2010年10月28日木曜日

緑茶による乳がん予防効果が否定!

緑茶にはカテキンと呼ばれる抗酸化物質が豊富に含まれるため、がんの予防効果があると言われています。胃がんに関してはそのような予防効果に関する疫学研究があると聞いたことがあります(静岡などの緑茶を多く飲む地域では胃がんの発生が少ない)。

今回国立がんセンターの予防研究部から報告されたのは、緑茶が乳がん発症を抑制するかどうかという疫学研究です。概要は以下の通りです。

対象および方法:対象は1990~94年のベースライン調査に参加した女性5万3,793例。ベースライン時と研究開始5年時点(1995~98年)の中間調査での緑茶の摂取習慣に関するアンケートの結果を用い,緑茶の摂取量,お茶の種類をより詳細に分けた検証を行なった。

結果:ベースライン調査対象者5万3,793例のうち,約13.6年の追跡期間に581例が乳がんと新規に診断された。1週間の緑茶摂取量別に乳がんリスクとの関連を調査したところ,週1杯未満の群(全体の12%)を1とした場合の乳がんリスクは1日5杯以上緑茶を飲んでいる群(全体の27%)で1.12(95%CI 0.81~1.56,P=0.60)と有意な関連が見られなかった。
中間調査における解析では,摂取量,お茶の種類をより詳細に分けた検証が行われた。回答のあった4万3,639例のうち,約9.5年の追跡期間で350例が乳がんと新規に診断された。週1杯未満の群を基準として,1日10杯以上の煎茶を飲んでいた人の乳がんリスクを見たところ,やはり有意な関連は見られず(補正後ハザード比1.02,95%CI 0.55~1.89,P for trend=0.48),番茶および玄米茶でも同様であった(AHR 0.86,同0.34~2.17,P for trend=0.66)。

結局、緑茶では乳がんの予防にはならないという結果でした。

2010年10月27日水曜日

臨床試験結果の透明性について

がん領域において、世界中で新薬や新しい薬剤の組み合わせなどの治療法の臨床試験(治験)が行なわれています。私は治験に直接関わったこともなく不勉強のため、詳しくは知りませんので、認識が間違っていたらすみません。ちょっと思うことがあったので書きます。

私自身、臨床医としては、患者さんにプラスになる新しい治療が生まれることを心から期待しています。もちろん傍観者としてではなく、本来は自分も治験に関わらなくてはいけないと思っていますが、なかなかハードルは高いです。

ただ、期待した結果が得られないと治験の途中で判明した場合、今の時代では第三者機関が治験の中止を勧告するようになってきています。米国ではFDAなどがその役割を担っているようです(全てかどうかは知りませんが…)。国内でも途中で中止になったケースは今までもありました。

先日、ある乳がん患者さんから連絡を受けました。この患者さんは、ある術後補助療法の治験に参加していて、以前から相談を受けていた方でした。そのお話によると、比較対象の群が明らかに不利益があるとわかったので治験が中止になったと担当医から説明を受けたというものでした。

この治験は以前から私はとても注目していたものでした。そして好ましい結果が出ると信じていた治験であり、実際今まで報告されていた内容では十分にその結果が期待されるものだったのです。しかし、治験の結果は新しい治療法のほうが従来の治療法より明らかに劣るということだったので、事実関係を確かめるために、当該薬の製薬メーカーの担当者に問い合わせをしてみました。

しかしその返答は、”治験の結果は製薬会社側からは公表できない。治験を担当した医師から聞いて下さい”というものでした。日本中、世界中が注目し、期待していた治験です。実際、保険外診療などでこの治療を行なっている(当然効果を期待して)患者さんもいるのです。良い結果は公表するけど、中止になった理由は公表しないという姿勢には疑問を感じます。治験中の患者さんにはご説明しているのですから、公表しても良いのではないかと私には思えるのですが…。もちろん、製薬会社にとって不利益になる結果は隠したくなるのもわかりますが、なぜ期待できるはずの結果が得られなかったのか?という理由は、臨床医にとってとても重要な情報なのです。

治験については、どんなことを行なっているのかはネットで検索すると知ることができます。新しい治療を期待している患者さん、医療従事者のためにも、良い結果だけではなく、期待した結果が得られなかったという事実も公表するような透明性が必要ではないかと強く感じました。

今回の治験がどんな治験なのか、その内容をここでお話できないのは残念です。内容を書くとどこのどんな治験かがわかってしまうからです…。
とてもじれったいです!
なんとも言えない怒りを感じています!

2010年10月26日火曜日

糖尿病性乳腺症

今日、右乳房にしこりを自覚して受診した35才初診の患者さん。触診では両側に乳腺症の所見がありますが、明らかに右乳房の外上部に5×4cm大の硬いしこりを触れました。徐々に増大してきたという症状からまず乳がんを疑いました。

しかし超音波検査をしてみると…境界不明瞭で強く後方に陰影を引きますが、画像を調整(ゲインを上げる)と内部構造が透けて見えて周囲の乳腺とつながるのが確認できました。超音波診断は”糖尿病性乳腺症疑い”。今まで何例か経験しているベテランの技師さんは、この疾患の特徴をよく覚えていてくれたため、的確に診断してくれました。

実はこの患者さんが受診したのは受付時間を過ぎていたため、慌てて触診をしてから検査に行ってもらったため、カルテを十分に見ていませんでしたが、若いのにかなりコントロールの悪い糖尿病を患っていたのです。超音波技師さんは内科のカルテも確認して、診断に確信をもったのだと思います。結局、確定診断のために針生検をすることにしましたが、もし超音波検査で乳がん疑いと書かれたら細胞診をオーダーしていたかもしれません。この疾患は細胞診ではほとんど細胞が取れないため、診断できないことが多いのです。今日は本当に技師さんに助けられました。

以下、糖尿病性乳腺症について少しご説明します。

臨床的に乳癌と紛らわしい比較的まれな良性病変の一つにfibrous disease というものがあります。線維化、硝子化した基質の増生と、小葉の萎縮、リンパ球浸潤を特徴とし、一種の炎症性変化と考えられる病態で、その一種で糖尿病患者で発生したものを糖尿病性乳腺症(diabetic mastopathy)と呼んでいます。代表的な検査所見は以下の通りです。

触診:硬く不整形で境界不明瞭な腫瘤を触れ、癌が疑われる所見です。
マンモグラフィ:局所性非対称性陰影または構築の乱れなど、やや不明瞭な像が多いと言われています。
超音波検査:不整形の低エコー腫瘤を呈し、後方エコーは強く減弱します。あたかも硬ががんか浸潤性小葉癌のように見えますが、がんであれば、周囲の乳腺とは構造が連続していませんが、この疾患ではゲインを調整すると内部構造が周囲の乳腺とつながることが確認できます。
細胞診:穿刺時の印象は非常に硬く、細胞成分がほとんど採れないのが特徴です。ですからこの疾患を疑った場合には針生検を行なう必要があります。

ホルモン補充療法(HRT)と乳がんの関係〜最近の知見

今まで報告されてきた研究によると,HRTは乳がんの発症を増加させるものの,HRTを受けていない場合と比べその性質は良好で,ステージが低く,生存期間が長いと言われてきました。

しかしランダム化比較試験であるWHI試験では,HRTは乳がんリスクを上昇させるだけではなく、より進行したステージで診断される傾向が示されました。そして今回,さらに長期の追跡により,HRT群ではリンパ節転移陽性が多く,死亡率が高いという結果が出たとのことです。

WHI試験の概要は以下の通りです。

対象:1993-2002年に全米40施設で登録された50~79歳の健康女性1万6,608人。HRT群(結合型エストロゲン0.625mg/日+酢酸メドロキシプロゲステロン2.5mg/日)とプラセボ群に分けられた。

方法:当初の平均介入期間は5.6年(SD 1.3年,3.7~8.6年)で平均追跡期間は,7.9年(SD 1.4年)だった。今回は,その後の積極的追跡に関して同意を得た1万2,788人(生存者の83%)の2009年8月までの追跡に基づき,平均追跡期間の11.0年間(SD 2.7年,0.1~15.3年)の浸潤性乳がんの累積発症数と死亡率を解析した。

結果:すべての試験参加者を含むintention to treat(ITT)解析を行なった。
①浸潤性乳がん発症率:HRT群とプラセボ群で385例(1年当たり0.42%)vs. 293例(同0.34%)発症し,HRT群でハザード比(HR)1.25(95%CI 1.07~1.46,P=0.004)と,有意なリスク上昇が認められた。
②リンパ節転移陽性率:81例(23.7%)vs. 43例(16.2%)とHRT群に多く,HR 1.78(95%CI 1.23~2.58,P=0.03)であった。
③乳がんによる死亡率:25例(1年当たり0.03%)vs. 12例(同0.01%),HR 1.96(95%CI 1.00~4.04,P=0.049)と,HRT群でリスクが有意に上昇していた。
④乳がん診断後の総死亡率:51例(1年当たり0.05%)vs. 31例(同0.03%),HR 1.57(95%CI 1.01~2.48,P=0.045)とHRT群で死亡率が高かった。

プロゲステロンは血管新生を刺激し,このために乳がん死亡や肺がん死亡を増加させる可能性があることが報告されています。総死亡はこれらのリスクが合わさった可能性があり、HRTを選択する場合には十分なリスクとベネフィットの考慮が必要と考えられます。

今まで私は、HRT中の患者さんに、「HRTは乳がん発症率は増加させますが、ホルモン依存性のおとなしいがんが多いことと、注意して乳房検査を受けることが多いため、予後は悪化させないと言われています」とご説明してきましたが、少し改めなければならないと思いました。

2010年10月24日日曜日

乳房再建についての講演会

11/6(土)に私たちの病院の第2別館で、D病院形成外科のE先生をお招きして「乳房再建について」のご講演をしていただくことになりました。

今回の講演会は病院にバックアップしてもらうということで、乳がん患者会主催の形で行ないます。対象は基本的には当院および関連病院通院中の乳がん患者さんとご家族、そして職員の予定ですが、私をご存知の乳がん患者さんは参加していただいてかまいません。せっかくの機会ですので多くの方に聞いていただきたいと思っています。

北海道ではまだまだ乳房再建の希望者は少ないようですが、けっこう敷居が高いと思っている方が多いようです。また、保険適応の拡大などの新しい情報をご存じない方も多いのではないでしょうか?今回はそんな疑問にお答えいただけるような内容になるのではないかと期待しています。また、とても気さくな先生ですので、乳がんと直接関係ない形成外科に関するご質問にもお答えしていただけることと思います。

講演会の内容の報告はまた後日アップします!

2010年10月21日木曜日

ハーセプチン-ADC(抗体-薬物複合体)続報

以前、ハーセプチンと抗がん剤を結合させた新しいタイプの治療薬(抗体-薬物複合体(ADC)製剤)、トラスツズマブ(ハーセプチン)-DM1(T-DM1)について報告しました。今回はその続報です。


T-DM1は、現在HER2陽性進行性乳がんを適応症とする第1-3選択薬などで治験中です。今回スイスのロシュ社が発表した第2相試験データによると、T-DM1投与群の全奏功率(腫瘍縮小効果)は48%で、トラスツズマブ/ドセタキセル群の41%を上回ったということです。グレード3以上の有害事象発生率はT-DM1群が37%、トラスツズマブ/ドセタキセル群が75%で、有効性、安全性ともに既存療法を上回ることが確認されました。

ロシュ社にによると2012年の承認申請を予定しているそうです。他社でも様々なADC製剤が開発、臨床試験中のようです。T-DM1は、今のところ奏効率が高く、副作用が少ないという理想的な薬剤になりつつあります。今後もこのような薬剤が出てきて欲しいですね!

2010年10月19日火曜日

乳がん治療後の妊娠・出産

若年発症の乳がん患者さんにとっての大きな心配事は、乳がんになっても妊娠して大丈夫か、ということです。私もネットを介して何度か相談を受けたことがあります。

昔は妊娠・出産は再発を促すので禁止ということを指導されていましたが、最近の報告では妊娠・出産は乳がん患者の予後を悪化させないという考え方が一般的になってきています。ただ、術後補助療法を中止して妊娠・出産しても大丈夫かどうかまではっきり書かれた報告はないように思います。基本的には術後必要な補助療法を行なった後に妊娠するのであれば予後を悪化させない、と考えるのが正しいのではないでしょうか。

今回、第35回欧州臨床腫瘍学会(ESMO 2010;10月8~12日,イタリア・ミラノ)でJules Bordet Institute(ベルギー)らが発表した報告もこの考え方を支持するものです。概要を下に示します。

対象:1988~2006年に40歳以下で乳がんと診断され,治療完遂後に妊娠した患者32人中、回答を得た20人。乳がんと診断された当時の年齢の中央値は32歳(27~37歳),出産時の年齢の中央値は36歳(30~43歳)。

結果:授乳を行っていたのは回答者の半数の10人。そのうち4人は出産後1カ月以内に授乳を中止していたが,授乳に関するカウンセリングを受けていた6人は出産後7~17カ月(中央値11カ月)にわたって授乳していた。また,温存手術を含め乳腺切除を受けている場合は授乳期間が短くなる傾向にあり,ボディーイメージが授乳行動に影響することも示唆された。授乳をしない主な理由としては「安全だと知らなかった」,「授乳できないと思っていた」など。進行例は授乳者と非授乳者それぞれ1人ずつであり,出産後の追跡期間中央値48カ月において回答者20人はすべて生存していた。

この報告は比較試験ではなく、観察期間も短く、症例数も少ないのでエビデンスレベルは低いものですが、今後妊娠を希望されている若年乳がん患者さんには心強いデータだと思います。

妊娠可能年齢ぎりぎりで妊娠を希望されている場合には、5年間のホルモン療法はかなり決断のいることだと思います。可能なら補助療法は行なうべきではありますが、再発リスクと秤にかけて主治医とよくご相談の上、慎重に判断されるのがよいと思います。