2010年4月8日木曜日

華岡青洲と乳癌手術

今日、医局で漢方の話をしていて華岡青洲の話題になりました。

皆さんは華岡青洲をご存知ですか?

きっとほとんどの方は、「華岡青洲の妻」という有吉佐和子さんの小説が映画化され、その後も何度かドラマ化されたので、その名前を一度は耳にしたことがあると思います。

華岡青洲は江戸時代の高名な医師です。そして記録に残っている中では、世界で最初(1804年)に”全身麻酔で外科手術を行なった医師”なのです。これは、1846年にアメリカで行われた、ジエチルエーテルを用いた全身麻酔の手術より、なんと40年以上も前のことです。

全身麻酔を行なうために華岡青洲は、伝説の後漢時代の医師である華陀が用いていたという漢方薬(麻沸散)の再現を試みました。長い年月をかけた研究の末、曼陀羅華(チョウセンアサガオ)八分、草烏頭(トリカブト…猛毒です)二分、白芷二分、当帰二分、川芎二分を調合した全身麻酔薬、「通仙散」を開発したのです。この麻酔薬の人体への投与(今で言うところの臨床試験)のために、母親と妻が実験台になったのは有名な話です。結局、母親の死と妻の失明という尊い犠牲の上で、この麻酔薬は完成しました。

そしてこの世界で最初の全身麻酔下で手術を行なった患者さんの病名は、”乳癌”だったのです。つまり、華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔で乳癌の手術を行なった医師ということになります。

この「通仙散」は、非常に取り扱いが難しい危険な薬だったため、誰にでも処方を伝授できるようなものではありませんでした。ですから華岡青洲のもとには各地から手術を希望する患者さんが集まって来たと言われています。華岡青洲は乳癌以外にも、痔核、膀胱結石、血管手術など様々な手術を行なったと記録が残っています。

乳癌の手術による手術関連死亡は私の病院では開院以来35年で1例もありません。これは全身麻酔が安全に行なわれるようになったことが非常に大きいのです。昔は麻酔をかけることすら命がけだったのです。

この時代の華岡青洲の努力と苦労を考えると、いま安全に手術を行なえるありがたさを私たち外科医はもっと感じながら治療を行なうべきなのだとあらためて思いました。

0 件のコメント: