2010年8月3日火曜日

インフォームド・コンセント

患者さんに病状や検査の内容、治療方針などを十分にご説明をし、検査や治療方針の同意を得ることを”インフォームド・コンセント(IC)”と言います。以前はドイツ語でムンテラ(Mundtherapie)と言っていましたが、Mund(=口)Therapie(=治療)という語源から、医師が一方的に患者さん(や家族)を口で言いくるめるかのような印象を与えるということで最近ではICと呼ぶことが多くなってきました。

医師の説明次第で患者さんが癒され、治療や病状にプラスになることもあるので、そういう意味で私は個人的には、ムンテラという言葉は嫌いではありません。同じ事実でも伝え方によっては、冷酷にも励みにもなるからです。医師の説明は患者さんの精神的な面も含めた治療の一つであるという(おそらくドイツ医学においてもそういう価値観でこの言葉ができたのでしょう)意味で私はこの言葉をよく用います。

しかし、ネットを通じて、または他院からの転院患者さんからのお話をお聞きすると、残念ながら悪い意味でのムンテラ(一方的に言いくるめる)がなされているケースが残念ながらけっこうあるようです。

最近、知人からお聞きしたケースをご紹介します。

この方のお父さんがかなり悪性度の高い肝臓の腫瘍と診断されました。最初の病院で肝動脈からのカテーテル治療(おそらく肝動脈塞栓術+抗がん剤注入)を行ないましたが、相当辛かったようです。体力的にもかなりダメージを受けていたときに、偶然今の病院を紹介され転院しました。そこでは手術を前提に検査を組まれ、造影CT(おそらく静脈ではなく肝動脈から造影剤を流して撮影)の検査の直前に家族に”今後もこの病院に治療をすべてまかせてもらえるか?”という確認が口頭でされたそうです。もちろん、患者さんの家族としてはそのつもりですので、同意したそうです。

しかし、その検査から帰った患者さんの様子は明らかに意識朦朧とした異常な状態で、翌日には激しい苦痛を訴えたそうです。この症状は前医でカテーテル治療を受けたときと同じでした。看護師に問いただしたところ、CTで手術不能と判断したために抗がん剤の注入(おそらくカテーテルから塞栓術と併用で)をしたとそのとき初めて知らされたのです。その後、医師にどういうことなのか抗議すると、”すべてうちにまかせるかどうか確認したじゃないか””本人には、CTを撮ったときに説明して同意を得た”と言われたそうです。しかし前投薬で患者さんは朦朧としている状態だったため、ご本人にはその記憶はまったくありません。

これはインフォームド・コンセントとは言えません。あらかじめ、CTで手術適応ではないと判断した場合には、そういう治療を直ちに行なうという説明はまったくなかったからです。緊急性がある場合には、ご本人の承諾のみで行なう場合もあり得ますが、意識が朦朧とした状態では正しい判断はできません。そもそもそういう治療が苦痛だったから転院したはずですので同意するわけはありませんし、そのことは担当医にも伝えていたそうです。

”この病院に治療をすべてまかせる”ということは、十分な説明なしに何でもやっていいということに同意したことにはなりません。

このケースは、真の意味でのICとは言えません。ましてや良い意味でのムンテラにはまったくなり得ません。残念ながらいまだにこのようなケースが多いようです。ICという言葉が一人歩きして、結局医師の勝手な判断でことがなされるなら、ICという言葉に言い換えても同じなのです。

私自身が経験したことではありませんし、治療内容や方針自体が間違っているわけではないと思いますので、私がその医師を評価するのは正しくはないと思いますが、実際患者さんとご家族がそう感じたのであれば、なにかその説明方法に間違いがあったのだと思います。ちょっとした言葉のあや、説明不足が、患者さんに誤解を招いたり、不安にさせてしまったり、憤りまで感じさせてしまうということを、私たち医療従事者は十分に認識して診療に当たらなくてはならないということを、あらためて感じさせられたケースでした。

この知人は、実は深い付き合いがある方ではなく、ちょっとした趣味を通してお知り合いになった方です。でも少ないおつきあいの中でも、とても知的で誠実な方だといつも思っていました。お父さんの状態は楽観できる状況ではありませんが、どうか治療がうまくいきますように心から願っています。

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