2011年2月15日火曜日

文藝春秋3月号「私がすすめるがん治療」への疑問②

前回からの続きです。

④呼吸困難の患者さんに対してモルヒネの点滴で苦痛を取ることを「安楽死の一種」と書いていますが、これは誤解を招く表現です。
もしそうであれば緩和医療に携わる医師は常に患者さんを安楽死させていることになります。モルヒネの投与は「苦痛を取る」ことが目的であり、「患者さんの死期を早める」ことが目的ではないからです。

⑤抗がん剤を勧める主治医から逃れる方法として、「内服の抗がん剤を処方させておいて、実際は飲まない」ことが一案だと推奨しています。
こういうことを保険医でもある医師が堂々と勧めることに驚愕します。医療費は患者さん個人だけではなく、国民みんなで負担しているものです。それを飲みもしないのに嘘を言って処方させてどぶに捨てるような方法が正しいわけがありません。
勧められた治療法に納得できなければ、まず自分の治療に対する希望を伝え、十分に主治医と話し合うことを推奨すべきだと私は思います。どうしても理解しあえなければセカンドオピニオンを考えれば良いのです。もちろん近藤先生の外来を受診したければ紹介してもらえば良いことです。

⑥「無症状転移がん」に関する記述についても納得できない部分はありますが、ここは水掛け論になりやすい部分でもあり、腫瘍内科の専門家の先生におまかせします。
ただ抗がん剤の作用と副作用の機序に関する記述にcell cycleに関することがまったく出て来ないことに違和感を感じるのは私だけでしょうか?また、がん細胞と正常細胞は遺伝子的に似ているからがん細胞を殺すなら正常細胞も必ず殺す、正常細胞はがん細胞より弱いので、がん細胞を根絶させる量を使えない、したがって抗がん剤ではがんは治らない、というのは完全に間違ってはいませんが論理が飛躍しすぎているように思います(理由は術後補助療法の部分で)。

⑦閉経前ホルモン感受性乳がんの再発治療に関する部分でホルモン抑制剤(ゾラデックスやリュープリン)を外科医が勧めるのは、製薬会社と外科医や腫瘍内科医が結びついているから(つまり、自分たちのもうけのため)だという記述について。
根拠のない言いがかりはやめてもらいたいです。経済面だけ考えると近藤先生が推奨する放射線治療、もしくは手術で卵巣摘除をするのが良いのは百も承知です(個人的には放射線より効果が確実な手術のほうが良いと思っていますが)。私たちは患者さんにも選択肢を提示しています。しかし、女性としては機能的には同じであっても回復可能な卵巣が体にあるのと、卵巣を摘出したり機能が完全に根絶するのとでは精神的なQOLが違う場合も多いのです。このあたりの微妙な心理状況はわかる人にはわかるし、わからない人にはわからないのでしょう。
そして、もともとは体にメスを入れずに卵巣摘除と同じ効果を得ることができる治療としてホルモン抑制剤が開発されたという経緯をまったく考慮に入れていないのが残念です。どうしても外科医や腫瘍内科医を悪者にしたいのでしょうか?

⑧ビスフォスフォネート療法の記述についても書きたいことはありますが詳細は省略します。
ただ、骨吸収抑制効果が桁違いに異なり、保険適応も異なるアレディアとゾメタを同列に論じている点、アレディアの新骨病変発生までの期間の効果を示したグラフに対する否定的な解釈(アレディア投与から効果発現までに時間を要する可能性なども考慮せずにグラフが不自然なので人為的操作が加わったと断定している)、ゾメタは疼痛、病的骨折などの骨関連事象減少効果が臨床試験によって証明されていることに関して(意識的に?)触れていない点、溶骨性骨転移巣において破骨細胞の働きを抑制して骨硬化をきたす作用があることが明らかであるのに、「骨を硬化する能書きが嘘」と論じている点などを見ると、十分に論文を検討して書いているのか疑問を感じます。

そして結局またがんもどき理論に戻って話を終えていますが、この件については今までも多数の反論がされていますので詳しくは触れません。ただ、術後補助療法が明らかに生存率を改善している点だけから考えても、この理論は間違っていると思います。もし近藤先生が主張するような何もしなくても一生命に関わらない「がんもどき」と何をしても助からない「本物のがん」の2種類しかないのであれば、術後補助療法で生存率が改善することはないはずです。術後補助療法で改善した生存率に相当する患者さんたちは、「何もしなければ再発で命を落とした」患者さんたちです。つまり、手術時にすでに他の臓器にあった微小な転移巣が「術後補助療法で根絶された」患者さんたちなのです。したがって近藤先生のおっしゃる「がんもどき」と「本物のがん」の間にあるがんは存在するのです。

そしておそらく近藤先生のおっしゃる「がんもどき」はまれには存在するようですが、あくまでもまれであると思われます。乳がんを例にとるとほとんどのがんは、転移能力を持たない非浸潤がん→脈管内に侵入して転移する前の浸潤がん(ここまでは手術のみで治癒する)→術後補助療法で微小遠隔転移巣が根絶できるがんまたは術後補助療法を行なっても微小遠隔転移巣を根絶できないがん(→治癒または再発)→最初から転移が明らかながん、という経過を取ると考えるのが普通だと思います。そして仮に「がんもどき」が存在しているとしても、その患者さんのがんが「がんもどき」なのか、進行していくがんなのかは今の医療レベルでは区別がつきません。

乳がんの場合、ほとんどの浸潤がんは非浸潤がんから発生します。仮に「本物のがん」が治癒しないものであったとしても、もとは非浸潤がんだったはずです。この時点では転移能力を持ちません。乳管内にはリンパ管も静脈もないから転移できないからです。もちろん、浸潤がんであってもすぐに静脈内やリンパ管内に入るわけではありませんから、「本物のがん」(遠隔転移を伴い、治癒しない)になる運命を持ったがんであっても早期に発見すれば助かる可能性はあるはずです。であれば、検診、早期発見、早期治療が無意味だとは言えないはずです。

長くなりましたが、個人的な感想を書いてみました。難しい話になってしまい申し訳ありません。

2 件のコメント:

リリー さんのコメント...

またしてもK先生のコメントが議論を読んでますね。これってやはり出版社の思うつぼなのでは? 賢い患者はこんなセンセーショナルな記事には惑わされません。個人的にすごく疑問なのは、K先生が所属されるK大病院は何も反論されないのでしょうか? ここで抗がん剤治療されている患者さんも沢山いらっしゃるはず。私だったら病院に不信感を持ちます。
抗がん剤の副作用は確かにきついです。でもそれを乗り越えて今がある経験者の方もたくさんいらっしゃいます。すべての闘うがん患者、サバイバーに対してK先生のご意見はとても失礼だと感じるのは私だけでしょうか?

お忙しい中、きっちりご意見を述べていただきありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>リリーさん
K大の対応は本当に不思議ですよね(笑)
がんに対して手術も抗がん剤も意味がないと主張している医師がいる病院でがんの手術や抗がん剤を積極的にしているわけですから。なんらかの公式のコメントがあっても良さそうなものですが噂しか流れてきません。
リリーさんがおっしゃるようにつらい副作用に耐えながら頑張って治療を受けている患者さんにとっては聞きたくない話ですよね。近藤先生は正しいと信じて患者さんへの親切のつもりで書かれているのでしょうが、もしその理論が間違っていた場合には多くの患者さんに不利益を与えることになります。非常に勇気のある主張であるのは認めますが…。