2012年12月19日水曜日

乳腺線維症(fibrous disease)

先日乳がん検診で要精検となって受診された患者さんですが、なかなか興味深い症例でした。

この患者さんは、マンモグラフィで2cm大くらいの腫瘤(大きさの割に中心濃度がさほど高くなく、一部脂肪を含むようにも見えたのでFAD(局所性非対称性陰影)とも取れる)を指摘されて受診されました。

注意深く触るとマンモグラフィの指摘部位に明らかな腫瘤を触れました。超音波検査では、その部位に一致して後方エコーの減弱(影を引く状態)を伴う病変を認めたのですが、超音波技師さん(今年から乳腺の研修を始めた若手のMさん)の診断は、腫瘍ではなく「乳腺線維症(fibrous disease)」というものでした。後方エコーの減弱を伴うがんの代表は硬がんや浸潤性小葉がんですが、たしかにそのいずれも典型的とは言えない画像でした。

しかし、触診とマンモグラフィであまりにも明らかな腫瘤像を呈していたため、念のために針生検を行なうことにしたのです(細胞診ではおそらく診断がつかないと考えて最初から針生検にしました)。で、その結果は…Mさんの診断通り、「乳腺線維症」でした!お見事です(笑)

若手の技師さんでこのような診断名を思い浮かべるのはなかなか難しいのではないかと思うのですが、よく鑑別診断の中にこの疾患が浮かんだものです。彼女曰く、糖尿病性乳腺症を思い浮かべたけれど、糖尿病が既往になかったのでこの診断名にしましたとのこと。普段はタイミングが合わなくてなかなか技師さんを褒めてあげる機会がないのですが、今回はたくさん褒めてあげました(笑)これをきっかけに自信つけて、さらに実力のある技師さんに育って欲しいと願っています。

さて、この「乳腺線維症(fibrous disease)」ですが、「乳腺症(mastopathy、fibrocystic disease)」や「乳腺線維腫症(fibromatosis)」「乳腺線維腺腫(fibroadenoma)」などとは名前は似ていますがまったく異なる病変です。乳癌取扱い規約では、「Ⅵ 腫瘍様病変」の中に乳管拡張症や過誤種、女性化乳房、副乳などとともに分類されています(腫瘍ではありません)。糖尿病性乳腺症もこの疾患の中に含まれます。なお、「線維化(fibrosis)」というのは疾患名ではなく、状態を表す用語です。線維化は乳腺症の病変内にもよく見られます。

病理学的には、線維化(または硝子化)した間質内に萎縮した小葉、乳管が散在性に存在する良性病変で、リンパ球の浸潤を伴うことが多いようです。時に触診や画像検査でも腫瘤として認識され、浸潤がんのように見えることもあります。その本体はほとんどが線維と脂肪ですので、細胞診をしても「検体不適正」(もしくは正常乳線組織)と判定されてしまいます。確定診断のためには組織診が必要です。

17 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

初めまして。いつもブログを拝見しております、とある乳腺専門医です。
いつも先生のブログは非常にまとまっており、大変勉強になります。
この疾患概念について、自分が以前学会で発表しましたが、あまり重視されていない割には比較的よく見る疾患だと思います。
この病態がなぜ発生するのか?これが疑問に感じているこの頃です。

関西の専門医

hidechin さんのコメント...

>匿名さん(関西の専門医さん)
はじめまして。Drからのコメントは非常に珍しいですね。ちょっと緊張しますがとてもうれしかったです(笑)
この疾患は本当に不思議ですね。糖尿病性乳腺症は自己免疫が関与しているという説もありますが、糖尿病がない場合にどうして発生するのか興味深いところです。いずれにしても良性ですから悪性とoverdiagnosisしないことが私たち乳腺外科医にとっては一番重要なことですよね。
これからもよろしくお願いいたします。

匿名 さんのコメント...

乳腺線維症と乳腺線維腺腫の違いはなんでしょうか?
また、両方を併発する事はありますか?

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
一般の方に病理学的なことを細かくご説明してその違いを理解していただくのはなかなか難しいのですが…。実際にそう診断されたのですか?
乳腺線維症の病理学的所見は上で述べた通りで、この疾患は腫瘍ではありません。まだその発生機序については不明な点も多いようです。一方、乳腺線維腺腫は上皮成分(腺腫)と非上皮成分(線維組織)が混在している良性の”腫瘍”です。
両者が併発することはあり得るとは思います。乳腺線維症は比較的稀な疾患ですが、線維腺腫はありふれた疾患だからです。もちろん両者の関連性は今のところ指摘されてはいません。
以上です。

匿名 さんのコメント...

姉の話なのですが、子供が卒乳したにも関わらず、母乳のような液体が出ていて数年前に乳腺線維症と診断されました。
その後しこりが出来て2回程切開してしこりを取りました。弾力があるしこりだったようです。
今もしこりが2コ出来て、検査をして3名の乳腺医に判断をお願いしたようなんですが、2名は良性、1名は悪性か良性かわからない。との結果だそうです。
主治医から初診から何年も経っているし、今後もしこりができるかもしれないから、手術でしこりだけでなく、乳房を1/3か2/3を切除しましょうと言われたそうなんです。
乳房を切除する必要はあるのでしょうか?姉は乳がんなのでしょうか?

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
申し訳ありませんが、画像も見ていないのに乳がんかどうか私にはお答えすることはできません。おそらく診断に苦慮するケースなのだと思いますが、切除する前にMRや針生検などは行なったのでしょうか?
いずれにしてももし良性なのだとしたら乳腺の1/2や1/3の切除はやり過ぎのような気がします。ただ、2回の切除の病理結果の詳細も検査所見もわかりませんのでこれ以上のコメントは差し控えさせていただきます。疑問があれば主治医に直接ご確認されることをお勧めいたします。

匿名 さんのコメント...

お返事ありがとうございます。
針の検査をして、上記のような結果が出たようです。
姉は乳腺やしこりの切除ではなく今回は乳房を切除すると言っていました。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
良性で全摘ですか??う〜ん…。主治医とよくご相談の上でお決め下さいとしか言えません…。
それでは。

Unknown さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
Unknown さんのコメント...

初めまして。

家内が2年前に乳がんを手術したのですが、実は、その4年前に「乳がん検査は登院で!」と乳がん検査に力を入れてる地方の総合病院で「乳腺線維症」と診断されました。
家内の家族にはガンが多く、日頃から乳がんについては注意しておりましたので仁丹サイズ小のシコリを右脇近くに発見し、すぐにその病院に連れて行きました。

マンモ・触診・エコー検査し、その担当医は「"乳腺線維症です。ガンでは絶対ありません。」とビクビクしている私たちに話しました。
しかし、1年後、徐々に発達するシコリが不安になりもう一度同じ病院で再検査。前回と違う医師でしたが「"乳腺線維症です、ガンではありません」とキッパリ。
この時、前回と違う2人の医師が否定されたものですか安心してしまいました。

しかし、その2年後、少しずつではありますが徐々に大きくなるしこりに不安になり今度は別の病院で検査を受け、マンモトームまで行った検査は乳がんで、既にリンパ節まで転移が認められました。

先生、「乳腺線維症」は時間の経過により、ガンへと変貌?する可能性のあるものでしょうか?
ご教授宜しくお願い申し上げます。

乳がんと闘う気の弱い夫

hidechin さんのコメント...

> Katsutoyo Yamamotoさん
はじめまして。
経過をみていて最終的に乳がんだったということでその診断過程に疑問をお持ちということですね。
Katsutoyo Yamamotoさんからの情報だけで私が軽々しくコメントすることはできませんが、本当にマンモトームをする前の2回の検査で「乳腺線維症」と言われたのですか?画像診断のみでこの病名をつけることは通常ないのですが…。「乳腺症」の聞き間違いではないでしょうか?
「乳腺線維症」からがんが発生することはありうることですが、高率に発生するという報告はないと思います。ただ「乳腺症」と言われている方に乳がんが発生することは珍しくありません(乳腺症自体がありふれた病態だからです)。
お答えになっていないと思いますが、画像所見も見ておらず、正確な診断名も確認できませんので、申し訳ありませんがこれ以上のコメントは差し控えさせて下さい。

Unknown さんのコメント...

hidechin先生

コメントありがとうございます。

間違いなく「乳腺線維症」と「ガンと絶対に違います」と言われました。

家内はガンの家系で、叔母も乳がんでなくしており、すごく不安でしたのでしつこく説明を受けましたが、「すぐに取れますよ、2~3時間、時間ありますか?」と忙しそうに簡単に言われ、何か大げさに我々が騒いでるように思い、安心して帰りました。

もし、「ガンと違うと思いますが・・・」
という程度の説明であれば、
「その先の検査は無いのですか?」
と進んでおりました。

ただし、診断書を頂いて帰った訳では無いので病院のカルテに残ってるかどうかということになりますが、任意の乳がん検診でのカルテは残ってるものかどうか分かりません。

ただ、hidechin 先生の説明のように、「乳腺線維症」からガンに発展することもあるのであれば、2年間の間に変異したものということになります。
で、家内の場合そうであったと納得する以外ありません。

お忙しい中、御指導ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

> Katsutoyo Yamamotoさん
そうでしたか…。
ただ診断過程と医師からの説明に問題はあったのかもしれませんが、今からそれを追求しても時間が戻るわけではありませんし、今の奥様にとってプラスになるわけではないように思います。責めたくなるお気持ちは十分に理解できますがそのあたりもよくお考えいただければと思います。
奥様の乳がんが完治していることを心より願っています。それではお大事に。

匿名 さんのコメント...

乳腺線維症orデスモイド型線維腫症と診断された者です。エコー、マンモ、明らかな癌画像で、針生検をしました。しかし、1回目2回目と正常としか出ず医師も納得できず。癌と診断される前にMRIまで受ける事になりました。やはりMRIでも濃染部分がはっきりとあり、硬癌or小葉癌or硬化性腺症等の可能性と出ました。そして3回目は先生を変えて生検してみました。免疫染色も変えてみたりしたのが良かったのか?3回目で何とか診断出ついたようです。引き連れの範囲が4㎝近くあり、デスモイドの可能性も考えると、経過観察よりは、これ以上浸潤しないうちに切除したほうがいい?との事でした。ネットで調べると乳腺のデスモイド(胸壁デスモイド)は非常に稀だという事と、良悪性の中間型と書いてあり心配になりました。デスモイド型線維腫症と胸壁デスモイドとは、また違ったものなのでしょうか? 主治医にはまだ詳しくは聞けていない状況です。宜しくお願いします

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
初めまして。
線維腫症(デスモイド)は様々な部位に発生します。線維腫症のうち深部発生のものをデスモイド型線維腫症と呼ぶようです。 胸壁に発生したら胸壁デスモイド型線維腫症もしくは胸壁デスモイド、乳腺に発生したら乳腺線維腫症などと言うことが多いと思います(詳細な言葉の定義は私もよくわかりません)。本質的には同じものです。線維腫症は組織学的には良性ですが、局所再発をきたして治療に難渋するという点では良悪の中間に位置していると言われています。一般的には遠隔転移はしないと言われています。
治療は局所切除が必要ですので、乳腺線維腫症が疑われるのであれば切除した方が良いと思います。詳細は主治医にご確認ください。
以上です。

匿名 さんのコメント...

素人にも分かりやすい説明、有難うございます。先生の文章はとても分かりやすいですね。切除を検討していこうかと思います。切除範囲は広くなる為、勧められましたが悩んでしまいました。乳腺線維症orデスモイド型線維腫症と診断された為、線維症だったら経過観察で良かった。デス型線維腫ならば切除しておけば良かった。という欲です。調べると、このような症例は多くないようですし切除してみないと明確には分からないのかもしれませんね。
MRIでもしっかり濃染されてるし、マンモも、エコーもかなりの悪性像なので、案外切除してみたら、一部に癌細胞が見つかったという可能性もあるかもしれなし(主治医には確認していません)、切除するのが一番後悔無いのかなと、思うようになりました。
この病態の原因も調べてもあまり情報がなく、先生のブログのこのタイトルにはとても参考になりました。有難うございます。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
良い結果であることを願っています。
それではお大事に!