2011年1月22日土曜日

最近巷で噂の理論について

このブログには、前にも触れたように個人的な批判などを書くつもりはありません。しかし最近また首をひねりたくなるような内容の論調がマスコミを賑わしており、その影響がすでに患者さんにも及んでいる状況ですのでここで触れないわけにはいかなくなりました。

私は疫学の専門家ではなく、乳腺以外の領域の化学療法全般についての知識が豊富なわけでもありませんので、昨年末に文藝春秋に掲載された「抗がん剤は効かない」という論説全体に対して全面的な批判や反論をするつもりはありません。これに対しては週刊文春や週刊現代などでその筋の第一人者の先生が反論を載せていますし、ネット上でもこの執筆者(近藤誠先生)に対する反論は見ることができます(今回だけに限らず、1996年からたびたび話題になった論説に対する反論も含めて。下記をご参照下さい。)。

ブログ「がん治療の虚実」 …近藤誠氏の「抗がん剤は効かない」に対する反論(http://ameblo.jp/miyazakigkkb/)
→消化器がんの化学療法をされている先生のブログ。数回に分けてコメントされています。
掲示板「チームオンコロジー」 …近藤誠医師のがんもどき理論について(http://www.teamoncology.com/bbs/thread_dtl.php4?coid=1&cid=10&pg=&tid=1529)
→MD Anderson Cancer Centerの上野先生が質問に答えています。
雑誌「胃と腸」(1997年5月号 Vol.32,No.6)…早期胃癌から進行癌への進展(http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2989/itotyou.html)
→「がんもどき」理論に対する癌研内科丸山雅一先生らの反論です。
いいかげんにしろ 近藤誠君!珍説の再登場と『文藝春秋』の無責任(http://www.soiken.or.jp/pdf/iikagennishiro.pdf)
→2002年に発表した丸山先生の論説です。


近藤先生の理論は、今までの医学会における問題点を追求したという点においては評価すべきだと思いますし、実際に様々なデータを提示されており、納得できる内容もあります。

しかし、話題性を求める周囲の思惑なのかもしれませんが、あまりに極論すぎるのです。
特に「がんもどき」に関しては「検診で見つかるような早期がんは放っておいても命には関わらない」という考えを否定する症例をほとんどの臨床医は経験しているのです。もちろん放っておいても一生悪さをしないがんや、まれに自然治癒するがんもあると思います。しかし、現在の医学ではそれをすべて予測することはできません。ほとんどのがんは放っておくと大きくなり遠隔転移率も高くなると考えられています。

すべてのがんがそうであるかは、通常はがんと診断した時点で治療をしますからわかりません(当然ですが…)。不運にも検診で見逃されてしまった場合や患者さんが治療を拒否して経過観察した場合にのみその事実が明確になるのです。
私自身もそのような症例を経験しています。高齢であるために手術を拒否し、内視鏡で経過観察していた胃がんの患者さんは、粘膜内がんから立派な進行がんになっていきましたし、民間療法に走った乳がんの患者さんは数年の間に確実に大きくなり、結局手術を受けました。

基本的に例外を除いて画像で捉えられる大きさになったがんは放っておけば必ず大きくなります(甲状腺がんなどのようにきわめて進行が遅いがんもあるのは近藤先生がおっしゃるように事実ですが…)。そしてほとんどのがんは大きくなるにしたがって予後が悪くなるのも間違いのない事実です。こう書くと「大きくなるのには時間がかかるのだから、その成績の違いは見かけ上の問題だ(lead-time bias)」とおっしゃるかもしれません。本当にそうでしょうか?

例えば1cmの乳がんを検診発見された2人の女性がいたとします。Aさんはすぐに治療を受け、Bさんは5年間放置した後に4cmのしこりを手術しました(本当はダブリングタイムは約100日と言われていますので1cmのがんは約2年ちょっとで4cmになります)。近藤先生の理論によれば検診発見後の10年生存率は同じはずです。

癌研の腫瘍径別全生存率データによると、
1cmの場合→5年 97.0% 10年 93.1%
4cmの場合→5年 85.7% 10年 72.9%
です。Bさんの場合、5年間なにもしていなかったので5年後の生存率はAさんの5年生存率よりは少なくとも良くはありません。手術しなかったために再発して命に関わった可能性を近藤先生の理論にしたがって0%と仮定すると、5年後の生存率はAさんと同等なので97.0%です。この時点でBさんのがんは4cmになっていますのでここから手術したあとの5年後の生存率は85.7%です。最初の5年で生存していることが条件ですから、発見時から10年後の生存率は0.970×0.857=0.831(83.1%)ということになります。
つまり最初に手術したAさんの10年生存率(93.1%)に比べると明らかに低下しています(もちろんこれは非日常的な状況ですので正確な10年生存率ではなく机上の概算です)。

この例を見てわかるとおり、time-lead biasを考慮しても早期に手術した方が良いということになると私は思うのですが、皆さんはどう思いますか?

(参考資料:http://www.jfcr.or.jp/hospital/conference/cancer/about/breast.html)

2 件のコメント:

MICHI さんのコメント...

こんにちは。以前にも相談にのっていただいた者です。
1月22日付けのこの記事と1月18日付けの記事、読ませていただき、大変勇気づけられ、心強く思ったので、お礼を申し上げたくコメントさせていただきました。
これまでも抗がん剤治療中にも何度もこのようなことが耳に入り、何度心がおれそうに、くじけそうになったことでしょう。
先生のブログ私たちの様な患者にとっては、何よりの薬です。これからも是非真実を伝えてくださることを願っています。
寒いですのでおからだお大事になさってくださいね。

hidechin さんのコメント...

>MICHIさん
お気遣いありがとうございます。
私のブログがMICHIさんの闘病の一助になったとしたらとてもうれしいです。これからも冷静な目で公平な立場に立って情報を発信していきたいと思っています。