2011年11月30日水曜日

乳腺術後症例検討会 14 ”乳管内乳頭腫の梗塞”

今日は第52回の乳腺症例検討会がありました。

今回の症例は4例でしたが、そのうち3例は乳管内腫瘍が関係したものでした。乳管内乳頭腫に対して乳管腺葉区域切除術を行なったあとで近傍の乳管から発生した微小浸潤がんの1例、嚢胞内がんの微小浸潤の1例、線維腺腫だと思っていたら針生検後に出血して嚢胞内腫瘍だとはっきりしてきた1例の3例です。

この中で非常に興味深かったのは最後の症例でした。半年前の超音波画像上は楕円形の線維腺腫を疑う像でしたが、細胞診では細胞が採取されずに経過観察となっていました。半年後に受診したときは倍くらいの大きさになっており、葉状腫瘍を疑って針生検をしたところ、「良性:乳管内乳頭腫または乳腺症型の線維腺腫」との診断となり、増大傾向があるために摘出手術となりました。

ところが手術直前に超音波検査をしたところ、腫瘤はさらに増大し明らかな嚢胞内腫瘍に形態を変化させていたのです。摘出標本の病理検査では、「梗塞をきたした嚢胞内乳頭腫」という診断になりました。振り返ってみると、おそらく細胞診をした時に乳頭腫の茎の血管に針が当たって微小な血腫となって部分的な梗塞をきたし(だから血液しか引けずに細胞が採取できなかった)、腫瘍自体はうっ血になったために増大→針生検で嚢胞内に出血したためにさらに増大し形態を変化させた、というような経過だったのではないかと推測しました。

線維腺腫の術前診断だったため、手術直前の変化にはびっくりしましたが、非常に珍しい経過をたどった症例だったと思います。

来月は年末になるため、症例検討会はお休みにしました。1月の検討会は2ヶ月分の症例の中から選りすぐりの症例を提示したいと思っています。

2011年11月28日月曜日

第20回日本乳癌学会学術総会演題締め切り近づく!

2012.6.28-30に熊本で開かれる第20回日本乳癌学会の演題締め切りが12/13に迫ってきました。

今回のテーマはかなり早い時点(9月の乳癌学会が終わったころから)で決めていました。このテーマを追究するためには、特殊な免疫染色を多数の症例に行なわなければならないため病理のDrと技師さんたちにかなりの負担を強いてしまいます。また、それに要する費用もけっこうな額になってしまうことが判明しました。

私の病院には自前の病理医がいます。外注するわけではないので、けっこう大変な作業にも積極的に協力してくれます。今回も私が考えていた研究テーマに賛同してくれて快く協力してくれることになりました。大変ありがたいことです。演題が採用されたらお土産は奮発しなきゃならないと今から考えています(笑)。ただ残念なことに乳癌学会に入会している病理医がいないので抄録の共同演者に名前を乗せることができません。病理医は乳腺だけ見ているわけではありませんし、様々な病理関係の学会に参加しているので年会費だけでも結構な負担になるからです。このあたりは公費で負担してもらうように病院にかけあってみようかと思っています。

さて今回は、「乳がんの早期発見は意味があるのか?」というテーマに対して、生物学的悪性度の観点から分析してみようという内容です。乳がんの早期発見は意味があるに決まっているのではないかと思う人も多いと思います。もちろん私もそう思いますし、乳腺外科医のほとんどはそう信じています。しかし、いまだにその考えに対して否定的な見解を主張し続けている医師たちも存在します。また、マンモグラフィの有効性について肯定的なものだけではなく、否定的な研究報告が存在するのも事実です(これには様々な理由があると思いますがここでは割愛します)。

この命題に対して結論を下すのは、一部の偏ったデータや感情論、経験論ではなく、十分な科学的根拠に基づいた検証しかありません。残念ながら今回の私の研究は、そんな大それた内容ではありません。症例数も不十分です。しかしこのデータから導き出した推論がその解決の小さな一歩になればと願いつつ、病理のDrたちにも協力してもらいながらさらに研究を続けていこうと思っています。

2011年11月25日金曜日

アバスチン続報 FDAの最終決定と今後の展望

米食品医薬品局(FDA)がアバスチンの乳がんに対する適応取り消しを決定した件についてはここで何度か取り上げました(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/12/fda.html)。その後もロシュ社の不服申し立てに対する公聴会などを開いて審議してきましたが、最終的にFDA長官の最終判断により承認取り消しが決まったそうです。
(なお、日本ではパクリタキセルとの併用で先日承認されています→http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/09/blog-post_30.html)

今回のFDAの判断は、アバスチンの併用が全生存期間(OS)を延長させなかったことと、安全性に問題があると判断したことが原因とされています。この判断により米国における乳がんの承認取り消しは確定されましたが、ロシュ社では乳がんに対する適応の開発を継続する方針のようです。未治療の転移患者を対象に、パクリタキセルと併用する治験を開始するほか、アバスチンが奏効しやすい患者さんを判別するためのバイオマーカーを開発するということです。AVADO試験において未治療の再発症例に対するドセタキセルとの併用で有意差が出なかったOSが、パクリタキセルとの併用では出るのか?という疑問はありますが、バイオマーカーの開発には期待したいところです。

アバスチンの薬価は、点滴静注用100mg/4ml 1バイアル50291円、400mg/16ml 1バイアル191299円。乳がんに対しては10mg/kgを2週以上の間隔で投与します。体重50kgであれば500mgですので1回につき241590円かかります(3割負担なら72477円)。1ヶ月ではその倍です。抗がん剤の分もかかりますので高額医療費制度で戻るとは言っても経済的負担はかなり大きい薬剤です。

以上のように高額な薬剤ですので、高い確率で効果がある対象を絞ることができるようになれば患者さんにとっても医療経済的にも良いことですので、この承認取り消しが乳がん患者さんにとってプラスになる結果につながれば良いと私は思っています。

2011年11月22日火曜日

命の値段

先日英国国立医療技術評価機構(NICE)が、ハラヴェンを保険適用対象として推奨しない最終ガイダンス案(FAD)を発表しました。NICEはその前にもフェソロデックスに対して同様の勧告をしています。

NICEにおいては抗がん剤を推奨する場合、3カ月以上の延命効果があることなどを条件としているそうです。今回ハラヴェンの治験で示された延命期間は2.7カ月と条件を満たしていませんでした。既存療法より副作用が多いことも指摘されています。そしてコスト面においては、生活の質を加味した生存年(QALY)の1年延長に必要な費用(ICER)は、治験で比較した治験医師選択療法よりも68600ポンド高く、コストベネフィットに見合わないと評価されました。

このニュースを見て、いろいろ考えさせられました。


人の命の長さ(時間)に値段などつけることができるのだろうか?

平均2.7ヶ月の延命は患者さんにとって価値のないものなのだろうか?

「保険適用としない」というのは「使用を禁止する」と同意語ではない→お金のある人は全額自己負担で受けなさい、お金のない人はあきらめなさい、ということを意味しているのだろうか?


皆さんはどう考えますか?

世界的に財政事情が厳しい状況を考えると、できるだけ医療費の公的負担を減らしたいと考えるのはわかります。新薬、特に分子標的薬は非常に高額です。まったく意味のない薬剤なら高額な治療は明らかな無駄です。しかし、その判断のために命に値段を付けてしまう今の医療界の考え方にはどうしても違和感を覚えてしまいます。費用が高い安いではなく、本当に患者さんにとって有益なのかどうかを判断する術は他にはないのでしょうか…。

天国にいる金子明美さん( 以前ここでも取り上げました http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/02/blog-post_16.html )はどう思っていらっしゃるのでしょうか?ドキュメンタリーの中で金子さんがだんだん経済的に追い込まれていったときに、たしか「金の切れ目が命の切れ目」というようなお話をされていたように記憶しています。金子さんがこのとき受けていた治療は、分子標的薬のアバスチンを使用したレジメンだったと思います。FOLFOX4という標準治療に対するアバスチン追加の延命効果は、2.1ヶ月です(E3200試験)。これを短いと思うかどうかは患者さんそれぞれの価値観や状況によって変わるのかもしれません。しかし、2.1ヶ月の延長でも貴重だと思う患者さんが治療を選択できなくなってしまうのは非常に酷な話です…。

保険診療で行なっても高額なのが分子標的薬も含めた化学療法です。全額自己負担で払える人などごく一部だと思います。日本がこのような欧米のやり方を猿真似するようなことだけはなんとか避けてもらいたいと心から願っています。

2011年11月21日月曜日

フェソロデックス(一般名 フルベストラント)いよいよ発売!

ここでも何度かご紹介しましたが(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/12/11.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/10/blog-post.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/10/blog-post_31.html)いよいよフェソロデックスが11/25に薬価収載、発売されることになりました(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001v6v3-att/2r9852000001v6yr.pdf)。

適応は、「ホルモン受容体陽性閉経後乳癌」で、術後補助療法ではなく、進行再発乳がんに対して使用します。この薬剤をずっと心待ちにしていた患者さんたちが何人かいらっしゃいますので、さっそく数人の患者さんに使用予定です。

問題は2つあります。1つは前回も書いた、両側の臀部に5mlずつもの薬剤を筋注しなければならないことです。想像しただけで痛そうです(汗)。せめて皮下注なら良いのですが、皮下脂肪に漏れると吸収が悪くなるのと硬結を作るので筋肉内に注入しなければなりません。

もう一つは薬価です。今回収載された薬価は、1本(250mg)50313円ですので、1回につき、100626円(の3割などの自己負担分)かかることになります。今日説明に来てくれた製薬会社の方に、「高すぎる!」ってごねましたが、彼が決めた値段じゃないので仕方ありません(笑)。また、「欧米人と日本人じゃ体格が違うんだから痩せた患者さんなら1本で良いのでは?」とお聞きしましたが、国内で承認されたデータは500mgの臨床試験に基づいていることと、欧米の70kg台の体重の患者さんたちと日本人の50kg台の患者さんたちの薬物動態を調べても有意差はなかったという事実に基づいているので半分量で良いとは言えないらしいです。また、添付文書上も250mgの投与についての記載がないため、保険で認められない可能性があります。

というわけでまたまた乳がん患者さんには経済的負担を強いることになってしまいそうですが、それを上回る効果が得られることに期待したいと思います。

2011年11月20日日曜日

乳管内乳頭腫3 治療

乳管内乳頭腫(IDP)と診断できた場合、分泌を伴っていなければ経過観察する場合もあります。ただ、前回書いたように、乳管内乳頭状病変の良悪の診断は難しい場合もありますし、周囲にがんを伴う可能性もありますので厳重な経過観察が必要です。手術をする場合は、多少周囲に正常乳腺をつけて腫瘤摘出術を行なうようにしています。

乳頭分泌を伴う場合は、良性と診断しても手術を行なうケースが多いです(ご本人が強く希望すれば経過を見る場合もありますが…)。これはやはり血液混じりの分泌物が出続けるのはあまり気持ちの良いことではないからです。良悪の確定診断がつかない場合はもちろん切除が必要です。手術を行なう場合には、乳管腺葉区域切除術という特殊な手術を行ないます。

<乳管腺葉区域切除術>

以下は私たちの施設で行なっている方法です。

①腫瘍の位置と乳管の走行がわかっている場合はあらかじめ超音波検査とMR画像を参考にマーキングしておきます。

②全身麻酔(局所麻酔で行なっている施設もあります)をかけて皮膚消毒後、乳管造影(前回参照)と同じ手技で色素(ピオクタニン)を乳管に注入します。乳頭の孔には色素が出てしまわないように涙管ブジーを留置しておきます。

③腫瘍の位置と乳管の走行を考慮して乳輪に沿って切開をします(乳輪の1/3周前後…乳輪に沿う切開は傷跡が目立ちません)。

④乳輪下組織を分けて、涙管ブジーが挿入された青く染まった乳管を見つけ出し、できるだけ乳頭側を糸で縛って切離します。

⑤切離した乳管を引き上げながら青く染まった乳腺組織を残さないように末梢方向に切除していきます(芋掘りみたいな感じです)。青い組織ぎりぎりで切除するのがコツですがなかなか難しいものです。うまく切除できるとちょうど「わかさいも」(北海道人にしかわからないかも…)か小さめの「海老フライ」のような乳腺組織が取れます。

⑥変形をきたさないように周囲乳腺を吸収糸で縫合し、皮膚も吸収糸で埋没縫合(抜糸不要な縫い方)して創部をステリテープというテープで寄せて終了です。ドレーン(排液用のチューブ)は基本的には入れません。


手術時間は1時間前後です。翌日または翌々日くらいには退院可能です。標本は5㎜間隔くらいですべて病理検索します。もしもIDPではなくがんであったり、IDPのほかにがんの合併があった場合には、後日再手術や放射線治療が必要になることがあります。悪性所見が認められず、IDPだけだった場合はこれで治療終了です。

2011年11月19日土曜日

乳管内乳頭腫2 検査

乳管内乳頭腫(IDP) を診断するために行なう検査は、他の腫瘤の検査に加えて、乳頭からの分泌物があるときには特殊な検査を行ないます。

IDPと診断する過程で行なう主な検査と所見について書いてみます。

1.視触診: 比較的大きな嚢胞内乳頭腫(ICP)の場合は境界明瞭なしこりが触れることがあります。乳頭分泌がある場合は、出てくる孔の位置と数、分泌物の色、性状を確認します。

2.マンモグラフィ: 小さなIDPではほとんど所見はないことが多いです。ただ脂肪性の乳腺では、拡張した乳管や小さなIDPが写ることも稀にあります。ICPの場合は境界明瞭な嚢胞様のしこりとして写ることがあります。

3.超音波検査: 拡張した乳管の中にポリープとして認められるのが典型的ですが、拡張乳管しか見えなかったり、逆に分泌物のない症例では、単なる境界明瞭な腫瘤(形は様々)として認められることもあります。ICPの場合は、嚢胞の中にポリープを認めます。

4.分泌物の検査: 尿検査で用いる検査紙で分泌物の潜血反応を調べたり、分泌物中のCEA(測定キットがあります)を調べたりすることもあります。

5.分泌物の細胞診: 毎回必ず乳頭腫の細胞がこぼれ落ちているわけではありませんので、分泌物の細胞診では必ず腫瘍であることの証明ができるわけではありません(血液のみだったり、泡沫細胞というものだけのこともあります)。経過観察をする場合は、繰り返し細胞診に提出することが必要です。腫瘍細胞が証明されても、腫瘍からこぼれ落ちた細胞は変性を伴っていることもあり、良性か悪性か判断に迷う場合もあります。

6.穿刺吸引細胞診・針生検: 腫瘤が超音波検査で見える場合には直接腫瘍を穿刺して細胞を採取します。小さい腫瘍では針生検より細胞診の方が適している場合が多いと思います。大きいものでは針生検をする場合もありますが、嚢胞内乳頭腫の場合は穿刺部位に気をつけないと嚢胞内への出血が止まりにくく、血腫になってしまうこともあります。また、細胞診はもちろん、針生検でも良悪の診断が困難な場合があるのは前回述べた通りです。

7.MR: 非浸潤がんとの鑑別や多発病変のチェックに有用です(もちろんMRだけでがんを完全に否定できるわけではありません)。拡張乳管はT2という画像でよく見えるので、乳管の分布や走行がある程度推測できます。

8.乳管造影: 分泌物の出る孔を涙管ブジーという眼科で使う先が鈍になった針で少しずつ拡張して、注射器につけた針から造影剤を注入する検査です。麻酔はしませんが、滑りを良くするためにキシロカインゼリーという表面麻酔剤を針に塗りながら行ないます。怖いと思うかもしれませんが、順調に入ればさほど痛みはありません。むしろ造影剤を注入したあとで乳頭をゴムで縛るのが痛いと言われます(汗)。そのあとマンモグラフィを撮影して終了です。この検査では、超音波検査でわからない小さな乳頭腫の存在や主病巣以外の多発病変がわかることがあります。また、乳管の走行がわかりますので手術の際に乳管を追う方向を決めるのに役立ちます。ただ、腫瘤で乳管が閉塞している時には先に造影剤が入らず、まったく全体の状況がわからない場合もあります。

9.乳管内視鏡: 乳管造影と同じ操作で乳管を拡張してから乳管内に1㎜前後の細い内視鏡(管のようなもの)を入れて乳管の内腔を直接観察する検査です。腫瘤が確認できたら直接細胞診や生検を行なうこともできます。ただ、全例必須な検査というわけではありません。

以上のような検査を駆使して診断を行ないますが、完全に悪性を否定するのが難しい場合もあります。また、IDPの末梢にがんを合併することもありますので最終的には手術をお勧めすることが多いのです。次回は手術についてお話しします。