2010年7月25日日曜日

新しい乳房照射法〜乳房温存術中のターゲット単回照射の効果

現在、日本の乳房温存療法ガイドラインでは、乳房温存術後の乳房照射に関して、”接線方向に総線量45-50.4Gyを5-6週間で照射することが標準”とされています。

今回報告されたTARGIT-A試験の結果によると、術中に切除部位周囲に放射線を照射する方法が、従来の方法とほぼ同等の効果があったということです。報告の概要は以下の通り。

研究者:Jayant S Vaidyaら(イギリスUniversity College London外科研究部門)

臨床試験名:TARGIT-A試験(前向き無作為化非劣性試験)

対象・方法:乳房温存術を施行された45歳以上の浸潤性乳管がんの女性。対象症例を術中ターゲット照射群(n=1113)と全乳房外照射群(n=1119)に無作為に割り付けた。主要評価項目は、温存乳房における局所再発率。

結果:術後4年の時点で、術中ターゲット照射群の6例、外部照射群の5例が局所再発をきたした。4年時点におけるKaplan-Meier法による温存乳房の局所再発率は、術中ターゲット照射群が1.20%(95%信頼区間:0.53~2.71%)、外部照射群は0.95%(同:0.39~2.31%)であった。両群間の差は0.25%(同:-1.04~1.54)であり、有意差は認めず同等であった(p=0.41)。
重篤な毒性の頻度は術中ターゲット照射群が3.3%、外部照射群は3.9%と両群で同等であり(p=0.44)、合併症の頻度にも差は認めなかった。grade 3(Radiation Therapy Oncology Group)の放射線毒性の頻度は術中ターゲット照射群が0.5%と、外部照射群の2.1%に比べて有意に低かった(p=0.002)。

結論:早期乳がんの中には、術後の数週にわたる外部照射に代わり術中ターゲット照射法を用いた手術時の単回放射線照射が有効な患者がいることを考慮すべきである。


この報告が日本の乳がん患者さんにも当てはまるなら、総治療期間を短縮できるのでとても魅力的です。

しかし、私自身はこの結果をそのまま日本の治療に取り入れることについては少し疑問があります。

この研究の根拠になっているのは、欧米では”乳房温存術施行後の局所再発の90%は指標とされる四分円内に起こる”というデータです。これはいかに欧米では断端陽性率が高いかということを示唆しているように感じます。本来、完全に切除断端に癌が存在していないなら(病理学的に完全に切除できているということ)、断端からの再発は0%なので、あとは多発癌のみです。であれば、乳房内再発は均等に起きるはずです。切除した4分円のみに高率に再発するということは、それだけ癌の遺残が多いことを意味しています。

欧米では切除の方法が日本で推奨されている方法(癌研で行なわれてきた、腫瘍から一定距離をおいて胸壁に垂直に切除する方法)とは異なりあまり腫瘍から距離を取りませんので、局所再発率も日本に比べると少し高い傾向にあります。

以前、癌研で行なわれていた非照射の乳房温存術(扇状切除、断端陽性は再手術)における局所再発率は、欧米の照射併用の温存術の局所再発率よりも低かった記憶があります。断端を陰性にするというのはそれだけの効果があるのです。その上で放射線治療を加えれば、多発癌の発生も抑制できるのでさらに局所再発率は低下します。

ただ、最近の国内の傾向はだんだん欧米式に傾いてきているように感じます。美容を重視しすぎるため、もしくは乳房温存率を高めるために、腫瘍からの距離を十分におかなかったり、化学療法後の乳房温存術が増えてきたり(これを否定するわけではありません)、ということで、癌が断端に遺残する確率が高くなってきているような印象を受けます。”どうせ放射線治療するんだからいいんだ”という過信があるのなら、局所再発率はおそらく徐々に高くなっていくでしょう。

話がそれてしまいましたが、2つの治療法に差が出なかったのは、もともと断端に癌の遺残が多かったからかもしれないので、断端を重視する乳房温存術を行なった上で行なう照射法としては適していないのではないか?というのが私の推論です。

18 件のコメント:

tajikasan さんのコメント...

癌研有明病院のガイドhttp://www.jfcr.or.jp/publish/item/nyuugan20080212.pdf
の6頁を見ると,非浸潤がんの場合は一定の条件で放射線治療を省略しているそうですが,今後広まっていくのでしょうか?

hidechin さんのコメント...

>tajikasanさん
癌研で放射線治療を省略しているのは「完全に切除できたと判定された場合」ですよね?非浸潤がんか浸潤がんかは関係ないと思いますが…。
これはずっと前から癌研では行なわれていたことです。私の病院でも以前は癌研式で行なっていました。しかし乳房温存療法ガイドラインが作成されてからは放射線治療の併用が明記されたため、基本的には照射を併用しています。
癌研で照射が省略可能であるのは2つの条件を満たしているからです。一つ目は、十分に断端の距離をおき、ケーキを切るように乳腺を垂直に切除して断端の判断を正確にできるようにすること、二つ目は断端の判断を正確にできる病理医がいることです。この二つを満たした施設で5㎜以上の距離をおいて完全切除できれば局所再発率はかなり低くできます。でもこれが可能な施設はそれほど多くはないのです。ですから全体をカバーできるようにガイドラインでは照射併用を原則としているわけです。
以上でおわかりいただけると思いますが、今後放射線治療を省略する方向にはおそらくならないと思われます。

tajikasan さんのコメント...

先生

大変詳しく解説していただきましてどうもありがとうございました。

私は非浸潤で手術を受け終わり,現在病理結果を待っているところなのですが,VNPIやNCCN 2011年版ではDCISの場合,放射線を省略するケースもあることが書かれていたのと,癌研有明病院のパンフレットを読んで,ひょっとすると自分も省略のケースに当てはまるのではないかとも思っていました。
一方,St.Gallen2009では「RTをDCIS切除後の標準治療と考えるかどうかについては、yesが81%と、コンセンサスが得られた。」ともあり,よく分からなくなっていました。

でも,先生の解説のおかげでなぜ癌研有明病院では放射線が省略ができるのかが分かってよかったです。

やはりこの2つの条件を満たすことは通常の病院では難しいということですよね。

どうもありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>tajikasan さん
病院の考え方や条件によると思いますから、お考えになっていることを担当医にお聞きになってみてはいかがですか?いずれにしても一番重要なのは完全切除できているかどうかです。その上で照射を省略可能かどうか確認してみて下さい。良い病理結果だといいですね。お大事に!

匿名 さんのコメント...

hidechin先生へ

先日はご教示どうもありがとうございました。
私の病理結果はおかげさまで断端陰性でした。
病理の先生は以前癌研病院で病理をされていたことがある方で5mm間隔の全割の方法でしっかり見てくれてたそうで安心しました。

そこでまたお伺いしたいのですが,「日本で推奨されている方法(癌研で行なわれてきた、腫瘍から一定距離をおいて胸壁に垂直に切除する方法)」とか「十分に断端の距離をおき、ケーキを切るように乳腺を垂直に切除して断端の判断を正確にできるようにすること」というのは何法という手術法なのですか?

よろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
癌研で研修された病理医がいらっしゃる病院で手術できて良かったですね!
癌研での乳房温存手術の方法は特に正式な術式名があるわけではありませんが、私たちは「癌研式」と読んでいます。乳房温存療法ガイドラインでも、この方法が紹介されていますので、これが日本における基本的な乳房温存術の方法と考えて良いと思います。ただ、切除乳腺量が多くなりやすく、変形しやすいため、米国式のくりぬくような切除方法を行なっている施設も多くなってきているようです。この場合は十分ながんからの距離を確保できず、残ってしまう率が高くなります。病理学的に完全切除できたかどうかの判断も難しくなります。また局所再発率も高くなりやすい傾向があります。

匿名 さんのコメント...

hidechi先生

お返事ありがとうございました。
さすが癌研ということですね。
自分の病気をもっと知りたくて,先日病理外来へ説明を聞きに行きました。顕微鏡の画像を見せてもらい,私の場合はDCISのグレード1ということでした。
その先生は癌研病院や宮崎のブレストピアなんばにもおられたことがある方で,ご自身の病理診断にはとても自信がありました。
欧米との病理の評価の仕方の違いなどについても詳しく教えてもらいましたが,正直欧米のやり方は大まかすぎて怖いと感じました。
その先生に聞いてみたところ,私のような病理結果の場合,癌研やブレストピアなら放射線はしない部類だそうでした。

ところで,癌研のHPを見てたら「これまでに1462例の非照射乳房温存治療を行い、乳房内再発率は年率0.84%と、全例に照射を加える通常の乳房温存療法と変わらない成績を示しています。」とありました。
(これは浸潤,非浸潤含めた数字だと思いますので,非浸潤に限ればもっと低くなるだろうと思います。癌研に聞かなければ分かりませんが・・・)
hidechin先生の病院は以前は癌研方式でされていたそうですが,やはり癌研と同じような成績でしたか?
癌研方式をやめて放射線照射をされるようになったのは,どうしてですか?

よろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
まず理論的には浸潤がんか非浸潤がんかは乳房内再発率にはさほど影響しません。結局局所再発の大部分は浸潤がんにおいても乳管内進展による非浸潤がん部分の断端の遺残と多発がんによるからです。

以前学会で私たちの病院の非照射乳房温存術の成績を発表しましたが、癌研とほぼ同様の成績でした。

癌研方式をやめて放射線照射を始めたのは、乳房温存療法ガイドラインにおいて乳房照射を原則とするように推奨されたからです。癌研のような病院と異なり、私たちのような民間病院はガイドラインに沿って治療を行なうことを原則としなければなりません。

私自身、癌研乳腺外科で研修していましたので、癌研方式に対する信頼と確信を持っていましたが、原則はガイドラインに沿うことにしたという経過です。ただし、高齢の場合などでは放射線治療を省略することは今でもあります。

匿名 さんのコメント...

hidechin先生

早速のお返事どうもありがとうございました。
hidechin先生も癌研で研修されていたのですか~。「癌研方式に対する信頼と確信を持っていました」←私の病理を見てくれた先生も同じような感じでした。

私の場合,病理の写真を見せてもらい十分なマージン(10mm以上だったと思います)があると言われたことや,放射線の副作用等を考えると,癌研のように放射線を省略することができないのかなと最近強く思うようになってきました。
でも,温存手術の場合に放射線を当てるのは標準治療ですし,局所再発率を下げるというデータがあることも分かっています。
私がインターネットで調べたところ,放射線照射無しで局所再発率が低いのは癌研とブレストピアなんばと名古屋医療センターhttp://www.byoin.ne.jp/pc/modules/doctor/search.php?HypEncHint=%A4%D7&hypenchint=%A4%D7&title=1&hypenchint=%A4%D7&query=%BA%B4%C6%A3%B9%AF&action=results
くらいでした。
南カリフォルニア大学のシルバースタイン博士の非浸潤癌(乳癌)の治療指針を見ても点数的には省略も可能にあてはまるようです。
(ただし,私の場合37歳という年齢がやや気にはなりますが・・・)

今我慢して放射線を受けておけば,今後安心して生活することができるのでしょうが,必要な治療だと納得して受けたい気持ちがあります。
今後の人生を考えたときに新たな乳がんができるかもしれませんので,放射線を取っておくという方法もあるのかなとか,放射線をしてもしなくても生存率は変わらないだとか考えると悩んでしまいます。

hidechin先生には関係のないことで申し訳ありませんでしたが,いろいろと教えていただきましてどうもありがとうございました。
これからもhidechin先生のブログで勉強させていただきます。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
私はどちらを選んでも正解だと思いますよ。匿名さんのように十分に切除断端から距離がある場合は、同側の局所再発はほとんどの場合、多発がんが原因です。つまり狭い意味での局所再発ではなく、新しくできた別のがんという意味です。新しい乳がんは対側にも5%くらいできるのですが、これを予防するために放射線はかけませんよね?これと同じ考え方で、完全切除できていたら放射線をかけないというのも選択としてはありだと思いますし、多発がんも含めてできるだけ局所再発率を下げたいと考えて放射線治療を受けるのもありだと思います。

匿名 さんのコメント...

hidechin先生

大変参考になるお答えどうもありがとうございました。
なるほどですね~。
一歩前進した気がします。
じっくりと考えてみたいと思います。

お伺いしたいことが出てきましたら,
またよろしくお願いします。
<(_ _)>

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
了解しました。

匿名 さんのコメント...

hidechin先生へ

先日は貴重なアドバイスをどうもありがとうございました。
hidechin先生の「どちらを選んでも正解」という言葉には大変勇気づけられました。
私としては病理の先生から受けた説明や取り寄せた論文などから,放射線照射を省略できるケースではないかと考えていたことや,さらに確証を得たかったことから癌研有明病院に行ってセカンドオピニオンを受けるつもりでいました。
そして,先日,主治医の先生にその旨をお伝えしたところ,20年以上の乳腺外科医としての経験に基づいた治療方針ではなかったようで,放射線を省略することは反対されてしまいました。放射線をしない場合には責任を持てないということでした。
主治医の先生曰く,病理の先生がしっかりしているから温存手術ができるが,温存と放射線はセットなのであって,どうしても放射線が嫌なら全摘(+再建)を考えて欲しいということ,これまでの経験からDCISで温存手術後に放射線をしておけば(新たにできるのは別として)再発は無いこと,たしかに癌研では放射線を省略をしているけれど,それでも局所再発率は高いと思うとのことなどでした。
(反論が挙げられる点も内心ありましたが,議論をするために行ったわけではありませんでしたので,口にはしませんでした。)
また,放射線治療を(今は使わずに)将来のために残しておく考え方ではなく,今できることをきっちりやって局所コントロールしておくことが大切だということでした。
主治医の先生の長年の経験に基づいた治療方針に対する信念は思想にも近いようなもので圧倒されてしまいました。
やはり標準治療である放射線治療をやらずに不安を抱えたまま生きていくよりも,放射線治療を受けてこれからの長い人生を安心して生きていこうという考えには納得しましたので,放射線治療を受けることにしました。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
そうですか。ご自分でよく考えた上で決めた判断ですのでそれが正しいと思いますよ。治療、頑張って下さいね!お大事に!

匿名 さんのコメント...

はじめまして。先生のブログ拝見させて頂き大変参考になっています。ありがとうごさいます。
ブログを立ち上げた理由やブログ内容に先生の優しさや熱心さが伝わってきます。

Tajikaさんと先生のやりとりから更に疑問がわいたので質問させて下さい。

癌研有明病院での厳しい基準で癌が取りきれたとして、他にも癌研有明病院での温存手術後の放射線治療なしの条件があるのでしょうか?例えば、グレード1以下とか年齢とか断端5㎜陰性としていても、放射線治療なしの場合は断端1㎝以上必要とかあるのでしょうか?

参考までに。41歳左乳癌温存手術、浸潤癌、しこりは2㎝、グレード2、センチネルリンパ節陰性、ホルモン受容体両方とも陽性(約45%)、HER2陰性、断端5mm陰性、マージン2㎝、種類不明(硬癌ではない)、ki-67不明です。

忙しい中、申し訳ありませんがよろしくお願いします。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
はじめまして。
照射省略の条件にグレードなどは関係ありません。断端からの距離は5mm全割の場合に5mmで断端陰性と判断しますが、以前の癌研でも照射省略の条件としてそれ以上の条件(断端が1cmなど)はありませんでした。あくまでも断点陰性と(つまり断端から5mmの距離があること)判断された場合に照射を省略していたのです。現在の癌研の照射省略の基準についての詳細はわかりません。私の施設では高齢者の場合のみ確実に断端陰性と判断できれば省略することもあります。
匿名さんの場合は、まだお若いので照射をすることを個人的にはお勧めします。
取り急ぎ以上です。それではお大事に!

匿名 さんのコメント...

早速のお答えありがとうございました。とても知りたかったことなので以前のことでもすっきりしました。
先生とtajikaさんのやりとりから「照射を省略できるものであればそれに勝るものはない、標準治療だから盲目的に絶対やったほうがいいとは今も思わない」と患者を第一に考えてくれているように感じました。癌研での研修時代や、ガイドラインが出る前は非照射温存術をしていて「癌研方式に対する信頼と確信を持っていました」ともあり、その先生の言葉だからこそですが、私への「照射をすることを個人的にはお勧めします」との助言に、放射線治療の吸収被曝線量に相当なショックをうけていますが、心が軽くなりました。ありがとうございました!
追伸。先生の病院が近ければセカンドピニオンに行きたいぐらいです^^では先生も激務でしょうからお体に気をつけて下さいね。

hidechin さんのコメント...

>匿名さん
ありがとうございます。治療も検査もその意義を納得して受けることが一番大切だと思います。もし疑問があればきちんと主治医の先生に確認するようにしてくださいね。
それではお大事に!