2012年8月9日木曜日

乳癌の治療最新情報31 エリブリン(ハラヴェン)とトラスツズマブ(ハーセプチン)の併用

今のところ再発乳がんの治療薬であるハラヴェンは単剤で使用するのが原則のため、HER2陽性乳がんに対して使用する場合は一度ハーセプチンを止めて投与することになっています。先日の研究会でそのことを知らずに併用している乳腺専門医がいたことにちょっとびっくりしましたが、ハーセプチンをやめたくないという心情は理解できます。

ハーセプチンの保険適応はタキサンとの併用の臨床試験を元に2001年4月に国内で認可されたわけですが、その当時の認可の制限はゆるかったため、併用抗がん剤は特に制限はありませんでした(心毒性が問題になるアンスラサイクリン系は除く)。ですから臨床試験の裏付けがなくてもタキサンとの併用効果がなくなれば他の抗がん剤に変更するということが実地臨床では行なわれてきたのです。

しかし最近は臨床試験でどのような薬剤の組み合わせで行なったのかが重要視されるようになったので、例えばタイケルブはゼローダ以外との組み合わせは保険では認められないというような制限が加わるようになりました。臨床試験の裏付けはもちろん重要ですし、その判断は尊重しますが、あとがない患者さんを目の前にすると非常に悩むこともあります。

今回、このようなジレンマに少し光が射す発表が臨床腫瘍学会で報告されました。

目的:エリブリンとトラスツズマブの併用療法の安全性を検討(フェーズ1試験)

対象:HER2陽性で、トラスツズマブとタキサン系抗癌剤による治療歴があり、左室駆出率(LVEF)が60%以上の進行乳がん患者(脳転移で積極的治療を有する症例は除く)6人。

方法:毒性はCTCAE ver. 4.0により判定。DLT(用量制限毒性)の定義は通常のフェーズ1試験と同様で、1サイクル目に、7日を超えて持続するグレード4の好中球減少、グレード3以上の発熱性好中球減少、グレード3以上の非血液毒性などが発現し、試験治療との因果関係が除外できない場合とした。
治療は3週を1サイクルとし、エリブリンは1.4mg/m2を2分から5分かけて1日目と8日目に投与。トラスツズマブは初回は4mg/kg、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1、8、15日目に投与。

結果:
・年齢の中央値は64.5歳。
・ホルモン受容陽性の患者は2人で術前補助化学療法と術後補助化学療法を含む前治療のレジメン数では、3レジメンが2人、4・6・9・14レジメンが各1人だった。
・6人中1人は進行(PD)により投与中止となったが、5人は有用性が得られて投与を継続中で、このうち2人は5サイクルが投与されていた。
・DLTに該当する有害事象は認められなかった。多く観察された有害事象は好中球減少と白血球減少で、全グレードではいずれも83.3%、グレード3以上はそれぞれ66.7%と50.0%だったが、管理可能だった。グレード3以上の非血液毒性は発現しなかった。同試験の安全性プロファイルは、日本で行われたエリブリンの単剤療法のフェーズ2試験(E7389-J081-221試験)と同様だった。6人中1人に、投与後15日目にLVEFの軽度の低下(グレード2)を認めたが、22日目までに改善し、その後低下は認められなかった。
・エリブリンとトラスツズマブの血漿中濃度および薬物動態パラメータの解析が行なわれたが、同併用療法において薬物間相互作用は発生しないと考えられた。


つまり2剤の併用によって、それぞれの毒性が増強されることはなく、安全に投与できそうであるという結果です。症例数が少ないため、これで問題ないとは断言できませんが、とりあえずこの結果によってさらに臨床試験が進みそうです。実際エリブリンとトラスツズマブの併用療法については、長期の安全性や抗腫瘍効果などの評価も進められていて、3週毎投与を検討するフェーズ1試験も進行中でとのことです。早く結論が出て、ハーセプチンを止めずにハラヴェンと併用できるようになればいいなと思っています。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。いつも為になる記事ありがとうございます。術前ですがとても悩んでいるのでアドバイス頂ければ大変嬉しいです。
年齢40歳硬がん1.3cmでER99%PGR99%、ハーツーは陰性でグレードは1と言われました。CT、MRIの結果リンパ節転移はなさそうなのでホルモン治療は確実ですがKi67が50%ととても高くルミナールBだと思うのですが抗がん剤をしないという事はありえますか?(主治医はKi67を重視していないようで、抗がん剤は無しでも良いと考えているようです)もし抗がん剤を行ったほうが
よければどのようなものが良いとお考えですか? 
よろしくお願いいたします。

どうぞよろしくお願い

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
Luminal B(HER2-)は抗がん剤併用の判断がもっとも悩ましいサブタイプです。St,Gallenでもここはホルモン療法±化学療法となっていてケースバイケースなのです。通常はリンパ節転移の有無と数、核異型度、腫瘍の大きさ、年齢、患者さんの希望などを総合的に検討して判断します。
ただKi-67は検査の方法や診断医によってけっこうばらつくことがありますので、核異型度で判断している施設もあります。通常は核異軽度が高い場合にはKi-67も高値になることが多いのですが、一致しないことも時々あります。匿名さんの場合はKi-67が高いですが核異軽度がgrade1ですのでその辺りを考慮して主治医の先生はホルモン療法のみで良いと判断されたのではないでしょうか?詳しい病理結果を見ていないので確実なことは言えませんが私も同じ判断をするかもしれません。
化学療法の内容は、ホルモンレセプター陽性の場合はアンスラサイクリン系(FEC療法やAC療法)は効きにくいとも言われていますので最近ではTC療法を行なう施設が増えているのではないかと思います。ただアンスラサイクリン系がまったく効果がないとも言えませんので標準的なFEC±タキサンを行なっている施設もあると思います。
それではお大事に!

匿名 さんのコメント...

先生、さっそくのお返事ありがとうございます!!ずっと気になっていたのでお答を聞いてとても安心しました。

やはり臨床の先生方は、私たち患者の色々な要素を考慮して判断して頂いているのですねー。

手術後の病理結果の段階でもう一度主治医の先生とお話しようと思います。
また今後ともどうぞよろしくお願いします!

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
そうですね。疑問点はその都度お聞きになったほうが良いですよ。それではお大事に!