2011年11月12日土曜日

脳転移3 治療の進歩



脳転移の治療は、主に手術や放射線治療などの局所治療が中心になります。以下に簡単に現在行なわれている標準的な治療を書いてみます。

<手術療法>

3cm以上の大きな単発転移の場合には、他の転移巣がコントロールできていれば手術で摘出する場合があります。ただし、手術単独での局所制御には限界があるため、その後に全脳照射を加える場合が多いと思います。また転移の部位によっては手術ができない場合もあります。

<放射線治療>

・全脳照射 :多発性の脳転移や手術などの治療に併用して行ないます。脳全体に放射線をかけますので転移数が多くても有効ですが、晩発性の脳機能障害(脳萎縮、認知障害など)を起こすリスクがあります。一般的には総線量30Gy(1回3Gy×10回)が標準とされていますが、後遺症のリスクを下げるために1回量を少なくして時間をかけて照射する方法も行なわれています(1回2Gy×20-25回)。 

・定位放射線照射(Stereotactic radiationtherapy: SRT):専用の装置(直線加速器)を用いて、患者さんの頭部を固定しながら、腫瘍周囲のみにX線を集中させて数回に分けて照射する治療法。正常の脳組織にダメージをあまり与えずに腫瘍だけに高い治療効果を与えることができます。転移個数が3-4個以下で、最大径は3cmくらいまでが治療の適応です。

・定位放射線手術(Stereotactic radiosurgery: SRS):代表的なものとしてガンマナイフについてご説明します。SRTと似ていますが、多数のコバルト線源から発生させるγ線を用いる方法です。照射は1回で終了します。こちらのほうがより周囲に対する影響が少なくてすむため(精度は誤差が0.2~0.5mmくらい)、SRTより多い個数に対して治療ができるメリットがあります。私の患者さんの中にも繰り返しガンマナイフを行なった方がいらっしゃいますが、保険点数は1回50万円と高額です。
写真は、ガンマナイフを行なう前と3ヶ月後の乳がん術後小脳転移の患者さんのMR像です。

<薬物療法>

脳転移には薬剤が効きにくいことは先日書きましたが、実際には効果を期待して投与することもあります。脳転移に対して特に有効という抗がん剤はありませんが、血液脳関門が破壊されている場合は通常の抗がん剤で効果が見られることも稀にあるようです。またヒスロンHなどのホルモン剤が著効した症例も報告されています。特殊な治療としては、癌性髄膜炎に対してメソトレキセートの髄腔内投与が有効な場合があります。また、分子標的薬としては、ラパチニブ(商品名 タイケルブ)は血液脳関門を通過するために有効と言われています。ただ、私はHER2陽性乳がんの脳転移に対してラパチニブを投与した経験はまだありません。


一般的に脳転移は予後が不良と言われています。しかし、今年の乳癌学会でN先生がまとめた内容からは、脳が初再発、ER陽性の場合は、放射線治療などで脳転移の局所治療を行ないつつ、他臓器転移を全身療法でコントロールすることにより、比較的長期の予後が期待できる可能性があることがわかりました。今回の当院での成績は、過去に報告されてきた成績よりも良好でしたので、治療の進歩が見られているということなのかもしれません。今後さらなる放射線・粒子線治療や薬物療法の進歩に期待したいところです。

4 件のコメント:

ふうわんこ さんのコメント...

以前コメントさせていただきました。
術前化学療法の途中で間質性肺炎になりましたが、全摘手術&リンパ節摘出して、病理結果は完全奏功。
残りのハーセプチンをするべく頑張っていましたが、頭痛・嘔吐で脳転移が判明。
多発だったので、全脳照射し、ガンマナイフ治療(別病院にて)を受けました。首から下の転移はないです。
hidechin先生の書かれているとおり、Her2陽性タイプ(ホルモンは陰性)は厳しいなあと実感してます。
今後は、タイケルブとゼローダの飲み薬の治療になります。脳関門を通ることを願います。
先生はタイケルブ処方をまだされてませんか?薬の話を聞くのはまたにします。
ガンマナイフを調べていたら、サイバーナイフを知り、ガンマ線とX線の違いは分かりますが、
サイバーナイフはフレームを頭に装着しないで済むと知り、興味持ちました。
先生は、ガンマナイフとサイバーナイフをどう考えておられるか教えてください。
また、ピンポイント照射することになった場合、選べるならサイバーナイフの方が楽だと感じています。

hidechin さんのコメント...

>ふうわんこ さん
まず、札幌でサイバーナイフを置いている施設はありません。ですから私の患者さんは、適応があればガンマナイフのある施設にご紹介しています。サイバーナイフを受けた方はいませんので、その違いについてネット以上の情報をコメントすることはできません。
この記事は4年も前のものですので、その後脳転移に対して当院でタイケルブ+ゼローダを投与した患者さんはいらっしゃったと思います(いたとしたら私の患者さんではないので正確には今はお答えできません)。今後も適応があれば処方する予定です。ただゼローダと併用すると下痢で悩まされることが多いです。
以上です。あまりお役に立てなくてすみません。

ふうわんこ さんのコメント...

hidechin先生、回答ありがとうございます。

タイケルブ(ラパチニブ)のことで質問させてください。
タイケルブは食事の影響を受けない時間帯に大きな錠剤を5錠も飲むとのこと。
そして「下痢」「手足の皮膚炎」と副作用も厳しそうです。

かなり前の情報ですが、ラパチニブは食事との関係で錠剤を減らせそうと書いてありますが、
今はどうなのでしょうか。
薬もずっと飲むことを考えたら高額なので金額を減らしたいし、
副作用が起きたら中止になっても脳転移の場合、他に薬もなさそうで困ります。
副作用的にも金額的にも錠剤の節約が出来たらと素人ながら思います。
このような話は患者さんから出ないでしょうか。

☆☆☆☆☆

薬剤×食物の相互作用-ラパチニブと高脂肪食
 2007年米国臨床薬理・治療学会総会で発表された薬剤の食物との相互作用についての所見によると、経口ラパチニブ(タイカーブ〔Tycurb〕)は、食物、高脂肪食によって大きくバイオアベイラビリティー(体が薬剤を吸収、利用できる割合)が増加することがわかった。ラパチニブは薬剤添付書の記載に反して、空腹時よりもむしろ食事とともに服用することで投与量を激減可能である。臨床試験では、ラパチニブ+低脂肪食で濃度曲線は167%、高脂肪食では325%に著しく増加する。この結果は驚くに及ばない。食物はしばしば薬剤のバイオアベイラビリティーを増加させるのである。 
しかし添付所によると、『タイカーブは、食前食後1時間空けて空腹時に250mgを5錠(1250mg)服用』となっている。経口カペシタビンとの併用となるとさらに複雑である。このことは製造元がこの食物との相互作用を把握せずに、第3相臨床試験を行ったためであるが、この経済効率に与える影響は殊に明らかで、現在の月$2,900の値段は60%削減可能で$1,740の節約となるだろう。さらに削減したいと思えば、グレープフルーツジュースのような強いCYP3A阻害物質を含む食品を一緒に摂取すれば80%節約でき、ラパチニブ250mg1錠で、空腹時1度に250mg5錠と同等の血中濃度が得られる計算になる。
ラパチニブのラベルには、1日の服用量を分けることで、薬剤暴露時間が倍になると記載されているため、このことも別の意味で投与量の減少に役立つ可能性もある。
ラパチニブの主な副作用である下痢は未吸収の薬剤の作用であることが示唆されており、それは血中濃度よりも投与量が関与しており、上記のような食物摂取を併用することで顕著に減少させることも可能であるかもしれない。
近年、経口薬剤の開発が盛んに行われているが、薬剤の臨床薬理学の知識がさらに必要である。ラパマイシンとグレープフルーツジュースの第1相試験を行っている。

Journal of Clinical Oncology誌 2007年8月10日号

hidechin さんのコメント...

>ふうわんこさん
この文章の言いたいことはわかりますし、ふうわんこさんのおっしゃる経済的な側面の問題も理解できます。

ただ、まず臨床試験は定められた飲み方で行なわれているため、食後に減量して飲んだ場合に同じ効果を期待できるという証拠がありません。ここに書いてある数字はあくまでも計算上のものです。

さらにタイケルブを食間にしたのは食事の影響を受けないようにするためで、これは製薬会社が儲けようとしているからではないと思います。たしかに高脂肪食やグレープジュースで必要量が減少できるのかもしれませんが、よく考えてみて下さい。毎日同じ脂肪量の食事なんて作れますか?それによって吸収量が変わって効果が不安定になるとは思いませんか?不特定多数の患者さんに等しく効果を与えるためには脂肪摂取量で効果が異なるような投与のやり方を推奨できるわけがありません。さらにこのことは効果だけではなく、副作用も食事の内容で大きく異なる可能性があることを表しています。

ですから安全性と効果の面を考慮すると食事の影響を受けないように添付文書の通りに内服することがもっとも確実だと私は考えます。そういう観点がこの論文には欠如していると思います。

たしかに高価な薬剤ですが、このような申し出や質問を私は今まで受けた経験はありません。仮に相談を受けたとしても上記の理由でお断りすると思います。もし通常食で安定的に効果があることが臨床試験で確認できたのであれば今後変わるかもしれませんが、可能性は低いと思います(もしこの論文の数値が正しいのであれば、むしろ変動が激しすぎて危険です)。以上です。