2011年8月16日火曜日

更年期症状に対するイソフラボンの効果


イソフラボン(図)はフラボノイドという物質に分類される有機化合物の一つで、エストロゲン受容体に対して結合してアゴニスト(促進物質)として作用する植物エストロゲンの一種と言われています。その効果については様々な見解があり、いまだに不明な部分も多いようです。

2002年に中止された「女性の健康イニシアチブ(WHI)」研究で、エストロゲン補充療法の副作用(乳がん発生率の上昇、脳卒中や心臓発作など)が問題になって以降、イソフラボンのエストロゲンに対する代替品としての効果に注目が集まっていました。

イソフラボンは植物エストロゲンの1つですので、エストロゲン欠乏症状(ほてりなどの更年期症状や骨粗鬆症)に効果があると考えられていました。また、エストロゲンの副作用である、乳がんの発生については、いくつかの疫学研究において、大豆摂取量が多い地域では乳がんの発生が少ないとの報告があるため、むしろ抑制的に働くと考えられていました。一見矛盾したような結果ですが、乳がんの治療薬であるタモキシフェンは、乳腺に対しては抗エストロゲン作用(抑制的)を、骨や子宮などに対してはエストロゲン作用(促進的)を持っていると考えられており、イソフラボンにおいても作用部位によって効果が違うということも起こりうるものなのかなと思っていました。


しかし今回「Archives of Internal Medicine」8月8日号にマイアミ大学ミラー医学部のSilvina Levisらによって、「大豆イソフラボンサプリメントは骨喪失を予防せず、更年期症状も軽減しない」という結果が報告されたのです。

概要は以下の通りです。

対象:45~60歳の閉経期女性248人(試験開始時の被験者の骨密度レベルは健常)

方法:ボランティア126人をプラセボ群、122人を大豆イソフラボンサプリメント群に無作為に割り付けた(二重盲検試験)。
大豆サプリメント群には大豆イソフラボン1日200mgを2年間投与し、2年後の股関節と脊椎の骨密度と更年期症状の変化について調査した。

結果:骨密度においては両群で有意差はなかった。同氏らは、更年期症状に関しては、顔面紅潮を除き群間差はなかった。顔面紅潮は大豆サプリメント群の48%以上、プラセボ群では約32%にみられた。また、統計学的有意差はなかったが、大豆サプリメント群の方が便秘も多かった。


残念ながらこの臨床試験においては期待された結果とは違っていたようです。もしかしたら、乳がん術後で更年期症状に悩んでいるホルモン療法中などの患者さんに対して乳がんの再発を促すことなく使えるのではないかと期待していたのですが…。

ただなんとなくこれですっきりしたような気もします。つまり推測ではありますが、イソフラボンはどちらかというとエストロゲンよりはタモキシフェンに近い効果があると考えれば矛盾しないからです。タモキシフェンは更年期症状の副作用がありますが、乳がんの発生を抑制します。イソフラボンもそうなのでしょうか?あとは乳がん発生に対して予防効果があるのかどうかの決着がつけばはっきりするのですが…。

2011年8月15日月曜日

乳腺専門医の更新手続き

乳腺専門医を取得してから今年で5年が経過するため、今月中に更新の手続きが必要です。今日は夏休みでしたが、書類の準備をしていました。

必要な書類は、履歴書、研究実績(論文や学会発表…点数制になっていてノルマがあります)、研修実績(学会やセミナーの参加実績…同様にノルマがあります)、などです。まあそれほど大変な作業ではないのですが、過去5年分の学会参加証や抄録集を探したり、発表日を調べたりと細々したことが意外と面倒だったりします。それに勤務先住所など何度も同じような記載をしなければならないのも疲れます。

研究実績は、毎年乳癌学会総会で発表しているので十分な点数はあります。研修実績も同様に毎年乳癌学会総会と地方会に参加していればクリアできます。専門医を維持するのはさほど大変なことではありません。ただ乳癌学会前にこの作業をするのは少しストレスです(笑)

明日、更新料を振り込んで、少し追加記載をすればようやく手続き完了です。これがすんだらいよいよ乳癌学会に向けた本格的準備に取りかかります。今回の発表は症例報告なので油断していたらいつのまにかあと残り3週間を切っていました(汗)夏休みボケを早く直して頑張ります。

2011年8月11日木曜日

乳がん再発治療困難症例の検討会1

今日、札幌近郊の乳腺外科医数人で集まった、再発治療困難例の研究会に行ってきました。

今回が2回目ということですが、呼びかけ人の乳腺クリニックの先生にお誘いいただいて、初めて参加しました。本当に少人数ですので、アットホームな雰囲気で発表中も随時質問や討論をしながらの会でとても勉強になりました。

発表は私も含めて3つありましたが、偶然、すべてトリプルネガティブの発表でした。どこもトリプルネガティブには苦労しているようですが、T病院腫瘍内科の先生から、少量シスプラチン+イリノテカンの2週に1回投与がけっこう奏効しているという情報をいただきました。前後に1000mlずつの補液が必要ですが、十分に外来投与が可能とのことです。まだエビデンスがあるわけではありませんが、一つの有力なオプションにはなりそうです。

また、以前ここでも書きましたが、やはりヒスロンHやXC療法が効いた症例があるようで、今回提示した私たちの症例にも検討の余地はありそうです。この症例は局所再発のみなので、これらの内服治療に温熱療法の併用はどうか意見を聞いてみたところ、有効かもしれないとのコメントもいただきました。来週、G先生が夏休みから戻ったら検討してみようかと思っています。

小さな研究会ですが、その分、自由に意見を述べられるのでなかなか良い会だと思います。次回も参加予定です!

2011年8月9日火曜日

triple negative乳がんの盲点

triple negative乳がんの再発(肺転移)として治療をしている患者さんがいます。この患者さんは、原発巣のホルモンレセプターが陰性だったため、術後に化学療法を行ないました(この当時はHER2検査は全例には行なっていませんでした)。

その後肺転移が見つかったため、HER2染色を行ないましたが陰性の結果だったため、”triple negative"と判断されたのです。症状のない転移であり、患者さんの希望もあったため、外来での内服治療を行ないました。最初はXC療法を行なったところ、PR(部分寛解)となりましたが、1年弱で再燃したためDMpC療法に変更したところ、完全に転移巣は消失(CR)し、この7月で3年が経過しました。

triple negativeにしては、ずいぶん緩徐な経過をとっているとは思いましたが、XC療法やDMpC療法がtriple negativeにも有効な場合があることは報告されていたため、この患者さんもそうなのだと思っていました。

ただ昨日ふと、初回手術の頃はホルモンレセプター陽性の判定が10%以上だったことを思い出したため、古いカルテを取り寄せ、病理科に再度判定を依頼してみました。その結果、この患者さんのホルモンレセプターは、10%未満の細胞が弱く染まっていたという結果だったため、以前の判定では陰性、今の判定基準(1%以上が陽性)では陽性だということが判明したのです。

この患者さんの場合は、ホルモンレセプター陽性細胞がわずかで非常に弱い染まりだったのであまりホルモン療法が有効とは思えませんでしたが、もしかしたら転移巣のホルモンレセプター陽性細胞率は高かったのかもしれません。ホルモンレセプター陽性の場合は、XC療法やDMpC療法は特に良く効くのです。以前に調査した結果でも、転移巣のホルモンレセプターは陰性化することもありますが、原発巣が弱陽性で転移巣が強陽性に変わっていたケースも稀にあったので、可能性はゼロではありません。

1%を閾値とするようになったのは、2009年のSt.Gallen以降です。それ以前の患者さんのホルモンレセプターはほとんどが10%を閾値として判定されています。もしかしたらtriple negativeと判定されている患者さんの中にも同じようなケースがあるのかもしれません。もし、ホルモンレセプター陽性細胞が転移巣の大部分を占めているのであれば、ホルモン療法が効果を発揮する可能性もあります。できることならそのようなケースは転移巣の組織を採取してホルモンレセプターを再度調べてみた方が良いのかもしれませんね。

2011年8月5日金曜日

タモキシフェンの長期にわたる再発予防効果報告

タモキシフェンによるER陽性乳癌に対する再発予防効果はかなり前から証明されていますが、今回、タモキシフェン内服終了後の長期にわたる再発予防効果についての報告がLancet Online版に掲載されました。

概要は以下の通りです。

[報告者]
英オックスフォード大学 Christina Daviesら

[対象および方法]
5年間のタモキシフェン投与と非投与を比較した約20件の無作為化対照試験の結果を分析。
被験者は米国、ヨーロッパ、中国および日本を含めた12カ国の女性約21,000人。

[結果]
タモキシフェン投与群10,645人のうち、10年目で約26%に再発がみられたのに対し、非投与群では40%であった。15年目までに再発がみられたのは投与群で33%、非投与群では46%であった。死亡率についても同様の結果がみられ、10年目では非投与群25%、投与群18%で、15年目では非投与群33%、投与群24%であった。

[結論]
タモキシフェンを投与された女性は、診断後15年(投与期間5年+投与中止後10年)でも、非投与群に比べて死亡リスクの低下が継続していた。最近では高齢の閉経後女性にはアロマターゼ阻害薬が処方されることが多い。アロマターゼ阻害薬への変換の理由の一つは、タモキシフェンにより子宮内膜癌や肺血栓症のリスクが増大することが示されているためだが、今回の分析から、リスクよりもベネフィットがはるかに大きいと考えられる。


閉経後乳がんに対する術後内分泌療法は、St.Gallen2007くらいから徐々にアロマターゼ阻害剤へと移り変わり、いつの間にかアロマターゼ阻害剤が術後内分泌療法の中心になっていました。ところが最近(今年のSt.Gallen2011でもそうでしたが)、一時期のアロマターゼ阻害剤偏重の流れから、タモキシフェンへの揺り戻しが起きているようです。今回あらためてこのような報告があったのもその一つの現れなのかもしれません。

タモキシフェンの利点としては安価であること、骨密度の低下をきたさないことなどがあります。一方、子宮への刺激(おりものの増加や不正出血、子宮体がんの増加)や血栓症が欠点としてあげられます。一方、アロマターゼ阻害剤は重篤な副作用は生じにくいのですが、長期的には骨密度の低下をきたすことと、不快な関節痛を伴うことが欠点です。

いずれにしても患者さんの再発リスクやがんの性質、生活背景(経済状態や職種)なども考えて治療の選択をすることが大切だと思います。

2011年8月4日木曜日

抗癌剤の副作用16 味覚障害2

味覚障害については以前に「抗癌剤の副作用1 味覚障害1(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/06/blog-post_05.html)」にも書きましたが、先日の第9回日本臨床腫瘍学会で新たな研究結果が発表されました。

概要は以下の通りです。

[報告者]
独立行政法人国立病院機構四国がんセンター薬剤科 田頭尚士氏

[対象]
2010年6月から7月までに、同センターで外来癌化学療法を施行した患者381人

[方法]
アンケートによる味覚変化に関する実態調査

[結果]
味覚変化の発生:177人(47%)(男性 43人、女性 134人)
診療科別:乳腺外科(56.8%)、血液腫瘍科(58.8%)、消化器外科(50.0%)で発生割合が高い傾向がみられた。
サイクル数別発生頻度:味覚変化は1サイクル目から発生しており、サイクル数を重ねてもほぼ同様の割合で発生していた。前治療歴の有無で分けてみても同様で、どのサイクルで発生しやすいかの特定はできなかった。
レジメン別発生頻度:エピルビシン+シクロホスファミド(EC) 84.6%、ドセタキセル(DTX)±トラスツズマブ 81.1%、ベバシズマブ+パクリタキセル(PTX) 75.0%、ドセタキセル+シクロホスファミド(TC)±トラスツズマブ 74.1%、フルオロウラシル+エピルビシン+シクロホスファミド(FEC) 66.7%で頻度が高かったが、症例が少ないためどのレジメンで起きやすいという特定はできなかった。
薬剤別:エピルビシン 78.9%、シクロホスファミド 75.0%、ドセタキセル 73.2%で高い値だった。S-1でも62.5%で味覚変化が発生していた。添付文書に記載されている副作用の発現頻度と比べると、今回の検討では味覚変化を多くの患者が訴えていることが示された。
発生時期:化学療法の開始2~3日目が26%、4~7日目が30%、8~14日目が12%、15日目以降が9%とばらつきがみられた。味覚変化が続いたのは、2~3日目までが4%、4~7日目までが18%、8~15日目までが22%、16~28日目までが19%だった。



これらの結果から、味覚変化は治療歴の有無に関わらず治療初期から発生し、発生しやすい時期の特定は難しいことがわかったということです。思いのほか高頻度に味覚変化が発生しているように見えますが、最近化学療法を受けた患者さんの声からも納得できる結果です。ただ味覚変化の中には軽いものから重いものまであります。実際に問題になるような味覚の完全脱失などの症状まで訴える患者さんの頻度は低いと思います。

ただ患者さんにとって味覚が変化することは不安なことの一つであることには変わりありません。栄養科などの協力を得てレシピを工夫したり、専門のサイト(http://survivorship.jp/index.html)を参考にするのも良いと思います。

2011年8月3日水曜日

夏休み!

ただいま夏休み中です!

今年になって乳がん症例が急増し、春からは乳腺センターが稼働したこともあってずっとばたばたしていました。9月からは学会が続くのと、患者会の温泉旅行、講演会、乳がん再発治療研究会の準備など、年内一杯は忙しい日々が続きそうですので、この夏休みはリフレッシュタイムです。来週はG先生が交代で夏休みに入ります。

しかし、手術症例がたまってくるので、夏休みを交代で取りながら、手術はいつも通りに組んでいます。私も休みではありますが、遠出はせずにほとんど市内にいることにしています。今日も2件手術がありましたが、連絡がなかったので順調に終わったようです。

今日は洗車と院内靴を買いに行っただけでテレビを見ながらだらだらしてました。明日はもう少しアクティブに過ごそうと思っています。8/11のclosedの症例検討会のスライドを完成させるのと乳癌学会の準備も進めなきゃそろそろまずいです(笑)