一般的に乳癌が再発した場合に外科的切除が推奨されるケースはほとんどありません。
現在、乳癌の再発治療は、Hortobagyiのアルゴリズムにのっとって行なうことが基本になっています。このアルゴリズムは、簡単に言うと、ホルモンレセプター陰性の場合には抗癌剤、ホルモンレセプター陽性の場合には、生命の危機的状況がある場合には抗癌剤、危機的状況ではない場合には、ホルモン療法(無効になっても2次、3次のホルモン療法)という考え方です。
以前は肺転移や肝転移、鎖骨上や胸骨傍リンパ節再発などに対して外科的治療が積極的に行なわれていました。しかし、成績が思わしくないため、世界的にこれらの治療を積極的に行なうケースは稀になりました。現在、許容されているのは、脳転移(単発もしくはごく少数の場合で一定の条件を満たした場合)、単発性の肺腫瘤で肺転移か原発性肺癌か鑑別できない場合、診断目的の局所再発の切除、放射線や抗癌剤などに抵抗性のリンパ節再発や局所再発(局所コントロール目的)などです。
しかし、今でも症例を選んで(一つの臓器の転移で比較的侵襲が少なく切除可能な場合)手術を行なっている施設もあります。やはり外科的切除を行なった上で全身療法を行なう方が治癒(長期生存)を目指せるという考え方からです。しかし、学会でもときどき腫瘍内科医の激しい反論を浴びます。再発に手術などとんでもない!ということだそうです。
今回はこの論争に加わるつもりはありません。しかし、私たちもいろいろな理由で転移巣の切除を行なうこともあります。
こんな患者さんを経験したことがあります。
その患者さんは、乳癌で乳房切除術を行なった2年後に胸骨傍リンパ節に再発しました。原発巣はホルモンレセプター陽性だったためアロマターゼ阻害剤を投与していましたが、その内服中の再発でした。自覚症状はありませんでした。
Hortobagyiのアルゴリズムと腫瘍内科医の考え方からすると、まずホルモン剤の変更で経過をみる、ということになります。しかし、私は外科的切除を選択しました。理由は術後のホルモン療法が全く効いていなかったことと、増殖スピードが速かったこと、原発巣のホルモンレセプター陽性率が低かったことなどです。
切除したリンパ節の病理結果は、ホルモンレセプター陰性となっていました。
つまり、ホルモン療法を続けていても効くはずはなかったのです。これは切除して病理検索しなければわからなかったはずです。術後は抗癌剤を投与し、さらに局所に放射線治療を追加して経過観察中です。
このようなケースが存在することを考えると、Hortobagyiのアルゴリズムを盲目的に信じて効果がないのにホルモン療法を変更投与し続けるのはどうかと思ってしまいます。今回のケースのように、ホルモンレセプターの陰性化が起きている可能性も考えるべきですし、確認するための外科的切除も考慮しても良いのではないかと思います。特に原発巣のホルモンレセプター陽性率が低かった場合や最初のホルモン療法にまったく無効だったケースには何らかの病理学的な検索を行なうか、化学療法への変更を考えるべきだと思います。
ガイドラインやアルゴリズム、エビデンス、これらは盲目的に従うべきものではなく、最前の治療方針を導くための重要な参考書です。原則的には守るべきものですが、法律ではないと私は思っています。
(ただし、標準的な治療をせずに、民間療法だけ行なうことを推奨するのとはまったく意味合いが異なります。)
3 件のコメント:
つい最近、イギリスの研究で、リンパ節転移した乳癌を病理的に調べると、リンパ節転移した時点で原発と転移巣で、ER、PgR、HER2の少なくとも1つのステータスが変わっているケースが多いという報告を見ました。
この研究を見ても、転移性癌に対して、必ずしも原発巣と同じ治療方針(ケモor内分泌療法)で良いか、個人的にも疑問に思っていました。
ずいぶん以前から、転移性癌は原発と性質が異なっているケースがあるという研究もあることですし、侵襲性が低く済むのであれば、少なくとも転移巣についても改めて病理を取り直して治療方針を立てるという考え方には一理あると思います。
実際に、私の身近でも、単発の肝転移だったため、ケモでコントロールするより取った方が早いということで摘出し、病理に掛けたところ、原発でHER2+だったものが転移巣ではHER2+++であったため、ハーセプチンを適用した方がおられました。
エビデンスは大切ですが、特に転移性癌に関しては、エビデンスやガイドラインに縛られて、柔軟なさじ加減や対処ができなくなることは(研究ならともかく、臨床においては)思考の停止だと思います。
その点において、先生の考え方は十分に賛同できるものだと思います。
私も同じ記事を見まして・・・
前から、ガイドラインだけを信じて、ガチガチに守っているのはどうなのかな??と思っていたところでした。
私の病院はそういう傾向にあるので、自分の体は自分で守らねば・・と思ってしまいます。
もちろん患者が自分で勉強して、最新の情報を把握しているのも大切ですが・・・
先生のような柔軟なお考えの方が増えてくれると助かります。
>火田さん
本当によく勉強されていますね。そうなんです。
私たち外科医も経験的にそういう知識があるので、外科的な治療も考えるんです。決して腫瘍内科医が考えるように、切るのが好きだからではないのです。そして、乳房に一度メスを入れた患者さんはなんとか救ってあげたいという思いがあるから、悩みながらも外科的治療も考慮に入れているのです。ただ、特に昔はエビデンスの知識もなく、切りたがった外科医がいたことも否定できません。そういうことが腫瘍内科医の先入観になっているのかもしれません。
>mafuさん
ガイドラインの多くはかなり古い臨床試験のデータをもとに作成されます。これらのエビデンスの中には、タキサンもハーセプチンもゾメタもアロマターゼ阻害剤もなかった時代のものも多いのです。
再発治療にはほとんどの場合、外科的治療は無効とされていますが、外科的治療にこれらの新しい全身療法を加えた場合でも、昔のエビデンスと同じ結果になるかどうかはわからないのです。
私は再発治療も高い確率で治る時代がいつか来ると信じていますし、そのためには最初から再発したら治らないとあきらめていては進歩がないと思うんです。なんとか(外科的治療も含めて)治癒を目指すなかから活路を見いだせるのではないかと信じています。
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