先日、乳房の皮膚の広範な発赤と痛みで受診された高齢の患者さんがいらっしゃいました。
初診は一般外来だったのでマンモグラフィと超音波検査を施行後に私の外来に受診されました。再診時には発赤と痛みは軽減していましたが、超音波検査もマンモグラフィも視触診上も皮膚の著明な肥厚を認めました。その他には腫瘤などの所見はありませんでした。
このような患者さんを診た時にまず第1に頭に浮かぶのは炎症性乳がんです。鑑別には虫さされなどによる炎症性の疾患が挙げられます。ただ、炎症性乳がんというのは皮膚のリンパ管ががん細胞によって閉塞して起きる浮腫がその本態ですので著明なリンパ節転移を伴っている場合がほとんどです。しかしこの患者さんにはまったくリンパ節の腫大が認められませんでした。皮膚生検をすると診断がつく場合がありますが、炎症性乳がんの皮膚生検の陽性率はさほど高くないため、そこにがん細胞が証明できないからと言って炎症性乳がんの否定はできないのです。MRも有用ではありますが、認知症がひどくて腹臥位で長時間じっとしていることは不可能と判断しました。
実は同じような高齢の患者さんを以前経験したことがあります。間違いなく炎症性乳がんだと疑いもしなかったのですが、高齢ということで経過を見ていたら自然に浮腫は消失してしまったのです。結局原因は不明でしたが、リンパ流を阻害するなんらかの原因があったのか、皮膚によくわからない炎症があったのかのどちらかだと思います。
そういう経験があったことと、90才近い高齢者では炎症性乳がんに行なうような強力な化学療法は不可能であること、患者さんのご家族も皮膚生検を望まなかったことから今のところ経過観察をしています。1ヶ月後の検査ではまったく不変でした。まだ炎症性乳がんを完全に否定はできませんが、なんとなく違うのではないかと思っています。
高齢者の場合には、予期せぬことで原因がんと紛らわしい場合がたまにあります。例えばご本人の記憶にはなくても乳房の打撲で知らないうちに小さな血腫になっていてそれがあたかも硬がんのような腫瘤を形成していたり、特発性の血腫(おそらく動脈硬化による血管の破綻)によって乳房全体に巨大な腫瘤を形成していたり…。
今回の患者さんも炎症性乳がんではなかったとしたら、何らかの高齢者特有の病態が炎症性乳がん様の所見を呈する原因だったということになります。乳腺疾患の診断はやはり難しいです。
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