患者さんに乳癌の告知をするときに、”私の家系には乳癌はいないのにどうして…”などと言われることがあります。
このような方には、”乳癌が遺伝と関係あるのは、せいぜい10%くらいまでで、残りの90%以上は関係ないんですよ”とお話ししています。乳癌は今や女性の20人に1人がかかる一般的な病気の一つになっています。家族歴のあるなしに関わらず、検診は必要です。
このように誤解されていることも多いので、今回は、この”遺伝性(もしくは家族性)乳癌について少しお話ししてみます。
遺伝性乳癌に関連する原因として現在わかっている代表的なものには、BRCA1とBRCA2という遺伝子の異常があります。これらの遺伝子は”癌抑制遺伝子”と呼ばれるものの仲間で、細胞が癌化するのを防ぐ役割を持っています。この遺伝子に先天的な異常があると将来的に55-85%に乳癌を生じると言われています。
①遺伝性乳癌の特徴
若年発症が多い、両側乳癌が多い、乳房温存術後の同側乳房内再発が多い。
自分を含めて祖母、母親、姉妹、娘の中に3人乳癌患者がいたら遺伝性乳癌の可能性が高いといわれています。
②乳癌発症の予防
米国などでは、これらの遺伝子異常がある場合に、予防的に両側乳房切除(+再建)を行なうことがあります。この手術によって、将来の乳癌発生を約90%(一部の乳腺が残るため100%にはならない)減少させることができると報告されています。
また、乳癌発生の危険性を軽減させるための手術として、両側卵巣摘除を行なうこともあります。これによるリスク軽減効果は約47%です。また、化学予防として、タモキシフェンの投与も試みられています(NSABP P-1)。この臨床試験における乳癌発生のリスク軽減効果は49%ありましたが(特にBRCA2異常で効果が高い)、子宮内膜癌のリスクが約2.5倍になることや深部静脈血栓症の副作用の問題などもあり、その後行なわれたイタリアとイギリスの試験では明らかな予防効果がないという結果だったことから、現在ではあまり行なわれなくなってきています。
③BRCA1/2の検査
(株)ファルコバイオシステムズ(http://www.falco-genetics.com/brca/medical/index.html)というところで調べることはできます。しかし、”遺伝子カウンセリング”という体制が整っている病院でのみ検査可能です。なぜこんなに面倒かと言うと、もしこの遺伝子異常があったとした場合、それを安易に告げると大変大きな精神的重荷を背負うことになるからです。なぜなら、この遺伝子異常を持っていることを知るということは”あなたは非常に高率に乳癌になります、でも日本では予防的乳房切除も化学予防もリスク軽減の卵巣摘除も保険では認められていません”ということを意味するからです。ですからこのようなカウンセリングが必要なのです。
遺伝性の病気は乳癌に限らず、非常にデリケートな問題を含んでいますので、社会的なサポートとそれを受け入れる保険医療体制の早急な整備が必要だと思っています。
17 件のコメント:
遺伝性の病気はいろいろ難しいですよね。やはり、定期的な検診が大切ですよね。^^kimikomew
kimikomew3824さんへ
そうですね。現在の状況からは家族歴のあるなしにかかわらす検診をしていくしかないと思います。家族歴がある場合にはより早い段階(20歳代前半)からエコーを中心とした検診を制度化することが必要だと思います。
数年前に臨床試験でBRCA1/2検査を受けました。
担当の先生からは、試験の意義・結果の解釈についてなど十分な時間をかけてとても詳しくご説明いただきました。
「(遺伝子の)カルテは普通のカルテとは別のところに管理されていて、病院の職員でも一部の関係者以外は許可無く閲覧することはできません。」との説明も受けました。
これからも遺伝子の研究がもっともっと進むことを夢見ています。
ふじくろさんへ
ふじくろさんは調べられたんですね。きちんとした対応をしてくれる病院で良かったですね。
ふじくろさんのようにご自身が乳癌でBRCA1/2を調べるのはまだそれほど大きな問題にはなりませんが、未発症者が陽性だとわかった場合に、予防的な治療が認められていない日本においては精神的なフォローをどうするかが大きな課題だと思います。検査を希望される方はみな陰性を願って調べるはずなんですが、いざ陽性だと判明した場合にどうするかまで考えた上で検査を受けなければなりませんからね。
今後予防治療をどうするかをきちんと整備した上でこのような遺伝子検査を実施していくのは、早期発見の上でもとても重要なことだと思います。
私はは3人姉妹の末っ子で、家族暦はありませんが、60代後半の母、40代の二人の姉の事はとても気にかけ心配してます。
私が検診にひっかかり、再検査要になって乳がんを疑われたとき、母も、家系には乳がんになった人なんて居ないのになぁ・・というような事を言ってはいましたね。
私は家系に居なくても、病気になるもんはなってしまうもんだろうなぁと漠然と思ってはいましたが・・・
正直、遺伝性乳がんは1割とは少ないというのが実感でしたけど、なおさら、母や姉達には②のような予防や③などの検査を勧めるまえに、私が乳がんになったということに対して、むしろ誰でもなる時代なんだというように理解してもらって、毎年の検診をしっかり受けていって貰ったほうが、いいかなと思います。
私の家系は確実に家族性乳がんと思われ、母とその姉妹が最初の世代です。母の代で4人姉妹のうち母含め二人死亡、もう一人発症、(兄一人と出産暦ただ一人なしの一人が発症せず)母の場合は片側のHER2陰性がんを手術した後、もう片側に陽性のものが発生、という経過でした。私の妹も30代で発症、早期発見で手術後10年過ぎました。自分もただ一人三姉妹の中で出産経験がないのですが、叔母のようにハイリスクの一人が発症しない偶然も続かないでしょうし、っその上高度医療が望めない経済状態です。つまり、初期に見つからなければ生存の望みは少なそうです。
というわけで未発症でも遺伝子検査は可能なのかといろいろ調べてみましたが、ここでも問題は経済状態、はっきり書くと障害年金プラス生活保護での生活です。電話で問い合わせてみてもなんだかあきれたような返事しか帰ってこないところもありました。生きるために知りたいのに、門戸が閉ざされてしまっているような気さえします。
>匿名さん
はじめまして。
確かにかなり濃厚な家族歴ですし、お母様が両側乳がんであることから考えると遺伝性乳がんの可能性は高いように思います。
ただ予防的乳房切除やタモキシフェンの予防投与が保険適応になっていない日本の現状を考えると遺伝子検査をすることが果たしてどれだけのメリットになるのかということも考えなければなりません(心の中では結果が陰性であることを祈りながら検査を受けると思いますが、結果が陽性であったことも考えなければなりません)。
日本の現状と匿名さんの経済状況を考えるとこまめに検査を受けるということが一番良いのではないかと思います。家族性乳がんの可能性が高い状況での検査であれば私なら保険診療で行なっていますので生活保護であれば経済的負担はありません。乳腺外科に受診してご相談なさってはいかがでしょうか?。
母方の家系のおば二人と母が乳がんです(7人姉妹中)。私自身も現在40歳で先日初期の乳がん手術をしました。良性か悪性か事前にわからなかったので、内視鏡で温存手術を受けました。悪性ということで病理結果待ちです。遺伝性の場合、再発リスクも高そうなので、全摘した方がいいか、悩んでいます。治療を待ってもらって遺伝子検査を受けたほうがすっきりするのか。今回はこれで手術は終わりにし、これまで通り検診を受ければいいのか。悪性度が高かった場合、全摘にしようか・・・。治療を待ってもらうことにより、悪いことになっても困るし・・・。先生は大丈夫とおっしゃるので、なしくずしになってしまいそうですが、ちゃんと考えなくては。考えたからと言って、判断できるものでもないので、難しいです。
>匿名さん
はじめまして。
けっこう遺伝性素因がありそうですね。
遺伝子検査の結果を待ったからといってすぐにどうこうなるということはないと思いますよ。ただ、遺伝子検査はきちんと遺伝性乳がんについてのカウンセリングが可能な施設でしかできません。主治医の先生に近くで検査可能な施設があるかどうかご確認願います。
遺伝性疾患の場合は、様々な問題がからんできますので気軽に受けるというわけにはいきません。やはり専門のカウンセラーがいる施設で検査を受けることのメリットとデメリットについて説明をきちんと受けた上で判断すべきなのです。
先生、お返事ありがとうございました。
遺伝子検査、気軽に受けられるものではないのですね。主治医の先生からは、遺伝子検査については全く触れられず、初期(手術前8mmと言われていたが手術後6mmになり、浸潤がん、センチネルリンパで転移なし)なので強い希望がなければ全摘はない、と言われています。遺伝性は治療に反映されると思っていたのですが・・・。私は遺伝子検査をしなくても予後がよくなるなら全摘してかまわないと思っています。このままいけば病理の結果を見て、温存手術のまま放射線と薬の治療になりそうです。遺伝性素因がなければ、本当にありがたい手術なのですが、これで良いのか、不安がつのります。病理結果により判断が違うかもしれませんが、先生ならどうされるか、お聞かせ下さいませんか。
>yokoさん
私は今までの患者さんで家族歴があるからと言って術式を変えた経験はありません。また今のところ遺伝子検査を希望された患者さんもいらっしゃいません。さらに正確な病理所見を見ているわけではありませんので以下は参考程度にお考え下さい。
遺伝子検査を受けない(希望しない)状況の元では、一度温存手術を受けて断端陰性なのに後日全摘をすすめることはないと思います(そういう希望が患者さんにあるのでしたら最初から全摘をします)。yokoさんの場合は温存手術を受けてからそのように考え直したというきわめて稀なケースですのでなんともお答えしにくいのですが、今から遺伝子検査を受けて陽性であれば再手術を受けたいということであればそれは選択としてありうることではないかと思います。
今後はもし遺伝性乳がんを疑うケースであれば遺伝子検査の希望を確認しなければならないと思っています。その上で全摘を希望されるのでしたら最初から全摘を行ないます。
期待されている返答にならないかもしれませんがこれ以上はお答えするのが難しいです。
先生、お忙しい中、少ない情報でお返事いただき、ありがとうございました。
私の場合は事前に良性の可能性が高いと聞いていたため、先生との話し合いが足りませんでした。そして手術日からパニックになっていました。
先生のお返事と、その後の主治医の先生の説明で、遺伝子性だからといってやみくもに恐れなくてもいいこと、全摘するしないもそれによって決まるわけではないことが理解できました。
6月21日に内視鏡手術し、現在わかっていることは左乳房内側下部奥の方にできた浸潤がんで、5mm、グレード2、マージン+です。病理結果がわかるのはさらに2週間後、随分先です。
主治医の先生はマージン+でもごくわずかであるため、放射線治療で大丈夫だろう、とおっしゃっています。私はマイナスまで取ってもらった方が安心だと思っています。
先生のブログで、少しずつ勉強していますが、断端陽性というのは落ち込みますね。先生の病院でも断端陽性で放射線治療もあるとのこと。不安ばかりつのりますが、病理結果を聞くときに、主治医の先生にこのことについても、もっと詳しく聞いてみます。
後々気になるなら再手術をしてしまった方がいいのかな、と、知識がないのに悶々と悩むのですが、まずは病理を聞かなくては。これも聞くのが怖いです。
いちいちマイナス結果を聞くたびにパニックになり、その場でうまく質問できなくなってしまいます。
ともあれ、先生のお返事のおかげで、とても気持ちが落ち着き、救われました。ありがとうございました。
あと、やさしい書き口から、勝手に女医さんだと思っていました。
失礼しました。
>yokoさん
遺伝性乳がんが疑われない場合でも断端陽性であれば再手術も選択肢に入ります。遺伝性が疑われ、再発に対する不安が強いようでしたら、全摘して再建という手段もありますので主治医の先生とよくご相談の上でご判断下さい。
それではお大事に!
遺伝性の乳がんではない場合は、家族への遺伝はないということで良いのでしょうか?
私の母親が45歳で乳がんを発症し、46歳で亡くなりました。他の家族で乳がんになった人はいないと聞いています。
母親の乳がんが、遺伝性のものか、遺伝性のものではないのかは分かりませんでしたが、もし遺伝性のものではなかった場合は、私たち娘への遺伝はないと考えてよいのでしょうか。
もちろん乳がんの遺伝は10パーセントだけとのことことなので、乳がんになる確率は一般の人と同じ確率を持つことにはなりますが。
遺伝はないと思えるだけで、少しは気持ちが楽になるな、と思って。。
現在私は36歳、妹は32歳なので、きちんと検診には行って気をつけています。
>匿名さん
遺伝性乳がんでなければ遺伝はしませんが、お母さんが亡くなられていますので確認する術はありません。お母様は診断されてかなり早期に亡くなられておりますので発症は40才未満の若年であった可能性もあります。若年発症は遺伝性乳がんのリスクの1つですので、近親者にお母様1人であったとしても遺伝性素因がないとは言えません。
ただ確認する術がない以上、いたずらに不安になるのは良くないと思います。その一方で遺伝性素因がないからといって安心しすぎるのも良くありません。乳がんの9割は遺伝は無関係で、いまや12人に1人が乳がんに罹患する時代ですので遺伝の有無に関わらず注意すべきなのです。これからも引き続き定期的な検査を受けて下さいね。
それでは。
お忙しいところ、お返事ありがとうございます!
母親の事や、北斗さんの事も含め、ここ最近は、眠れないほど心配な毎日でした。
でも、心配ばかりせず、これからも定期的な検診を心がけます。
こちらのサイトに出会えて、良かったです。気持ちが楽になりました。
>匿名さん
お役に立てたなら良かったです。
それではお大事に!
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