2011年2月21日月曜日

文藝春秋3月号「私がすすめるがん治療」への疑問③

このシリーズは2回で終わる予定でしたが、今日、病院の図書室で「癌と化学療法(第38巻 第2号 2011.2)」を読んでいたら興味深い特集がありましたので追加します。

「がん治療における外科的治療の役割 肺がんーCT検診で外科的治療成績は著明に向上ー」(国立がんセンター東病院 呼吸器外科 前田亮先生)

今まではCTによる肺がん検診に関しては賛否両論があり、検診としてのエビデンスが十分ではないということで推奨されていませんでした。CTによって胸部単純撮影より小さながんが見つかるのはある意味当然です。しかし、近藤先生も書いていますが、検診の有効性を証明するためには、検診で発見された患者さんが検診以外で発見された患者さんよりも予後が良いというだけでは不十分なのです。

検診発見がんの中には一生命に関わらないがんもありますし(overdiagnosis bias)、検診ではスピードが遅い予後の良いがんが発見されやすく、スピードが速いタイプのがんは引っかからないというlength biasもあります。また、CTの場合は放射線被爆の問題もありますので検診を受けたことによって肺がん死亡が減っても他病死(他臓器がんも含めて)が増加してしまう危険性もあります(これはよく乳がん検診も含めた検診不要論者が主張する点です)。ですから、全死亡率が低下しなければ正確には検診の効果があるとは断定できないのです。

この論文の中には、全世界で行なわれている肺がん検診に関する臨床試験の中で最大の無作為比較試験であるNational Lung Screening Trial(NLST)の結果が書いてありました。これによると、ついに胸部単純撮影群に比べて低線量のヘリカルCT群において20%の肺がん死亡率減少と7%の全死亡率の減少が確認され(有意差あり)、2010.10に試験の中断が米国国立癌研究所(NCI)に勧告されたということです。

この臨床試験は「肺がんハイリスクグループ」が対象ですので全ての人が対象というわけではありませんが、CTの被爆リスクを考慮しても肺がんの早期発見が有益であることを初めて立証したことになります。

さて、文藝春秋3月号において、「がん早期発見のためのがん検診は無意味」と断定された近藤誠先生はこの結果をご覧になっていたのでしょうか?そしてどう反論されるのでしょうか?とても興味深いですね。

乳がん検診におけるマンモグラフィの乳がん死亡率の低下は立証されています。ただ、全死亡率の低下についてはエビデンスは不十分と言われています。早くきちんとした形で証明されると良いのですが…。ただ、もしマンモグラフィによって全死亡率が低下しないという結果が出たとしても、イコール乳がん検診は不要ということにはならないと思っています。マンモグラフィでは不十分なら、超音波検査、MRといった他の手段で死亡率低下を期待できる検診方法を追求するのが本当の医療者の姿ではないかと思っています。

12 件のコメント:

rinko さんのコメント...

始めてブログを読ませていただき、これまで疑問だったことの糸口が見つかりそうな気がして、質問させていただきます。
先日、乳がんで全摘を行いました。31歳です。
診断される1年と数カ月前にしこりが気になり、マンモと超音波、視触診を受けたところ、乳腺症と診断。以降もしこりはずっとありましたが、今回しこりがやけに気になり同じ病院でもう一度検査したところ、マンモでは変化なしでしたが、その後受けた超音波で5cmのしこりが発見され悪性でした。
病理の結果、進行度の遅い癌(グレード1・乳腺管癌)、広範囲に非浸潤がん、浸潤部1.5cmと分かりました。
それ以降、進行度の遅いがんなのに、なぜ最初の検査で見つからなかったのか、前回は超音波で分からず、約1年半後に5cmで発見されることはあるのかが疑問で、どういう考えをもって自分を納得させればいいのか分からないでいます。こういうことはあるものでしょうか?
告知後すぐに転院したので、これらの理由をその医師に聞けないままでいます。検査をしてもらった医師の見解を伺いたいのですが、行動を起こしてもいいものか、勇気がでないでいます。伺いに行っても良いものでしょうか?
また、1年半前であれば浸潤癌ではなかった可能性は大きいでしょうか?
自分が後ろ向きなのはよく分かっていますが、自分のことなのできちんと理解しておきたいと思います。
長くなってしまいましたが、先生のお考えを伺えればと思います。

hidechin さんのコメント...

>rinkoさん
はじめまして。
まず、非浸潤がんも含めた5cmというサイズは考慮からはずすべきだと思います。極端に言えば、石灰化を伴わない非浸潤がんであれば、偶然発見した時には乳房内全体に広がっていることもあるからです。がんがいつからあったのかということと、がんがいつから診断可能であったのかということは明確に区別すべきだと考えます。
rinkoさんの場合で言えば考慮すべきなのは全体のサイズではなく、浸潤がんの1.5cmです。これが1年数ヶ月前からあったかどうかは不明です。その時は非浸潤がんの状態で、この間に浸潤部分が1.5cmまで大きくなったとしても不思議ではありません。では、最初の時に非浸潤がんで診断可能であったかどうか、ということについては証明しようがありません。今回のマンモグラフィにも写っていないわけですから前回にもないはずです。超音波検査の画像を見てみないとわかりませんが、今見直しても乳腺症の所見しか写真に残っていなければ、その当時では画像的な診断は不可能だったと言わざるを得ません。特に乳腺症の変化が強い場合には非浸潤がんとの区別が非常に困難な場合があります。
後悔するお気持ちはわかりますが、浸潤部分が2cm以下でリンパ節転移がなければ1期です。90%位は治癒する状態ですので前向きに明るく生きていくほうがずっと良いのではないかと思いますよ。ご自分で乳房の状態に注意していたから2cm以下で診断できた、というふうにお考えになってはいかがでしょうか?
ちなみにrinkoさんと似たようなケースは乳腺外科医であればほとんどが経験があるはずです。定期的に検査を行なって最善の努力をしても全てのがんを非浸潤がんで診断することは不可能です。がんのタイプによっては非浸潤がんで診断できることはありますが、すべてではありませんし、ましてや1年半近く検査の間隔が空くと浸潤がんで発見されてもまったく不思議はありません。非浸潤がんで発見できればベストではありますが(近藤先生はがんもどきと呼んでいますが)、1期までの”早期がん”で発見することが乳がん死亡率の低下につながると考えて私たちは日常の診療を行なっているのです。
以上ですがご理解いただけましたか?明るく前向きに笑顔を忘れずに生きていってくださいね!それではお大事に!

リリー さんのコメント...

貴重な情報ありがとうございます。
私自身もサバイバーでがん体験者の就労支援の仕事をしていることもあり、新しい情報はなるべく理解するように努めていますが、なかなかついていくのがやっとの状況です。
先生のブログは本当にありがたく、医師としての情熱も感じられ大好きなブログの一つです。
これからも色々な情報と先生のお考えを発信していってください。
応援しています。

hidechin さんのコメント...

>リリーさん
こちらこそありがとうございます。
そう言っていただけると頑張りがいがあります!
これからもよろしくお願いいたします。

p さんのコメント...

技師を目指しているものです。質問です。
粘液癌についてなのですが、混合型の場合、腫瘍内の粘液部分は約何パーセントあれば粘液癌など規定はありますか?癌細胞が粘液湖中に浮遊しているところをわずかでも認めた場合、粘液癌に分類されるのでしょうか?

rinko さんのコメント...

初めての不躾な質問にも関わらず、ご丁寧な返答をいただき、ありがとうございました。
今まで知りたかった答えがたくさん詰まっているような気がしました。教えていただいたこと、何度も読み返し、しっかりと心の整理をつけたいと思います。
その前にもう少しだけ質問させてください。
お世話になっている周りの先生方には、「今見つかって本当にラッキーだった」と言われます。私自身もそう思う反面、通常の検診で行ったのではなく、しこりという自覚症状があって検査に行ったのに、1年数ヵ月後にその同じしこりががんと診断されたことに納得がいかない気持ちでいっぱいです。
私のようなマンモと超音波で分からない非浸潤癌を、見つける方法はないのでしょうか?(例えば、MRIや細胞診など)
集団検診などでのスクリーニングと、自覚症状があっての検査は違うような気がしますが、マンモと超音波以上の精密検査は私のような場合で受診した場合も通常しないものなのでしょうか?
健側の乳房の定期検査も、超音波とマンモで大丈夫なのか心配です。
何度もお手数ですが、よろしくお願い致します。

hidechin さんのコメント...

>pさん
私は病理医ではありませんので多少専門外ではありますが、わかる範囲内でお答えします。
国内における基準はあまり明確に書かれたものはないようですが、米国における基準は以下の通りのようです。
粘液癌の成分が、
90%以上→pure type
10-90%→mixed type
10%未満→乳管癌に分類する
(私もあまり細かく考えたことはありませんので当院の病理医に確認しました。)

hidechin さんのコメント...

>rinkoさん
自覚症状があって受診した場合にどこまで検査するのかは、実際に診察したり検査所見を見たわけではありませんので何とも言えません。
超音波検査で乳腺症と診断されても、触診所見に違和感を感じればMRまで行なう場合もあります。また、超音波検査で気になる所見がある場合には、仮に細胞診で良性と出てもMRや組織診まで行なう場合もあります。
そもそも初診時に自覚していたしこりが本当にがんによるしこりかどうかも不明ですので(触れたしこりは乳腺症でその中にがんができた可能性も否定はできません)、ネット上で確かなことをお答えすることはできません。
ちなみに超音波検査で異常所見がないものを細胞診をするということには通常はないと思います(昔は超音波検査もせずに細胞診をすることもありましたが)。細胞診をする場合は超音波で病変と思われる部分を狙って採取するからです。
疑問や不満もあるかと思いますが、それを追求することで得られるのはメリットよりデメリットのほうが大きいと思いますよ?
これは私が同業者だからかばっているというわけではありません。rinkoさんの今後を考えるとまずは前を向いてしっかり治療することが大切だと私は思います。

rinko さんのコメント...

そうですね、過ぎたことを振り返るより、これが運命だったんだと受け入れ、これから前向きに治療をしていきたいと思います。
先生のお考えを聞くことができ、診断は極めて難しいことだということが分かりました。
先生方には感謝しています。
お忙しい中、本当にありがとうございました。
先生の記事はとても勉強になるので、またときどき読ませていただきます。
ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>rinkoさん
ご理解いただけて良かったです。
また何か不安になったらご相談下さい。お大事に!

P さんのコメント...

貴重なご返答、本当に有難うございました。

hidechin さんのコメント...

>Pさん
これからも勉強、頑張って下さいね!