2011年11月12日土曜日

脳転移1 概論と今後の予測

乳がんの転移・再発部位で多いのは、肺、骨、肝臓、リンパ節で、脳転移の頻度は、それらよりも少なく、1.0-12.2%と言われています。脳転移が初再発である頻度は、1.4-2.8%とさらに低くなります。

乳がん再発の治療の基本は、Hortobagyiのアルゴリズムに従って行なわれることが多く、臓器別に治療が大きく異なるわけではありません。強いて言うなら、リンパ節には局所療法(手術や放射線治療)、骨転移にビスフォスフォネート製剤を加えることくらいです。そういう意味においては、脳転移だけは少し事情が異なります。脳転移の最大の特徴は、薬物療法が効きにくいことにあります。化学療法(抗がん剤)も分子標的薬(ハーセプチン)も内分泌療法(ホルモン剤)も非常に効きにくい原因は、血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)というシステムの存在にあります。BBBは、「有害な物質を重要臓器である脳に到達させない」ために人体にもともと備わっている防御機構です。ですから抗がん剤などの正常細胞に対する有害物質は脳に到達しにくいようになっているのです。ただ、分子標的薬の一つのラパチニブ(商品名 タイケルブ)は、分子量が小さいためにこのBBBを超えると言われています。また、乳がんの転移によってBBBが破壊されることもあると言われていますので、全例で薬剤が無効というわけではありません。

脳転移は、肺転移や骨転移のあとに生じることが多いと言われています。他の臓器転移がない状態からいきなり脳の転移は起きにくいと考えられているのです。しかし、今後は、脳に初発する再発が増える可能性があるのではないかと個人的には思っています。その理由をご説明します。

最近では強力な化学療法(FEC療法やタキサン系)を手術前後に用いることが多くなってきています。またハーセプチンの術前、術後投与も認められるようになりました。このことによって、脳以外の、本来なら再発するはずだった微小転移は治癒したために顕在化しない(つまり臨床的には再発しない)ということが起こりえます。結局薬剤の効きにくい脳転移だけが残って顕在化(臨床的な再発)するケースが増えるのではないかということです。

わかりにくいと思いますので具体的に例を挙げてみます。

しこりの大きさ3cm、リンパ節転移2個、画像的に他臓器転移なしの患者さん(T2N1M0 StageⅡB)がいたとします。この時点で画像には写らない肺転移と肝転移、肺転移から続発した脳転移が存在していたとすると、術後に投与した化学療法などで微小な肺転移、肝転移は消失する可能性があります。結局数年後に初発脳転移として発見されることになります。

実際、私の経験でもそうだったのではないかと思われる再発形式を取った患者さんがいらっしゃいます。その患者さんはトリプルネガティブ乳がんの術後にEC-Tという化学療法を行ないましたが、化学療法終了後間もなく単発の脳転移で再発しました。その後転移巣の手術や化学療法で経過を見ているうちに多発の肺転移が顕在化してきました。おそらく最初のEC-Tで肺転移がある程度抑えられていたために、脳転移が先に顕在化してきたのだと思います。

その初再発頻度の低さから、私は乳がんの術後患者さん全例に脳転移チェックのための画像検査を定期的にすることはしていません。主に肺、骨転移が診断された患者さんに検査を行なってきました。しかし、強力な術後補助療法の出現によって、脳転移が初再発となる頻度が増えてくるようであれば、再発リスクの高い患者さんに対しては脳MRを定期的に行なうことも考えなければならないと思っています。

2 件のコメント:

ぶらいす さんのコメント...

hidechin先生 こんばんは

数日前にちょうど、乳癌術前化学療法施行後のpCR例では脳転移が予後に影響する可能性【癌治療学会2011】
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/sp/jsco2011/201110/522206.html
という記事を読んだばかりだったので、この記事の病理学的完全奏効(pCR)では脳転移、non pCRでは肺・肝転移が多くというのは
そういう意味だったのかと、とてもよくわかりました。

情報は拾えるのですが、理解が追いつかないので、先生のわかりやすい解説にいつも感謝しております。
タイトルが脳転移1となってるので、次がありそうです。
楽しみにしています。

ありがとうございました。

hidechin さんのコメント...

>ぶらいすさん
まさにその通りです。これからは脳転移に対する対処も考えていかなければなりませんね。ただ、全例に予防的に全脳照射をするわけにもいきませんし、現時点ではなかなか難しいところです。