2010年5月2日日曜日

乳癌との闘いかた〜積極的治療と緩和ケア

乳癌と診断されたとき、再発を告げられたとき、そして効果的な治療がなくなってしまったとき、患者さんがその状況をどう判断し、どう立ち向かっていくかはその患者さんの生き方や価値観に大きく影響されます。

乳癌と診断されたときの癌との闘い方は、ほとんどの方が医師の意見を重視して決めると思います。診断や治療方針に疑問を持ち、セカンドオピニオンを受けたとしても基本的には現在医学の標準的な治療を選択される方がほとんどだと思います。これは、診断された時点の乳癌はほとんどが治癒を目指せる状況ですので、もっとも確率が高い標準治療を選択することが安心だからだと思います。ごくまれに標準治療を拒否し、民間療法単独の治療を希望競れる方がいますが、結果はまず期待できません。結局、出血や悪臭、痛みに難渋して病院に来ることになってしまいます。

再発を告げられたときには、積極的な治療を受けない選択をされる方が少し増えてきます。
乳癌は様々な治療が有効なことが多く、もし奏効すれば再発後長期の生存も期待できることがあります。ですから多くの患者さんは、抗がん剤やホルモン療法を受けることに同意されます。しかし、非常に高齢で治療に耐えれない場合や状況がかなり深刻すぎる場合、積極的治療を断念せざるを得ない場合もあります。
また、再発した乳癌を完全に治癒させることがかなり困難であることは事実です。一見、治癒したように見えても再再発する可能性は高いからです。このような状況を考えて、つらい抗がん剤を受けて生存期間を延ばすということに納得できない方もいらっしゃいます。そういう方は、より安楽で副作用の少ない民間療法を選択されたり、緩和ケアのみの治療を希望されたりすることがあります。
私たち医療従事者側からすると、できるだけ副作用を軽減しながら延命できる治療を考えるのですが、もし患者さんが希望されるのであれば、そのような選択も考慮することがあります。また、積極的な治療をしながらでも緩和ケアの導入は常に視野に入れておきます。

そして、残念ながら積極的な治療が奏効しなくなり、効果的な治療がなくなってしまったとき、予後を推測しながら私たちは緩和ケアへのシフトチェンジを本格的に考慮します。しかし、正確な情報提供をした上で、緩和ケアへの移行をお話ししても、患者さん側がさらなる積極的な治療を希望される場合もあります。それは治験を含めた先進的な治療(がんワクチン、重粒子戦治療など)、エビデンスが不十分なのに癌に効果があると宣伝している治療、効果はあまり期待できないけど今まで使用していないレジメンなどです。
おそらく患者さんの心理としては、現状では治癒が厳しくても粘っているうちに新しい治療が受けられるようになるかもしれないという強い思いがあるのだと思います。

私は何度もこのようなケースを経験しています。私の信条として、基本的に患者さんには隠し事をせず、病状をそのままお伝えすることにしています。ですから、効果的な治療の選択を常に提示しながら方針を決めています。最後の一手を使う時にはもうこの先に期待できる治療がないことは患者さんもわかっていらっしゃるのです。それでも全面的に積極的な治療を断念したくないという思いが捨てられず、私にさらなる治療を求めてくるのです。

緩和ケアは決して消極的な治療というわけではありません。痛みや苦痛を緩和することはとても重要なことです。このような状況でさらなる積極的治療を行なった群と緩和ケアのみ行なった群では予後に差がないという報告もあります。これは積極的治療の効果がなかったともとれますが、緩和ケアが積極的治療と同等の延命効果があったともとれるのです。

このようなお話をしても緩和ケアへの完全移行を拒否し、積極的な治療を希望される場合、私は欧米では効果が認められているのに国内で承認されていないような治療(ジェムザール+カルボプラチンまたはシスプラチンなど)なども考慮しています。副作用が強い場合が多いので、本当はこのような状況では使いたくないのですが患者さんは文句も言わずに前向きに頑張るのです。本当に頭が下がる思いがします。

その一方で、患者さんにとって、本当にこの選択で良かったのだろうかという思いはいつも感じます。
「自分の説明が不十分だから、患者さんの選択を誤らせてしまったのではないか?」
「過度に期待を持たせてしまったから抗がん剤を受けるという希望を出したのではないか?」

そうならないように説明を尽くしたつもりでも、私の説明の中に、わずかな希望を見いだそうとしたことは確かです。緩和ケアを専門にされている医師にはおそらく理解できないでしょう。彼らはそういう選択を患者さんにさせてしまった私を間違っていると言うかもしれません。”もっと正確に事実を伝えれば、緩和ケアを選択したはずだ”と…。

でも私は情報をできる限り正確に伝えた上で、最後にどういう判断をするかは、患者さん自身の判断でいいと思っています。そしてその判断は、その患者さんの生き方そのものを反映しているようにも思うのです。


先日、本当に最後の最後まで闘った患者さんが旅立ちました。エネルギーの塊のようないつも元気な方でした。

好きなタバコは絶対にやめず、”痛みが出たらホスピスに行くから、それまでは積極的治療を受ける!”とご自分の生き方を通されました。幸い痛みは最後までなく、安らかな最後でした。

きっと今ごろ天国で大好きなタバコを吸いながら大きな声で多くの友達に囲まれながらお話をされていることでしょう。

近いうちに病棟スタッフでこの患者さんの経過の振り返りをする予定です。

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