2010年3月18日木曜日

再発乳癌における積極的治療から緩和ケアへの移行のジレンマ


再発乳癌治療において頭を悩ませる問題の一つは、積極的治療にどのように緩和ケアを導入し、その比重を変えていくかということです。図はWHOが提唱する緩和ケアのあるべき姿を示したものです(がんナビhttp://cancernavi.nikkeibp.co.jp/guide/sugosu0604.htmlより転載)。がんと診断された時から緩和ケアを徐々に導入し、状況に応じてその比重を上げていくべき、という考え方です。

しかし、乳がんの場合、再発しても治療によって長期の予後が期待される場合も多いので、緩和ケアの導入がなかなか難しいのです。

骨転移で痛みがあったり、胸水で呼吸困難感があるなら通常でも症状緩和も平行して行ないますが、無症状の場合に緩和ケアについてお話しするのは少し抵抗を感じます。

なぜかというと、再発という患者さんにとっては非常にショックなことからなんとか立ち直って治療を頑張ろうと考えているときに緩和ケアの話をされてしまうと、まだまだ予後は期待できるかもしれないのに場合によっては不安や死の恐怖感を意識してしまうことになるかもしれないからです。

そして緩和ケア病棟に移行する場合にはもっと困難が生じます。施設によっても異なりますが、緩和ケア病棟(ホスピス)では、積極的治療を行なっている患者さんの受け入れをしていない場合が多いのです。たしかに、苦痛を緩和する目的で入院する病棟で抗がん剤の副作用に苦しむというのは矛盾しています。しかし、副作用の軽い内服の抗がん剤やホルモン剤、ハーセプチンなども断られてしまうのです。これらは症状を緩和できる可能性をもっていますし、乳がんの再発の場合はぎりぎりまでこのような治療を行なうケースが多いのです。

完全にがんに対する治療をやめたくはないけど、苦痛も取りたい、という患者さんの希望に多くのホスピスは応えてくれません。結局は外科の病棟で外科医が中心に治療を行なっています。治療内容は大きな違いはありませんし、緩和ケア医に相談して薬を調整することもできます。しかし、このような患者さんたちにとって、外科病棟の療養環境はあまり快適ではないのです。

こういう理由もあって、当院においても緩和ケア病棟における乳がん患者さんの比率は高くありません。ほとんどの緩和治療は、再発治療をしながら外科病棟で行なってきました。新病院ではなんとかこの問題をクリアできないか、現在検討中です。

問題点は緩和ケア医との考え方の相違だけではなく、診療報酬にもあります。ホスピス入院中の診療報酬は緩和ケアによる入院費のみで算定されるため、高価な抗がん剤に対してはまったく診療報酬が支払われず、病院負担になってしまうのです。ハーセプチンなどとてもできません。現在、DPC病院に対しても抗がん剤使用中は出来高算定できるように検討されています。ホスピス入院中の緩和的化学療法(ホルモン療法)に対して、なんらかの診療報酬の上乗せが可能になれば状況は変わるかもしれません。


3/25(18:30から)に市立札幌病院において平成21年度がん診療連携研修会シンポジウム「治療と緩和ケアの境界(かきね)を越えて」が行なわれます(対象は医療従事者のようです)。

目的は、「シームレスながん医療が必要と謳われながらも急性期病院における現状は、積極的治療から緩和ケアへのギアチェンジに未だ問題を残している。入院化学療法、退院、外来化学療法、治療の中止、といった一連の過程をそれぞれの立場から、その役割についてご紹介いただき、当院におけるシームレスながん医療とは何かを検証する」というものです。

演題は下記の通りで入場無料、事前申し込み不要とのことです。乳がんとは直接関係ないかもしれませんが、可能なら参加したいと考えています。
*案内のメールには事前申し込み不要と書いてありましたが、病院に届いたFAXには事前申し込みが必要となっていました。訂正いたします。詳細は市立病院(011-726-2211内線2240)までお問い合わせください。

1.化学療法の終了時期の判断基準について
消化器内科(がん薬物療法専門医) 中村 路夫先生

2.血液腫瘍疾患の看護
5階西病棟 坪田 裕子さん

3.外来化学療法における看護
がん化学療法看護認定看護師 高口 弘美さん

4.急性期病院における緩和ケアの実態
緩和ケア内科 小田 浩之先生

2 件のコメント:

rinko さんのコメント...

なるほど。
そのような理由があったんですね~。

現在、母がホスピスに入院中です。
母の場合は手の施しようがなく治療は出来ない状態だったので緩和ケアを受けています。
大病院から「早急にホスピス待ちをして下さい」と言われ半強制的に退院させられました。
面接まで2カ月待ち、いつ入院できるかわからないホスピス。途方に暮れる中、3ヶ月後やっとホスピスに入院出来ました。緩和ケアできる病院が圧倒的に少なすぎます。

確かに母のホスピスでも積極的治療はしませんと最初に言われてますし、何よりも患者本人がホスピスの意味を理解していないと入院できません。

しかしながら私は緩和ケアの必要性を強く感じています。人それぞれ違うようですがその痛みは辛いらしく本人は当然の事、看ている家族もいたたまれなくなります。
緩和ケア医は毎日のように患者さんと面談し、個々に合わせたケアを実施しています。
そしてホスピスでの看護体制のきめ細かさは通常の病院と違うことも実感しました。少人数の患者さんだからこそ出来る事なんでしょうね。

自分も乳がんになり癌の怖さを実感すると共に、早く”治療と緩和ケアの境界(かきね)を越える医療”を実現して欲しいと切に思います。
先生方も治療するためにお医者さんになったわけで、現在の緩和ケア医とは正反対の行為をするんですものね。

先生、是非頑張って新病院でクリアして下さいね!!

hidechin さんのコメント...

>rinkoさん
お母様はホスピスに入院されているのですね。手厚い緩和ケアを受けられているようで、入院を待ったかいがありましたね。残りの時間を安楽に過ごせますことをお祈りいたします。

ちなみに緩和ケア医と私たちは、本来対極の立場ではないのですよ?私たちは再発治療をしながら患者さんの苦痛を取る治療を同時に考えていますし、治療が難しい場合には緩和ケア医にも相談しています。昔のように患者さん不在の延命治療(実際は延命効果もなく患者さんを苦しませ、医師と患者さんのご家族だけが満足するような積極的な治療)は、絶対にしないようにと考えながら治療を行なっています。

しかし、一部の緩和ケア医の中にはその頃の外科医や内科医に対するイメージが強すぎるため、積極的治療=患者さんを無意味に苦しめる治療、と考える傾向があるのではないかと思います。もちろん、未だに昔のような患者さんに苦痛を与えるだけの積極的治療を押し付けている医師や病院もあるのかもしれませんが…。

これからはそのような積極的治療を行なう医師と緩和ケア医が相互に理解を深めて、患者さんにとってより良い治療は何かを検討していく姿勢が大切になってくると思っています。それが”治療と緩和ケアの境界(かきね)を越える医療”につながるのだと信じています。