかし、気持ち的にはそういう状況に備えることができますし、信頼関係を保つことができます。様々な可能性について真摯に説明しておかなければ、不測の事態が起きた時に、前もって予想して対応していなかったのではないか?という疑問がわき、その後の信頼関係を保つことができなくなります。あまり悪いことばかり言うと不安を煽るという考え方もあるかもしれませんが、きちんと真実を説明されていないと思う方がよっぽど不安になるものです。

彼らの対応を反面教師にして、私自身もこれからさらに患者さんに対する丁寧なご説明を心がけなければならないと思った次第です。

2011年5月11日水曜日

乳癌カンファレンスin旭川

2011.6.4に系列病院中心の症例検討会を旭川で開催することになりました。

この症例検討会は旭川のI先生が中心になって企画された初めての試みです。うまくいけば次回は札幌で2回目、ということもあるかもしれません。

今回はSession1が、がん専門病院であるG病院の病理部と乳腺科の先生方のご講演で、Session2が私たちの病院を含めた4病院で経験した診断困難症例の検討会の予定です。

Session1はきっと普段私たちが感じている疑問や不安の解消に役立つお話を聞けるのではないかと期待しています。

Session2は私たちも症例を出さなくてはならず、ここ数日どの症例にしようか悩んでいました。幸い、毎月病院の症例検討会を行なっているので、スライドはほとんど出来上がっています。1年分見直した上で、2回の針生検でようやく確定診断をつけた症例にしました。某乳腺病理専門施設にコンサルテーションをお願いした、診断にとても苦慮した症例です。

今回の検討会には、私やG先生、I先生が研修でお世話になったG病院の先生方もいらっしゃいます。私たちの病院からは乳腺外科医3人、病理医1人、超音波技師4人が参加します。きっと遅くまで旭川の夜を堪能することになると思います(笑)。

2011年5月7日土曜日

公知申請制度で乳がん治療薬の保険適応が拡大!

乳癌学会のHPに、公知申請制度によって

(1) カルボプラチン・タキサン・トラスツズマブ併用療法
(2) トラスツズマブの術前補助化学療法
(3) 転移乳癌におけるトラスツズマブ3週間毎投与


が保険適応拡大されることになったとの報告が掲載されました。

それぞれの投与法などの詳細は以下の通りです。

(1) 一般名:カルボプラチン
販売名:パラプラチン注射液50mg、パラプラチン注射液150mg、パラプラチン注射液450mg
会社名:ブリストル・マイヤーズ株式会社
追加される予定の効能・効果:乳癌
追加される予定の用法・用量:トラスツズマブ(遺伝子組換え)及びタキサン系抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはカルボプラチンとして、1 日1 回300 〜400mg/m?(体表面積)を投与し、少なくとも3 週間休薬する。これを1クールとし、投与を繰り返す。なお、患者の状態により適宜減量する。
追加される予定の用法・用量に関連する使用上の注意:乳癌患者に本剤を投与する場合、併用する他の抗悪性腫瘍剤の添付文書を熟読すること。

*2011.4.20の乳癌の治療最新情報26「カルボプラチン」でトリプルネガティブに使用できそうだと書きましたが、残念ながら上記太字のような制限が入ってしまったようです。トリプルネガティブに対しては使えないという結果になってしまいました。今後さらに保険適応が拡大されることを祈りたいものです。

(2) 一般名:トラスツズマブ(遺伝子組換え)
販売名:ハーセプチン注射用60、ハーセプチン注射用150
会社名:中外製薬株式会社
追加される予定の効能・効果:HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法
削除される予定の効能・効果に関連する使用上の注意:「2. HER2 過剰発現が確認された乳癌の場合本剤による術前補助化学療法の有効性及び安全性は確立していない。」
追加される予定の用法・用量:HER2 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法にはA 法又はB法を使用する。
A 法:通常、成人に対して1 日1 回、トラスツズマブとして初回投与時には4 mg/kg(体重)を、2回目以降は2 mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B 法:通常、成人に対して1 日1 回、トラスツズマブとして初回投与時には8 mg/kg(体重)を、2回目以降は6 mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30
分間まで短縮できる。

*今までは臨床試験でしか使用できなかった術前化学療法でのハーセプチンの併用が可能になりました。

(3) 一般名:トラスツズマブ(遺伝子組換え)
販売名:ハーセプチン注射用60、ハーセプチン注射用150
会社名:中外製薬株式会社
対象の効能・効果:HER2過剰発現が確認された転移性乳癌
変更後の用法・用量:HER2過剰発現が確認された転移性乳癌にはA 法又はB 法を使用する。
A 法:通常、成人に対して1 日1 回、トラスツズマブとして初回投与時には4 mg/kg(体重)を、2回目以降は2 mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B 法:通常、成人に対して1 日1 回、トラスツズマブとして初回投与時には8 mg/kg(体重)を、2回目以降は6 mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

*HER2陽性進行再発乳がん患者さんに対するハーセプチン投与は、週1回が保険適応であったため毎週の通院が必要でしたが、これで術後補助療法と同様に3週に1回の通院ですむようになりました。私の患者さんたちもずっとこの日を待っていましたので本当に良かったです。

2011年5月5日木曜日

乳腺領域におけるPET検査

開発・導入当初は、”微小ながんでも見つけられる夢のような検査”という期待が寄せられたPET検査ですが、その後のさまざまな検討によってその位置づけは変わってきています。がん検診目的で導入したのに経営に行き詰まってつぶれてしまった人間ドック専門クリニックも市内にはありました。

現在保険診療で認められている乳腺疾患に関する病態は以下の通りです(注 下記参照)。

①「ほかの検査、画像診断によりこれらのがんを疑うが、病理診断により確定診断が得られない患者」(FDG-PET)
②「ほかの検査、画像診断により病期診断、転移・再発の診断が確定できない患者」(FDG-PET、FDG-PET/CT)

①は体表臓器に発生する乳がんの場合はきわめて稀なケースです。通常は画像に写りさえすれば細胞診や針生検、場合によっては摘出生検で確定診断が可能だからです。あり得るとすれば、腋窩リンパ節転移などで乳がんを疑うが原発巣を確認できないoccult cancerの場合くらいでしょう。

②の理由でPETを行なうことはたまにあります。腫瘍マーカーが増加傾向なのに通常の画像検査では転移がはっきりしない場合などが良い適応です。ただ、PETが万能な検査というわけではありません。例えば肺転移を疑う孤立性腫瘤がある場合、肺転移、原発性肺がん、炎症性腫瘤(肺結核も含む)などが鑑別に上がりますが、PET検査では、転移も肺がんも活動性のある炎症性腫瘤も取り込まれてしまい、転移の確定は困難です。結局針生検や部分切除を行なったり、それらが困難な場合は臨床的に判断して治療を行なっていることが多いのです。そうは言っても再発かどうかの判断に迷う場合にPETのお世話になることは時々あります。

*注(訂正)
上記は昨年3月までの保険適応です。参照した資料(「乳癌診療におけるFDG-PET検査」(臨床外科 65(2):192-199, 2010大地ら)が2010.2掲載のものでした。
2010.4からの保険適応は、
「悪性腫瘍(早期胃癌を除く)の病期診断または、転移・再発の診断(他の検査、画像診断により診断が確定できない患者に使用する)」
と変更されています。悪性腫瘍の診断が得られていないものに対しては保険適応外となりましたが、「病理診断による確定診断が得られていなかった場合については、臨床的に高い蓋然性をもって悪性腫瘍と診断されれば、なお従前通り算定できる」との通知が出ているとのことで、乳がんに関する保険適応に関してはおおむね上記の内容と同じです。


以上から考えると、PET検査は1回の検査で全身を調べられる利点はありますが、乳がんの術後検査(再発のチェック)目的でPET検査のみを行なうということは保険診療では認められていないことになります。

次に「乳癌診療ガイドライン」におけるPET検査の位置づけは以下のようになっています。

①「FDG-PETは乳がん検診として勧められるか?」
→「乳がん検診を目的としたFDG-PETは勧められない」(推奨グレードD…不利益が及ぶ可能性があるというエビデンスがあるので日常診療では実戦しないよう推奨)
ちなみに10mm未満の原発巣の検出感度は46.6%(大地ら)と報告されています。

②「FDG-PETは初期治療後フォローアップとして推奨されるか?」
→「定期的なFDG-PETを勧める十分な根拠はない」(推奨グレードC…エビデンスは十分とは言えないので日常診療で実戦する際は十分な注意が必要)

③「FDG-PETは有所見の患者の乳がん術後の再発および転移の検索に勧められるか?」
→「FDG-PETは有所見の患者の乳がん術後の再発および転移の検出に勧められる」(推奨グレードB…エビデンスがあり日常診療で実戦するように推奨)
ただし、造骨性主体の骨転移は偽陰性になることがあります。

その他、治療効果の判定やセンチネルリンパ節生検の適応判断の補助として、用いられることもあるようです。施設によっても違うのかもしれませんが、私たちの病院では日常診療する上で実際にPET検査を行なうことは稀です。なお、PETは放射性同位元素を用いる検査ですのでCTや骨シンチと同様に医療被曝が生じます。その線量は、PETで2.2mSv、PET/CTで6mSv程度と言われています。通常の診断用CT検査に比べても多い線量ではありませんが、人間ドックとして(がん検診目的で)検査を受ける場合には、上に記した推奨グレードと一緒に被曝についても一応考えた上で受けた方が良いでしょう。

2011年5月3日火曜日

スーちゃんの訃報 その後…

田中好子さん(スーちゃん)の訃報は私の患者さんたちにも大きな衝撃を与えたようです。

このニュースを見て、急に心配になって検診に来られた方も多いですし、乳がん患者さんたちからも「スーちゃん、乳がんだったんですね。ショックでした…」という言葉を何度も耳にしました。特に再発治療中の患者さんにとってはどうしても自分に重ねてしまいがちです。ただ、たしかにスーちゃんのことは患者さんたちにとってはショックだったようですが、それ以上にスーちゃんの生き方、告別式でのメッセージに感動を覚えて生きる力をもらった方も多かったのではないかという印象を受けました。

厳しい闘病によって衰弱した状況で被災者への心遣いを見せるスーちゃんの優しさと強さ、なかなか簡単には真似できないです。でももし私自分が同じ状況になったら、きっとスーちゃんの言葉を思い出すことでしょう。

それにしても乳がんに罹った芸能人は多いですね。
知っているだけでも、女優の山田邦子さん、宮崎ますみさん、倍賞千恵子さん、音無美紀子さん、大原麗子さん(故人)、歌手のアグネスチャンさん、平松愛理さん、川村カオリさん(故人)、明日香さん、島倉千代子さん…。

でも芸能人に乳がんが特別多いわけではないと思います。ただ有名人がこのような病気になると世間へのインパクトは大きいですよね。とても残念で悲しい出来事でしたがこのようなニュースが乳がんの予防や早期発見につながってくれればと願っています。

2011年5月1日日曜日

乳癌の治療最新情報27 アバスチン+ゼローダ併用療法

以前、ここでも報告しましたが(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html)、昨年の7月に米食品医薬品局(FDA)の抗悪性腫瘍薬諮問委員会が進行性乳がんに対するアバスチンの承認の取り消しを可決したため、国内でのアバスチンの乳がんへの適応は遠のいたと思っていました。

しかし今回ロシュから発表された内容によると、転移性乳がんに対する1次治療として、アバスチンとゼローダ(経口5FU系抗がん剤)との併用療法が欧州医薬品委員会(CHMP)から肯定的見解を受けたとのことです。無作為化フェーズ3試験(RIBBON 1試験)においてゼローダ単独投与に比べ、無増悪生存期間の有意な延長が認められた(5.7ヶ月vs8.6ヶ月)ということです。最終的な承認は今年後半の予定ですが、最終結論はどうなるでしょうか?

なお、米国と異なり欧州では転移性乳がんに対するアバスチンとパクリタキセルとの併用療法はすでに承認されています(E2100試験の結果に基づく)。また、日本では中外製薬が大腸がんと肺がんの適応でアバスチンを販売しており、2009年10月に乳がんの適応追加を申請していますが、昨年のFDAの承認取り消し後も申請は取り下げていません。厚生労働省の判断に注目しています。

アバスチンは非常に高価で副作用にも気をつけなければならない薬剤です。パクリタキセルとの併用でもゼローダの併用でも、その不利益を大きく上回る臨床効果を期待したいところです。