2010年2月25日木曜日

術前のMR検査は乳房温存術後の再手術率を改善しない??

Lancetの2010年2月13日号に、「早期乳がんの術前にMR検査を追加しても再手術率は改善しない」というイギリスのCOMICE試験の報告が掲載されました。

今までの通説では、視触診、マンモグラフィ、超音波検査に造影MR(またはCT)を追加することによって乳房温存術後の断端陽性率(癌の遺残率)を低下させることができるとされてきましたので、まったく正反対の報告です。

この臨床試験の概要は以下の通りです。

対象・方法:トリプルアセスメント(視診/触診、X線マンモグラフィ/超音波、穿刺吸引細胞診/コア生検)施行後に乳腺部分切除術が計画され、生検で原発性乳がんが証明されている18歳以上のイギリス人女性1623例。これらの症例をトリプルアセスメントにMRIを追加する群(816例)とトリプルアセスメントのみの群(807例)に無作為に割り付けた。

主要評価項目:割り付け後6ヵ月以内の再手術の施行率、もしくは初回手術時の病理検査で切除術は回避可能との評価(切除断端の陰性率を意味すると思われる)。

結果:再手術率は、MRI追加群 19%(153/816例)、MRI非追加群 19%(156/807例)であり、両群で同等であった(オッズ比:0.96、p=0.77)。

結論:「早期の原発性乳癌の診療にMRを追加しても、再手術率は低減しない」「高価な検査法であるMRが不要なことが確認されたため、医療資源の観点から国民保険サービス(NHS)にはベネフィットがもたらされる。NHSの利便性の改善に役立つ可能性がある」


時として欧米の臨床試験結果は、日本国内の実臨床とかけ離れた結論が出ることがあります。今回の結果もそのまま日本人に当てはめることはできないかもしれません。理由は以下の通りです。

①日本では(施設によりますが)、MRで広範な乳管内進展が疑われた場合には、最初から乳房温存術を避け、乳房全摘を選択しているケースが多い可能性がある(つまり、MRによって無益な乳房温存術施行を回避できているため、MRは有用)。
②大きな欧米人の乳房に対しては、MRで進展範囲がわかっても適切にその範囲を切除することは日本人に比べると難しい可能性がある。
③そもそも日本における標準的な乳房温存術の切除の方法と欧米のそれとは若干異なっている(欧米では乳房が大きいこともあり、日本のようなケーキを切るように乳腺を垂直に切除するような方法はあまり行なわれていないため断端から距離を取るのが難しい→ただし、最近では美容的効果を重視する傾向が強くなってきたため欧米式の切除法を行なう施設も増えてきている)。


少なくとも私たちの施設では、MRを導入してから断端陽性率と再手術率は明らかに低下しています。どんな優れた診断装置があっても、使い方を間違えば誤った結論が出る可能性があります。美容的な要素も大切ですが、やはり根治性を損ねないようにするのが大前提だと私は考えています。

2010年2月24日水曜日

乳房温存術後の短期間放射線照射法の無作為比較試験結果

乳房温存術後には、局所再発予防目的で温存乳房に放射線治療を行なうことがガイドラインで推奨されています。

現在主に行なわれている照射法は、50Gy(グレイ)という量を25回に分ける方法です。週4回照射すると約6週間かかります。日本ではあまり問題になってはいませんが、北米では治療回数の多さや費用を理由に放射線治療を受けない患者さんも出てきているようです(最大30%!)。

そこでカナダ・マクマスター大学Juravinskiがんセンターでは、少分割・短期間照射の有用性についての無作為化試験を実施し、その成績が報告されました。

追跡期間:中央値12年
対象・方法:1993年4月~1996年9月の間に、浸潤性乳がんで乳房温存術を受け、切除断端(-)、腋窩リンパ節(-)で放射線治療を受けた1,234例。対照群(標準線量50.0 Gyを25分割で35日間かけて照射、612例)と少分割照射群(42.5 Gyを16分割で22日間かけて照射、622例)に無作為化し追跡。

結果:追跡10年時点の局所再発リスクは、対照群6.7%だったのに対して、少分割照射群は6.2%と効果に差は認めず。美容的アウトカムは、良好(good)もしくは優良(excellent)が対照群では71.3%、少分割照射群では69.8%と有意差なし。


つまり、「少分割照射療法は標準照射療法と比べて、10年時点でも劣らない」という結論だったということです。しかし、北米での成績が日本でも当てはまるかどうかは今のところ不明です。もう少し多施設の臨床試験もしくは国内の臨床試験の結果が出なければ安易に照射法を変更することは勧められませんが、もしこの結果が正しいのであれば、患者さんにとっては身体的、経済的な恩恵は大きいと思います。

2010年2月23日火曜日

東京家政大学でのピンクリボン運動の取り組み

読売新聞からのニュースです。

東京家政大では、病院に勤務する卒業生がきっかけとなって、昨年9月の理事会で大学としてピンクリボン運動を行うことを決めたそうです。大学全体でピンクリボン運動を展開するというのは今まで聞いたことがありません。

同大学で行なってきたピンクリボン運動をご紹介します。

1.昨年10月の学園祭で、栄養学科の学生たちが乳がん予防に役立つメニューをそろえたカフェを運営。

2.「ピンクリボンデザインコンテスト」を実施。家政学部造形表現学科4年の村嶋杏弥さん(21)がデザインした、胸に大きなピンクリボンをつけた女の子のキャラクターが最多得票で採用。

3.乳がんの早期診断などを呼びかけるメッセージとともに、そのキャラクターが描かれた自販機を1月末から、板橋キャンパスの3か所に設置(写真はhttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20100221-OYT8T00110.htmで見れます)。この自動販売機のデザインの変更は、運動に賛同した飲料業者が無償で引き受け、大学側が得る自販機収入の一部を運動費に充てるほか、推進団体への寄付も行っています。

きっと東京家政大学の学生さんたちは、大学生のうちから乳がんに関する正しい知識を身につけることで、乳がん検診をきちんと受ける大切さを広めていってくれるでしょう。流行だけで終わらせないように、この運動を是非これからも継続してもらいたいものです。

大学に進学する女性が非常に多くなってきていますから、このような運動を全国に広めていって欲しいですね。そしていつかどこの大学でも同じような光景がみられるようになるとうれしいです。

2010年2月20日土曜日

患者会新年会


もう2月ですのですっかり遅くなってしまいましたが、今日、午後から乳癌患者会の新年会がありました。

場所は札幌駅近くの”かに○家”。昼間なので3000円で飲み物付きのお得なコースでした。

最近の新年会はホテルで行なうことが多く、20人以下くらいの参加でしたが、今日は30人くらい集まって大盛況でした。職員も2病院から今までで最高の9人参加して楽しい時間を過ごせました。

秋の温泉旅行は初めての泊まりがけになりそうです。質問攻めがちょっと怖いですが、診察室とは違った雰囲気でゆっくりお話できるのもなかなかいいものです。今から楽しみです!

2010年2月17日水曜日

絵本 ”おかあさん だいじょうぶ?”

乳がんになったお母さんが直面するひとつの大きな悩み、それは自分の小さな子供さんにどうやって病気のことを伝えたら良いのか?ということです。

子供にとってお母さんの象徴でもある大事なおっぱいを失ってしまったり、大きな傷がついてしまったり…、そんな姿を見せたくないという思いもあったと思います。もしかしたらいまだに一緒にお風呂に入っていないという方もいらっしゃるかもしれません。私の患者さんの中にも当時3才くらいだった娘さんと何年間も一緒にお風呂に入れなかったという方もいました。

また、”がん”という言葉が子供さんに死をイメージさせてしまい、不安にさせてしまうのではないかという思いもあるでしょう。

そんな乳がん患者さんの子供さん向けの絵本が発売されました。

”おかあさん だいじょうぶ?”という絵本です。先日朝日新聞でも紹介されたようですが、厚生労働省の研究班(研究代表者=真部淳・聖路加国際病院小児科医長)に参加する医師や臨床心理士ら5人が手がけたもので、挿絵はイラストレーターの黒井健さんが担当しています。

この研究班の報告によると、子供さんを持つ乳がん患者さんのうち半数近くは子供さんへの伝え方に悩み、約7割がその生活や勉強への影響を心配していたそうです。一方、子供さんの方も、8割が母親の病気で中等症以上の心的外傷後ストレス症状を示していることがわかったということです。またこの本には、絵では描き込めない児童心理や医学的な問題を「解説新聞」として織り込んでありますので参考になることが多いと思います。

絵本は書店やAmazonからも購入できますし、小学館のホームページからも注文できるようです。私もさっそく注文しました。
詳細は”Hope Tree~パパやママががんになったら~”のHP(http://www.hope-tree.jp/news/#1266035736-384179)をご覧ください。

2010年2月16日火曜日

”がん患者、お金との闘い”

大腸癌と壮絶に戦って先月亡くなった金子明美さんを取材したドキュメントを元にした書籍、”がん患者、お金との闘い”についての番組を今日の夕方テレビで見ました。

金子さんのことは、STVのドキュメント番組、「命の値段 がん患者、闘いの家計簿」を見て知りました。

元看護師の金子さんは、子供二人とご主人の4人暮らし。進行大腸癌の術後間もなくに再発と診断されて化学療法を繰り返していましたが、家族旅行やマンションの頭金にためていた資金もすべて治療に費やしてしまい、高額な新薬を使うことができないほど困窮してしまいました。彼女は、体調の悪い中、国や役所にかけあったり、街頭でアピールしたりなどの活動を始め、一般家庭の主婦が抗がん剤治療を続けることの困難さを訴え続けました。また、2008年には、リレーフォーライフ北海道の実行委員長として、大腸癌だけではなく、乳癌などのがん検診の啓蒙活動にも力を入れてきました。

残念ながら、闘病もかなわず、2010年1月16日に41才という若さで亡くなってしまいましたが、患者の立場から見たがん治療の問題点を広く世の中に伝えるという大きな功績を残されたと思います。

大腸癌だけでなく、乳癌領域においても、抗がん剤や分子標的薬、ホルモン剤など高額な薬剤を使用します。患者さんからも治療費の相談をされることがあります。でもきっと患者さんたちはぎりぎりまで我慢していたはずなんです。患者さんが私たちにお金の相談をする時はよほどの時なんだと思うようにしています。そういう場合は、すぐに医療相談室に行ってもらって対応してもらうようにしています。

すべてが解決するわけではありませんが、いろいろ使える制度もあります。知らないで黙っていても行政はなにもしてくれません。しこりがあるけどお金がなくて受診できない、治療費が払えなくなったから治療を黙って中断してしまう、薬を間引きして内服する、など実際に経験したことですが、このような状態になる前に病院の相談窓口に声をかけてみて下さい。きっと何か方法が見つかるはずです。


なお、”がん患者、お金との闘い”購入をご希望の方は、書店かSTV store(https://stvshop.jp/shop/item.html?shop=stvstore&m_id=5200)まで。

2010年2月12日金曜日

乳癌の治療最新情報15 ラパチニブとレトロゾールの併用療法が米国で承認

昨年国内でもアンスラサイクリン(FECなど)、タキサン(パクリタキセル、ドセタキセル)、トラスツズマブ(ハーセプチン)の投与歴のある、HER2陽性の手術不能または再発乳癌に対して承認販売されたラパチニブ(商品名 タイケルブ)ですが、今のところ国内の使用法は、カペシタビン(商品名 ゼローダ)との併用のみに限定されています。ですからすでにカペシタビンを使用してしまっている患者さんに対してでも、効果がなくなってしまったカペシタビンを再度投与しなければならないという矛盾があります。

今回米国で承認されたのは、HER2陽性、ホルモンレセプター陽性の閉経後再発乳癌の患者さんに対する、ラパチニブとレトロゾール(商品名 フェマーラ)との併用です。

追加承認に至った根拠になる臨床試験では、ER(+)かつHER2(+)の閉経後転移性乳癌患者219人を対象とした無作為二重盲検、プラセボ対照の試験で、ラパチニブとレトロゾールを併用した患者は無増悪生存期間(PFS)中央値がレトロゾール単独投与群に比べて5.2ヵ月延長したということです。併用投与群における最もよくみられた有害事象(発現率20%以上)は、下痢、発疹、嘔吐、倦怠感でした。

今回の承認においても、ホルモン療法剤が、レトロゾールに限定されています。もし、術後補助療法にレトロゾールを使用してしまった場合にはどうすればいいのか、という問いに対する答えはありません。

もし国内でもこのような形で承認されるのであれば、私ならER(+)かつHER2(+)の閉経後乳癌患者さんの術後には、万が一再発した場合のことを考えてレトロゾール以外のホルモン剤を使用するかもしれません。エストロゲン低下作用はレトロゾールが最も強いと言われていますが他のAI剤と大きな予後の差が証明されているわけではありませんので、再発時にラパチニブと併用できるようにレトロゾールを温存しておくほうが良いと考えるからです。

エビデンスが重視されるのは大切なことです。しかし、エビデンスにがんじがらめにされてしまっていて身動きができなくなっています。できればラパチニブと併用できるホルモン剤をレトロゾールに限定しない形で国内では承認されると良いのですが…。最近の傾向では無理そうですね。