2010年7月24日土曜日

希望のちから

以前J.POSHの知人の方に教えていただいた「希望のちから」という映画のDVDをようやく見ることができました(あれこれ行事が重なってこんなに遅くなってしまいましたが…)。

とても興味深い作品で感動的でした。

これはHER2陽性乳がんに対する分子標的薬、ハーセプチンの開発に情熱を注いだある医師の実話です。いま多くの患者さんに投与しているハーセプチンですが、この新薬開発に携わる医師たちや患者さんの苦悩が、とてもリアルに描かれていました。そして新薬開発における臨床試験の重要性と資金面や対象患者さんを選択する際の難しさなど、私たちが普段何気なく投与している薬剤がここまで来るのに多くの困難を乗り越えてきたんだということをあらためて感じさせてくれました。

シリアスな部分が多いですので、すべての患者さんに見た方が良いとは言えないところもありますが、ハーセプチン投与中の患者さんや、臨床試験に参加している、または参加を検討している患者さんなど、興味ある方にはおすすめの作品です。

なおNPO法人キャンサーネットジャパンの公式ブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/cancernet_japan/42886696.html)にも紹介されていました。

2010年7月22日木曜日

アバスチンの乳がんへの適応遠のく…

ベバシズマブ(商品名 アバスチン)は,血管内皮増殖因子(VEGF)ヒト化モノクローナル抗体製剤(分子標的薬)で,血管新生阻害作用を介し腫瘍増殖を抑制します。

国内では進行再発大腸がんや非小細胞肺がんで保険適応となっています。乳がんに対してはいまだ未承認ですが、2008年に米食品医薬品局(FDA)は進行性の未治療HER2陰性乳がんに対し,パクリタキセルとの併用による一次治療を迅速承認されたため(第Ⅲ相試験で同レジメンによる無再発生存期間の改善が認められていた)、販売元の中外製薬は2009年10月16日に乳がんに対する適応追加の承認申請を厚生労働省に行っていました。

しかし、7月20日,米食品医薬品局(FDA)の抗悪性腫瘍薬諮問委員会が進行性乳がんに対するアバスチンの承認を審議し、12対1で取り消しを可決したことが明らかになったのです!

この判定の根拠は、その後行なわれた追加の二つの臨床試験(AVADO,RIBBON 1)の結果によるものでした。
アバスチン+抗がん剤併用群vs抗がん剤単独群の比較において、多く発生した有害事象は高血圧(10.4% vs. 1.2%),蛋白尿(2.6% vs. 0%)、重篤な有害事象は動脈血栓塞栓性イベント(1.9% vs. 0.3%),出血(1.6% vs. 0.4%),発熱性好中球減少症(5.0% vs. 3.5%)と、ともに併用群に多かったにも関わらず、その全生存率には有意差がなかったということです。結局、有効性より有害性が全面に出てしまったという結果になってしまいました。新たな治療薬として期待していただけに残念です。

この結果を受けて厚生労働省がどういう反応を示すか、中外製薬が申請を取り下げるのか注目しています。非常に高価な薬剤ですので、有効性がなければ認めるべきではない(少なくとも保留すべき)と私は考えています。

2010年7月19日月曜日

8/6(金)はピンクリボンin SAPPORO 2010 夏休みフェスティバル!

今年もピンクリボンin SAPPORO 夏休みフェスティバルが8/6(金)に札幌大通公園のホワイトロックで行なわれます(13:00-20:00)。

イベントの詳細はピンクリボンin SAPPOROのHP(http://pinkribbonsapporo.web.fc2.com/)に書いてあります。参加料は1000円です。

主な内容は、夕方までは「家族大発表会」、夕方からはゴスペルコンサートです。昨年は夕方までのイベントを見ることができませんでした。今年は午後から年休を取って参加したいと思っています。今回のライブは、乳がんと闘うゴスペルシンガーKiKiさんと、この日のために結成されたピンクリボンクワイヤ(乳がん患者さんや医療従事者などが一生懸命に練習していました)によるゴスペルコンサートです。昨年のジャズも良かったですが、今年もすごく楽しみです!

昨年はホワイトロック内で食べ物や飲み物(アルコールも)の販売があり、飲食しながら楽しみましたが、今年もきっとあるんじゃないかと思います(HPには記載がないようですが…)。もちろん今年もテレビ塔とホワイトロックはピンク色に染まります。点灯は19:30~22:00の間です。

乳がん検診とピンクリボン運動を多くの方々に知っていただける機会になればいいなと思っています。近隣にお住まいの方は是非、お友達やご家族とご一緒にこのイベントにご参加下さい。

2010年7月15日木曜日

再発巣完全消失後の治療継続期間

一般的にがんが再発すると完全治癒は困難と言われます。たしかに簡単なことではないのですが、中には治療が非常に良く効いて、長期にわたって再発が消えた状態を維持できることがあります。

このような場合、治療(すなわちがんの消失に非常に有効だった治療)をいつまで継続するか迷ってしまうことがあります。患者さんにとっても高額な治療薬の継続はできれば避けたいという思いもあるでしょう。でも、薬をやめたらまた再発するのではないかという不安も同時にあるのです。それは私たちにとっても同様です。このようなケースでいつまで治療を継続すべきかという明確なガイドラインは存在しないからです。

一応、私はがんのタイプによっておおむね次のように考えています。

①ER(+)、HER2(-)
一般的に進行が遅いため、再再発も遅い可能性があります。再発巣の完全消失後、最低5年はホルモン療法を継続(アロマターゼ阻害剤ならできれば10年、タモキシフェン投与中に閉経したら5年投与後にアロマターゼ阻害剤をさらに5年、若年者ならLH-RH agonistを閉経年齢まで継続または卵巣摘除)します。

②ER(-)、HER2(+)
ハーセプチン+抗がん剤で完全消失した場合、抗がん剤の基本的な投与回数を最低継続(例えばドセタキセルなら4-6回以上)した上で、ハーセプチンのみを完全消失後5年間継続。

③ER(+)、HER2(+)
①と②を併用(症例によってはハーセプチンをもう少し早く終了する可能性もあり)。

④ER(-)、HER2(-)(トリプルネガティブ)
抗がん剤しか効かないため、有効な抗がん剤をできるだけ投与。その後は無治療(XC療法などの経口抗がん剤の投与が有効な場合もあるため、2年間投与しても良いかもしれません)。このタイプは再発する場合は早いため、2年間再再発しなければ治癒している可能性があります。

現在、①でもう1−2年で薬をやめれそうな患者さんが2人、②で秋にハーセプチンを終了予定の患者さんが1人いらっしゃいます。また、すでに治療を終了してお元気に過ごされている患者さんも複数いらっしゃいます(トリプルネガティブで放射線治療と抗がん剤で2回の再発を乗り越えて完全に治癒したと思われる患者さんもいらっしゃいます)。再発しても治療が奏効するとこのようなケースもあります。治療も日々進歩しています。再発しても怖くない時代が一日も早く来て欲しいですね。

2010年7月13日火曜日

乳癌の治療最新情報18 ハーセプチンADC 

また新しいタイプの治療薬が開発されました。

HER2陽性乳癌に対する分子標的薬としては、現在ハーセプチン(一般名 トラスツズマブ)、タイケルブ(一般名 ラパチニブ)が使用可能です。一般的にはこれらに抗がん剤を併用することによって治療効果を高めています。

今回スイスのロシュ社が米国食品医薬品局(FDA)に承認申請した薬剤T-DM1は、ハーセプチンと抗がん剤(DM1)を結合させた新しいタイプの薬剤です。このようなタイプを抗体-薬物複合体(ADC)と呼びます。選択的ながん細胞攻撃を可能にするADC技術は次世代がん治療としての応用が期待されています。

すでに日本でも乳がんの適応でフェーズ1試験を実施しているそうです。T-DM1は、ハーセプチンがDM1をがん細胞まで送達し、DM1が悪性腫瘍のみを選択的に攻撃する作用機序を持つため、分子標的薬と抗がん剤が効率的に作用し、既存薬に比べ副作用が少ないのが特徴と言われています。

申請には、治療歴のあるHER2陽性患者を対象とするフェーズ2試験などで得られた結果が添えられています。少なくとも2種類のHER2を標的とする分子標的治療(ハーセプチンとタイケルブ)と化学療法を受けたのちに進行した110人の患者を対象に行われ、T-DM1は、平均7種類の治療を受けてきた進行乳癌患者の33%に腫瘍縮小効果をもたらすことが示されました。
日本ではまだ先になりますが、米国ではFDAの優先審査対象に指定された場合、早ければ来年にも上市できるとのことです。

このほかにもT-DM1を単剤で投与、もしくは他の癌治療薬(カペシタビン、ペルツズマブ、ドセタキセルなど)と併用した場合の有効性と安全性を、ラパチニブやトラスツズマブなどと比較するフェーズ2試験、フェーズ3試験も進行中、または計画されているようです。

分子標的薬やこれを応用した薬剤の開発は世界中で行なわれています。今は難治性のタイプのがんであっても、近い将来には副作用も少なく有効な薬剤が開発されることを期待させてくれるニュースでした。

2010年7月10日土曜日

第19回北海道乳腺診断フォーラム

昨日ホテルポールスター札幌で乳腺診断フォーラムが行なわれました。この会の運営委員になっていることもあり初回から参加していますが、いつのまにか19回…。いつもうちの病院からも乳腺外科医、病理医(今回は欠席しましたが…)、超音波検査技師、放射線技師の10人ほどで参加しています。当初年2回でしたが昨年から年1回になってしまい、少し寂しく思っています(終了後の懇親会を心待ちにしている職員も多いんです…笑)。

この会は、症例検討を2例(たまに3例)行なったあとで、全国の著名な先生をお招きしてご講演をいただいています。

<症例①>
マンモグラフィ上、FAD(局所性非対称性陰影)に構築の乱れを伴っているように見え超音波画像上も悪性(非浸潤癌)を疑う所見でしたが、結果的には乳管内乳頭腫だったという1例でした。

<症例②>
境界明瞭な腫瘤を3個マンモグラフィ上認めましたが、2個は外側、1個は内側でかなり離れていました。一見嚢胞などの良性を考える所見ですが、超音波画像上は内側の1個は嚢胞性部分をわずかに伴う境界明瞭な軽度高エコー腫瘤(粘液癌様)、外側は嚢胞内腫瘍と不整形の腫瘤でした。一連のものと考えるかまったく別ものと考えるかが難しいところでしたが、結果的には全てが乳管内で連続している非浸潤癌主体の浸潤性乳管癌でした。

<講演>
「乳腺画像診断の変遷-自動超音波とMRIを中心に-」
亀田総合病院乳腺科部長の戸崎光宏先生のご講演でした。最新の診断技術についてと欧米の診断基準や検査の進め方と日本の考え方の違いについて詳しくご説明していただきました。欧米のいわゆる”世界基準”が日本人にとってベストなのかどうかという疑問は抱きましたが、欧米のデータに基づくクリアカットな考え方については勉強になりました。

自動超音波やMRが乳がん検診として普及するかどうかはいろいろな問題点をクリアしなければなりません。その有効性については間違いないと思うのですが、費用や検査時間、診断基準の標準化などまだしばらく時間がかかりそうです。また、これらによってマンモグラフィ検診がなくなるかもしれませんし、超音波診断技術も今まで積み上げてきた経験の半分くらいが役に立たないものになっていくかもしれません。そのうち診断もコンピュータがすべて判定してくれる時代が来るでしょう。アナログ世代、巨人の星をみて育った根性世代の人間としては少しさみしいような気もします。

2010年7月8日木曜日

価値観の違いと事実誤認

今日、喫茶店で昼食を食べながら週刊Gを読んでいました。

その中に現代医療を否定するような記事が掲載されていました。有名大学教授(医学部も含む)などが数名、がん検診は無意味どころか有害であるような意見を述べていました。たしかに一部の検診でそういうデータがあるのも事実ですが、すべてのがん検診が有害であるかのような書き方は正しくありません。国民の不安をあおったり、不確かな情報を植え付けるのは良くないと思います。当然、反対の意見もあるわけですから、一方的な意見を載せるのではなく、双方の意見を紙上で闘わせるのが正しいマスコミのあり方ではないかと思います。

その上で例えばマンモグラフィで浴びる放射線がわずかでも有害なので検診を受けないというのも一つの考え方だと思いますし、多少の被爆を受けてでも乳癌を早期発見したいというのも一つの考え方だと思います。これはもう価値観の問題ですよね。

ただし、正しい判断をするためには正しい情報が不可欠です。この記事の中に、”ごく早期のがんを検診で発見しても大部分は悪性にならない”というようなことが述べてありました。まだ”がんもどき”理論は通用しているのでしょうか?根拠がまったくないかなり意味不明な書き方です。やむを得ない状況で手術をせずに経過観察をした早期癌の患者さんのほとんどは次第に進行していきます。多くのがん患者さんの治療に携わっている医師は、この「早期癌のほとんどは”悪性”ではないので命に関わらない。検診ではこのような”がんもどき”を見つけて治療しているだけなので意味がない。」という考え方が正しくないことを知っています。これは価値観の違いではなく、明らかに事実誤認です。

自分で乳癌だと知りながら、死んでもいいから病院に行って標準治療(手術や化学療法など)を受けるのは嫌だと我慢される方が今でもいらっしゃいます。本当にそういう信念を最後まで貫かれるならそれは価値観の違いなのでやむを得ないと思います。でもそういう患者さんのほとんどは、いずれ悪臭や出血、痛みに悩まされ、結局病院に受診せざるを得なくなります。そして早く受診しなかったことを後悔しながら標準治療(治癒は当然難しくなりますが)を受けていらっしゃるのです。こうなると結局このような患者さんたちは本当の意味での十分な知識がなかったために、事実を誤認していたんだということになります。

このような悲しい結果を招かないように、私たち医療従事者は正しい知識を広く世の中に伝えていかなくてはならないといつも感じています。