2014年7月14日月曜日

乳癌の治療最新情報38 卵巣機能抑制+エキセメスタンの成績

閉経前乳がん患者さんに使用できるホルモン療法は、タモキシフェン、LH-RH agonist(ゾラデックス、リュープリン)、MPA(ヒスロンH)しかありません。このうち術後補助療法として認められているのはタモキシフェン±LH-RH agonistです。もしこの補助療法を行なった上で再発した場合は、ヒスロンHしか使用できないという制限がありました。

卵巣機能抑制を行なった状態というのは閉経時のホルモン環境とほぼ同じですので、理論的にはこの状況下でアロマターゼ阻害剤を使用することは有用ではないかと考えられるのですが、今まではLH-RH agonist+アロマターゼ阻害剤の有効性を証明した臨床試験はほとんどありませんでした。

今回NEJM誌オンライン版(2014年6月1日号)に、「閉経前ホルモン受容体陽性早期乳がん患者に対して、補助療法としてアロマターゼ阻害薬のエキセメスタン(商品名:アロマシン)+卵巣機能抑制のほうが、タモキシフェン(+卵巣機能抑制よりも5年再発を有意に抑制した」という論文が掲載されました(http://pmc.carenet.com/?pmid=24881463&keiro=journal)。概要は以下の通りです。

報告者:国際乳がん研究グループ(IBCSG)(南スイスがん研究所 Olivia Pagani氏ら)

対象・方法:2003年に開始した2件の第III相無作為化試験(TEXT試験とSOFT試験)の参加者(閉経前ホルモン受容体陽性早期乳がん患者)4,690例のデータを解析。
 *卵巣機能抑制方法:性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)作動薬トリプトレリン(国内未承認)、卵巣摘出または卵巣への放射線照射。

結果:
①5年無病生存率:エキセメスタン+卵巣機能抑制群 91.1%、タモキシフェン+卵巣機能抑制群 87.3%(追跡期間中央値68ヵ月 再発・二次性浸潤がん・死亡のハザード比[HR]:0.72、95%信頼区間[CI]:0.60~0.85、p<0.001)。

②5年無再発率:エキセメスタン+卵巣機能抑制群 92.8%、タモキシフェン+卵巣機能抑制群 88.8%(再発HR:0.66、95%CI:0.55~0.80、p<0.001)。

③死亡:194例(4.1%)。全生存については両群間に有意差はみられなかった(エキセメスタン+卵巣機能抑制群の死亡HR:1.14、95%CI:0.86~1.51、p=0.37)。

④グレード3または4の選択的有害事象:エキセメスタン+卵巣機能抑制群30.6%、タモキシフェン+卵巣機能抑制群29.4%(閉経後女性で報告された内容と類似)。


今回の報告は、閉経後の乳がん患者と同様に閉経前でも卵巣機能抑制を行なえば、タモキシフェンよりアロマターゼ阻害剤の方が再発予防効果は高いという結果です。非常に興味深い報告ですが、国内で使用可能なゾラデックスやリュープリンが使われていない点が保険適用となるためには問題になるかもしれません。

また個人的にはむしろ閉経前の再発患者さんたちにLH-RH agonist+アロマターゼ阻害剤を使えるような臨床試験の結果が早く欲しいと思っています。

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。
閉経前のタモキシフェン+LH-RH agonist適応に関してご教授いただけないでしょうか。
先生の文中では”閉経前でも卵巣機能抑制を行なえば、タモキシフェンよりアロマターゼ阻害剤の方が再発予防効果は高いという結果です”と特に年齢等に関して言及されていないようでしたのでご意見を伺えれればと思いコメントさせていただきます。

読み解き方はいろいろなのかと思うのですが、"SOFT試験の結果、閉経前にタモキシフェンに追加する場合は一般的には35歳以下もしくは化学療法後に併用するとメリットがある”という解説をよく目にするのですがこれが現在の標準治療でということなのでしょうか。
もしくは実際には患者ごとの状態(腫瘍径や核グレード、年齢やKi-67等?)を考慮して適応を判断されるのでしょうか。

実は先日術後の治療に関して主治医より提示があったのですが、Ki-67が20でやや高値なことを除けばホルモン強陽性、、Her2(-)、Sn0/1、NG1でStageⅠ・LowRiskと思っていたのでタモキシフェンのみ、場合によっては化学療法の追加かな?と思っていたところ、タモキシフェン+LH-RHアゴニストが提示されやや戸惑っています。

42歳で若い(比較的?)こと、浸潤径(19*15mm)が小さくはないことを理由に挙げられていたのですが、これらは卵巣機能抑制による上乗せを期待できるファクターとなるのでしょうか。

現在タモキシフェン先行としてLH-RHアゴニスト追加に関しては次回診察時に再度相談しましょう、と一旦保留となっているのですが、年齢に関しては「40代だし言うほど若くもないのでは?」と聞いてみたところ、“閉経間近の年齢ではないから”とのことなのですが、35歳以下とはかなりの乖離があることや、浸潤径19mmはTNM分類では1に該当など、調べるほどに自分が適用外なのではないかと気がしてしまいます。

素人の患者の考えなので、実際に診療され術後治療方法をご提示される先生が考慮されるポイントがあるのであれば参考までお教えいただけませんでしょうか。

よろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
初めまして。

確かに非常に迷うケースかと思います。

まずLH-RH agonist+EXEはまだ国内では保険承認されていませんので投与することは難しいです。

タモキシフェンにLH-RH agonistを上乗せして効果が得られるかどうかについては以前から様々な報告が出され混沌としていましたが、現在の考え方の主流は匿名さんが書かれたように、35歳以下の若年者、または「化学療法を行なった症例」については、化学療法後も閉経していない症例となっています。「化学療法を行なった症例」というのは、例えばリンパ節転移が陽性の症例などでそれなりに再発リスクが高いと予想されるケースと解釈できます。ですから化学療法をする必要のない程度の再発リスクで35歳以上であればLH-RH agonistの上乗せ効果は低いということになるかと思います。

問題は、化学療法をする必要があるかどうか微妙なケースに対して化学療法をしない代わりにLH-RH agonistを併用するという場合です。匿名さんはここに含まれると考えれば併用も考えて良いと思いますし、含まれないと考えるのであれば併用しなくて良いということになります。

Ki-67のみが軽度高値というだけのLuminal Aに近いLuminal Bですので非常に迷うところだと思います。これは主治医の考え方と患者さんの希望によって決めるケースが多いように思います。私の患者さんでもケースバイケースです。

なお乳癌学会の乳癌診療ガイドライン(http://jbcs.gr.jp/guidline/guideline/g1/g10050/)をご参照いただければ幸いです。あまりお役に立てませんが以上です。

匿名 さんのコメント...

早速のご回答を頂きましてありがとうごさいます。
確かに化学療法に関しては、できることなら避けたいと前向きではない旨を話していました。なので、本来であれば化学療法を勧めたいところだが、代替案としての卵巣機能抑制なのかもしれません。
年齢や浸潤径というよりはki-67からの判断ということでしょうか。化学療法は避けたいと言ったものの、ki-67 が20ということで本当にホルモン療法単独でいいのかも気になっていますので、併せて次回主治医に確認してみたいと思います。ありがとうごさいます。

話が逸れてしまうのですが、よろしければホルモン療法の仕組みに関して教えていただけますでしょうか。
ホルモン療法は"既に何処かにあるかもしれないガン細胞が増殖する為の要因(ホルモン)を断つ事で増殖を防ぎ、それが再発予防となる"という認識でよいのでしょうか。化学療法が"今ある(かもしれない)ガン細胞を死滅させる"のを目的とするのに対して、ホルモン療法は"取り除く訳ではなく増やさないだけ"ということであれば、いつまでもガン細胞が体内にあり、投薬をやめた時点から増殖し始めるので、5年より10年の投与が優位、10年より15年、20年と長く投与する程優位なのではないかと思ってしまうのですが、実際は投与期間より長く抑制効果があるのは何故なのでしょうか。
Luminal typeは晩期再発が心配だと聞くと化学療法は効果が高くないと予想されるとはいえ、ホルモン療法だけで抑える事が出来るのか?との心配もあります。これは主治医と改めて相談したいと思いますが、作用機構に関して理解できればと思い重ねて質問させていただけますでしょうか。
よろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
ホルモン療法は確かに増殖を抑える(眠らせておく)作用があると言われています。ですからホルモン療法をやめてからしばらく経って再発してくることがあるのです。最近タモキシフェンは5年より10年の方が再発予防効果が高いということが臨床試験で明らかになったのもそのような性質を持った治療であることが関係していると思われます。アロマターゼ阻害剤についても同様の検討が行われています。ただ10年以上の投与の有効性についてはまだ未検討ですし、長期投与による副作用の問題もありますので(以前タモキシフェンの10年投与は副作用が上回るとして推奨されなかった時期がありました)長ければ長いほど良いとは言えません。

ただホルモン療法の効果は眠らせておくことだけではなく、死滅させる効果もあります。なぜなら再発治療でタモキシフェンやアロマターゼ阻害剤を投与すると一定の確率で腫瘍は縮小するからです。縮小する=腫瘍量が減るということは眠っているだけではなく死滅させているということですよね?

ですから術後補助療法としてホルモン療法を行う意義は、隠れているかもしれない微小な転移を死滅させて再発させないという可能性と、死滅させることはできなくても微小なまま増大させないことによって再発の顕在化を遅らせる可能性(年齢によっては微小な転移があっても生命予後に影響を与えない可能性もあるということ)の2つが期待できるということなのだと思います。

なお、再発予防効果が投与期間より長く認められるのは当然です。ホルモン陽性の乳がん細胞は増殖に時間がかかりますので微小な転移巣が画像で写るようになるまでに数年以上、時に10年以上かかるからです。ただ正確にいうと確かに投与が終了してからすぐに増殖が始まるわけではなくしばらく目覚めるのに時間がかかるのではないかということがいくつかの臨床試験で推測されています(キャリーオーバー効果と言われています)。しかし本当に投与終了後も効果がしばらく続くのか、ただ単に顕在化するまでのタイムラグの問題だけなのかは私にはよくわかりません。

私がお答えできるのは以上です。最終的には主治医とよくご相談の上でお決めください。

匿名 さんのコメント...

ご回答ありがとうごさいます、お礼が遅くなりまして大変失礼いたしました。
色々気になっていた点をご説明いただき、今迄のホルモン療法に対する漠然とした不安が払拭された気がします。
主治医のお話もよく聞いて、後悔のない治療をしたいと思います。
ありがとうごさいました。