2011年4月13日水曜日

炎症性乳がん2 治療


炎症性乳がんは、診断された時にはすでに広範な広がりを持っていることが多い病態です。前回書いたように皮膚内をリンパ管を介して広がっているため範囲の特定はなかなか困難です。ですから広く皮膚を切除してもがんを遺残させるリスクがあります。またリンパ節転移も伴いやすいため、いきなり手術になるケースはまれです(後述)。

以前から炎症性乳がんに対しては、集学的治療(手術、放射線治療、化学療法、内分泌療法など)が必要と言われてきました。手術単独だった時代に比べて、集学的治療によって予後は改善しています。最近では分子標的治療も加わり、手術の位置づけは昔に比べるとかなり変わってきているのかもしれません。中には手術は不要と主張する医師もいるようです。

実際、術前化学療法が奏効して一見腫瘍範囲が縮小したように見えても、切除してみると切除断端までがん細胞が残っていることもあり、手術で完全切除することの難しさを痛感することがあります。やはり炎症性乳がんにおいては手術は補助的な意味合いが強いのかもしれません。

NCCNガイドラインによると炎症性乳がん(遠隔転移がない場合)の治療のアルゴリズムは以下の通りです(http://www.jccnb.net/guideline/images/gl_2011_2.pdf)。

術前化学療法(アンスラサイクリン+タキサン±ハーセプチン)→①または②へ
①反応あり→手術(乳房全摘+腋窩リンパ節郭清)+放射線治療(胸壁、鎖骨上リンパ節±胸骨傍リンパ節)±乳房再建→(化学療法)±内分泌量法±ハーセプチン
②反応なし→レジメンを変更して化学療法(放射線治療を考慮)→反応ありは①へ、反応なしは個別治療

「乳癌診療ガイドライン1 薬物療法」(2010年版)においてもほぼ同様の内容が記載されており、「炎症性乳癌に対しては、薬物療法を施行したのち、手術、放射線療法などの集学的治療の施行が勧められる」が推奨グレードB(科学的根拠があり、実戦するよう推奨する)となっています。いずれにしても炎症性乳がんの治療は、化学療法などによっていかに腫瘍量を0に近づけることができるかが鍵になると思います。

写真はINFLAMMATORY BREAST CANCER RESEARCH FOUNDATION(http://www.ibcresearch.org/)のHPから転載しました。

2011年4月10日日曜日

炎症性乳がん1 特徴と定義

「炎症性乳がん」というのは、病理組織学的診断名ではなく、臨床診断名です。ですから、「組織型は硬がんの炎症性乳がん」というように呼ばれます。

炎症性乳がんの臨床的特徴は、乳房の浮腫状の腫脹と皮膚の発赤(橙皮様皮膚 peau d’orange)をきたし、疼痛、熱感がみられることです。進行も早いため乳腺炎と間違われることがあるので注意が必要です。

病理組織学的には、皮膚のリンパ管内にがん細胞の塞栓が見られるということが大きな特徴です。ただし、臨床的に明らかな炎症性乳がんでも組織学的にはリンパ管の拡張のみでその中にがん細胞を証明できない場合もあります。

炎症性乳がんの定義は実は少し曖昧です。現在の乳癌取扱い規約ではTNM分類のところに、「T4d 炎症性乳癌」と書いてあり、その説明に「炎症性乳癌は通常腫瘤を認めず、皮膚のびまん性発赤、浮腫、硬結を示す」と書いてあります(これはUICC分類も同じ)。

では、皮膚所見は典型的な炎症性乳がんなのに、超音波検査で乳腺内に1cmの浸潤巣が描出された場合は炎症性乳がんとは呼ばないのでしょうか?同じく乳癌取扱い規約のT4bには「乳房皮膚の浮腫(橙皮様皮膚を含む)、潰瘍形成および同側乳房に限局した衛星皮膚結節」とありますので、上のようなケースはT4bに入るとも言えますが、これを炎症性乳がんではない、とすることには疑問を感じます。まあ取扱規約に文句を言っても仕方ありませんが、腫瘤を認めるか認めないかが問題なのでなくて、原発巣から離れた皮膚の広範なリンパ管侵襲がこの病態の本体であり治療や予後にも影響するわけですから、腫瘤の有無に関係なく炎症性乳がんと分類すべきではないかと個人的には考えています。

ちなみに、以前は皮膚リンパ管侵襲により上記の特徴を有した乳がんのうち、腫瘤が明瞭でないものを一次性または狭義の炎症性乳がん、腫瘤を伴うものを二次性または広義の炎症性乳がんとして扱っていたと記憶しています。乳腺病理の第一人者である元癌研究会癌研究所長の坂元吾偉先生の著書「乳腺腫瘍病理アトラス」にも、「病理組織学的には乳腺内に明らかな腫瘤状の癌巣がみられないものと、腫瘤状の癌巣形成がみられるものとがある」と書いてあります。またMayo ClinicのHPを見てみても、炎症性乳がんの定義の説明には腫瘤の有無について記載がありません(http://www.mayoclinic.com/health/inflammatory-breast-cancer/DS00632)。NCCNガイドライン2011には「炎症性乳癌は、紅班と乳房皮膚の 1/3 以上におよぶ浮腫(橙皮状皮膚)および触知可能な紅班との境界を特徴とする浸潤性乳癌を有する女性における臨床症候群である。鑑別診断では、乳房蜂巣炎および乳腺炎が含まれる。病理学的には、通常、疾患部皮膚リンパ組織に腫瘍が存在するが、皮膚リンパ組織の関与は、炎症性乳癌の診断にとって必要条件でなく、またそれだけで十分というというわけではない。」と記載されていますが、やはり腫瘤の有無で限定してはいません。また、現在の検査機器は進歩しており、以前では腫瘤を指摘できなかったものが描出可能になってきており、本来必ず乳腺内に浸潤巣があるはずの炎症性乳がんの主病巣が画像的に確認できるかできないかで分けること自体が無意味になってきています。

そこでもう一度乳癌取扱い規約の定義を読み直してみると、「“通常”腫瘤は認めない」と書いています。この書き方であれば、腫瘤を認めてはいけないわけではないようにも取れるのですが…。

こうして考えると、主病巣が直接皮膚に浸潤して皮膚が浮腫状に肥厚した場合は除外されるのは当然ですが、主病巣が皮膚から離れていて、高度の皮膚リンパ管侵襲による浮腫状の肥厚を呈した状態を炎症性乳がんと呼ぶ、と定義した方がすっきりするのではないかと個人的には思います。

2011年4月8日金曜日

乳がん術後の転院について

乳がんは手術や術後の化学療法が終わればそれで通院が必要なくなるわけではありません。ホルモン療法をする場合はもちろん、しない場合でも10年くらいは最低でも経過をみます。定期的に再発の検査をするかどうかは主治医の判断ではありますが、温存乳房、対側乳房の検査(マンモグラフィ±超音波検査)は一生必要だと私は考えています。

術後の経過観察をする場合は、できれば手術した病院に通院するのがもちろんベストです。検査資料がすべて残っていますし、比較も容易です。また、ずっと経過をみてくれているという安心感や信頼感もあるでしょう。

しかし、主治医が転勤したり、折り合いが悪くなってしまい、転院を考えざるをえなくなる場合もあります。ネット上での相談でもよくそういうケースがあります。そういう場合に患者さんが一番心配するのは、転院した場合に、“手術したわけではないのに、きちんと診てくれるだろうか?”ということです。

中には手術した患者さんしか受け入れてくれない病院(大病院に多いようです)もあるようですが、一般病院であれば通常はきちんと診てくれるはずです。私たちの病院にも以前から他院で手術したあとで転院してきた患者さんが多く通院しています。

私の記憶にあるだけでもそのような患者さんは20人以上いらっしゃいます。そのうち約半数は再発後に当院にかかった患者さんです。

転院の理由は様々です。主なものは、

① 近くに転居したため
② 高齢になって手術した病院までの通院が大変になったため
③ 主治医が転勤したため
④ 再発したあとの主治医の対応に不満を持ったため
⑤ すでに通院を中断していて、再発後、または検診目的でに当院に受診した

などです。

いずれにしても他院で手術したからと言って、当院で手術した患者さんと対応に差があるなどということはまったくありません。むしろ他院で手術したことを普段は忘れているくらいです。ですから、転院を受け入れてくれる病院なら、手術した病院じゃないから…ということについてはほとんど心配ないと思います。やむを得ない事情で転院せざるを得ない場合はありますから。ただ、紹介状をもとの病院からもらってくることだけは忘れないようにして下さい。

2011年4月7日木曜日

ベッドがない…

来週からのセンター化に向けて、いま病棟再編中です。呼吸器内科が一緒になり、腎臓内科が他に移動するのですが、患者さんが徐々に移動してきて看護師さんは大忙しです。

そして、乳腺患者さんは今年になってから急増中です。昨年も増加傾向でしたが、関連病院の外科病棟閉鎖に伴う転院と、そもそもの乳がん患者さんの増加によって乳腺センターの協定の病床数を大幅にオーバーしているのです。このままでは手術予定患者さんが受け入れられません!

今日、急きょ会議を開いて、隣の病棟の空きベッドを化学療法の患者さんたちに使わせてもらうことになりました。とりあえずの対処ですが、このペースでは今の協定ベッド数では無理そうな状況です。根本的な解決策が必要です。今まで初回の化学療法は入院でしていたのを今後は化学療法室で導入することも考えましたが、それだけでは足りなそうです。どう考えても乳腺患者のベッド数を増加するしかなさそうですが、病棟をまたぐのはできれば避けたいところです。呼吸器内科分のベッド数が多すぎだと私は思っているのでなんとか回してもらえないか交渉してみるつもりです。

それにしても乳がん患者さんの手術が増加しているのはとてもうれしいことです。ようやく地域から信頼してもらえる乳腺医療ができつつあるのかなと実感しています。これからもさらなる努力で呼吸器センターに負けないようなセンターにしていきたいと考えています。

2011年4月5日火曜日

トリプルネガティブ乳がんに対する5FU系経口抗がん剤の効果

トリプルネガティブ乳がんはホルモン療法、ハーセプチンなどのようなターゲット療法がまだ確立されていないことと、抗がん剤の効果が不十分(特に再発時には効きにくい)なことから、予後の良くないタイプと考えられています。実際は術前化学療法(FECやタキサン)に対する反応は悪くないのですが、組織学的にCR(完全消失)しない場合の再発率は高く、その場合には標準的な抗がん剤(タキサンやナベルビンなど)を投与してもなかなか効果が出にくく治療に難渋することが多いのです。

このような難治性のタイプのため、時には”再発した場合の治療はない”と乳腺外科医から宣告されることもあると聞きます(私は言いませんが…)。副作用が強い抗がん剤を十分な効果が見込めないのにいたずらに継続するのは確かにマイナスにしかならない場合もあります。しかし心情的にはそう簡単に割り切ることは難しいと思います。そういう場合に試してみる価値がある治療があります。

それはXC療法(ゼローダ+エンドキサン)やDMpC療法(フルツロン+ヒスロンH+エンドキサン)などの5FU系抗がん剤の併用療法です。これらは併用することによってお互いの作用を増強すると考えられています。

経口抗がん剤なんて効かないのではないか?と思われるかもしれません。確かに昔から経口抗がん剤を術後に投与していたのは日本だけですし(最近は術後にはほとんど投与しません)、その効果に疑問をもたれていました。しかし、ER陽性乳癌に対してはUFT(5FU系経口抗がん剤)+TAM(タモキシフェン)がTAM単独より良好な成績であることの報告(ACETBC)やUFT+TAMのほうがCMF+TAMより良好な成績だっとという報告(EBCC6)、新しい5FU系経口抗がん剤の登場(ゼローダ、TS-1)などによって再評価されるようになってきました。

ただ、一般的には経口抗がん剤が有効なのはER陽性の比較的増殖能の低いタイプだと考えられていました。しかし、XC療法の進行再発乳がんに対する治療効果を検討してみると思いのほかトリプルネガティブにも有効であることがわかったのです。まだ十分なエビデンスが確立しているわけではありませんが、以下にいくつかの参考になる成績を挙げておきます。

①「HER2陰性進行・再発乳がんに対するカペシタビンとシクロホスファミドの併用療法(フェーズⅡ)」
結果:ORR(全奏効率) 45.5%、CBR(臨床的有効率) 54.5%、PFS(無増悪生存期間) 402日…対象症例数は11例。
(ER陽性例(34例)では、ORR 44.1%、CBR 58.7%、PFS 373日)

②トリプルネガティブ進行再発乳がんに対する九州乳癌研究グループ(KBC-SG)の報告(対象期間:2005年7月から2007年12月)
結果:ORR(全奏効率) 41.7%…対象症例は12例。(ER陽性例(31例)では、ORR 35.5%)

以上は少数例での報告ですのでもう少し追試が必要だとは思いますが、私の患者さんにも一人非常によく効いたトリプルネガティブの患者さんがいらっしゃいます。この方は術後2年で多発性肺転移と診断されましたが、外来での内服治療を希望されたためXC療法を行なったところ部分寛解(PR)となり2年ほど経過をみれました。その後増悪したため今度はDMpC療法に変更したところ、腫瘍は完全に消失し、もうすぐ2年たちます。

欧米ではトリプルネガティブ乳がんに対してプラチナ製剤(カルボプラチンやシスプラチン)とジェムザールの併用がよく行なわれているようですが、日本ではプラチナ製剤は乳がんに対しては適応外です。また、PARP-1阻害剤が有効と言われていますが、まだ臨床試験中で未認可の状況です。経口抗がん剤は副作用も軽度(手足症候群などには注意が必要ですが)ですし、外来治療が可能ですので再発治療の選択肢として考えてみても良いのではないかと思います。

新体制スタート!

昨日から新しく3人目の乳腺外科医のN先生が加わり、ようやく3人体制になりました。

N先生は念願の女医さんです。これからは職員の乳がん検診受診率も上がるのではないかと期待しています。女性が多い職場ということもあり、職員の乳がん患者さんは非常に多いんです。検診をきっかけに発見される場合もありますが、しこりを自覚してびっくりして受診された職員も多いので、検診の重要性を感じていました。これからは職員の乳がん検診はN先生にお任せしようかと思っています。もちろん一般の検診受診者の中にも女医さんを希望される方も多いはずです。検診受診者数増加につながればいいなと思っています。

昨日は初日だったのでオリエンテーションを中心に行ない、午後からは術前症例の打ち合わせをしました。N先生はとても勉強熱心で意欲的で素直なのでとても期待しています。今後は病棟と手術をG先生とN先生、外来化学療法と管理業務を私が担当してチームとしてうまくやっていきたいと考えています。

放射線技師はH.Iさんが出産を控えていて近々産休に入ります。H.Iさんと一緒に中心になって頑張ってくれているJ.Iさんと、ここ2年間かけてH.IさんとJ.Iさんが育ててくれた若手の2人がこれからはマンモグラフィの担当者として頑張ってもらうことになります。これからも妥協することなく厳しい指導を行なって、より優れた技師さんに育てていきたいと考えています。

超音波技師はEさんが転勤して代わりにMさんが関連病院から転勤してきました。経験豊富な技師さんなので心配はしていませんが、症例検討会の準備は他のメンバーも協力しあって頑張ってもらいたいと思っています。

新年度になりメンバーは入れ替わりましたが、これからもより良いチーム医療を目指していきたいと思っています。

2011年4月2日土曜日

乳がん検診の年度総括

関連病院の2010年度の乳がん検診のまとめが健診課から届きました。

・乳がん検診総件数: 2164件
・要精密検査件数: 184件(要精検率 8.5%)
・精密検査受診数(他院21件含む): 168件(精検受診率 91.3%)
・がん発見数: 19件(がん発見率 0.88%)

検診方法は触診+マンモグラフィが基本ですが、乳腺症などで定期的に超音波検査をしている患者さんが、2年に1回のマンモグラフィを検診として受ける場合やマンモグラフィ併用検診の触診時に乳腺症疑いで超音波検査を勧めた方も含まれていますし(これは要精検扱いにはしていません)、件数は少ないですが、主に若年者の超音波併用検診も含まれています。

ですから要精検率の数値はマンモグラフィ併用検診の目標値と比べることはできません。しかし、がん発見率は一般的に報告されている数値より高く、これはクーポン券利用者も含めた初回受診者が多かったことと(発見乳がん19例中クーポン券利用者が8例!)、触診の所見を加味して超音波検査を勧めたことが発見率を押し上げたのかもしれません。

マンモグラフィ検診の精度管理の面から考えると”がんを積極的に疑うわけではない(要精検ではない)”のに触診後に超音波検査を追加することには異論があるかもしれません。しかし私たちはデータを取るためだけに検診しているわけではありません。マンモグラフィには弱点があり、高濃度の乳腺において診断率が低下することは明らかです。ですから触診で高濃度になると思われる所見があった場合に(乳腺症も含めて)超音波検査を勧めることは医師の裁量の範囲内であり、個人的には正しい判断だと思っています。