2010年11月23日火曜日

抗癌剤の副作用8 心筋障害



原因薬剤の種類が限定されており、頻度もそう高くありませんが、注意すべき抗がん剤の副作用の一つが心筋障害です。

乳がん領域においては、特にFECやACに用いるエピルビシン(商品名 ファルモルビシンなど)やドキソルビシン(商品名 アドリアマイシン)などのアンスラサイクリン系の薬剤やトラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)をよく使用するため時々問題になります。

抗がん剤による心筋障害の概略は以下の通りです。

原因薬剤:                                
①アンスラサイクリン系抗がん剤(ダウノルビシン、エピルビシン、ドキソルビシンなど)→不可逆性、用量依存性。ハイリスクは、高齢者、心血管疾患や糖尿病、高血圧の合併、ハーセプチンの併用、放射線照射の既往など。           
②トラスツズマブ(ハーセプチン®)→可逆性(ただし約20%は不可逆性)、用量非依存性(治療開始後数週間から数ヵ月以内に発現)。ハイリスクはアンスラサイクリンの併用

検査:                                       
心毒性を持つ化学療法剤の投与前には必ず心機能の評価(UCG)を行なう。治療中も3ヶ月に1回程度、UCGでフォローする。血中トロポニン値を測定が有用とも言われている。

治療:                                   
原因薬剤を中止する。トラスツズマブは中止によって2 ~ 4 ヵ月で心機能が回復する可能性が高い。アンスラサイクリンによる心筋障害は中止しても改善しない。心不全の治療は、通常の対応と同様。


今から10年以上前に呼吸困難を主訴に受診した、がん性胸膜炎(悪性胸水)を伴う4期の進行乳がん患者さんがいました。

すぐに抗がん剤(CAF療法)を行なって3回で腫瘍は縮小し胸水も消失したため原発巣を切除。その後合計6回の予定で化学療法を行なっていたところ、5回目の投与で重症の心不全を発症したのです。

内科的に治療を行ないながらタモキシフェンのみの投与を行なったところ、10年近くの長期にわたってCR(完全寛解)を継続できました。しかし、心機能は改善しないため、心不全の入院を繰り返し、QOLを著しくて以下させてしまうことになりました。

この患者さんに言われた言葉が忘れられません。

「お金がかかって主人にも迷惑がかかるし、こんなに苦しい思いをして生きるくらいなら、乳がんなど治さないであの時に死なせてくれれば良かったのに…」

医師としてがんを治すだけでは患者さんを幸せにすることはできない場合があるということを教えていただいた症例でした…。

写真はアドリアマイシン心筋障害の胸部レントゲン写真です(左が安定期、右が心不全発症時)。

2 件のコメント:

Martha さんのコメント...

hidechin先生

まったくもって、自分の不勉強だったのですが...乳癌術後検診の中に定期的に心エコーが入っているのはなぜかな?と思っていました。

薬剤によって心筋障害が引き起こされるのですね。

いつも勉強になります。ありがとうございます。


この患者様の言葉はいろいろ考えさせられました。

hidechin さんのコメント...

>Marthaさん
心エコー(UCG)をいつまで続けるのかという問題はありますが、少なくとも投与中は定期的に行なっていたほうが良いと思います。
よかれと思って治療しても患者さんはがんだけと闘っているわけではありませんから、全ての患者さんに満足いく治療を行なうというのはなかなか難しいですね…。最近では経済的な問題もそうだと思います。