2010年5月28日金曜日

研究会参加報告

昨日も是非参加したい研究会があったのですが、諸事情で出席できませんでした。今日は都合がつけれたのでC社主催の研究会に参加してきました。

講演は、『ER陽性HER2陰性乳癌の治療』に関するものと『高齢者におけるHER2陽性乳癌の治療戦略』についてでした。

前者は今度の乳癌学会の発表内容と関係があり、後者はうちの病院の実情(高齢者が非常に多い)と関連が深いため、興味があって参加しました。内容をすべて書くことはできませんが、なかなか興味深いお話でした。

前者の講演では術前内分泌療法の臨床試験(N-SAS BC07 NEOS)の中間報告やER陽性、HER2陰性症例に対して化学療法をどういう場合に上乗せすべきかについてのディスカッションをしました。Oncotype DxやMammma Printなどが一般的ではない日本では、やはり適応の判断に迷う場合が多いようです。ちなみに残念ながら私の発表にプラスになるような話にはなりませんでした。

後者の講演はN-SAS BC07という臨床試験について詳しく説明がありました。これは高齢者のHER2陽性乳癌に対して、ハーセプチン単独とハーセプチン+抗がん剤を無作為に割り付ける比較試験です。始まったばかりで症例数はまだ少ないですが、両者にそれほど大きな差がなければ、ハーセプリン単独補助療法という高齢者に対する治療の選択を増やす大きな意義が得られるかもしれません。

週末で疲労が蓄積していましたが、勉強になった研究会でした。

7 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

本日先生のブログにたどり着き、わかりやすい解説と乳がん治療に対する真摯な姿勢に感心いたしました。
私も乳がん患者として、一つ質問させてください。近年乳がんが恐ろしい勢いで増えています。原因はわからないと言われてますが、どうしても原因が気になるのです。数年前ここでもとりあげられた「乳がんと牛乳」という本を読みました。先生の言われるとおり、そのまま信じ込むには問題があると思いましたが、実際に他の統計で見ても、乳製品の摂取量の多い国は乳がん罹患率も高いですよね。日本では20人に1人、アメリカでは7人に1人。デンマークやイギリスではもっと多いようです。これは人種の差ではないように思いますし、環境ホルモンがヨーロッパやアメリカで特に影響しているとも思えません。先生のお考えを教えていただけたらと思います。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
乳製品と乳癌の関連については以前2回ほど書いていますので繰り返しになりますが、私は関連を完全に否定しているわけではありません。
しかし、以下の点で理論的に不十分であるということです。

①乳製品の摂取が多い国では乳癌が多いとか、乳製品の摂取量の増加に比例して乳癌の発生が増えているというのは、現象であって因果関係ではないということ。乳製品摂取量の多い国では動物性脂肪の摂取量も多い傾向がありますし、肥満も多いです。欧米化のライフスタイルにも影響されているでしょう。どれが主たる原因かは、わからないはずなのに、乳製品だけ取り上げて因果関係があると考えるのはいかがでしょうか?

②乳製品の摂取量(カルシウム摂取量)が多い地域ほど全がん発生率が低いという疫学的な報告があること(ただしこれも他の要因が関係しているかもしれません)。

③乳製品が乳癌を増やすかどうかは、厳密に乳製品摂取量を制限した大規模な比較試験を行ない、長期にわたって観察を行なわなければ証明することはできませんが、このような食の嗜好を厳密に制御することは実施不可能であること。

④動物実験のデータは人間にはそのままあてはまらないこと。

⑤微量(一部の学者は”大量”と表現しています)のエストロゲンが乳製品に含まれていたとしても卵巣が機能している年齢ではネガティブフィードバックという機能が働き、血中濃度には影響しないこと。
初潮前の小児への暴露を問題視するのであれば、乳癌の発生から診断までの期間はおよそ5-10年なのでもっと若年者(10代や20代前半)の乳癌患者の増加があってもよいはずなのにそうではないこと。
閉経後の女性には多少の血中濃度への影響があるかもしれませんが(おそらく通常の検査で測定できないくらいの)、ホルモン補充療法に比べると非常に微々たる量であり、ホルモン補充療法でさえもその影響を証明するのにかなり多くの症例を比較しないと差を証明できなかったことから、乳製品中のエストロゲンの影響はほとんど無視できるのではないかと想像できること。

などです。長くなってしまいましたがご理解いただけましたでしょうか?

匿名 さんのコメント...

お忙しい中、丁寧に教えていただき感謝です。ありがとうございました。ただ、まだ幾分疑問が残ります。

①よく乳がんの原因に欧米風のライフスタイルと言われますが、漠然とし過ぎて具体的な理由がわかりません。私が3年間病院に通った限りでは、普通より肥満の患者が多いとは思えません。私自身も知り合いの乳がん患者もむしろ痩せ型です。あと海外在住の日本人の罹患率は、その国の水準になるそうです。乳製品なのか肉か脂肪か、いずれにしろ食事に深い関連があるのではないでしょうか?

②そうなんですね。知りませんでした。ただ酪農国や乳製品を多く摂っている国で、むしろ骨粗しょう症が多いというのはどういうことでしょうか?

③もその通りですが、ある程度生活習慣の地域差で、原因につながることがわかるのではないかなと思い、国別の食生活、病気に関する統計資料を探しましたが、探し方が悪いのか最近のものはなかなか手に入りません。わかる限り欧米は、タイやフィリピンの5倍から10倍の罹患率。平均寿命や他の病気との関連もあるでしょうけど、何か他に理由はないのでしょうか?また、中国は肉食は多いが患者数は少ない。でも上海など大都市では近年乳がんが増えてきているそうです。

④⑤さすが専門家のご意見。乳製品中のエストロゲンはもっと血液に影響が出るのだと思っていました。

幕内秀夫さんという方が、「乳がんから命を守る粗食法」という本を出しておられます。乳がん患者に食生活指導をされている栄養士さんの本です。その本によると、乳がん患者の大半は朝食がパンだとか。私もそうでした。パンには副菜として肉よりヨーグルトなど乳製品を摂ることが多いと思います。

何分素人で、情報源は不確かなネットからの情報が主です。専門家の方から見ると頓珍漢な質問だと思います。すみません。ただ、ここ30年で4倍以上でしょうか?これだけ罹患率が上がっていて、どこにも明確な原因が無いということが、どうにも納得できないのです。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
ご満足いただける返答になるかどうかわかりませんが、私なりの考えをお答えします。
①動物性脂肪の摂取量と乳癌の関係についてはいくつかの支持する報告があります。ですから食生活がなんらかの影響を及ぼしている可能性は十分にありますし、そのことについては今までも否定していません。乳製品に特定する根拠が不十分であるということです。
体格については特に閉経後の肥満が乳癌リスクを上げることは一定のエビデンスがあります。少なくとも戦後の日本人に比べると格段に体格が良くなったことは事実です(肥満とは限らず)。過栄養状態(動物性脂肪摂取量の増加などの影響も含めて)がなんらかの影響を及ぼした可能性は否定できないと思います。

②カルシウムの摂取不足だけが骨粗鬆症の原因ではありませんから、カルシウムを摂取すればすべての骨粗鬆症を予防できる、または治療できるとは限りません。カルシウムを摂取しても骨に吸収されなければ意味がないからです。実際、現在の骨粗鬆症の治療はカルシウムの投与だけでは不十分であることがわかっており、現在の主流はビスフォスフォネート療法になっています。
乳製品の摂取量が骨粗鬆症に関係があるという報告は私は聞いたことがありません。むしろこのような欧米の先進国では肉体労働が少なく、運動不足の人が多いことなども関係しているのかもしれませんね。

③タイやフィリピンと比べても因果関係の証明にはならないと思います。日本でもつい10年ほど前までは30人に1人が乳癌になる(米国は8人に1人)と言われていたのに今は20人に1人と言われています。平均寿命ももちろん違いますし、生活の欧米化(乳製品に限らず)で将来的にはわかりません。ライフスタイルの変化は食生活だけでなく、結婚率の低下と離婚率の増加、多産から少子化への変化、結婚年齢や初産年齢の遅れ、など欧米化によってホルモン環境に影響する原因は他にもあるのです。
なお中国のデータは不確実です。貧富の差が大きく、地方できちんとした治療を受けていない人が多かったり、統計の取り方が不十分だったりするからです。おそらく肉食が多いというのも都市部での傾向だと思いますよ。貧困に喘いでいる圧倒的多数の人々が豊かな肉食生活をしているとは思えません。

④⑤本来なら多数のボランティアに牛乳1000mlでも飲ませてみて、どのくらい血中エストロゲンに影響が出るのか公平かつ冷静に分析したデータを出してみるのが一番正しい方法だと思います。一定のお金さえあればできるのになぜこれらの研究者はそのデータを出さないのでしょうか?報告しているのはラットのデータばかりのように思いますが…。
乳癌患者さんの大半がパン食(副食に乳製品が多い?)、というお話ですが、このような後ろ向き研究は欧米でも報告されており、乳製品の摂取量に関する一定の傾向はなかったようです。このような後ろ向き研究はバイアスがかかりやすいため、信頼性に乏しい研究です。

”これだけ罹患率が上がっていて、どこにも明確な原因が無いということが、どうにも納得できないのです。”

→まったくごもっともです。が、原因がないわけではありません。特定できていないだけで原因があっての結果なのです。完全にその原因が特定されていないのに、牛乳摂取がすべてであるかのような主張は正しくないのではないかと申し上げているのです。
うがった言い方をすれば、”原因は特定できない”と書いた本は誰も買いません。売れるためにはインパクトが必要なので、過大な表現になりがちだということを理解したほうが良いと思います(もうすでに400万人以上の人がこの本を買ってしまっていますが…)。

gara さんのコメント...
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匿名 さんのコメント...

丁寧なご回答、ありがとうございました。かなり納得できました。
過剰な栄養や運動不足、初潮の低年齢化等、様々な原因が重なり合っているということですね。
インパクトのある題名でないと本が売れない、というのも納得です。患者の思いとしては、術後再発に怯えながら、何も対処する方法が無い、ということがとても不安なので、「乳製品が原因」というような簡単な答えがあれば、かなり気休めになるのです。でもそんなに簡単にはいかないものなのですね。
母も乳がんで、骨に転移して亡くなりました。私は幸い初期(ステージⅠ)で見つかりましたが、原因がわからないのであれば、今もその原因が積み重なり、いつか再発してしまうかも、と恐ろしくなります。
病気の治療方法はどんどん進んでいますが、一度病気になると長年再発の恐怖に怯えて、暮らさなければなりません。最初から病気にかからないに越したことはありません。たとえば乳がんに限りませんが、病気にかかった人の生活習慣(食生活、運動習慣など)のアンケート調査を行い、全国的に統計をとり分析すれば、何か予防方法が見えてくるのではないかな、と考えてしまいます。
長々とおつきあいいただき、ありがとうございました。今後もブログを拝見させていただきます。今後ともよろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
”患者の思いとしては、術後再発に怯えながら、何も対処する方法が無い、ということがとても不安なので、「乳製品が原因」というような簡単な答えがあれば、かなり気休めになるのです。”

→お気持ちは十分に理解できます。また、患者さん個人個人が、このような不安を解消する手段として乳製品を絶ったり、民間療法を併用されるのは私個人としてはかまわないと思っています。精神の安定、心の拠り所を求めるのは自然のことだと思いますし、結果的にそれが病状にプラスになる可能性もあります。
ただ、このような不確実(私は肯定も否定もしませんが乳腺外科医のほとんどが疑問を感じる内容ですし、世界的に乳製品を発がん物質と認定している国はありません)な情報を厳然たる真実であるかのように伝えることに関しては違和感を覚えます。
患者さんは皆さん、不安ですし、藁にもすがりたい気持ちでいらっしゃいます。そういうお気持ちに応えたい、最善の治療を提供したいと多くの乳腺外科医も思っているのです。
それなのになぜ乳製品を禁止させないのか?
それは誰もが納得するエビデンスがないからです。医学は統計学や疫学だけで説明できるほど単純ではありません。数字のトリックやバイアスという問題もあります。
牛乳否定派の方々は、異議を唱えると、”無知だ”とおっしゃいます。でももし本当に乳製品を絶って多くの乳癌患者さんが救われるのなら真っ先に治療に取り入れたいと私たちも考えているのです。
この本の著者の主張が10年後か20年後に正しいと証明されるかもしれません。逆ももちろんあり得ます。ですから繰り返しますが患者さん個人がこの考え方を信じることはいっこうにかまわないと思っています。