2011年2月12日土曜日

腋窩リンパ節郭清は不要?

先日の米医師会雑誌(JAMA)に発表された内容は新聞でも報道されましたのでご覧になった方も多いと思います。

簡単にその内容をまとめると以下のとおりです。

対象:米国の医療機関(115施設)で2004年までに、乳がんに対して原発巣切除+センチネルリンパ節生検を行ない、センチネルリンパ節にがん細胞の転移が見つかった患者891人(術後は抗がん剤などの全身補助療法や放射線治療を施行)。
方法:腋窩リンパ節10個以上を切除したグループ(445人)と、切除しなかったグループ(446人)に分け、約6年間経過観察した。
結果:両グループの5年後の生存率や再発率には差がなかった(91.8% vs 92.5%)。合併症の発生率は70% vs 25%だった。

この報告を受けて、読売新聞は「初期乳がん、リンパ節の広い切除は効果疑問」、北海道新聞では「「郭清」有効性に疑問」という見出しで大きく取り上げています。

この結果はある意味予想された通りの結果です。なぜなら腋窩リンパ節郭清が予後の改善に影響しないことは、1971年から開始されたNSABP B-04で証明されているからです。この臨床試験は非常に有名で、臨床的にリンパ節転移がない患者さんを乳房切除+腋窩リンパ節郭清する群と乳房切除+腋窩照射する群と乳房切除のみで腋窩にはなにもしない群で割り付けた結果、3群で予後の差が出なかったというものです。またこの試験では、腋窩リンパ節転移がある患者さんたちも乳房切除+腋窩リンパ節郭清する群と乳房切除+腋窩照射する群の2群に分けて調べていますが、ここでも両群に予後の差はありませんでした。ただ、腋窩再発の率は大きく差がありました。

この結果を受けて、現在のリンパ節郭清の意義は、①局所再発の予防(コントロール)②リンパ節転移の有無、個数の情報を得て補助療法の適応を判断する、という2点だと考えられています。ですから、今回の報告で予後に差が出なかったのは当然なのです。

ただ、私は今回の新聞報道を読んで、一般の方は誤解を受けるのではないかと感じました。現在行なっているリンパ節郭清をすべて否定するかのような印象を与えかねないからです。この報告で言っているのはあくまでも、センチネルリンパ節生検を行なうような、明らかなリンパ節転移がないと思われる患者さんに、微小なセンチネルリンパ節転移があった場合の話です。臨床的に明らかな転移がある場合に切除する必要がないかどうかはまた別問題です。それは局所コントロールなどの目的もあるからです。

また、現在のSt.Gallen2009では、ER(+)HER2(-)で3個以下のリンパ節転移であれば他のリスクファクターがなければホルモン療法のみで良いことになっています。しかし、センチネルリンパ節に転移があっても郭清しないということになれば、正確なリンパ節転移個数がわからなくなり、治療方針の決定に迷うことになります。ですから、まだ現段階ではセンチネルリンパ節転移があった場合に腋窩リンパ節郭清を省略しても良いとまでは言えないと思います。今後の検討を待ちたいと思います。

2011年2月10日木曜日

ゾメタと下顎骨壊死2

先日製薬会社の方が「ビスフォスフォネート関連顎骨壊死に対するポジションペーパー」という文献を持ってきてくれました。これは「ビスフォスフォネート関連顎骨壊死検討委員会」から出されたものです。前回このタイトルで書いてから時間がたったこともあり、最近の知見を追加します。若干変更になった点もあります。

ビスフォスフォネート(BP)は乳腺領域では骨転移の治療に用いるゾメタが代表的です。以前はアレディアという薬剤も使用していました。他に骨粗鬆症の治療薬として用いるボナロンやダイドロネルもBPの仲間です。BP関連顎骨壊死(BRONJ)は解剖学的性質から上額骨より下額骨に生じやすいと言われています。

<診断基準>
1.現在あるいは過去にBP製剤(ゾメタなど)による治療歴がある。
2.額骨への放射線治療歴がない。
3.口腔・額・顔面領域に骨露出や骨壊死が8週間以上持続している。

<BRONJの臨床症状>
・骨露出/骨壊死
・疼痛・腫脹
・オトガイ部の知覚異常(Vincent症状)
・排膿
・潰瘍
・口腔内瘻孔や皮膚瘻孔
・歯の動揺
・深い歯周ポケット
・X線写真:無変化〜骨融解像や骨硬化像

<BRONJのリスクファクター>
・製剤によるファクター:窒素含有>窒素非含有、注射製剤>経口製剤→ともにゾメタはリスク大
・局所的ファクター:骨への侵襲的な歯科治療(抜歯など)、口腔衛生状態不良、歯周病などの基礎疾患
・全身的ファクター:がん、高齢者、透析患者、貧血、糖尿病、肥満、骨パジェット病
・先天的ファクター
・その他のファクター:薬物(ステロイド、シクロフォスファミドなど)、喫煙、飲酒

問題はBPを投与している患者さんが歯科治療が必要になった場合にどうするかです。以前ここで書いたのは”休薬が可能な状態であれば、抜歯の3ヶ月前から抜歯後2ヶ月までゾメタを休薬する”というものでした。しかし今回の文献では、ゾメタなどの注射性BPにおいては原則として休薬しないということになっています。その理由は、BP製剤の休薬がBRONJの発生を予防するという明らかな臨床的エビデンスがないからということになっています。おそらく注射製剤を使用する患者さんは、骨転移のために投与しているはずですから、休薬することのデメリットのほうが上回るという判断なのでしょう。

<BRONJの治療指針>
・骨壊死の進行を抑える。
・疼痛や知覚異常の緩和や感染防御により、患者さんのQOL(生活の質)を維持する。
・患者さんの教育、経過観察を行ない、口腔内清掃を徹底する。

治療の内容は、病状の進行度によって異なります。詳細は省きますが、抗菌性洗口剤の使用、瘻孔や歯周ポケットの洗浄、抗菌薬の塗布や注入、抗菌薬の内服や静注、壊死骨の掻爬・切除などを行ないます。

今後はさらに症例を積み重ねて、新たな予防・治療指針ができると思います。とりあえず自分でできることは、骨転移がない患者さんでも普段から歯科治療はきちんと受けておくこと、ゾメタを使用している患者さんは、できるだけ口腔内を清潔に保つことだと思います。

2011年2月9日水曜日

造影マンモグラフィ(Contrast Enhanced Spectral Mammography(CESM)

昨年の第18回日本乳癌学会学術総会のランチョンセミナーでも報告がありましたが、日本人のように乳腺濃度が高い場合にも有効な新しい技術を用いたマンモグラフィが国内でも提供が開始されました(GEヘルスケア・ジャパン)。

この装置は、乳房内の血管を鮮明に描出できるデジタルマンモグラフィ用撮影技術「セノブライト」です。日本人をはじめとするアジア人や、若い女性に多い乳腺密度の高い乳房でも病変を鮮明に描出できます。GE製のマンモグラフのオプションとして、初年度に国内で20台の販売を計画しているとのことです。

この技術は造影剤と2つの異なるエネルギー値での撮影によって、乳がんにともなう新生血管を映し出すものです。
撮影方法は、撮影前にヨード造影剤を静脈注入した後、低電圧と高電圧の2回に分けて、通常の撮影ポジションで左右両方の乳房をそれぞれ2方向から撮影します。計5分間で,左右各2方向の乳房画像4セットを1セットとして撮影しますし、適切なフィルター設計によって,被爆線量は通常の乳房撮影の1.2倍以下に抑えられており,乳がん検診における国際的なガイドラインを下回っているとのことです。

以前からマンモグラフィに造影剤を併用する方法は検討されてきました。しかし従来の時間差分法(造影後の画像から造影前の画像を引く)を用いたデジタルマンモグラフィによる造影手法(Contrast Enhanced Digital Mammography(CEDM))では、圧迫時間が長く、かつ1回の造影で1枚のフィルムしか撮影できない難点がありました。しかし今回のCESMの手法では1回の造影ですみ、撮影時間も短く、被爆も許容範囲内ですので期待できる検査法だと思います。

CESMは若年者や乳腺症のある患者さんに対しては有効な検診手段になりそうです。問題は、価格が3000万円と高価であること、ヨード系の造影剤を使用するためアレルギー患者には使用できないこと、撮影前に造影剤を注入する手間がかかることです。国内でのデータを集積した報告を待ちたいと思います。

2011年2月8日火曜日

代替補完療法9 漢方薬2〜霊芝

霊芝は一般的にマンネンタケ科の万年茸(マンネンタケ)を指し、その有効成分であるβ-D-グルカンなどの多糖類や、ガノデリン酸などの卜リテルペン類が細胞レベルの基礎実験や動物実験において、免疫賦活作用や抗腫瘍作用があったとされています。このようなデータをもとに、人体においても抗がん作用があるかのように宣伝している場合があります。しかし人体に対する効果は調べた限りでは質の高い報告はなく、まだ十分には証明されていません。

乳がん領域においても基礎研究では様々な作用が報告されています。その一つはInt J Oncol. 29(3): 695-703 2006に掲載されている”Ganoderma lucidum inhibits proliferation of human breast cancer cells by down-regulation of estrogen receptor and NF-kappaB signaling.(霊芝はエストロゲン受容体の発現量の低下とNF-κBシグナル伝達を介して乳がん細胞の増殖を抑える)”という報告です(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16865287)。なかなか興味深い内容ですが、エストロゲン受容体が減少した場合にはホルモン療法の効果はどうなるのだろうという疑問があります。

また第61回日本癌学会総会において、”マウスの同系腫瘍MM46乳癌に対する鹿角霊芝含有飼料の制癌作用(サントリーと帝京大学の共同研究)”という研究報告が発表されています(http://www.suntory.co.jp/news/2002/8273.html)。鹿角霊芝含有飼料を食べたマウスの乳がん重量が対照マウスに比べて有意に抑制され、抗がん剤(シクロフォスファミド)との併用においても増強効果があったという報告です。

いずれも人体での研究ではありませんので、現在のところ主たる治療としての効果は期待できません。

また、ある培養細胞を用いた実験で抗腫瘍効果があったという報告によると、その際に使用した霊芝エキスは1mg/mlというような非常に高い濃度だったということですので、そのまま人体に当てはめることは困難です。このあたりの詳細は、下記のブログにわかりやすく記載してあります。


『「漢方がん治療」を考える〜霊芝は本当にがんに効くのか?』(http://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/c97e549ef59c0c5463047ea733521336)

この中で銀座東京クリニック院長の福田一典先生は、
”霊芝の成分が、人が服用して、本当に抗がん作用を発揮するのかまだ十分な根拠はありません”
と結論づけています。

何度も書いていますが、患者さんが希望した場合、標準治療をきちんと受けた上で、有害でさえばければ私はこれらの代替補完療法の併用は拒否はしていません。しかし、標準治療の代わりとして、霊芝を選択するにはあまりにも臨床研究データが乏しすぎます。

2011年2月4日金曜日

乳腺肉腫の若年患者さんの記憶

まだ乳腺外科の専門研修に行く前、今から17年ほど前になりますが、20才の乳腺肉腫の患者さんを受け持ったことがあります。

この患者さんの腫瘍はきわめて珍しい5cmほどの肉腫でした。乳腺原発は文献検索した限りでは世界で初めての症例でした。診断のための摘出手術では明らかな遺残はなさそうでしたが、国立がんセンターと癌研附属病院にconsultationをして、確定診断と治療方針の決定を行ないました。きわめて悪性度が高く、生存例が少ないこと、局所再発率が非常に高いことから、残存乳房の全摘と強力な化学療法を勧められ、患者さんとご家族にご説明し、治療を行ないました。

20才の乳房を切除するのは手術する側としてもとてもつらいものですが、救命が第一と考えて、説得しました。
手術後の切除乳房には病理学的には明らかな肉腫の遺残はありませんでした。微小な悪性細胞が病理検索していない部分にある可能性は否定できませんし、肉腫の場合は一見完全切除に見えても局所再発しやすい傾向がありますので手術する必要がなかったわけではありませんが、ご本人にはずいぶん恨まれました。抗がん剤の副作用も強く、ずっとつらい思いをさせてしまいました。

また、非常に珍しい腫瘍ということもあって、「どうせ私は実験台だと思っているんでしょう?学会に報告しようと思っているんでしょう?」とも言われました。私はそれを否定し、患者さんが学会報告を望まないなら決して報告はしないことを約束しました。ですからいまだにこの貴重な症例は報告していません。

そんな彼女もその後医療関係の仕事に就き、今も再発なく元気に暮らしています。私が転勤したことなどもあって現在は他の外科医の外来に通院中ですが、もう大丈夫だと思います。

もちろんあの時の乳房切除は、再発を防げたという結果からも正しい判断だったと思っていますが、20才の女性の乳房を切除しなければならなかったこと、そして彼女に深い悲しみを与えてしまったことは今でも忘れることができません。

2011年2月3日木曜日

ホルモン療法の副作用8 更年期障害2

先日もこのテーマで書きましたが、更年期障害の治療について記載が不十分でしたので追加します。

本来、更年期障害はエストロゲンの欠乏が原因ですので通常は女性ホルモンの補充療法(HRT)を行ないますが、乳がん術後の患者さんには禁忌ですので使えません。ですから、劇的に改善するのはなかなか難しいのが現状です。

それでも以前から漢方薬なども用いられてきましたし、最近では効果があるという薬剤も出現しています。

いくつかご紹介します。

①漢方薬:一般的によく用いる漢方薬は3種類あります。証によって、虚証→当帰芍薬散、中間証→加味逍遥散、実証→桂枝茯苓丸というように使い分けますが、証については「漢方ナビ」(http://www.kamponavi.com/med/m03konenki.html)にわかりやすく書いています。ただ、本当の漢方治療というのはこんなに簡単ではありません。症状と診察所見で他の漢方を併用したりすることもよくありますので、漢方専門医に処方してもらうのがベストですが、一般的には婦人科で処方されることが多いようです。

②抗うつ剤:フルオキセチンやパキシルなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)はホットフラッシュに有効と言われています。ただ、タモキシフェンの効果を減弱させると言われていますので、タモキシフェンとの併用はできません。その他、抗不安薬や自律神経調整薬を処方することもあります。

③針治療:http://www.adcsakura.com/000010.phpやhttp://menopause.life-stylists.com/category2/entry13.htmlを読むと、更年期障害に対する針治療は、「針の刺激によって卵巣の働きを活性化させる根本的治療」と書いてあります。真偽のほどは確かではありませんが(実際にエストロゲン値を調べたデータはあるのでしょうか?)、もし本当なら乳がんの術後には適していないと言えます。ただし、抑うつ気分などの精神症状やたちくらみ、発汗などの自律神経症状などの個々の症状に対しての対症的な効果は期待できるかもしれませんので専門医にご相談下さい。

④マッサージ療法(ツボ刺激):「更年期障害、克服への道」(http://konen.tavell.net/tubo.html)に症状に合わせたツボが書いています。自分でやる分にはタダですので試してみても良いかもしれませんね。

⑤アロマテラピー:これも「更年期障害、克服への道」(http://konen.tavell.net/aroma.html)に書いてあります。心理的効果を期待する治療ですが、案外効果があるかもしれません。

④心理療法:いわゆるカウンセリングです。抑うつ気分やイライラなどの精神症状には一定の効果があります。精神科、心療内科、メンタルクリニックなどで行なっています。

⑤サプリメント:各種ビタミン剤などがありますが効果のほどは不明です。「命の母A』は昔からある更年期障害に用いる市販薬ですが、漢方成分やビタミン剤などを配合しています(http://www.kobayashi.co.jp/seihin/ih_a/index.html)。


ホルモン補充療法以外の西洋医学的な治療はなかなか難しい分野ですので、こういう症状に対しては代替補完療法に頼るのも悪くはないと思います。ただ悪徳業者にはくれぐれもご注意下さい。

2011年2月2日水曜日

乳癌の治療最新情報24 PARP1阻害剤2(iniparib)

2009年のASCOで中間報告が発表されたPARP1阻害剤のBSI-201ですが、iniparibという一般名で第2相試験の結果が正式に報告されました(米国Baylor Charles A. SammonsがんセンターのJoyce O’Shaughnessyら NEJM誌2011年1月20日号)。

BSI-201については以前、「乳癌の治療最新情報16 PARP1阻害薬1(ASCO2009から)」で書いたように、第2相試験の中間報告において治療抵抗性のTN再発症例に対して、ジェムザール+カルボプラチンの併用療法における上乗せ効果が確認されています(病勢進行するまでの期間が6.9カ月vs3.3カ月、全生存期間は9.2カ月vs5.7カ月)。

今回正式に報告された概要は以下の通りです。

対象:トリプルネガティブ(ER/PgR/HER2いずれも陰性)の進行再発乳がん123例。

方法:全例に1、8日目にゲムシタビン(1,000mg/m2体表面積)+カルボプラチン(血中濃度曲線下面積2線量当量)を投与し、1、4、8、11日目にiniparib(5.6mg/kg)を投与する群としない群(いずれも21日サイクル)に無作為に割り付けた。

評価項目:主要エンドポイント→臨床的ベネフィット[客観的奏効(完全あるいは部分寛解)+6ヵ月以上の病状安定を認める患者の割合]の割合と安全性。追加エンドポイント→客観的奏功率、無増悪生存期間、全生存期間。

結果: 対象群:iniparib追加群
・臨床的ベネフィットの割合→34%:56%(P=0.01)
・全奏功率→32%:52%(P=0.02)
・平均無増悪生存期間→3.6ヵ月:5.9ヵ月(増悪に対するハザード比:0.59、P=0.01)
・平均全生存期間→7.7ヵ月:12.3ヵ月(死亡に対するハザード比:0.57、P=0.01)。
・両群で発生したグレード3、4の有害事象→両群で有意差は認められなかった(発生が高頻度であったのは、好中球減少症、血小板減少症、貧血、疲労、無力症、白血球減少症、アラニンアミノトランスフェラーゼ値上昇など)


今回の報告をみてもトリプルネガティブ乳がんに対するPARP1阻害剤の有効性がうかがえますが、全生存期間が4.6ヶ月伸びたということをどう評価するかということが問題になるかもしれません。高額な薬剤でたったこれだけ?と言う人はいるかもしれませんが、私にはとても貴重な期間だと思います。そしてこれはあくまでも平均ですので、著効すれば長期の生存も可能かもしれませんし、術後補助療法への道筋ができることにもつながります。

今回の報告が、難治性と言われているトリプルネガティブ乳がん治療の大きな一歩になることを願っています。