2011年2月28日月曜日

潜在性乳がん(occult breast cancer)

原発巣が臨床的に明らかではなく、転移巣が先に見つかった乳がんを潜在性乳がん(occult breast cancer)と言います。腋窩リンパ節転移で発見されるケースが多いようですが、骨転移などの臓器転移がきっかけで原発巣が乳がんと診断されるケースもあるようです。

1907年にHalstedが腋窩リンパ 節転移を初発症状とし、かつ乳房に異常を認めない乳がんの3例を発表したことが潜在性乳がんの最初の報告です。全乳がんにおける潜在性乳がんの頻度は0.26%-0.67%と非常にまれと言われています。触診のみのHalstedの時代とマンモグラフィや超音波検査が行なわれるようになった近代とMRが行なわれている現代とでは、当然、原発巣に対する描出能が異なりますので、厳密な定義から言えば潜在性乳がんの頻度は低下しているはずです。

当院でも最近、潜在性乳がんの1例を経験しましたが、これが当院における2例目です。いずれも大きな腋窩リンパ節転移でがんの診断が下されましたが、マンモグラフィ、超音波検査、MRのいずれにおいても乳房内に原発巣を描出することはできませんでした。

転移巣が先に見つかった場合、原発巣が乳房であると推定する根拠は、転移巣の病理学的な検索(免疫染色など)によります。これでも原発巣がわからない場合は”原発不明がん”として取り扱いますが、腋窩リンパ節転移の場合は、頻度的にも原発巣が乳房である場合がほとんどですので診断は比較的容易です。鑑別として重要なのは、腋窩にできる”副乳がん”と、腋窩まで伸びた乳腺(axillary tail)発生の原発性乳がんです。これらを鑑別するためには乳腺の外上部と連続して腋窩リンパ節を切除する必要があります。

潜在性乳がんの手術は、以前は乳房全摘が必須とされていました。しかし全摘した乳房内に原発巣を確認できるのは、詳細な病理学的検索を行なっても約7割と言われています。

現在、術式の選択については統一した見解はありません。Foroudiらが20例の潜在性乳がん患者において乳房に対する局所療法(乳房全摘もしくは乳房照射)を行ったものは行っていないものと比較して有意に高い生存率であったと報告している一方で、乳房全摘や乳房照射などの乳房局所治療を行わず、経過観察中に乳房の異常が認められた時点で乳房局所治療を行った潜在性乳がん患者は早期に乳房局所治療を行った患者と比較して予後に変わりはなかったというMersonらの報告や、乳房切除と乳房照射の間で予後の差は認めなかったので乳房全摘は過大侵襲であるというVlastosらによる報告もあります。

ですから乳房を切除して原発巣を検索するのが原則ではありますが、患者さんの希望によっては手術は腋窩リンパ節郭清のみで全身療法を強力に行ない、乳房は厳重に経過観察するという選択肢や乳房に関しては照射を行なうという選択肢もありだと私は考えています。

*追記
なおNCCNのガイドライン(2011年版)では、「MRI陰性疾患患者に対する治療勧告は リンパ節の状態に基づいている。T0、N1、M0 疾患を持つ患者についての選択肢には、乳房切除術と腋窩リンパ節郭清の併用、または腋窩リンパ節郭清とリ ンパ節照射を伴うもしくは伴わない全乳房照射の併用のいずれかが含まれる。」と書いてありますが、全乳房照射で良いとする根拠は少数の比較試験ですので、十分なエビデンスがあるとまでは言えません(http://www.jccnb.net/guideline/images/gl_2011_2.pdf)。

2011年2月27日日曜日

サプリメントに期待すること

今日、用事があったので近くのチェーン店の大型薬局(ツ○ハ)に行ってきました。

ついでにサプリメントのコーナーを覗いてきましたが…。サプリメントの種類がものすごい!

鉄、亜鉛、マグネシウムなどの元素からアミノ酸関連の筋肉増強剤、ダイエット・美容関連、ビタミン、マムシエキスやマカなどの滋養強壮剤、視力回復のブルーベリーやカシス、そしてプロポリスやサメ軟骨、フコイダンなどのがん関連のサプリなどなど…。

やはり気になるのはがん関連のものですが、もちろん、きちんとした薬局では「がんに効果がある」などと書いた商品は置いていません。しかし、逆に何も書いていないと何のために服用するのか不明瞭です。「健康増進目的」とか書いていてもそれだけでは普通は買いませんよね。やはり、すでに消費者の頭の中に「がんに効果があるのではないか?」というイメージが出来上がっているために、あえて効果を具体的に書かなくても買っていくのだと思います。

このような薬局で売っている商品は値段も許容範囲内です。プロポリスやフコイダンも1ヶ月分で2000-3000円前後のものが多かったのではないかと思います。ネットでは10000-20000円もするようなものも売られています。もちろん、販売者は「ものが違う」と主張するのかもしれませんが、それなら「ものが違う」ことによる具体的な効果の違いの無作為比較試験の結果を公表すべきです。そもそも無治療との比較試験もほとんどありませんから他社製品との人体における効果の比較試験などないはずです。

こう書くと、私が全面的にサプリメントを拒否しているかのように思われるかもしれませんね。しかし最初からこのブログを見て下さっている方はおわかりかと思いますが、私は患者さんがサプリメントなどの代替補完療法を希望された場合には、標準治療を受けた上で補助的に行なったり、標準治療が効果がないような症状や病状の場合には許可しています。これは私自身も自分の家族に対してもこのような代替補完療法の効果を期待した経験があるからです。プライベートな話になりますので詳細については書きませんが、がん患者さんがこのような代替治療を求める心情は十分に理解できます。ただ、あくまでも標準治療が基本であるということには変わりありません。標準治療に問題があるのであれば、それをより安全に、効果的に行なえるように工夫することが第1で、安易に標準治療を捨てて代替治療に走るべきではありません。

一番悪質なのは、標準治療を否定して、高額な代替治療を勧める人たちです。その次に問題なのは、標準治療を否定はしませんが(場合によっては併用で)、あたかも効果が確認されているかのように代替治療を勧める人たちです。いずれも医学博士とか、がんの専門医(正確には公式な意味での専門医ではありません)という肩書きの医師が関与していることがさらに問題なのです。このような人たちには十分に注意して下さい。

サプリメントなどの代替治療は、あくまでも代替治療です。いずれきちんとした臨床試験を経れば標準治療になりうるかもしれないという意味では効果を否定することはできません。しかし、現時点で証明されていない以上、これを基本とした治療をお勧めすることはできません。標準治療に心理的効果も含めた相加効果を期待する治療と考えるべきだと私は考えています。

2011年2月24日木曜日

抗癌剤の副作用15 B型肝炎ウイルスの再活性化


抗がん剤を使うと白血球が低下し、免疫力が一時的に低下します。また、副作用予防目的などでステロイドを併用することも多く、これも免疫力の低下を引き起こします。このように免疫力が低下した状態では、通常の状態では感染しないような病原体(クリプトコッカスなどの真菌やサイトメガロウイルスなどのウイルス、カリニ原虫など)に感染したり、体の中に潜伏していた病原体が再活性化することがあります。

後者で最近注目されているのがB型肝炎ウイルス(HBV)の再活性化です。

もちろん慢性肝炎などの持続感染状態の患者さんにおいて肝炎の悪化を引き起こす危険があるのは当然ですが、以前からHBs抗原陽性のHBVキャリアの患者さんでもこのような免疫低下状態では突然劇症肝炎を起こすことがあると言われていました。

ところが最近では、B型肝炎にかかって治癒したと考えられていたHBs抗原陰性、HBs抗体陽性の患者さんにおいてもHBVの再活性化が起きて劇症肝炎を起こすことが報告されるようになってきました。このような状態は”de novo B型肝炎”と呼ばれています。

まず肝炎ウイルスに関する検査所見の概要についてご説明します。

①HBs抗原(+)、HBs抗体(-)…HBVの持続感染状態。このうち、HBe抗原が陽性だと感染力が強いと言われています。またHBs抗原は陽性ですが肝機能が正常で肝炎をまだ発症していない状態を”HBVキャリア”と言います。
②HBs抗原(-)、HBs抗体(-)、HBc抗体(-)…HBV非感染者
③HBs抗原(-)、HBs抗体(+)…HBV感染の既往(またはワクチン接種者)
④HBs抗原(-)、HBs抗体(-)、HBc抗体(+)…HBV感染の既往

②の場合はまったくB型肝炎の既往がありませんので問題ありません。
問題は③④の場合です。以前は単なる”B型肝炎の既往”であり、”肝炎は治癒してウイルスが完全に排除された状態”だと考えられていました。しかし、このような患者さんにおいても免疫機能低下状態にさらされるとHBVの再活性化が起きることがあるということは、肝細胞内にHBVが”眠った状態”で潜伏している可能性があるということなのです。

一般に悪性リンパ腫の化学療法でHBVの再活性化が起きやすいと言われていますが、乳がんにおいても比較的起きやすいようです。特にアンスラサイクリン系のレジメン(FEC、EC、ACなど)で起きやすいようですが、アンスラサイクリン自体による影響に加えて、ステロイドを併用することも発症率を上げている要因かもしれません。

再活性化が起きた場合の劇症肝炎の発症率は17-42%と高率であるため十分な注意が必要です。

私たちの病院でも1例、HBV再活性化から劇症肝炎を併発した患者さんを経験しています。ですから、現在では厚生労働省班合同報告のガイドラインにのっとり、化学療法を施行する患者さんに対しては、HBS抗原、HBs抗体、HBc抗体をチェックするようにしています。そして図(参考資料より抜粋)のようなアルゴリズムにしたがって対応をしています。


(参考)
厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班劇症肝炎分科会および「肝硬変を含めたウイルス性肝疾患の治療の標準化に関する研究」班合同報告-.肝臓 50 巻1 号 38-42(2009)(http://www.jsh.or.jp/medical/date/09v50_38-42.pdf)

免疫抑制・化学療法により発症するB型肝炎対策ガイドライン(http://www.kensin-kensa.com/archives/cat15/b/)

2011年2月21日月曜日

文藝春秋3月号「私がすすめるがん治療」への疑問③

このシリーズは2回で終わる予定でしたが、今日、病院の図書室で「癌と化学療法(第38巻 第2号 2011.2)」を読んでいたら興味深い特集がありましたので追加します。

「がん治療における外科的治療の役割 肺がんーCT検診で外科的治療成績は著明に向上ー」(国立がんセンター東病院 呼吸器外科 前田亮先生)

今まではCTによる肺がん検診に関しては賛否両論があり、検診としてのエビデンスが十分ではないということで推奨されていませんでした。CTによって胸部単純撮影より小さながんが見つかるのはある意味当然です。しかし、近藤先生も書いていますが、検診の有効性を証明するためには、検診で発見された患者さんが検診以外で発見された患者さんよりも予後が良いというだけでは不十分なのです。

検診発見がんの中には一生命に関わらないがんもありますし(overdiagnosis bias)、検診ではスピードが遅い予後の良いがんが発見されやすく、スピードが速いタイプのがんは引っかからないというlength biasもあります。また、CTの場合は放射線被爆の問題もありますので検診を受けたことによって肺がん死亡が減っても他病死(他臓器がんも含めて)が増加してしまう危険性もあります(これはよく乳がん検診も含めた検診不要論者が主張する点です)。ですから、全死亡率が低下しなければ正確には検診の効果があるとは断定できないのです。

この論文の中には、全世界で行なわれている肺がん検診に関する臨床試験の中で最大の無作為比較試験であるNational Lung Screening Trial(NLST)の結果が書いてありました。これによると、ついに胸部単純撮影群に比べて低線量のヘリカルCT群において20%の肺がん死亡率減少と7%の全死亡率の減少が確認され(有意差あり)、2010.10に試験の中断が米国国立癌研究所(NCI)に勧告されたということです。

この臨床試験は「肺がんハイリスクグループ」が対象ですので全ての人が対象というわけではありませんが、CTの被爆リスクを考慮しても肺がんの早期発見が有益であることを初めて立証したことになります。

さて、文藝春秋3月号において、「がん早期発見のためのがん検診は無意味」と断定された近藤誠先生はこの結果をご覧になっていたのでしょうか?そしてどう反論されるのでしょうか?とても興味深いですね。

乳がん検診におけるマンモグラフィの乳がん死亡率の低下は立証されています。ただ、全死亡率の低下についてはエビデンスは不十分と言われています。早くきちんとした形で証明されると良いのですが…。ただ、もしマンモグラフィによって全死亡率が低下しないという結果が出たとしても、イコール乳がん検診は不要ということにはならないと思っています。マンモグラフィでは不十分なら、超音波検査、MRといった他の手段で死亡率低下を期待できる検診方法を追求するのが本当の医療者の姿ではないかと思っています。

乳癌の治療最新情報25 PARP1阻害剤3(iniparib 続報)

先日(2/2)NEJMに第2相試験でPARP1阻害剤の有効性が報告されたとお知らせしたばかりですが、なんと第3相試験ではiniparib併用群は,全生存期間と無増悪生存期間の有意な改善を認めなかったということがSanofi-Aventis社から発表されました。

詳細は不明ですが、この第3相試験は,米国109施設が参加して行われたもので,これまで2次治療まで経験したトリプルネガティブ転移性乳がん患者519例を対象として,ゲムシタビンとカルボプラチン併用の化学療法単独群と化学療法にiniparibを併用する群を,全生存期間と無増悪生存期間を主要評価項目として効果を比較しましたが、iniparib併用群は化学療法単独群と比較して有意な改善を認めなかったとのことです。

これをもってiniparibがまったく無効というわけではありませんが、なぜ第2相試験で有効とされたのに、第3相試験で異なる結果が出たのか、詳細な検討が必要です。患者さんの背景(年齢やさまざまなバイオマーカー、治療経過、転移部位や程度など)で効果に差があるのかもしれません。

国内でも臨床試験が始まっていて非常に期待されているPARP1阻害剤ではありますが、高価な薬剤ですので慎重な検討を望みます。そしてより効果的な投与基準が判明することを期待しています。

2011年2月19日土曜日

乳がん検診無料クーポン そろそろ期限です!

昨年は2−3月に駆け込みラッシュがありましたが、今年は今までのところ昨年ほどのバタバタした感じはありません。

昨年の教訓を生かして早めにクーポンを利用していたというのもあるかもしれませんが、昨年より利用者が減っているのではないかという印象もあります。昨年度は初年度ということもあって新聞などでクーポン券のことが取り上げられたりしていましたが、今年はマスコミに取り上げられているのを見た記憶がありません。乳がん検診受診率を上げるためには、啓蒙を継続することが大切なのですが熱が冷めてしまったのでしょうか。

とはいえ、昨年ほどではありませんが最近、少しずつ検診受診者は増えています。今日、明日と連日で乳がん検診の担当になっていますが、今日の受診者を見るとクーポン利用者が圧倒的に多かったようです。特に40才のクーポン利用者が多く来院されていました。その中の約半数は初めてのマンモグラフィということでしたので、土曜日に働いたかいがありました。

その中で一人、こんな方がいらっしゃいました。

昨年6月に満40才で偶数年齢のマンモグラフィ併用自治体検診を当院で施行、昨年10月には職場の検診でマンモグラフィを受け、そして今日、無料クーポンがあるとのことでマンモグラフィ検診を希望して来院されたのです。1年も経たないうちに3回はいくらなんでも多すぎです。マンモグラフィのような被爆を伴う検査は、受ければ受けるほど良いというわけではありません。今後も職場の検診は毎年受けられるということでしたので、ご本人にマンモグラフィのdemeritについても詳しくご説明し、今回はキャンセルすることにしました。

これは、自治体検診の対象者が誕生日起算の偶数年齢(2年に1回)、無料クーポンの対象者は4/1起算の5年間隔(40-60才)というずれと、クーポン券が届くのが遅れる(7月頃)ことによるものです。この方のように無料クーポン券が届く前に自治体検診を受けてしまうと、クーポンが届いた後3月末までにもう一度受けることができるような状況になっているのです。できることなら起算日は誕生日に統一して、個人個人の誕生日の前々月くらいに無料クーポンが届くようなシステムが良いのではないかと思っています。本当は隔年の自治体乳がん検診すべてを無料にできれば一番良いのですが…。今の地方と国の財政状況からは厳しいですよね。

いずれにしても今回の無料クーポン券の使用期限は3月末までです。直前だと予約が取れない可能性がありますので、早めに申し込みましょう!

2011年2月15日火曜日

文藝春秋3月号「私がすすめるがん治療」への疑問②

前回からの続きです。

④呼吸困難の患者さんに対してモルヒネの点滴で苦痛を取ることを「安楽死の一種」と書いていますが、これは誤解を招く表現です。
もしそうであれば緩和医療に携わる医師は常に患者さんを安楽死させていることになります。モルヒネの投与は「苦痛を取る」ことが目的であり、「患者さんの死期を早める」ことが目的ではないからです。

⑤抗がん剤を勧める主治医から逃れる方法として、「内服の抗がん剤を処方させておいて、実際は飲まない」ことが一案だと推奨しています。
こういうことを保険医でもある医師が堂々と勧めることに驚愕します。医療費は患者さん個人だけではなく、国民みんなで負担しているものです。それを飲みもしないのに嘘を言って処方させてどぶに捨てるような方法が正しいわけがありません。
勧められた治療法に納得できなければ、まず自分の治療に対する希望を伝え、十分に主治医と話し合うことを推奨すべきだと私は思います。どうしても理解しあえなければセカンドオピニオンを考えれば良いのです。もちろん近藤先生の外来を受診したければ紹介してもらえば良いことです。

⑥「無症状転移がん」に関する記述についても納得できない部分はありますが、ここは水掛け論になりやすい部分でもあり、腫瘍内科の専門家の先生におまかせします。
ただ抗がん剤の作用と副作用の機序に関する記述にcell cycleに関することがまったく出て来ないことに違和感を感じるのは私だけでしょうか?また、がん細胞と正常細胞は遺伝子的に似ているからがん細胞を殺すなら正常細胞も必ず殺す、正常細胞はがん細胞より弱いので、がん細胞を根絶させる量を使えない、したがって抗がん剤ではがんは治らない、というのは完全に間違ってはいませんが論理が飛躍しすぎているように思います(理由は術後補助療法の部分で)。

⑦閉経前ホルモン感受性乳がんの再発治療に関する部分でホルモン抑制剤(ゾラデックスやリュープリン)を外科医が勧めるのは、製薬会社と外科医や腫瘍内科医が結びついているから(つまり、自分たちのもうけのため)だという記述について。
根拠のない言いがかりはやめてもらいたいです。経済面だけ考えると近藤先生が推奨する放射線治療、もしくは手術で卵巣摘除をするのが良いのは百も承知です(個人的には放射線より効果が確実な手術のほうが良いと思っていますが)。私たちは患者さんにも選択肢を提示しています。しかし、女性としては機能的には同じであっても回復可能な卵巣が体にあるのと、卵巣を摘出したり機能が完全に根絶するのとでは精神的なQOLが違う場合も多いのです。このあたりの微妙な心理状況はわかる人にはわかるし、わからない人にはわからないのでしょう。
そして、もともとは体にメスを入れずに卵巣摘除と同じ効果を得ることができる治療としてホルモン抑制剤が開発されたという経緯をまったく考慮に入れていないのが残念です。どうしても外科医や腫瘍内科医を悪者にしたいのでしょうか?

⑧ビスフォスフォネート療法の記述についても書きたいことはありますが詳細は省略します。
ただ、骨吸収抑制効果が桁違いに異なり、保険適応も異なるアレディアとゾメタを同列に論じている点、アレディアの新骨病変発生までの期間の効果を示したグラフに対する否定的な解釈(アレディア投与から効果発現までに時間を要する可能性なども考慮せずにグラフが不自然なので人為的操作が加わったと断定している)、ゾメタは疼痛、病的骨折などの骨関連事象減少効果が臨床試験によって証明されていることに関して(意識的に?)触れていない点、溶骨性骨転移巣において破骨細胞の働きを抑制して骨硬化をきたす作用があることが明らかであるのに、「骨を硬化する能書きが嘘」と論じている点などを見ると、十分に論文を検討して書いているのか疑問を感じます。

そして結局またがんもどき理論に戻って話を終えていますが、この件については今までも多数の反論がされていますので詳しくは触れません。ただ、術後補助療法が明らかに生存率を改善している点だけから考えても、この理論は間違っていると思います。もし近藤先生が主張するような何もしなくても一生命に関わらない「がんもどき」と何をしても助からない「本物のがん」の2種類しかないのであれば、術後補助療法で生存率が改善することはないはずです。術後補助療法で改善した生存率に相当する患者さんたちは、「何もしなければ再発で命を落とした」患者さんたちです。つまり、手術時にすでに他の臓器にあった微小な転移巣が「術後補助療法で根絶された」患者さんたちなのです。したがって近藤先生のおっしゃる「がんもどき」と「本物のがん」の間にあるがんは存在するのです。

そしておそらく近藤先生のおっしゃる「がんもどき」はまれには存在するようですが、あくまでもまれであると思われます。乳がんを例にとるとほとんどのがんは、転移能力を持たない非浸潤がん→脈管内に侵入して転移する前の浸潤がん(ここまでは手術のみで治癒する)→術後補助療法で微小遠隔転移巣が根絶できるがんまたは術後補助療法を行なっても微小遠隔転移巣を根絶できないがん(→治癒または再発)→最初から転移が明らかながん、という経過を取ると考えるのが普通だと思います。そして仮に「がんもどき」が存在しているとしても、その患者さんのがんが「がんもどき」なのか、進行していくがんなのかは今の医療レベルでは区別がつきません。

乳がんの場合、ほとんどの浸潤がんは非浸潤がんから発生します。仮に「本物のがん」が治癒しないものであったとしても、もとは非浸潤がんだったはずです。この時点では転移能力を持ちません。乳管内にはリンパ管も静脈もないから転移できないからです。もちろん、浸潤がんであってもすぐに静脈内やリンパ管内に入るわけではありませんから、「本物のがん」(遠隔転移を伴い、治癒しない)になる運命を持ったがんであっても早期に発見すれば助かる可能性はあるはずです。であれば、検診、早期発見、早期治療が無意味だとは言えないはずです。

長くなりましたが、個人的な感想を書いてみました。難しい話になってしまい申し訳ありません。