2009年8月26日水曜日

ホルモン補充療法と乳癌

外来をしていると時々、”私は橋本病で甲状腺ホルモン剤を飲んでいるんですけど、ホルモン剤を飲んでると乳癌になりやすいんですか?”と聞かれることがあります。

乳癌と関係があるのは、ホルモン剤の中でも女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)のことです。

乳癌と女性ホルモンの関係はかなり昔からわかっていました。乳癌患者さんの卵巣を切除すると乳癌が自然に小さくなることがあることから、女性ホルモンは乳癌を大きくする(再発をうながす)作用があるということが推測されたのです。女性ホルモンを抑えることが治療になるとわかり、その後の内分泌療法につながっていきました。

このころから、女性ホルモンは乳癌を大きくするだけではなく、発癌させる作用もあるのではないかと想像されていました。その後、動物実験や閉経後のホルモン補充療法を受けている患者さんに乳癌の発生率が高いかどうかの疫学的研究がさかんに行われるようになりました。

若干異なる結果もありましたが、現在一般的に考えられているのは、
”ホルモン補充療法(エストロゲン+プロゲステロン)は乳癌の発生率をわずかに増加させる(1.2-1.3倍)”
ということです。

ただし、乳癌発生率は上げますが、乳癌死亡率は増加させないとも言われています。これは、ホルモン補充療法を受けている患者さんは、一般の人より定期的に乳房検査を受けていることが多いために、早期癌で見つかる率が高いからだと推測されています。

また、閉経前に女性ホルモン剤を投与する場合に(避妊目的の低用量ピルや子宮内膜症治療のためなど)、乳癌発生率を上げるかどうかについては完全な結論は出ていません。乳癌の発生率を上げるという報告もあるため、一応、低用量ピルであっても注意するように言われてきましたが、私自身は疑問に思っています。なぜなら、低用量ピルを閉経前の女性に投与した場合、卵巣からの内因性の女性ホルモンの分泌は停止します。薬として体内に入る女性ホルモンのみになるのです(もともとの女性ホルモンに薬がプラスされるわけではありません)。低用量の場合、本来自然に卵巣から分泌される女性ホルモンより総量は低下すると言われています。ですから子宮内膜症(女性ホルモンの過剰な刺激で起きる)の治療になるのです。女性ホルモンの刺激が自然の状態より少なくなるのであれば、乳癌の発生率を上げるとはあまり思えないのです。ただ、子宮内膜症の患者さんと健常女性とはホルモン環境が異なるかもしれませんし、単純に女性ホルモンの総量だけの問題ではないかもしれませんので、確かなことは言えません。しかし、閉経後(本来女性ホルモンほとんどゼロに近い)にホルモン補充療法をする場合よりは影響は少ないのではないかと思います。

なお、「疫学・予防ー乳癌学会/編(2005年版)/ガイドライン」においては、「経口避妊薬使用は乳癌の危険因子になるか」というResearch Questionに対して、「エビデンスグレードⅢ 危険因子になるという強い根拠はない」という結論になっています(http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0006/1/0006_G0000116_0019.html)。

4 件のコメント:

mafu さんのコメント...

先日、先生のこのブログを知り、全部読ませていただきました。
私が知りたいことや医師からみた意見などは、どれも本当に参考になります。
これからもよろしくお願いいたします。
私も結婚前まで札幌におりました。今でも主人の実家が札幌なので帰省します。
乳がん患者2年生です。
女性ホルモンのことでは、大豆製品の摂取についてはどのようにお考えですか?
積極的に食事としていただくのは、ホルモン陽性乳がんには、良い作用をするのでしょうか?
追記:40代なかばですが、マンモでも人間ドック(PET)でも発見できず、超音波検査で浸潤した小さな腫瘍のみ発見されました。
手術してみると、非浸潤がんがほとんどだったのですが、乳管からでる前に(非浸潤の時に)発見する方法はないものでしょうか?

hidechin さんのコメント...

mafuさんへ
はじめまして。ブログ読んでいただきありがとうございます。

さて、大豆製品についてですが、大豆に含まれるイソフボンは植物エストロゲンと呼ばれるものの一種で、当初女性ホルモンに似ているので乳癌を悪化させるという誤った情報も流れましたが、その後の検討で、大豆製品を多く摂取している地域には乳癌が少ないことから、乳癌の発生に対して抑制的に作用すると推測されています。なお、乳癌の術後に投与するタモキシフェンもエストロゲンに似た構造を持っていますが、エストロゲンレセプターに結合して、エストロゲンの作用を妨げることによって乳癌の増殖を抑えることがわかっておりますので同じような作用なのかもしれません。しかし、タモキシフェンと同様に乳癌の再発を予防する効果があるかどうかについてはまだ結論が出ていません。
ですから今の時点では大豆製品を積極的に摂取するべきかどうかはわからないというのが現状です。

なお、mafuさんは非浸潤癌ではなかったようですが、大部分が非浸潤癌だったということですから、negativeに考えるのではなく、超音波検査を受けて良かった、と考えるべきではないかと思いますよ。おそらく普通に検診(マンモグラフィ)を受けていたら、診断されたのは数年後で、おそらくもっと浸潤していたはずですからね。超音波検査で偶然非浸潤癌が見つかることはありますが、むしろこの検査の最大の利点は、マンモグラフィで見落とされる可能性のある浸潤癌をできるだけ早くに見つける、ということだと思います。
どんなに診断精度が高くなってもすべての乳癌を非浸潤癌で診断するのはかなり困難です。治癒できる状態で見つけることが当面の最も重要な課題だと私は考えています。

kimity0115 さんのコメント...

女性ホルモンと乳がんとの関連性はとても一言では説明できないほどの奥深いものがありそうですね。
医師によって、とらえ方や解釈も微妙に違っているような気もします。

私は主治医に、女性ホルモンを食べて増殖するタイプのガンなので閉経状態にすると説明受けた時は、かなり衝撃的でした。

患者はその関係性の深いことまではわからないので、まだ30代の閉経前で女性としての機能がある身体なのに、私は女性でなくなるのか??とか、
閉経した女性の身体になってしまうって?・・
心と身体が一致しなくなってししまいそうで不安でした。

内分泌療法は抗がん剤などの副作用に比べると身体的には負担は少ないかもしれませんが、ホルモン補充療法ともに、女性らしさをコントロールする治療とういうことを考えると、精神的にはこっちのほうがはるかに女性にとってダメージは大きい問題であると思います。

いろんな意味で安心して受けたいものです。

hidechin さんのコメント...

kimity0115さんへ
たしかにホルモン療法のほうが治療期間は長いし、若い患者さんにとっては精神的、肉体的影響は大きいかもしれませんね。

ブラックジャックに如月先生という女医さんが出てくるのご存知ですか?漫画の中では、如月先生はブラックジャックがインターン時代の恋人だったのですが卵巣癌になってしまい、その手術をブラックジャックが執刀して両側卵巣と子宮を切除して治したんです。でもストーリーでは、その結果、如月先生は”女じゃなくなった”とされ、その後、男性の船医として働くという内容です。

子供のころはそうなのか…と思いましたが、今は、なぜブラックジャックは手術をした如月先生をそのまま恋人として受け入れなかったのかが不思議です。卵巣機能を失っても女性は女性です。性同一性障害のように、卵巣があっても精神は男性、ということもあります。卵巣の有無や機能だけで女性かどうかを決めるわけではありません。たしかに体の変調はつらい場合もありますが、私のまわりにはそのような状態でも、女性らしい素敵な患者さんがいっぱいいらっしゃいますよ。女性ホルモンももちろん大切ですが、”女性であるという気持ち”が最も大切なのだと思います。きっと脳の中に女性らしさの中枢があるからなのでしょうね。