読者の陽さんからのリクエストにお応えします。
以前も少し書きましたが、乳がん術後の患者さんに対して明確なエビデンスがある定期検査は、年1回のマンモグラフィ(推奨グレードA)と定期的な問診と視触診(推奨グレードB)だけです。
つまり、再発の有無を調べる検査(腫瘍マーカー、腹部超音波検査や胸腹部CT、骨シンチなど)を定期的に行なうことに関して有益性が証明されていないので推奨はできないということです。米国ではこのガイドラインに則ってフォローされているようですが、米国の場合は保険の保障対象外ですと医療費が高額ですのでその影響も受けているように思います。日本では、術後に再発検査を行なっても保険適応外として認められないということはありませんし、国民性なのか、再発検査を望む患者さんが多いこともあって、実際は多くの病院で定期的な再発チェックの検査を行なっています。私もエビデンスがないことや、診療ガイドラインで推奨されていないことは十分に理解していますが、実際は検査を行なうケースがほとんどです。
術後定期検査を行なう場合に考慮すべき点を列挙してみます。
①エビデンスがあるかどうか
②患者さんの健康に不利益をもたらす可能性があるかどうか
③医療費への影響はどうか
④検査をしないことが患者さんの精神衛生上、マイナスにならないかどうか
①については、現時点では上記の通り、遠隔再発を早期発見することの意義は証明されていません。しかし、その根拠になっている臨床試験のほとんどはかなり古い症例から得れれたデータです。ここ20年くらいの間に、乳がんの治療は目覚ましい進歩をとげています。ハーセプチンもアロマターゼ阻害剤もゾメタもなかった時代のデータをもとに、再発の早期発見の意義を否定して良いのかどうか、考慮する必要があります。実際、再発を早期発見、早期治療して治癒した症例は存在するわけですから、まったく無意味とは言えないはずです。ただし、早期発見の有効性を論じる時には、lead-time bias(早期に発見したために見かけ上、生存期間が長く見えるバイアス)を考慮した上で判断しなければならないため、評価には十分な注意が必要です。
②については超音波検査は無害ですので問題ありませんが、放射線被曝を受けるCTやシンチ、PETの場合には必ずそのリスクを考慮しなければなりません。放射線被曝については原発事故の影響で今も問題になっていますがいろいろな考え方があります。私にはどれが正しいのかよくわかりません。実際、専門家の意見も分かれているわけですし、被曝の臨床試験を行なったわけではありませんので(ほとんどは原爆の古いデータから推測された影響を根拠にしています)、本当のところはわからないと言うべきなのかもしれません。ですから、放射線というのは浴びないに越したことはありません。浴びても良いとはっきり言えるのは、自然からやむを得ず浴びる放射線と有益性が被曝リスクを上回ると推測される場合のみです(多くの医療被曝など)。再発チェックのために放射線を浴びるのは是か非か、という問いに対して、正確には答えられません。エビデンスがないのだから不利益のほうが上回るという考え方も間違っていないと思います。しかし、もしかしたらCTで肺転移や肺がんが早期に見つかって治癒につながるかもしれないという可能性も否定はできませんので、完全に不利益しか受けないとまでは言えません。胸部CTについては、最近、肺がん検診としての有用性が証明されたという報告も出てきていますのでそれだけでも有益なのかもしれません。
③は最近、様々な医療現場で重視されていることです。私は経済学者でも政治家でもありませんので、患者さんの命をお金で判断はしたくありません。もちろん、有益性がまったくないなら別ですが、どこまでがお金に見合う利益なのかを考えるのは非常に難しいことです。ですから私自身のコメントは差し控えます。
④”検査をしないと不安です!”とおっしゃる患者さんは多いです。これは日本だけなのか、他国でもそうなのかはわかりませんが、比較的簡単に安価(米国に比べて)で検査できる日本は特別なのかもしれません。”遠隔転移の定期検査にはエビデンスがありません”とお話ししても検査を希望される方も多いです。もちろんこちらの説明の仕方にもよると思います。医師があまりにエビデンスを強調しすぎて機械的に話すと、患者さんに冷たい印象を持たれて他の病院に転院を希望したというようなお話もよく聞きます。検査をすることが精神の安定につながるのであれば、定期的に行なっても悪いとは言えないのかもしれません。
ちなみに私が定期的に行なっている検査はおよそ以下の通りです。
<術後〜5年目>
1/3ヶ月 視触診、血液検査(腫瘍マーカー、一般採血…ホルモン剤の副作用チェックのためなど)
1/6ヶ月 腹部超音波検査、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、胸部CT、(骨シンチ…再発リスクが高い場合)、骨密度検査(アロマターゼ阻害剤内服症例)、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など
<〜10年目>
1/6ヶ月 視触診、血液検査(腫瘍マーカー+必要に応じて一般採血)、腹部超音波検査、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、胸部CT、(骨シンチ…再発リスクが高い場合)、骨密度検査(アロマターゼ阻害剤内服症例)、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など
<10年目〜>
1/6ヶ月〜1/1年 視触診、乳房・所属リンパ節超音波検査
1/1年 マンモグラフィ、婦人科がん検診(タモキシフェン内服症例は1/6ヶ月の場合あり)、希望者は胃カメラ、便潜血検査など
もちろんこの定期検査にはエビデンスはありません。ただ、経験的に、再発は2年、5年、10年が節目だと感じていました。それはいま考えるとサブタイプ(トリプルネガティブ→2年、HER2 richやLuminal B→5年、Luminal A→10年)別の再発時期に関連していたのかもしれません。今後はサブタイプ別に検査を行なう工夫も必要かもしれないと感じています。
12 件のコメント:
先生こんにちは。
術後の定期検査について詳しく書いていただいてありがとうございます。
私は術後半年過ぎましたが、3か月検査、6か月検査というものがありませんでした。
手術後に手術していない方の乳房にあるしこりが気になったので先生にお願いして、そちら側だけ一度超音波をしてもらったことはありましたが…。乳腺症ということで終わっています。
私自身もそうですが、家族など周りも定期的な検査をしていないことに不安を感じています。
手術していない方の胸のしこりが気になりますが触診なども特にありません。手術している方は傷チェックなどあります。
私はルミナルAで全摘だからなのかなぁと思ったりしますが、術後半年以上、触診がなくて大丈夫かなと改めて不安になりました。
これはまさしく先生の言われる④かなと思いました。
ちなみに全摘の場合は超音波はもうしないのでしょうか?
>rinkoさん
乳房超音波検査を乳がん術後に行なうことの有益性を示したエビデンスはありません(有益性が証明されているのは対側乳がんに対するマンモグラフィのみです)。ですから全摘、温存に関わらず、必ずしなければならない(するほうが良い)とまでは言えません。
ただ、対側の乳がんは約5%に発生しますし、私の経験上ではマンモグラフィに写らない状況で超音波検査で発見された対側乳がんを多く見ていますので、私自身は超音波検査をしたほうが良いと思っています。ただこれは証明されたものではなく、医師の判断に委ねられていることですので施設によって考え方は違うと思います。あくまでも本文で書いたように、マンモグラフィ以外の検査の有用性は証明されていませんので、他の検査を行なうべきだとは言えないのです。ですからrinkoさんの主治医の先生の方針はエビデンスの面から考えると正しいのです。おわかりいただけましたでしょうか?
先生、お忙しい中、早速、ありがとうございます。
しかも、詳細に書いていただき、うれしいです。
講演会など他の機会にも、質問したことがあるのですが、こんなふうに回答していただいたことはなく、モヤモヤしてました。
私は、CTは経験してないのですが、それ以外は、先生の定期検査と大差なく、ほっとしました。
検査って、結果を聞くまでの時間が、とても恐ろしく、受けるのも好きではありませんが、マンモだけだと、それもやはり怖いです。
④のように患者の気持ちまで考慮していただけるのは、ありがたいです。
>陽さん
検査をしなければ不安ですし、検査をするとなると結果を聞くまで不安ですし、なかなか難しいですよね。遠隔再発の検査をしないということが当たり前になれば違うのかもしれませんが、私は遠隔転移をしても早期に発見すれば治せる(またはlead-time biasを考慮しても延命できる)可能性もあると思っていますのでこれからも検査していくと思います。
先生、ご丁寧なお返事ありがとうございます。
エビデンスについては理解できました。
ただやはり不安を感じていること、触診や超音波をしてほしいことは、次の診察のときに伝えてみようと思います。
とても参考になりました。
ありがとうございました。
>rinkoさん
そうですね。やはりきちんと思いを主治医に伝えることが一番大切だと思います。うまく伝わるといいですね!
こんにちは。いつも拝見し元気をいただいております。
私は術後1年経過した者です。悪性度の高いマイクロパピラリィとのことで、いつ再発するかとビクビクし、ちょっとどこかが痛くなったりすると、すぐに再発に怯えてしまいます。再発の早期発見はあまり意味をなさないと聞きますが、すぐにでも検査をしてほしい思いに駆られます。
今回の内容を読み、再発の恐怖にとらわれすぎていたかなぁという気持ちにもなっていますが、悪性度が高くても、定期検査の時期や内容は、そう変わらないものなのでしょうか。再発リスクが高いと言われているだけに、一分一秒でも早く再発を発見できれば、その分、命が延びるのでは…と思ってしまいます。
>satさん
はじめまして。誰しもそう考えますよね。早く見つければそれだけ治る可能性が高くなる、もしくは延命効果が期待できると。
しかし残念ながら今までの臨床試験ではそれは証明されていないのです。ただ、早く見つけて治ったという患者さんがいらっしゃるのも事実です。その頻度が高くなかったため、全体では有意差が出ず、早期発見の意義は見いだせなかったということです。また早期発見し、治療が奏効して延命できたように見える場合でも、早期に見つけたことによって見かけ上の延命効果が生じるバイアスがかかっています。ですから治療で延命できたとは証明できません。
ただ治療の進歩は著しいですので、昔のデータを今の診療にすべて当てはめるのが正しいとは思いませんし、エビデンスに縛られて早期発見をギブアップすることは医療の進歩を止めることにもなるかもしれません。ですからお金だけの問題なのであれば、私は定期検査を行ない、早期発見によって遠隔再発を治癒させれる可能性を追求していきたいと思っています。
Micropapillary carcinomaに対してどのような定期検査が良いかという問いに正確にお答えすることはできません。しかし、再発するとしたら早い時期に起こりやすいですので最初の2年は要注意です。通常より検査間隔を短めにしても良いとは思いますが、どのくらいが適切なのかは、定期検査自体にエビデンスがない状況ですのでなんとも言えません。ただ逆に5年再発がなければその後の再発率は少ないと言えるかもしれません。
無事5年間を乗り越えられることをお祈りしています。お大事に!
お忙しい中、丁寧なお返事ありがとうございました。
大変わかりやすく説明をしていただき、気持ちもすっきりしました。
悪いことばかり考えすぎて、視野が狭くなっていたと思います。これからは、再発ばかりにとらわれて生活するのではなく、ある程度の覚悟を決めて、明るく前向きに生活していきたいと思います。
幸い主治医とはいい関係が保たれているので、自分が納得できる形で検査もお願いしていこうと思います。
先生の温かいお返事で、病気と闘うパワーがわきました。本当にありがとうございます。
>satさん
それなら良かったです。やはり明るく前向きに、という姿勢は病気と闘う上でも、生きていく上でも大切だと思います。主治医との関係が良好なのは何よりです。不安や疑問はなるべく早めにお話しして解決することをお勧めします。それではお大事に!
こんにちは。4年ぶりに投稿します。
手術をしてからもうすぐ丸6年になります。
前回投稿したときは再発の不安でいっぱいでしたが、先生の温かいコメントに励まされ、徐々にブログにかじりつくのも止め(ふと思い出したときにまとめ読みをしていました)、日々の生活を送ってきました。
その間、主治医と相談しながら納得できるような定期検査も受け、治療を続けてきました。ありがたいことに、再発と思われる様子はなく、以前同様、仕事に家事に追われる毎日です。この場で投稿する内容ではないのですが、5年過ぎたらぜひ先生にご報告したいと思っていました。
もちろん再発の不安は消えることはありませんし、通院、定期検査、内服もまだ続けますが、先生からの新しい情報を頼りにこの病気と付き合っていこうと改めて思います。
お忙しいとは思いますが、お身体に気をつけてご活躍ください。これからもよろしくお願いいたします。
>satさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
無事5年経過できて良かったですね!でも念のため引き続き経過観察はしてもらって下さいね、
これからもいつまでも明るく元気に過ごされることをお祈りしています。
それではお大事に!
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