2014年5月19日月曜日

”乳腺外科医”ではなくなった理由

平成になって初めての国家試験で医師になってから25年あまり、そして本格的に乳腺外科を始めてからいつの間にか19年がたちました。

がん専門病院に1年間研修に行った以外は札幌市内の関連病院でほとんど乳腺患者さんばかり診療してきました。がん専門病院と私たちの病院のような一般病院では役割もできることも異なります。それぞれの良さ、欠点があります。

今の病院では、外来患者を診ること、検診をすること、手術をこなすこと、病棟患者を受け持つこと、日当直や救急患者に対応すること、他の地域の内科の手伝いに中期的に行ったり、道内の関連病院へのローテーションをこなすことなどが求められます。研究は自主的に行なって学会にも参加していますが、したくないならしなくても評価は下がりません。もちろん、他の職種への指導は別に求められてはいません。

実は私には持病があります。正常眼圧緑内障という眼圧は正常でも視野が狭くなっていく病気です。診断されたときにはすでに両眼ともかなり進行していて手術は危険な状態だと言われました。そして10年前には、いつ失明してもおかしくない、合併症のリスクも高いけど手術をするかどうか考えるように関連病院の眼科主治医に言われました。その主治医は、自分にはこのようなリスクの高い手術の経験はないから、と緑内障専門病院を2カ所紹介されました。札幌の有名病院では「すぐに手術しないと失明する、それ以外の選択肢はない」と言われましたが、東京のT病院では「手術はまだ勧められない。失明はあと2年は大丈夫、でも5年はわからない。」と言われたため、それならまだこのままでいようと考えて手術を受けるのをやめました。

結果的には今もなんとか見えていますのでこの時の判断は正解でした。なぜなら手術で眼圧を今以上に下げてしまったら視力が著しく低下して外来診療もできなくなっていたからです。がん患者さんの予後告知と同様、あくまでも統計的な数字ですので患者個々にとっては必ずしもこのような医師の予測が当たるわけではありません。このような経験も踏まえて、私は差し迫った必要性がある場合以外は基本的に予後告知はしません。

ただ視野狭窄が高度であることは確かでしたので、患者さんにリスクを負わせてはいけないと考え手術の執刀からは徐々に手を引いていきました。そしてその後は悪化のスピードは落ちたもののやはり少しずつ進行して現在に至っています。ですから緑内障が悪化した時点で、私はすでに”乳腺外科医”ではなくなっていたのです。乳腺センターができてからは管理業務が新たに加わったため、一応センター長という立場を与えられ現在に至っています。

給料をもらっている以上、なんらかの形で病院に貢献しなければなりません。自分の病気によってさまざまな業務への支障をきたすことが入院患者さんに誤解や迷惑を与えてしまうことを避けるために、やむを得ず病棟を離れ主な仕事を化学療法と検診を含めた外来に移行していきました。そしてもう一つ、私の使命と感じていたことがあります。それは、乳腺外科医と乳腺外科医を支えてくれる技術職の職員を育てることです。これはもともと力をいれていたことではありますが、病気が悪化してからは、彼女たちの成長が自分の遺産のように感じていました。もっともっと彼女たちに成長できる機会を与えてあげたいと考えて、学会にも演題を出しながら一緒に行くようにしてきました。

ただここ数年で技術職の職員たちの自主性が育っていることや、N先生が加わってG先生の負担が軽減してきたことで私が果たしてきた役割もそろそろ終わりを告げる時期が来たのではないかと感じています。

いま自分ができることの中でいままでやりたくてもできなかったことってなんだろうか?とか最近よく考えています。そもそもこのブログを始めたのは、こういうことが自分がやりたかったことだからです。診察だけでは不十分な情報をわかりやすく説明してあげたい、嘘や間違った情報から患者さんを救ってあげたい、などがきっかけでした。このような活動を自分の主たる生業にできないかということをここ数年ずっと考えてきました。しかし実際は簡単なことではありません。

生活を維持しながら自分に適したやりがいのある生き方を見つけること、それが当面の私の課題だと思っています。”乳腺外科医”はとっくに卒業しています。できれば”乳腺科医”は最後まで続けたいものです。

11 件のコメント:

ゆうこ さんのコメント...

hidechin先生

こんにちは

初めて投稿させて頂きます
私は先生の事を存じ上げています
勿論先生は私の事は知らないと思います
このブログを拝読させて頂いており
色々とお勉強させて貰っておりました

質問でも何でも無いのですが
この記事を読んで
どうしても、コメントをしたいと思いました

ただ、先生に一言伝えたかったのです

先生は立派な乳腺科医でいらっしゃいます


先生でなければ出来ないことが沢山あると感じています

この記事を書くに当たって
随分迷われたのではありませんか?

私も乳がん患者ですが
先生の葛藤の一部分を見せて頂けたことは
私にとって、前に進む為の力となりました
(Dr.であるまえに、人間であることを感じました)

コメント欄に書くべきでは無いのかもしれませんので、読み終えましたら
削除をお願い致します

でも、先生にどうしても伝えたかったので
無礼をお許し下さい
先生の今後のご活躍とご健康をお祈りいたします

私も乳がんとの共存を前向きに考えて行きます
先生のこの記事を読むことが出来て
私個人は救われました

長文失礼致しました

リンダ さんのコメント...

hidechin先生いつもお世話になっています。

乳がん患者の私は、いつもこのプログを支えにしています。
わからないことなどあれば、ここで先生が書かれていることから検索して参考にしています。

お会いしたことないに、ネットで知り合ったhidechin先生には、毎回メールで質問させていただき、とても真摯にお答えいただいてるので助かっております。
先生は私のとって主治医よりも信頼できる乳腺医です。


治療で迷った時や、主治医とうまくコミュニケーションできない時など、先生のような経験豊富な乳腺医からの客観的なご意見を聞くことができて、本当に助かります。

専門医に相談できる機関は患者にとって必要です。
是非これからも乳腺医として頑張ってください。
これからもよろしくお願いいたします。

リンダ さんのコメント...

訂正
乳腺医でなく、乳腺科医でした。
失礼しました。

hidechin さんのコメント...

>ゆうこさん
はじめまして(でしょうか?)。
温かいお言葉ありがとうございます。おっしゃる通りこの内容を書くのは迷いました。というかこの記事の元を書いたのはもう2年ほど前なのです。プライベートなことなので公表すべきかどうか迷いました。ただ病気は違いますし、がんの予後告知とは意味合いは違うのかもしれませんが、私自身のこのような経験ががん患者さんの少しでも救いになればと思い、公表することにしたのです。
もしゆうこさんがそう思って下さったのなら大変うれしいです。もし差し支えなければコメントは削除せずにこのままにさせていただければと思います。
これからも可能な範囲でブログは継続したいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

hidechin さんのコメント...

>リンダさん
いつもコメントありがとうございます。
ネット上でお答えできること、お答えして良いことをいつも悩みながら今までやってきました。今でもどこまでご相談に乗って良いのか迷うことがあります。できるだけお答えしてあげたいという気持ちはあるのですが、顔を見れない状況でのコメントにいつも不安を持っています。
ここに書き込む方の大部分が、主治医に相談できない何らかの理由があるのだと思い、可能な限りお答えしてきました。でも本当は主治医に気軽に相談できる環境が大切ですよね。有名な大病院ほど患者さん一人に使える時間が少なくなってしまうという矛盾をどうやって解決していくかということに今後の私の生き方のヒントがあると思っています。

まったりーな さんのコメント...

こんにちは

先生のブログいつも楽しみにしています。

患者は、ただその痛み悩みを訴え、それに寄り添いながら過ごしてくださる主治医を求めているように思います。
私は、そのようなDrにこそ診ていただきたいと思います。

病気を診て、人を見ないDrも多い中、先生は、病気を抱えながらだからこそ、患者の痛みや悩みもまた理解でき、同時にその痛みや悩みもまた抱えてしまわれるのではないでしょうか。

一昨年、部切一期的広背筋皮弁による乳房再建の手術をしその後の放射線治療も一段落するも痛みが継続しずっと定期的に受診していました。治療が一段落したとき、主治医の検査の方向性が、受診のたびにコロコロ変わことに不安を感じ「私の左胸だけど診ているように感じる。私をトータルで診てほしい。それができないなら転医する。」と診察室でとうとうプチンとキレてしまいました。

私が嫌だと感じ、乳腺外科として改善してほしいこと、要望することを文書で持って行きました。主治医に意見を言う事は、患者もかなりのエネルギーがいります。ましてや正反対の意見を言おうものなら大げさなようですが、決死の覚悟です。主治医の意見に患者が何も言えない状況こそ悪循環の始まりなのではないかと思います。私は治療の主体はあくまで自分であり、その道案内や情報を整理を一緒に考えてくださるのが主治医なのではないかと思っています。

どうぞ先生、お体大切にしていただいて患者さんと共に歩いて行ってくださいますようにお願いいたします。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

hidechin さんのコメント...

>まったりーなさん
温かいお言葉ありがとうございます。
まったりーなさんのおっしゃる通り、診療の主役(この表現が正しいのかどうかはわかりませんが)は患者さんです。実際は言葉に出して診療に関する不満を医者に訴えるのは患者さんとしてはなかなか難しいことだと思いますので、まったりーなさんの場合はよほどの覚悟があったのだと思います。これで主治医の先生が理解して下さって良好な関係を築けるといいですね。
これからもよろしくお願いいたします。

まったりーな さんのコメント...

ご心配おかけして申し訳ありません。
言葉足らずで・・・・・

ちゃんと、主治医は私の思いをくみ取ってくださって、良好な関係が築けています。思いは言葉にしないと伝わらないですもんね。

何度もお話しさせていただく中で、関係もよくなっていくように思います。もちろん失礼な言い方をしないようには気を付けるようにしていますが、自分の考えはきちっと伝えることも大切な事だと思いました。

hidechin さんのコメント...

>まったりーなさん
そうですか。それなら良かったです(笑)
これからも良好な関係を築いていって下さいね!それではお大事に!

ひかり さんのコメント...

こんにちは。

以前2回ほどコメントしお返事頂いたひかりです。
その節はありがとうございました。

私の話で恐縮ですが、「ほぼ乳がん」と診断され、投げやりに「痛い思いはもうしたくないので、針生検なしで取って下さい」と全摘。
再建後にホルモン治療もあってか抑うつ状態になり、主治医や周囲の人に心配、迷惑をかけました。
とんでもない患者です。

落ち着いた頃、先生のブログにたどり着きました。
先生の患者さんに対しての真摯な対応、暖かいまなざし、病気に対しての勉強など、癒されたり、励まされてます。

今回の先生のブログは、
「自分は病気を理由につまらない人間になっているのではないか」と振り返るきっかけになりました。

乳がんにならなければ、先生のブログにたどり着くこともなかったと思います。
乳がんになってよかったことです。

うまく表現できなくてもどかしいですが、
先生に感謝をお伝えしたかったのです。

先生、くれぐれもご無理はなさらずに。

hidechin さんのコメント...

>ひかりさん
こんばんは。コメントありがとうございます。
私のブログが少しでもお役に立てたならうれしいです。
これからもできる範囲内でお役に立てる情報を書いていきたいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。