2015年2月19日木曜日

病名告知と予後告知とその後の人生

昨日のテレビで、元ダイエーホークスの故藤井投手のエピソードを放映していました。

この番組で藤井投手は末期の肺がん(推定予後3-6ヶ月)と担当医からご家族に告げられましたが、野球がすべてだった藤井投手が真実を知ってしまうと絶望してしまうことを心配したご家族の意向で予後はもちろん病名も告げなかったというお話でした(間質性肺炎ということにしたそうです)。結果的に球団、および王監督やチームメートの温かいバックアップに気力で応えた藤井選手は2軍で6試合投げることができ、最悪3ヶ月と言われた余命でしたが1年も頑張ることができたというお話でした。

私はこの番組を見ていろいろと考えさせられました。最近では本人に無断で家族だけ呼んでご家族にだけ病名を告げたり、本人に嘘の病名を告げることは非常に少なくなったと思います。特に乳がんでは告知もしないということは非常に稀です(認知症などで理解力がないと判断される場合くらいです)。肺がんでは状況も違うかもしれませんし、このエピソードも15年近く前の話ですので今とはかなり対応が異なっていたのかもしれません。

本人に病名を告げなかったからこそ、なんとか復帰したいという気力がわいて2軍で6試合も投げることができたのかもしれないと思う一方で、もし余命が短いとわかっていたら、その時間で他にやっておくことがあったのかもしれないと思う気持ちもあります。また告知していればもっと適切な緩和ケアができていたのかもしれません。こればかりは結果論でしか考えることができませんし、個々の患者さんで状況は違うと思いますので何が正解なのかはわかりません。ただ藤井投手の場合は、これで良かったのかなと感じました。

私はがんではありませんが、10年ちょっと前に末期の緑内障と診断され、主治医からは”いつ失明してもおかしくない”と宣告されました。その時点で私の視野は半分以上欠けており、患者さんに対する万が一の責任を考え、自らメスを置きました。その後は思ったより病状の進行は遅く、現在は3/4くらいの視野欠損で留まっていて、まだなんとか仕事をしています。

手術がしたくて外科医になった私としてはメスを置くのはつらい決断でしたが、当時はそれ以上に万が一そのことで患者さんに迷惑をかけてしまうことを恐れていたのです。でも最近時々思うのです。もし、そのとき”いつ失明するかわからない”と言われていなければ、この10年間の外科医としての過ごし方は違っていたのかな…と。

医師は、予後を告知する際、だいたい悪い方(短い方)の推定予後を話すことが多いと思います。これはもしそれより早くに亡くなってしまった場合、自分が責められるのではないかという保身が働くからだと思います。ですからテレビなどで、”医師から予後○ヶ月と言われたが、○○ヶ月も生きた”というケースが多いのはある意味当然なのです。

そのことで、予想より長く生きてくれて良かったと思うご家族も多いのですが、予後を告げられたご本人にとってはどうだったのかな…と思うことがあります。推定予後が過ぎ、いつ死んでもおかしくないという状況で生きて行く気持ちは、なんとなく自分に重なるのです。そのこともありますし、実際乳がんの場合は治療効果によってかなりの幅が生じますので私は予後告知はよほど差し迫った場合でなければしないことが多いのです。平均はあくまでも平均でしかありませんから。

病名告知は藤井投手のような一部の例外を除いて基本的にはすべきだと思います。予後告知については、判断が非常に難しいです。最近では、あまり患者さんのことを考えずに一方的に予後を突きつける医師がいるということを耳にします。それは医学的には正しいことを話しているのかもしれませんが、本当に患者さんにとって必要なことなのか、よく考えた上で行なうべきだと私は思っています。

6 件のコメント:

ふうわんこ さんのコメント...

治療を始めた去年初夏にこのブログにたどりつきました。術前抗がん剤、副作用の間質性肺炎を乗り越え、手術できました。治療に不安はありませんが、何かあるたびにこのブログを検索して心強く思っていました。緑内障になられてメスを置かれたお話、涙が出ました。お体大切にして、頑張ってください。私も頑張ります。

チワワ さんのコメント...

hidechin先生こんにちわ!私も突然乳ガンになり心細かった数ヶ月前にこのブログと出会い、励まされている一人です。おっぱいが1つだけになってしまい辛いです。今ホルモン療法2ヶ月目です。
告知については、私だったら知りたいと、今は思います。やりたい事や、整理しておきたい事も有ります。hidechin先生、私はhidechin先生のブログを毎日楽しみにしています。内容は専門的で私等には細かく理解出来ない部分も有りますが先生が常に乳ガンに関する情報を提供して下さる、先生が常に私達の立場になって考えてくれている、常に熱心に治療等について情報収集してくれているのが伝わって来て、遠く離れた先生だけど、でも寄り添って貰ってるみたいで支えて貰っています。 先生ご自身も緑内障と闘っておられるなんて、凄く驚きました。お医者さんは神様の様な特別な存在に思ってしまうのですが、そんな事無いですもんね!hidechin先生の目が少しでも長く。できたらずっと、ずっと、見えている様に祈ります。

hidechin さんのコメント...

>ふうわんこさん
コメントありがとうございます。
治療、大変でしたね。今後よい経過であることをお祈りいたします。それではお大事に!

hidechin さんのコメント...

>チワワさん
温かいお言葉、ありがとうございます。病気になったのも自分の運命ですので受け入れるしかないと思っています。いま自分ができることを精一杯頑張って、後悔のないように生きて行きたいですね!

まるこ さんのコメント...

以前、アバスチンの所でコメントした匿名の者です・・まるこです。 このテレビは見ました。 どちらが良いのか考えさせられる内容でした。 私も皮膚転移が見られアバタキがもう効かず、ハラヴェンへ変更になりました。 赤い湿疹ができた頃に、主治医はただの湿疹か腫瘍か判らないと言われてましたが・・皮膚が怪しくなったら、皮膚転移だね。 と。 湿疹が出た頃、皮膚転移かも。と少しでも言われてた方が良かったなぁ~ ショック度が違います。人それぞれですが、私はハッキリと言われた方がいい患者です。 先生のハラヴェンの記事も読みました。 不安だらけですが、今をしっかりと生きていこうと思います。 先生のお大事にしてください。

hidechin さんのコメント...

>まるこさん
お気遣いありがとうございます。
乳がんの患者さんは、治療選択の余地も他のがんに比べるとありますので病名告知せずに治療を決めるのはかなり困難です。よほど認知力が低い方以外は、やはり病状をそのままお話しして治療方針を決めるのが基本になると思います。まるこさんもつらい状況だと思いますが、主治医の先生とよくご相談しながら最善の治療を選択して下さいね。
それではお大事に!