2011年7月23日土曜日

腋窩郭清は不要? の続き

今日、北海道乳腺疾患研究会に行ってきました。進行再発乳癌とセンチネルリンパ節生検についてのセッションがあって、それぞれ基調講演と演題の発表がありました。

進行再発乳癌のセッションでは、G先生に私たちの病院の症例を発表してもらいましたが、プレゼンテーションの方法も良かったですし、興味深い症例だったのでフロアからの質問もあって成功でした。終了後の懇親会でも、乳腺クリニックの先生からお褒めの言葉をいただいて私としてもうれしかったです。

そしてセンチネルリンパ節生検についてのセッションでは、ACOSOG(Z0011)の報告について話題になりました。この臨床試験の結果は新聞でも報道されて話題にもなりましたし、このブログでも取り上げました(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/02/blog-post_12.html)。この臨床試験は、簡単に書くと、センチネルリンパ節に転移があった患者さんに腋窩リンパ節郭清を追加してもしなくても、全生存率も局所再発率も有意差がなかったというものです。

問題はなぜこの臨床試験において、「全生存率だけではなく、局所再発率においても郭清した群としなかった群で有意差が出なかったのか?」ということです。なおこの臨床試験の対象は乳房温存術を受けて放射線治療を行なった症例です。ですから、乳房全摘術にセンチネルリンパ節生検を行なった場合(放射線は通常行なわない)においては、いまだにエビデンスはありません(これはけっこう一般的には勘違いされていることが多いです)。

私は、局所再発率に有意差が出なかった最大の理由は、乳房温存術後に行なった乳房照射が腋窩領域にも一部かかるからではないかと思っていました。しかし、今日参加していた2人の高名な放射線科の先生のコメントでは、通常の乳房照射では腋窩には治療に有効なほどの線量はかからないということでした。とすれば、局所再発率に差が出なかった理由は、米国の乳房温存術後の照射野が日本とは異なるのか、もしくは他に要因があるということになります。NSABP B-04では、乳房全摘術+腋窩リンパ節郭清、乳房全摘術+放射線治療、乳房全摘術のみの3群では、生存率に差はありませんでしたが、局所再発率には差があったのですから、本来なら、全生存率で差がなくても、局所再発率は差が出るはずだからです。

基調講演をして下さった先生は、この臨床試験の問題点として以下のような点を挙げています。

①当初の予定症例数に比べると実際に臨床試験に参加した患者数が少なく、エントリーさせにくい患者が意図的に主治医の判断で避けられていたのではないか?
②臨床試験中の脱落症例数が非常に多い(134/891)
③約60%が強力な化学療法(アンスラサイクリン+タキサン)を受けている
④ホルモンレセプター陽性症例の比率に比べると、実際にホルモン療法を受けた患者は46%と少ない

もし①②などのようなこの臨床試験のデザイン自体に問題がなくてもこの結果だったとしたら、最大の要因は③なのかもしれません。つまり微小な遺残リンパ節転移が強力な化学療法によって死滅したために局所再発に至らなかった症例が一定数いるということです。もしそうであるなら、センチネルリンパ節に転移があっても、強力な化学療法を行なう方針であれば乳房温存術か乳房全摘術かに関わらず、腋窩リンパ節郭清は不要ということになります。ただ、St.Gallen2011では、Luminal Aなら、腋窩リンパ節転移があってもホルモン療法のみという方向になってきていますので、この二つの方針を組み合わせることの問題点は検証しなければなりません(つまり、センチネルリンパ節生検でリンパ節転移があって郭清を省略した症例において、Luminal Aだと術後に判明した場合に本当にホルモン療法のみで局所再発を有意差がでないようにコントロールできるのか?ということ)。

考えれば考えるほどわからなくなります。臨床試験で証明されていることは、実際に起こりうる事象の一面を現しているだけにすぎません。真理はあるはずですが、全てのケースを証明することは本当に難しいことだと感じました。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。明日香と申します
温存・腋窩レベル2郭清+放射線+化学療法終了後ホルモン治療をする予定です。

いつもブログを読ませていただいています。有益な情報をいつもありがとうございます。
化学療法まで終了し、自分でも再発しないように努力しています。コレステロールがあがらないようにと、乳製品を避けて、飲酒もほとんどしなくなりました。

術前、エコーでいびつな形をしているリンパがあり針生検しましたが、細胞は出ず、心配なので術中に確認して細胞が出れば郭清するということでした。結局レベル2まで郭清し、その後病理結果でエコーでいびつな形をしていたリンパ節以外からも細胞が見つかりました。

先生にお聞きしたいのですが、よくいわれるリンパ節転移数というのはエコーで怪しいと思われるくらいの状態を指すのでしょうか?それとも郭清後顕微鏡でガン細胞が見つかるくらいのレベルでも転移数としてカウントされるのでしょうか?

それから術前に私のようにエコーで怪しくて細胞が出なくても(術中に確認してくださるんですが・・)とらずに残しておくのはなんとなく不安を残すような感じがします。

私もホルモン+HER2(-)なのですが、ホルモン療法のみというのも不安が残ります。これは化学療法をやっても効果が薄いから省略するということなのか?する必要が無いと言う事なのかどちらなのかな?と思います。

患者として病気にかかったら、後遺症を心配して治療を省略するよりも、最初はできる限りの事をしたいと思うと思います。。ただそれならば最善の治療は拡大手術といわれると・・それは嫌だなあとやっぱり思ってしまいます。
ただ受けられる治療は一つなので、先生には大変だとは思いますが色々とご検討いただいてよりよい治療法を研究していただけたらと思います。長文で失礼しました

hidechin さんのコメント...

>明日香さん
はじめまして。
ご質問にお答えいたします。

通常、術後治療を決定するために参考にするリンパ節転移個数というのは、術前に画像診断で写っていた数ではなく、病理学的に転移と確認された個数のことを意味します。術前診断でリンパ節転移がないと診断されても小さな転移がいくつも見つかることもありますのでリンパ節転移個数の正確な術前診断は困難なのです。
また、転移したリンパ節であっても、一部にしか転移がない場合は細胞診でがん細胞を採取できないことがありますので、細胞診で陰性だからと言って、転移を否定することはできません。ですからリンパ節転移陰性と術前診断した場合であってもセンチネルリンパ節生検で確認するのです。

ホルモンレセプター(+)、HER2(ー)でKi-67という増殖能の指標が低い場合はLuminal Aと言って、抗がん剤の上乗せ効果が低いサブタイプと考えられています。つまりホルモン療法のみでは再発してしまう運命にある患者さん(これはもちろん再発するまでわかりませんが)に抗がん剤をあらかじめ投与したとしても、再発する患者さんの数をあまり減らすことができないという意味です。抗がん剤を行なう意義は、それを行なうことによって、再発する運命の患者さんの数を減少させることにあります。ですからホルモン療法を行なう以上に減少させることができないならば、抗がん剤は害にしかならないということになります。

現在は、この考え方が中心になってきていますが、本当に全てのLuminal Aに当てはまるのかどうかについては異論もありますし、私自身も疑問に思っています。なぜならリンパ節転移個数が非常に多い場合や、ホルモンレセプターの発現率が低い場合には転移巣のホルモンレセプターが陰性化している場合もあるからです。このあたりについては主治医の判断も加えた上で術後治療を決定することになると思います。

以上ですがご理解いただけたでしょうか?
まだまだ治療も続きますし、不安もあるかと思います。疑問があれば主治医の先生に納得いくまでご質問なさって下さいね。それではお大事に!

匿名 さんのコメント...

明日香です
詳しい説明を頂いてありがとうございました。
手術とか化学療法とか、もう済んでしまった事を今更聞き返すのも・・と思ってなかなかきちんと聞けませんでした。
とてもよくわかりました。
当初は気が動転してたけど、これからは担当医にも色々聞けると思います。
ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>明日香さん
主治医の先生となんでも話し合える関係というのは本当に大切なことだと思います。少しでもお役に立てたならうれしいです。