2010年4月15日木曜日

骨粗鬆症治療薬「エビスタ(ラロキシフェン)」の乳腺への影響

近年、骨粗鬆症の治療薬の開発が進んでいます。ひと昔前は、カルシウムとビタミンDの内服が主でしたが、現在ではボナロンなどのビスフォスフォネート製剤がその主役を奪っています。また、エストロゲンの骨量増加作用を利用したSERM(選択的エストロゲン受容体調整薬:Selective Estrogen Receptor Modulater)も保険適応となり使用されるようになってきています。

今日乳がん検診をしていたところ、80才台の女性がこのSERM(一般名ラロキシフェン 商品名エビスタ)を内服しているとのことでした。そしてこのエビスタを内服して4ヶ月くらいしてから乳房が張るようになって痛いとおっしゃるのです。

私の認識としては、
①エビスタはタモキシフェンと同様の構造をしているSERMである
②骨に対してはエストロゲン様の作用を呈するが、乳房に対しては、抗エストロゲン作用を呈する
③したがって、エストロゲン受容体陽性乳癌発生の予防効果もあるという報告もある
というものでした。

ですから、乳房に対してエストロゲン様の刺激作用(乳房の張りや痛み)が出るのはおかしいのでは?と思ったのです。

しかし添付文書を読んでみると、「乳房緊満」の頻度は2.9%あると書いています。患者さん向けのサイトでの薬の説明にも「副作用でわりと多いのは、乳房の張り、ほてり、吐き気などです。これらは、2~3カ月して体が慣れてくるとたいてい軽快しますので、それほど心配いりません。つらいようでしたら、医師とよく相談してください。」と書いてありました。

乳房に対して抗エストロゲン作用がありながら、エストロゲン様作用もある??エビスタは変わった作用を持っているようです。もしかしたら作用に個人差があるのかもしれません。乳癌患者さんがエビスタを内服して乳房への刺激症状があった場合は継続するかどうか慎重に判断した方が良いのかもしれませんね。

今年もピンクのTシャツでママチャリレースに出ます!

一昨年から某公園(道内一の広さ)の4時間耐久ママチャリレースに参加している病院のピンクリボンチーム。昨年は管理部の協力でお揃いのピンクのTシャツでレースに参加しました。

年々参加者の平均年齢が上がっており、私自身もその後はまったく運動をしていなかったため参加するかどうか迷っていました。結局期限まで返事をする予定がすっかり忘れていたところ、いつの間にかチームリーダーのEさんに参加することにされていました(泣)。

まあせっかくTシャツも作ってもらったことだし、頑張るしかありません。そろそろ自転車にでも乗ろうかと思っていた矢先、朝起きたら突然の背部痛が…。1月にも雪かきをしたあとで同じ症状になって数日苦しみましたが、今回は運転できないほど苦しくて一日仕事を休んでしまいました。そして昨日も夜のピンクリボン in Sapporoの会合を休むことに…。やはり徐々に体は老化してきているのかもしれません。

安静のかいがあって今日になってようやく少し前屈みになれるようになってきたところです。このままでは6/20のママチャリレースまでに体ができあがるのか心配です…。昨年は1ヶ月前から練習してなんとか間に合ったので今回は2ヶ月前から余裕で練習しようと思っていたのですが…。まああせってもしかたないので徐々にトレーニングすることにします。

本番ではついついレースに夢中になってしまうのですが、今年はピンクリボン運動の普及をメインに何かできないか考えています。横断幕を作ってテント前に掲げるとか、ビラを配布するとか…他に何かいいアイデアはないかな?

2010年4月11日日曜日

セカンドオピニオン

先日、セカンドオピニオンを希望されて関連病院の外来を乳癌の患者さんが受診されました。進行乳癌ですでにこちらの最先端病院で治療を受けられているのですが、民間療法への切り替えについての私の意見を聞きたいとのことでした。


セカンドオピニオンというのは、前医ですでに検査や治療を行なっていて、その妥当性について他の医師の意見を聞くのが目的です。前医からの紹介状と検査所見データなどを持参するのが原則で、セカンドオピニオンを行なう病院では通常、検査はしません。勘違いしている人が多いようですが、最初から検査や転院を希望する場合はセカンドオピニオンとは言いません。

1件につき、30分から1時間くらいを要しますので、保険外診療で行なうのが普通で各病院によって料金が設定されています。

ネットで検索してみると、この料金設定は、地域と病院の性質によってかなり異なります。

地域では、やはり首都圏が高めです。30分で21000円前後が多いようです。名古屋、大阪では30分で10500円、札幌は非常に安く、30分7350円の設定が多いようです。

また、大学病院によっては、対応する医師の役職(教授、准教授、講師、助教)によって金額設定が異なる病院もあります。首都圏の某大学病院の教授のセカンドオピニオン料は、30分31500円!!とのことです。

いま新病院建設に向けての会議でセカンドオピニオン外来を始めることを決めたばかりなので、うちの病院ではセカンドオピニオン外来という保険外診療の料金設定はされていません。ですから、もしセカンドオピニオンを希望して来院した場合には、通常の診療扱い(保険診療)になってしまいます。セカンドオピニオンですから検査はしませんし、保険請求できるのは、初診料270点(2700円 3割で810円)と診療情報提供料250点(2500円 3割で750円)のみです。

で、今回の患者さんは午前外来の最後に入ってもらいました。診察も含めてゆっくりお話をお聞きし、標準治療の重要性と民間療法の問題点や期待できる点、前医での治療方針の妥当性などについて十分にご説明しました。患者さんは大変よく理解してくださり、満足して前医のもとへ戻られました。

ちょうど昼食の時間で、かかった時間は1時間15分くらい。私はこういう仕事はまったく苦にならないですし、むしろやりがいがあると思っています。でもこの間、医師と看護師がつきっきりなんです。

セカンドオピニオンは高いと思われる方も多いと思います。でも、うちの病院のようなシステムでは何時間かかっても、保険診療で行なう以上、初診料+診療情報提供料の520点(5200円)しか病院には入ってきません。これでは病院は成り立たないのです。

それでなくてもお金がかかる乳癌患者さんですので、高額の料金がかかるのは心苦しいです。しかし病院もそんなに利益が出せる時代ではなくなっているのです。セカンドオピニオンの料金というのは、専門医の知的財産に対しての評価でもあります。そして日本は知的財産に対する社会的評価の低い国と言われています。

皆さんはセカンドオピニオンの料金、いくらが妥当だと思われますか?

2010年4月9日金曜日

第18回日本乳癌学会学術総会 発表準備開始!

今年は6.24-25に札幌で日本乳癌学会学術総会が開催されます。先日ようやく演題の採択通知が来ました。

昨年の12月が演題申し込みの締め切りだったので、抄録を書いてから4ヶ月間放っておいたままでした。あと2ヶ月あまりなので、そろそろ論文集めやスライド作りに取りかからなければなりません。

今回のテーマは自分で言うのもなんですが、なかなか面白い内容です。St.Gallen2009が発表されて、内分泌療法と化学療法、抗HER2療法の適応が整理された中で唯一悩ましい”ER陽性・HER2陰性乳癌”に対する化学療法の適応に関係する内容です。うまくまとまったら論文化したいなと考えているので、気合いを入れて頑張らないと…。

ちなみにSt.Gallen2009の内容の日本語訳は、NPO法人がん情報局のHP(http://www.ganjoho.org/)から見ることができます。

2010年4月8日木曜日

華岡青洲と乳癌手術

今日、医局で漢方の話をしていて華岡青洲の話題になりました。

皆さんは華岡青洲をご存知ですか?

きっとほとんどの方は、「華岡青洲の妻」という有吉佐和子さんの小説が映画化され、その後も何度かドラマ化されたので、その名前を一度は耳にしたことがあると思います。

華岡青洲は江戸時代の高名な医師です。そして記録に残っている中では、世界で最初(1804年)に”全身麻酔で外科手術を行なった医師”なのです。これは、1846年にアメリカで行われた、ジエチルエーテルを用いた全身麻酔の手術より、なんと40年以上も前のことです。

全身麻酔を行なうために華岡青洲は、伝説の後漢時代の医師である華陀が用いていたという漢方薬(麻沸散)の再現を試みました。長い年月をかけた研究の末、曼陀羅華(チョウセンアサガオ)八分、草烏頭(トリカブト…猛毒です)二分、白芷二分、当帰二分、川芎二分を調合した全身麻酔薬、「通仙散」を開発したのです。この麻酔薬の人体への投与(今で言うところの臨床試験)のために、母親と妻が実験台になったのは有名な話です。結局、母親の死と妻の失明という尊い犠牲の上で、この麻酔薬は完成しました。

そしてこの世界で最初の全身麻酔下で手術を行なった患者さんの病名は、”乳癌”だったのです。つまり、華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔で乳癌の手術を行なった医師ということになります。

この「通仙散」は、非常に取り扱いが難しい危険な薬だったため、誰にでも処方を伝授できるようなものではありませんでした。ですから華岡青洲のもとには各地から手術を希望する患者さんが集まって来たと言われています。華岡青洲は乳癌以外にも、痔核、膀胱結石、血管手術など様々な手術を行なったと記録が残っています。

乳癌の手術による手術関連死亡は私の病院では開院以来35年で1例もありません。これは全身麻酔が安全に行なわれるようになったことが非常に大きいのです。昔は麻酔をかけることすら命がけだったのです。

この時代の華岡青洲の努力と苦労を考えると、いま安全に手術を行なえるありがたさを私たち外科医はもっと感じながら治療を行なうべきなのだとあらためて思いました。

2010年4月6日火曜日

乳腺領域における漢方治療

先日の事業仕分けで仕分け対象になり、患者さん、医療従事者から猛反発があって棚上げ状態(その後の報道がないのでどうなったのか不明ですが…)の漢方薬ですが、私たち乳腺外科医もお世話になることがあります。先日の北海道新聞(平成22年4月3日朝刊「外科にも漢方」)にも掲載されていたように外科領域ではむしろ需要が増えているかもしれません。

可能であれば通常の医薬品(西洋医学における)を用いて対処しますが、相手は人間ですのでどうしてもうまく反応してくれないことがあります。そういう時には漢方薬が効果を発揮することがあります。

乳腺領域で用いいることのある漢方薬の一部をご紹介します(私は漢方の専門家ではありませんので、不十分な内容かもしれません。専門家の方のご助言をいただければ幸いです。)。

1.乳腺炎
「葛根湯」…保険適応があります。乳腺疾患自体で保険適応として明記されているのは、私が調べた中では葛根湯の乳腺炎に対する効能だけのようです。葛根湯は風邪の初期症状でよく処方される薬ですのでご存知の方も多いと思います。動物実験で消炎作用が証明されており、初期の無菌性乳腺炎には一定の効果があるようです。

*膿瘍を形成した乳腺炎に対する漢方薬もありますが、通常抗生剤を投与したり、切開して排膿してしまうので漢方薬のお世話になることはまずありません。

2.乳腺症
「加味逍遙散」…しこりのない乳腺症(比較的虚弱な人に処方するが、時に肥満の人にも投与することあり。)
「桂枝茯苓丸」…しこりのある乳腺症(比較的体力のある人に処方。虚弱な人に投与すると体力を奪うとのこと。)
「当帰芍薬散」…乳腺症によく用いられているようですが、ある漢方の専門家によれば、乳腺症にこの漢方を用いるのは処方として正しくないとのことです。

*これらはいずれも更年期障害や月経不順、月経困難症などに用いられる漢方薬で、効能書きには乳腺症の文字はありません。しかし、痛み止めは飲みたくない、とか飲むほどではない、という患者さんに投与することがあります。

「四逆散」…臨床的には乳腺症の所見に乏しいのに、異常に乳房の痛みを訴える患者さんに有効なことがあります。このような訴えをされる方は神経質、神経過敏などの気質を持っている方が多い印象があります。保険適応上は、”神経質、ヒステリー、胆嚢炎、胃炎、胃潰瘍”などです。今までに2人処方しましたが、1人には著効し、もう1人にも症状の軽減がみられました。

3.抗がん剤の副作用軽減
「牛車腎気丸」…タキサン系のしびれ、神経痛、むくみ
「芍薬甘草湯」…タキサン系の筋肉痛、関節痛
「補中益気湯」…全身倦怠感
「十全大補湯」…骨髄抑制による免疫機能低下
「加味帰脾湯」…貧血、白血球低下、血小板低下(特発性血小板減少性紫斑病にも用いることあり)

これらの薬剤の効果に関する科学的立証は、動物実験レベルではかなり行なわれています。ニュースでも流れていましたが、今後さらに研究が進められると思います。
ただ、今のところ乳癌自体の治療に対して漢方薬が効果があるという明らかな信頼できる報告はありません。乳癌自体に対してはエビデンスのある治療法が確立されているのですから、漢方薬に頼るのは避けるべきだと思います。盲目的に西洋医学を否定して東洋医学に走るのではなく、それぞれの良い部分をうまく組み合わせることが重要だと私は思っています。

2010年4月1日木曜日

遷延性嘔吐にも有効な新しい制吐剤〜アロキシ

抗がん剤投与後の嘔気・嘔吐には、その発症時期によって二つに分類されます。
一つ目は投与後24時間に起きる急性期のもの、そしてその後数日(120時間後まで)にわたって起きる遷延期のものです。

私が医師になったころは、化学療法後の嘔吐を抑制する良い制吐剤がなく、FECやCAF療法後にはかなりの率で嘔気や嘔吐が起きて患者さんを苦しめていました。嘔気が出現してからこれらの薬剤を投与してもあまり効果がなく、コントロールするのがやっかいでした。

しかし、グラニセトロンなどの5HT受容体拮抗剤が出現してからは、ステロイドも併用することによって化学療法当日に嘔吐する患者さんは非常に少なくなりました。ただ、遷延期の嘔気・嘔吐に対しては効果は不十分で、患者さんは辛い数日間を過ごしていました。

先日T薬品の方が新薬の紹介に訪問されました。それがパロノセトロン(商品名 アロキシ)という新しい5HT受容体拮抗剤です。この薬剤はグラニセトロンとの比較において、有意に遷延期の嘔吐完全抑制(嘔吐または空嘔吐0回)率を改善しました(全体で56.8% vs 44.5%、AC/EC投与群で61.1% vs 50.0%)。副作用も両群で大きな差は認めませんでした。

さらに、選択的ニューロキニン1(NK1)受容体拮抗薬であるアプレピタント(商品名 イメンド O薬品)とアロキシ、デキサメタゾン(ステロイド)の同時併用をおこなった臨床試験では、遷延期の嘔吐完全抑制率は92.6%という優れた結果でした。

問題は非常に高価になりそうなこと(アロキシだけで約10000円くらい、イメンドも1セット約11700円→制吐剤だけで3割で6000円以上の自己負担!)です。

初回からフルで投与しなくても良いかもしれませんが、初回に嘔吐が見られた場合には2回目以降の心強い武器になります。もう少し薬価が下がると良いのですが…。

あとは脱毛を予防できる薬剤が開発されれば、乳癌患者さんのFECに対する恐れはかなり軽減するのではないかと思います(脱毛の予防はまだまだ時間がかかりそうですが…)。